第201話 調査③

「お待たせして申し訳ございません。神の宿り木商会で会頭補佐を勤めさせて頂いております、エイレーンと申します」


神の宿り木商会の拠点となる事務所の応接室。

凛とした、それでいて礼を失することのない立ち振る舞いと、見る者の目を奪うであろう、美しい営業用の笑顔を浮かべながら、エイレーンは自己紹介を行なう。


そんなエイレーンの美貌と所作に、ドグサレ商会の会頭となるドグサレは思わず目を奪われてしまう。


思わず貪りたくなるような、適度にふっくらとして艶のいい唇。

男として生まれたならば、絶対にそこに視線が吸い込まれてしまうであろう、自己主張激しい胸。

そんな胸部とは裏腹に、艶めかしいくびれを描く腰。

男の欲情を誘う曲線を描く、適度にむっちりとした尻に太もも。


さらには、亜人の中でも希少価値の高いエルフであることも、ドグサレの目を惹くこととなっており…

男の欲にまみれた無遠慮な視線が、エイレーンに突き刺さる。


エイレーンもそんな下卑た視線にはすぐに気づき、正直不快感しかない状態なのだが…

それでも、ひとまずは神の宿り木商会のお客様として、営業用スマイルと言う名の仮面をその美貌に貼り付け、丁重に応対することにした。


「!おお…これは失礼…高名な画家が描いた理想の美女が、そのまま現実に現れたかのような衝撃に見舞われておりました!申し遅れましたが私はドグサレ、ドグサレ商会の会頭を務めております」

「まあ…私にそのようなお褒めの言葉…過分だとは思いますが…」

「とんでもございません!まさかあなたのようなお美しい方が会頭補佐とは!その容姿のみならず、この私では想像もできない程の才覚もおありなのでしょう!天は二物を与えるとは、まさのこのことなのでしょうな!」

「ふふ…ありがとうございます」


ドグサレも、無遠慮にエイレーンを見ていたことに気づき…

襟を正してエイレーンに自己紹介を行なう。

そして、これでもかと言う程にエイレーンを褒め称える。


エイレーンもドグサレの称賛に、控えめながらも嬉しそうな笑顔を浮かべ、素直にお礼の言葉を声にする。

が、その背後に男の欲望が隠しきれない程に浮かんでいることに、エイレーンは気づいている為、内心では吐き気がする程の苦い顔をしてしまっている。


「しかし…エイレーン殿が会頭補佐とおっしゃるのでしたら、神の宿り木商会の会頭はどちらに?」

「会頭は非常に多忙なお方ですから、今はご不在です。それゆえに、不相応とは思いながら会頭補佐である私が、この場に来させて頂きました」

「そうですか…今サンデル王国内で最も勢いのなる神の宿り木商会の会頭…ぜひお会いさせて頂きたかったのですが…残念です」

「ご期待に沿えず、申し訳ございません。で、ドグサレ会頭…本日はどういったご用件で、こちらまでいらしたのでしょうか?」


茶番はここまで、と言わんばかりにエイレーンは本題に入ろうと、ドグサレを促す。


単純な武力行使であるならば、スタトリンとサンデル王国両方の王族ご用達となる神の宿り木商会に仕掛けること自体が自殺行為に等しい。

加えて、ドグサレ商会程度なら何の苦もなく返り討ちにできる程の戦力を、神の宿り木商会は保有している為、なおのこと。

現にこの場にドグサレ商会の会頭自ら訪れ、明らかにそのような意思を見せていないことから、少なくとも今は武力行使はないと推察できる。


では、神の宿り木商会に取り入ることが目的だろうか?

