第207話 謁見
「は、はじめ、ま、まして。ぼ、ぼく、リン、って、い、いい、ます」
リンが意識不明のこん睡状態に陥る、と言ったことがあってから数日。
結局、女神アルテナにより天界に魂のみ召喚されていたと言うことを誰にも伝えることができず、拠点で暮らす者や神の宿り木商会所属の者には、そんな状態に陥ってしまう程にその幼い身体を酷使してしまっていたと認識されてしまうこととなった。
その為、誰もがリンの身体のことを過保護過ぎる程に過保護に心配してしまい…
商会の会頭補佐となるエイレーン、スタトリンの王となるシェリルの声により、まるまる三日間、リンは絶対安静を言い渡され、ベッドの上から出させてもらえなかった。
その間は、リンのメイド部隊が嬉々としてリンのお世話をすることとなり…
最低一人はリンの傍付きとして交代で付いて、リンがベッドから抜け出して動こうとするものなら、溢れかえって止まらないリンへの愛情をそのままぶつけるかのようにリンをぎゅうっと抱きしめ、その頬にキスまで落として無理やりリンを気絶させて寝かせる、などと言う強硬手段に出てまで、リンをベッドから出さず絶対安静の状態を保っていた。
唯一ベッドから出られるのは、自宅から離れたリンお手製の風呂場でその身を清めつつ回復させる時だったのだが…
その時も当然、リンのお風呂のお世話役として拠点で暮らす女性達の誰かが付くこととなり、リンは箸より重いものを持たせてもらえることすらなかった。
当然、夜眠る時もリンに添い寝する役の女性が付くこととなっていたので、リンはこの三日間、一人でいることを全く許してもらえなかった。
四日目になって、リンがこれといって何の問題もない健康体であることをようやく納得してくれたのか…
シェリルもエイレーンも、ひとまずはリンが普段通り行動することを容認してくれたのだ。
ただ、この三日間リンのお世話を目いっぱいすることができて幸せの絶頂になっていたメイド部隊から、その状態が終わることに対する非常に残念そうな声が上がってしまうこととなったのだが。
「おお…こ、このお方が…」
「我がサンデル王国の守護神様…」
「すでにキーデン伯爵の領地から、許しがたき犯罪者共に天誅を下してくださった守護神様なのですね!」
そして、いつものように動けることとなってからすぐのこと。
サンデル王国の国王となるマクスデルから、会ってほしい人物がいると懇願され…
リンが自身の生活空間に作り上げた、マクスデルとエリーゼの寝室に姿を現し、言葉が覚束ない口調で懸命に、リンは目の前にいるこの時初めて顔を会わせることとなった人物に自己紹介を行なう。
部屋の主となるマクスデルとエリーゼ以外にその場にいるのは、三人。
「偉大なる守護神リン様!俺はブレイズ・ヴォルカニックと申します!国王陛下が守護神として崇められるリン様にお会いでき、至極光栄にございます!」
一人目は、2mに近い長身に鋼の鎧を思わせる分厚い筋肉に覆われた肉体を持つ、武骨な印象の男。
年齢は三十に届くかどうかで、短く切られた燃えるような赤い髪はまさに燃え盛る炎を連想させるように逆立っており、本来ならばもっとゆったりとしたサイズのはずの貴族衣装ははちきれんばかりにピチピチになっている。
この男の名はブレイズ・ヴォルカニック。
サンデル王国東部の活火山地方にあるヴォルカニック領の領主であり、爵位は子爵。
また、国の軍部においてその実力で上層部にまで上り詰めた偉丈夫である。
「偉大なる守護神リン様…私はウンディル・シーサイドと申します。リン様のような稀代の英雄にお会いできたこと、私の人生において最高の出来事でございます」
二人目は、ブレイズと比べると明らかに痩せてほっそりとした、お世辞にも力仕事が似合うとは思えない、線の細い男。
一人目の男と比べると顔立ちは整っていて、美形だと言えるものとなっており、年齢も二十台前半といったところ。
