第200話 調査②
「……エイレーン会頭補佐。ドグサレ商会、及びドグサレ商会に癒着する貴族の調査結果です」
神の宿り木商会所属の諜報部隊が、ドグサレ商会の調査を開始した翌日。
ハーピーのまとめ役となっているピアからの報告をまとめた書類、そして悪事の証拠となる書類を揃えたロクサルが、エイレーンに調査結果の報告の為にリンの地下拠点の一階に姿を現した。
「ふふ…もう集まったのかい?」
「……はい。とは言え、ドグサレ商会と癒着している貴族の方は、これからさらに調査をすることとなりますが…」
「いやいや、こんな短時間でドグサレ商会だけでも調査できたのは素晴らしいよ…さすがは我が商会が誇る諜報部隊だ」
「……お褒めの言葉、ありがとうございます。これも隊員達が頑張ってくれたおかげです」
諜報部隊の隊長となるロクサルが、昨日ドグサレ商会の調査を開始したばかりだと言うのに、もう調査結果を持ってきたことにマクスデルやエリーゼを始めとするサンデル王国側の者達は驚愕の表情を浮かべてしまう。
そんな中、ロクサル率いる諜報部隊ならそれくらいは当然、と言わんばかりの称賛の笑顔を浮かべているエイレーン。
ロクサルも部下達の働きが手放しに称賛されたことで、うっすらとではあるが喜びの笑顔を浮かべている。
「……さすがは、リン様が率いる商会の諜報部隊だと言うべきか…」
「…まさかここまでとは思いませんでした」
「王国の諜報部隊でも、一つの商会をここまで早く調べ上げるのは不可能…さすがは、さすがはリン様がお作りになられた神の宿り木商会の諜報部隊と、言わざるを得ません」
「私も、セバス様と同意見でございます。ああ…さすがは我が守護神様の商会…リン様…このアンはますます、リン様のことが愛おしくなってしまいます♡」
驚愕の余り言葉を失ってしまっていたマクスデル、エリーゼ、セバス、アンからも称賛の言葉が飛び出してしまう。
特にエリーゼは、今後の王国の調査を神の宿り木商会の諜報部隊に依頼するべきかと、真剣に検討し始めている。
「ではロクサル君、調査の結果を報告してもらえるかな」
「……承知しました」
ちょうどマクスデル達がいるので、調査結果を精査してもらえると思い…
エイレーンはその場で、ロクサルに調査結果の報告を求める。
ロクサルもそれに従い、諜報部隊の本部でまとめてきた資料を展開し、報告を開始する。
・ジャスティン商会、神の宿り木商会の支店に顧客を奪われ、本来の店舗経営はほぼ破綻してしまっている
・その為、従業員も最盛期の百人超から二十数人にまで激減している
・表の商売が破綻している為、国の許可を得ていないにも関わらず獣人、または人族の孤児をターゲットにした闇の奴隷商売を行なっている
・奴隷狩りの為に、犯罪を生業とする闇ギルドと手を組み、商品となる奴隷を確保している
・確保した商品の奴隷は、領主となるキーデン伯爵の寄子のグドン名誉子爵が、大半を性奴隷、残りは労働奴隷として購入している
・さすがに奴隷狩りの一部始終を目撃する者もいるのだが、目撃者は全て闇ギルドの手によって口封じの為に始末されてしまっている
・そして、ドグサレ商会はもちろん闇ギルドの所業は全て、グドン名誉子爵が握りつぶしてしまっている
・キーデンの浮浪孤児も、一時期はほとんどがドグサレ商会と闇ギルドによって奴隷落ちさせられていたが、今は孤児を見かけた者がすぐに神の宿り木商会系列の孤児院に預けてくれるようになった為、事なきを得ている
・領主となるキーデン伯爵の所にも、グドン名誉子爵から購入された奴隷が多く所属している
・が、グドン名誉子爵は合法奴隷と偽ってキーデン伯爵に奴隷を売りさばいている為、キーデン伯爵は購入した奴隷が違法奴隷であることを知らない
「……今のところ、調査で判明したのはここまでとなります。また、書類の中にドグサレ商会と闇ギルド、そしてグドン名誉子爵が関与する過去の犯罪、及び違法奴隷の証拠書類がございます」
一通りの報告を終え、一息つくロクサル。
さらに、ドグサレ商会から押収した違法奴隷に関する証拠書類、そして闇ギルドとグドン名誉子爵の関連を示す証拠書類を広げて、エイレーン達に見せる。
・奴隷売買の契約書類(ドグサレ商会の証印、グドン名誉子爵の家紋着き)
・違法奴隷の購入書類(ドグサレ商会、闇ギルドの証印着き)
・闇ギルドへの奴隷狩り目撃者の暗殺依頼書類(ドグサレ商会、闇ギルドの証印、グドン名誉子爵の家紋着き)
・闇ギルドへの商売敵への営業妨害依頼書類(ドグサレ商会、闇ギルドの証印、グドン名誉子爵の家紋着き)
・商会の帳簿
・確保した違法奴隷の一覧