武力行使をするには明らかに分が悪い相手だが、逆に取り入って強力なバックボーンを手に入れることができるのなら、そちらの方が遥かにメリットは大きいと言える。

この場に会頭となるドグサレが来ている時点で、そちらの可能性が非常に高いと思えてしまう。


だが、その真意は実際に会談を進めていくことでしか分からない。

それに、正直な話この下卑た欲望だらけの視線に、いつまでも晒されていたくはない。

だからエイレーンは、早々に話を進めていこうとする。


「おお、そうでしたな…まずはこの通り…」

「?」

「神の宿り木商会の系列となる支店に、我が商会の者が営業妨害を仕掛けてしまったこと…心よりお詫び申し上げます」


するとドグサレは、応接室のソファから腰を上げると…

床に膝をつき、その額を打ち付けるように土下座し、文字通り低身低頭で自商会の者が営業妨害を仕出かしたことを謝罪する。


「!あ、頭をお上げくださいドグサレ会頭…何もそこまで…」

「いいえ!此度の件は会頭となる私の責任!こんな行為一つで収まるとは思いませんが、どうか、どうかご容赦を頂きたく…!」

「と、とにかくお座りください…」


まさかいきなり土下座による謝罪が飛んでくるとは思わず、エイレーンも動揺してしまう。

とは言え、それ一つで済ませるつもりなど当然ないので、まずは座ってもらって話を進めようとする。


「もちろん、我がドグサレ商会としてもこんな謝罪のみで済ませようなどとは思っておりません…失礼、少々お待ちを」

「?」


すると、ドグサレは立ち上がったと思うとすぐに事務所から出ていってしまう。

その行為の意図が掴めず、エイレーンの顔に疑問符が浮かんでしまう。


そして、一分経つか経たないかで再び、ドグサレが事務所の方に姿を現す。


「!!」


が、入って来るのはドグサレだけでなく…

ドグサレが連れてきたと思われる、みすぼらしく汚れた貫頭衣のみにその身を包んでいる、怯えた様子の子供達も一緒になっている。

種族も人族のみならず獣人も多くおり、しかも手錠で拘束されていて逃げることも許されない状態になってしまっている。

そんな子供達が、十人程。


「(これはまさか…ドグサレ商会が所持している違法奴隷の子供達?…)」


ロクサル率いる諜報部隊による調査で判明した、ドグサレ商会の違法奴隷による商売。

もし目の前にいるこの子供達が、その違法奴隷なのだとすれば…

そう思うと、エイレーンは激しい怒りに我を忘れてしまいそうになる。

が、この場でそんなことをすれば全てが台無しになってしまう。

エイレーンは懸命に堪え、平静を装う。


「……この子達は?」

は我が商会の商品となる奴隷達…その中でも特に見目麗しい者や純粋な力に長けた者をご用意致しました」

「……ドグサレ商会が奴隷を扱っているなど、初めてお聞きしましたが?」

「奴隷商売は信用が第一…どの顧客とも、と言うわけにはいかんのですよ。何せ人そのものを扱う商売ですからなあ…それゆえ、心苦しくも秘密裡の商売とさせて頂いております」

「……我が商会は、そちらのお眼鏡に叶った、と?」

「それはもう!あの神の宿り木商会とでしたら、喜んで我が商会の奴隷を提供致しますとも!ちなみにここにいる奴隷達は、此度の営業妨害の件のお詫びの品…どうぞお受け取りを」