クールな印象を強調する深い青に染まった髪を、背中を覆う程に長く伸ばしており、それを一つに束ねている。
彼の名はウンディル・シーサイド。
サンデル王国西部の海が見える沿岸地方にあるシーサイド領の若き領主であり、爵位は子爵。
理知的で高い事務処理能力を持ち、国の首脳として今後が期待される存在である。
「偉大なる守護神リン様!わたしはマテリア・カーマインと申します!天より雷を操るサンデル王国の守護神様、お会いできてとても光栄です!」
三人目は、この三人の中では最も若く、まだ十台の少女である。
しかも、年齢よりも若く見られることが多い為、子供と侮られることも多い。
だが、その目鼻立ちはぱっちりとして非常に整っており、周囲からはお世辞なしに美少女として称賛されている。
背丈こそ低く小柄だが、女性としての曲線は異性の劣情を激しく煽る程育っている。
深淵を思わせる深い紫の緩く癖のあるロングヘアと、その髪と同じ色の魔術師を思わせるローブがトレードマーク。
人族の中では非常に希少な
そんな彼女の名はマテリア・カーマイン。
爵位は名誉子爵である為領地は持たないものの、王家直属の宮廷魔導士の中ではトップクラスの存在となっている。
三人共今後のサンデル王国を担う存在であり、根っからの国王・第一王妃・第一王女・第二王子派である。
「リン様…この者達は今後のサンデル王国を背負っていく若者達でございます。すでにリン様のことは国の守護神様であり、この大陸をお救いくださった稀代の英雄としてお伝えしております」
「リン様…ヴォルカニック子爵領とシーサイド子爵領にもぜひ、神の宿り木商会の支店を展開してくださいまし。神の宿り木商会の支店ができましたら、必ずや領地が活性化致しますわ」
マクスデルとエリーゼは、リンのおかげで絶対の信頼を置けるようになったキーデン伯爵のように、国の未来を担う若者となるこの三人だからこそ…
秘密裡にリンとの謁見の場を設けたのだ。
そして、ブレイズ、ウンディル、マテリアの三人は自分達が絶対の信頼を置いているマクスデルとエリーゼが神と崇め、稀代の英雄として称賛するリンのことを無条件に信じている。
マクスデルとエリーゼから聞かされた、リンのこれまでの偉業のこともすんなりと受け入れ、信じることができている。
「リン様!今サンデル王国に突如現れ、支店が展開された土地にとても上質な商品と利便性をもたらしてくれている神の宿り木商会が、我がヴォルカニック領にも来てくださったのなら領民も大いに喜びます!どうか、どうか領民の為にも、我が領地に商会の拠点、そして支店の展開を!」
「リン様、私も同じ思いでございます。この私が預かるシーサイド領も、リン様の神の宿り木商会が来て下されば、多くの…いえ、全ての領民が喜んでくれることと思います。何卒、何卒我が領地にも商会の拠点、支店の展開を!」
ヴォルカニック領を預かるブレイズ、シーサイド領を預かるウンディルはただただ、自身の領地で暮らす民の為を思い、リンの神の宿り木商会が領地に来てくれることを願い、懇願する。
「ぼ、ぼく、ヴォ、ヴォルカニック、し、子爵、と、シ、シー、サイド、し、子爵、と、りょ、領民、の、ひ、人達、が、よ、喜んで、く、くれる、なら、きょ、拠点、も、し、支店、も、つ、作り、た、たい、です」
純粋に民を思うブレイズとウンディルの言葉に、リンが何も思わないはずはなく…
神の宿り木商会の会頭として、二人の領地に商会の拠点と支店の展開を進めていくことを心に決める。
「!おおお…守護神様はなんと、なんと温かで大きなお方!このブレイズ、リン様に絶対の忠誠をお誓い致します!」
「リン様…守護神様となるリン様はまさに母なる海のように大きく、優しいお方!このウンディルも、リン様に絶対の忠誠をお誓い致します!」
純粋に自分達と領地の民を思って、誰もが喜んでくれるように願い、行動することを誓ってくれたリンに、ブレイズもウンディルも感動を覚え…
二人共リンのそばで跪いたまま、リンに絶対の忠誠を誓うことを宣言する。