「…………」


心底、胸糞が悪くなってくる。

エイレーンは、そう思わずにはいられなかった。


下卑た笑みを浮かべながら、人を人とも思わぬ所業を行なうドグサレに、エイレーンは殺意すら覚えてしまう。

そして、ドグサレの意図をも察してしまう。


ドグサレは間違いなく、神の宿り木商会と言う後ろ盾を欲しがっている。

神の宿り木商会が後ろ盾に着けば…

系列の商会となれば、表の商売も間違いなく息を吹き返すことができる。

加えて、裏の奴隷商売もこれまで以上に強気に行なうことができるようになる。


そして、神の宿り木商会を自分達と同じ…

非合法な商売に手を染める側に引き込むことで、裏切りを許さないように楔を打ち込む。

そうして、いざ神の宿り木商会が自分達を切り捨てようとすれば、逆にこの奴隷商売のことを神の宿り木商会の仕業だと叫び倒してしまえばいい。


謝罪の品としてここに連れてきた奴隷達も、当然ながら違法奴隷。

その違法奴隷を、神の宿り木商会が受け取ってしまえば、その時点で神の宿り木商会は自分達の仲間入りとなる。


「……奴隷商としての、国からの認定証はあるのですか?さすがにそれをご提示頂かなくては、そちらが正式な奴隷商であると言うのは難しいかと」

「ふむ、それは当然のことでしょう。我が商会が国に認められた奴隷商であることは、これをご覧いただければお分かりになるかと」


違法奴隷商なら、国からの正式な書状など出ているはずもない。

だからこそ、エイレーンはそれの提示を求める。


だが、その要求は想定内であると言わんばかりに、ドグサレは一枚の書状を懐から取り出し、エイレーンの前に差し出す。


「……確認を、させて頂いても?」

「どうぞどうぞ」


下卑た笑いを浮かべながら、ドグサレは余裕の態度を崩さない。

そんなドグサレにこれ以上ない嫌悪感を覚えながら、エイレーンは書状の内容を確認する。


書状そのものは、特段不自然な点は見当たらず、内容も自然なもの。

それに、ここ最近で何度かマクスデルの書状を目にしていることもあり、書状の筆跡も違和感はない。


「…………」


王家が認定したことを示す国王の証印も、これと言って不自然な点は見当たらず…

いかにも、正式に発行された書状のように見える。


だが、神の宿り木商会直属の諜報部隊の調査により、ドグサレ商会が国の認定のない違法奴隷商であることは確定している。

だからこそ、この書状も偽物だと言うことは分かっている。


「いかがですかな?その書状が、我が商会が国から正式な認定を頂いた奴隷商であることの証明となりましょう?」

「…………」

「さあ、我が商会の誠意の現れとして、特に上質なをご用意させて頂きました。お受け取り下さい」

「…………」

「おや?特に必要ございませんでしたでしょうか?それでしたら…私としてはこの商品達はここで廃棄せざるを得ないのですがねえ」

「!!…………」

「何しろ、そちらに献上することばかりを考えておりまして…拒否されることを失念しておりました。どうしてもお受け取り頂けないのでしたら、廃棄せざるを得ませんなあ」


ドグサレの言葉に、エイレーンはその殺意が表情に現れそうになってしまう。

献上品として連れてこられた子供達も、ドグサレの『廃棄』と言う言葉に思わずびくりと小さな身体を震わせ…

エイレーンの顔を不安げな表情で見つめてしまう。


ドグサレは、どうあっても神の宿り木商会に違法奴隷と言う楔を打ち込みたい。

その意思が、明確に表されたその言葉。

何の罪もない子供達を、そんな卑劣な交渉の品として扱うなど…

子供を無条件で愛し、庇護するエイレーンには絶対に許すことなどできない行為。


にやにやと余裕に満ちたいやらしい笑いを浮かべているドグサレ。

だが、その余裕も崩される時がやってきた。




「ほほう…正式な書状、ですか」

「わたくし、そちらの商会にそのような許可を出した覚えなど、ございませんが?」




応接室の背後の扉から、応接準備室にて待機していたエリーゼとセバスが姿を現す。




「!!!!!!エ、エリーゼ第一王妃殿下!!!!????」




まさかの王族の乱入に、ドグサレは先程までの余裕に満ちた下卑た笑いは一瞬にして消え失せ…

逆に、判決を言い渡される前の罪人のような後ろめたさに満ち溢れた表情を浮かべてしまう。


「ど、どうして王妃殿下がこのようなところへ!?」

「あら?この神の宿り木商会は我が王家直属の商会なのですよ?こうして非公式に交渉や商談に来ることなど、普段からあるのですが?」

「!!!!!!!!そ、そんな……」


『女神』と称される美しい笑顔を浮かべながら、エリーゼはドグサレを真っすぐに見つめる。

ドグサレは逆に、逃げ場を失い、追い詰められた罪人のように顔を青ざめさせ、その身を縮こまらせてしまう。


「あら、これがドグサレ会頭のおっしゃる書状ですのね」


そして、ドグサレが差し出した書状を手に取り、しっかりと確認する。


「ふふ…内容は確かに我が国が発行しているものと相違はありませんわね」

「!!そ、そうでございましょう!?」

「ですが、内容そのものはその気になれば複製や複写は可能なもの…セバス」

「は!」


エリーゼに呼ばれ、セバスが懐から長方形の印章のようなものを取り出し…

それを、ドグサレが持っていた書状の証印に合わせる。


「…ふむ、やはりこれは偽の書状ですな」

「!!な、なぜ!?」


自身が持っていた書状を偽の書状だとセバスに言い切られたドグサレ。

犯罪を明るみにされる恐怖に怯えた表情のまま、問いただす。


「王家の証印は、それを押印される国王陛下、第一王妃の魔力が込められている」

「!!!!????」

「その魔力が込められたことにより、書状は正式なものとなる。ゆえに、書状に真贋を判断する際には、その魔力の有無によって判断されるのだ」

「では…その印章は…」

「左様でございます、エイレーン様…これは書状の証印が、国王陛下もしくは第一王妃の魔力が込められたものかを判別する為の魔道具…国王陛下の魔力が込められていれば赤、第一王妃の魔力が込められていれば青の光を発するように作られております」