「…うふ…♡…うふふ…♡」
その二人とは裏腹に、マテリアはまるで自身がその身も心も捧げるべき、生涯の伴侶を見つけたかのような眼差しで、リンを見つめている。
「?カ、カー、マイン、め、名誉、し、子爵?ど、どうか、し、しました、か?」
そんなマテリアの視線に気づいたリンが、きょとんとした表情でマテリアに問いかけの声をかける。
「あああ…サンデル王国の守護神様…なんて…なんて凄い魔力…♡」
「?ま、魔力、で、ですか?」
「うふふふ…凄いなんてものじゃないですう…♡…わたしの魔力なんて、塵芥に等しい程の膨大な魔力…♡…今も、わたしが百人いても追いつかない程の魔力をず~っと放出されてるのに…それ以上の速度で回復されてるなんて…♡…男の子なのに、こんなにも魔力も魔法の力も凄まじい人なんて…初めてですう…♡」
マテリアのこの発言に、マクスデルとエリーゼは当然、と言わんばかりのドヤ顔を浮かべ…
ブレイズ、ウンディルは驚愕の表情を浮かべている。
マテリアの魔力、制御能力を始めとする魔法の力は国内でも随一となる程であり、かつてはリリーシアの魔法の師匠としていろいろと教え込んでいた程。
また、マテリアは宮廷魔導士として研究の面でもかなりの功績をあげており、魔法に関しては右に出る者などいない、とさえ称されることがある程の人物。
本人も魔法漬けの人生を送っており、その価値観が魔法に編重していることもあって、生涯の伴侶とすべき人は自身よりも魔法に優れた人だと、マテリア自身心に決めている。
が、この世界は魔法の力はごく一部の例外を除いて、女性の方が高くなる世界。
しかもその一部の例外も、魔力含む魔法の力をほとんど持たない女性、と言うのが関の山であり、魔法の力に長けた男、と言う存在は少なくともサンデル王国内では現れていない。
ましてや、宮廷魔導士として国内随一とまで称される彼女の伴侶となれる男など、現れるはずもない。
周囲はもちろん、彼女自身もそう思っていた。
だが、そんなマテリアの前に、マテリアですら物の数に入らない程の魔力、そして魔法の力を持つ男となるリンが現れた。
しかもリンは、国でも守護神として崇められることとなる存在。
まさにリンは、マテリアにとって自身が描いた理想を遥かに超えた、最高の男となってしまった。
そんなリンとの出会いが、マテリアの枯れかけていた年頃の恋心に火をつけてしまうこととなり…
マテリアは、この世に生まれて初めての恋、それも一目惚れをすることと、なってしまった。
「そ、そう、ですか?」
「はい♡しかもわたしですら【火】【風】【土】の三属性なのに、リン様からはさらに多くの魔力を感じます♡一体リン様は、何属性なのですか?♡」
「ぼ、ぼく、は、八、ぞ、属性、です」
「!!は、八属性と言うことは、ぜ、全属性!!い、いえ!!派生属性の【氷】や【木】は別にして、基本的な属性は【火】【水】【風】【土】【光】【闇】の六属性のはず…こ、これはどういうことなのでしょうか!?」
「ぼ、ぼく、き、基本、の、ろ、六、ぞ、属性、の、ほ、他に、か、【雷】、と、む、【無】、属性、が、つ、使え、ます」
「!!か、【雷】はお聞かせ頂いてましたが…【無】属性…そんな属性まであって、それらも…あああ♡やっぱりわたし、リン様のお傍で、リン様に添い遂げさせて頂く運命だったのですね♡」
リンの規格外の魔法の力のことを聞かされ、マテリアはますますリンへの恋心が膨れ上がっていく。
もはやリンを見つめるその瞳には、マテリアの激しく溢れかえらんばかりの恋心が形となって浮かんでおり…
リンのそばで跪いたまま、リンの左手を取って自身の胸に抱きしめるように両手で優しく包み込む。
「?あ、あの…」
「リン様…♡…わたし、恐れ多くもリン様のことが大好きでたまらなく…もう、どうしようもありません♡」
「え?え?」
「このような事を申し出ること自体、不敬と取られても仕方ないのですが…この想いはもう、抑えようがないのでございます♡リン様、どうか、どうかこのマテリアを娶って頂けますでしょうか?♡」
「え、えと…ぼ、ぼく…」
「もちろん、正妻などと出過ぎたことは申しません♡第二でも、第三でも…愛妾でもいいのです♡ただ、わたしはリン様と添い遂げたいのでございます♡生涯リン様を愛させて頂き…その中でほんの少しでもリン様の寵愛を頂ければ…わたし、わたし……はああ…♡」
自身の想いを微塵も偽ることなく、ただただ真っすぐにぶつけてくるマテリアに、リンはおろおろとどうすることもできなくなってしまっている。
そんなリンも愛おし過ぎてたまらないのか、マテリアは自身の大きく育った柔らかな胸にリンの左手を抱きしめたまま、リンに自身を娶ってほしい、とまで言い出してしまう。
「さすが、さすがはリン様…あのカーマイン名誉子爵があのようになるとは…」
「あらあら…カーマイン名誉子爵も、リン様の魅力に落ちてしまったのですね♡」
「おおお…あの美人だが偏屈で有名なカーマイン名誉子爵が、リン様の前では一人の女に…」
「確か、『自分より魔法の力が弱い男には興味ない』を言い切っていたはずのカーマイン名誉子爵なのに…守護神様は、魔法の力まで神の領域でおられるのか…」
魔法が人生においての絶対の価値観となっている為、色恋沙汰どころか異性に興味すら持たなかったマテリアが、リンに対して見せる姿に…
マクスデル、エリーゼは当然と言わんばかりの笑みを浮かべており…
ブレイズ、ウンディルは驚きの表情を浮かべながら、リンへの称賛の言葉を声にする。
特に同じ女性であり、魔法の力に長けているエリーゼは家族としての、母親としての愛情ではあるものの、リンを心の底から愛していると言い切れる為…
それゆえに、マテリアがああなってしまうのも心底納得できてしまう。
「あ、あの、カ、カーマイン、め、名誉、し、子爵……」
「リン様♡そのような他人行儀な呼び方では、わたし寂しいです♡どうか、どうかわたしのことはマテリアとお呼びください♡」
「え、えと…マ、マテリア、さん?」
「!はああ…♡…リン様に、リン様に名前をお呼び頂けて…わたし、わたしとても幸せですう…♡」
「マ、マテリア、さん、が、よ、喜んで、く、くれて、ぼ、ぼく、う、嬉しい、です」
「!!~~~~~~~~~~リン様♡リン様♡このマテリアの身も心も全てリン様のものです♡リン様、マテリアは心の底からリン様を愛しております♡」
リンが自分を名前で呼んでくれて…
しかも、それで喜ぶ自分を見て、とても可愛らしい笑顔で我が事の様に喜んでくれて…
そんなリンの純粋で尊い気持ちがあまりにも嬉しすぎて、マテリアはその抑えられない愛情を真っすぐぶつけるように、リンをぎゅうっと抱きしめてしまう。
「!は、はな、して…」
「あああ…リン様…リン様…わたしの大好きで大好きでたまらないリン様…♡…わたし、わたしもう片時も離れたくありません♡」
「だ、だめ、です…」
「リン様♡大好きです♡愛してます♡んっ♡」
その髪と同じ、深い紫の瞳にリンへの大きすぎる愛の形を浮かべながら…
マテリアはその抑えられない愛を込めたキスを、リンの頬に落としてしまう。
「!あ、あ、あ…」
「ああ…わたしの唇…リン様にお捧げしちゃいました♡幸せ過ぎて、もうどうにかなってしまいそうです♡」
「あ、あ、う、あ、う、う、あ、あ、う…………きゅう……」
「リン様…こんなわたしの唇でよろしければ、いくらでもお捧げ致します♡ん…んっ♡ん…♡」
マテリアに抱きしめられて、さらにはキスまでされてしまい…
リンはコミュ障の呪いが発動してしまい、気を失ってしまう。
だが、リンへの愛でいっぱいいっぱいになってしまっているマテリアはリンが気絶したことにも気づかないまま、リンをぎゅうっと抱きしめ…
そのまま、動かないリンの頬にキスの雨を降らせてしまうのであった。
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