「ですが、この証印にこの魔道具は何の反応も見せなかった…それは即ち、その書状が偽造された偽物であることの証なのです」


王家の正式な書状がまさかそんな仕組みになっていたとは露知らず…

ドグサレは自身の犯罪を明るみにされ、がたがたとその醜く肥え太った身体を震え上がらせてしまっている。


「さて…ドグサレ会頭」

「!!!!ははははは、はいいいいいいっ!!!!」

「このような偽造された書状で、一体何の証明をしたかったのでしょう?そもそもわたくし、ドグサレ商会に奴隷商としての認定を出した覚えはかけらもございませんが?」

「そ、そそそそそそそ、それは……」

「さらには、我が王家が心底頼りにさせて頂いている、この神の宿り木商会への謝罪の品が違法奴隷とは、一体どのような了見なのでしょう?」

「あ、あああああああ、あのですね……」


目が少しも笑っていない、冷徹な笑顔のエリーゼの容赦ない追及に、ドグサレはもはや成す術もない状態となってしまっている。


王家が発行する書状の偽造、違法奴隷…

その動かぬ証拠が、今ここに揃ってしまっている。

しかも、この場に第一王妃となるエリーゼがいて、それを目撃した証人とまでなってしまっている。


「うふふ…一ついいことをお教え致しますわ、ドグサレ会頭」

「な、なななななななな、何を、でしょうか?……」

「この神の宿り木商会の会頭となられるは、我が王家の恩人中の恩人…我が国では国王と対等の賓客として扱わせて頂いているお方なのですわ」

「!!!!!!!!!!!!!!そ、そんな……そんな……」

「そのお方の商会にあろうことか営業妨害…さらには違法奴隷の押し付け…認定書状の偽造…これは、王家に宣戦布告をしていると、捉えてもよろしいのでしょう?」

「!!!!!!!!!!!!!!め、めめめめめめめめめめ、滅相もございませんんんんんんんんんんんっ!!!!!!!!!!!!!」

「もうすでに、ドグサレ商会には国からの監査部隊を編成し、向かわせておりますの。あなたの商会が犯した犯罪は、今ここに見えているものだけではないのでしょう?」

「!!!!!!!!!!!!!!あ、あああ…………」

「ドグサレ商会と関連のある組織、貴族…そちらも決して許すつもりはありませんの。せいぜい王家からの裁き、覚悟しておいてくださいね…セバス、この者を拘束しておきなさい」

「ははっ!!」


犯罪の決定的な証拠を掴まれ、しかも商会本体に国からの監査部隊がすでに向かっている。

ドグサレはもう終わりだと、へなへなと床に崩れ落ちてしまう。


エリーゼはセバスにそのドグサレを罪人として拘束するように命じ…

セバスはそそくさと、崩れ落ちて身動き一つ取ることのできないドグサレの両手両足を、持参している枷で拘束する。


ちなみに、事務所の外にいたドグサレの護衛達も、神の宿り木商会の防衛部隊の隊員によって無力化され、拘束されている。


「エイレーンさん、この罪人達を捕らえておけるような場所は、ございますでしょうか?」

「それでしたら、この事務所を出て裏の方にございます」


この事務所の裏には、交渉の際に荒事を企てた者を無力化し、拘束する為の牢屋への入り口が存在している。

事務所の地下に縦横高さ5m程の檻が十程あり、事務所に常駐する防衛部隊の隊員が交代で見回っている。

会頭補佐となるエイレーンが、リンには内緒で建築業者の職人達にお願いして作ってもらったものであり、何気に使用頻度は高い。


エイレーンの指示で防衛部隊の隊員達が、拘束されたドグサレとその護衛達を地下の牢屋に運び込み、そのまま檻に閉じ込めてしまう。


「あ、あの…」

「ぼ、ぼく、たち…」


諸悪の根源となるドグサレ達の拘束も終わり、ほっと一息をついていたエイレーン達に、ドグサレが連れてきた違法奴隷の子供達がおずおずとしながらも言葉を発してくる。


「ああ…こんなにもやせ細って、汚れて…辛かったでしょう…」

「もう大丈夫だよ…君達はもう奴隷なんかじゃ、ないからね」


ドグサレによって不遇な生活を強いられてきた子供達を、その心を癒すかのようにエリーゼとエイレーンが優しく包み込むように抱きしめ、子供達を安心させようとする。

子供達も、エリーゼとエイレーンの抱擁が温かくて優しくて、それで安心したのか…

大粒の涙をぽろぽろと零しながら、ぎゅうっと抱き着いてきてしまう。


ドグサレの犯罪の証明ができるのは既定路線となる為、この子供達は神の宿り木商会系列の孤児院で一旦預かることが決定。

常駐していたメイドにお願いして、スタトリンの孤児院に全員連れて行ってもらった。


「あんなにも幼気な子供達に、あのような所業を…エイレーンさん、此度は我が国の膿を暴いてくださり、さらには子供達を受け入れて下さり、ありがとうございます」

「いえ…お役に立てて何よりでございます」

「ドグサレ商会…そしてそれに関わる犯罪組織も一網打尽にできるよう、全力を尽くします」

「我が商会がお手伝いできるようなことがあれば、ぜひお申しつけください」


エイレーンもエリーゼも、ドグサレ商会の非道な所業に怒り心頭となってしまっており…

何が何でも潰してやろうと意気込んでいる。

そして、ひとまずはドグサレ商会と関連する組織を潰すことを宣言するエリーゼに、その為の協力は惜しまないとエイレーンは笑顔で言葉にするのであった。

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