・確保した違法奴隷の監禁場所を記した見取り図
ロクサルが提示した証拠書類は、どれもが動かぬ証拠となるものばかり。
しかも、その証拠書類が隠された場所を詳細に記したメモまである。
「…これは凄い…ここまで揃っているのなら、ドグサレ商会を確実に追い込めますぞ」
「…セバス様が編成された監査部隊に、このメモの内容を知らせる為にも、当日の監査は私も同行させて頂きます」
「うむ、それがよかろう…アン、頼んだぞ」
「承知致しました、セバス様」
ロクサル率いる諜報部隊の調査能力に感嘆の声しか出てこないセバスとアン。
証拠類の隠し場所を記したメモは、監査の際に非常に役立つことは間違いない。
ゆえに、アンが自ら監査に加わり、このメモを持参して監査部隊の支援をする、と言うことで話は進んでいく。
「しかしこの精度…やはりリンちゃんが作る魔導具は本当に凄いな」
「……俺もそう思います。リン会頭が作られる魔導具のおかげで、ここまで証拠を集めることができました」
ロクサルが今ここに広げている、ドグサレ商会が隠し持つ証拠書類の数々…
これらは、ドグサレ商会から持ち出したわけではない。
リンが作り出した魔導具の力で、
複写の魔導具
・製作者:リン
・属性:無
・この魔導具が触れた書類の内容を読み取った内容で全く同じ書類のコピーを生み出す。
魔導具自体がリンの魔力を吸収し、充填する機能を備えている為、魔力のない者でも使用可能。
別の紙に複写したい書類の内容を複写することもできるし、複写したい書類そのものを複製することもできる。
別の紙に複写する場合も、読み取った内容を保持できるので、好きな時に複写することができる。
・使用MP:(別の紙に複写の場合)枚数×100、(書類そのものを複製)枚数×1000
・防犯・盗難対策:神の宿り木商会の関係者にしか使用できず、一定期間未使用の場合は自動的にリンの収納空間に収納されるようになっている
スタトリンの王であるシェリルが王家御用達と認定する書類、サンデル王国の王族であるマクスデルとエリーゼが王家御用達と認定する書類の複製が必要になったことで、リンが作りだしたこの魔導具。
普段から書類を扱う機会が非常に多くなる、神の宿り木商会の業績管理部門を筆頭に従業員の居住地にある各施設の管理部門、冒険者ギルド、防衛部隊、諜報部隊で導入され、どこも業務が大幅に効率化することとなった。
諜報部隊では純粋に業務書類の複製に使うのみならず、今回のドグサレ商会への潜入調査など、証拠書類の取得に使用するようになり…
証拠収集の能力が大幅に向上することとなった。
しかもこれがあれば、原本が持ち出されたことで調査対象の相手に余計な警戒や大騒ぎをさせないようにあえて残した上で、証拠書類を持ち帰ることができるので…
調査対象の油断を誘うこともできるようになっている。
今回はピアを始めとするハーピー達が【闇】属性の【収納】を使えるので、潜入調査の際にその場で証拠書類を複製し、持ち帰ることができたが…
そうでない場合も読み取らせた内容を全て複写の魔導具に保持し、拠点に帰ってきてから別の紙に複写したり、書類そのものの複製をすることも可能となっている。
エイレーンは、この複写の魔道具は世に出すと悪用される危険性が高いと判断し、あくまで神の宿り木商会内での使用に限定している。
つまり、商品として出す予定は、今のところ一切ないのである。
「…ふふふ…」
「?どうした?エリーゼ?」
「…このスタトリンのみならず、サンデル王国にとっても守護神となられるリン様…そのリン様の商会に営業妨害をしただけでなく…こんな非合法極まりない奴隷商売まで…」
「エ、エリーゼ?…」
「あなた」
「!な、なんだ?」
「ドグサレ商会…そしてそれに関わる闇ギルド、グドン名誉子爵…このような犯罪者達を、我が国にのさぼらせておくわけにはまいりません」
「む、無論…」
「非合法な取引で売られてしまった奴隷達…商品として今もドグサレ商会で監禁されている奴隷達…絶対に解放致しましょう。解放後は王宮の住み込みの使用人とするなど、衣食住と仕事は絶対に保証します。その上で当人の希望も汲むようにし、もう二度とそのような不幸な目になど、遭わせないようにしましょう」
「も、もちろんだとも」
笑顔なのに目が笑っていないエリーゼを見て、マクスデルは冷や汗が止まらない。
この状態のエリーゼが心の底から怒り狂っているのを、マクスデルはよく知っているからだ。
自身の出自が平民である為、民に寄り添う心優しいエリーゼだが…
反面、ドグサレ商会が行なっている非合法奴隷など、非人道な行ないは一切の容赦を持たない。
しかもそれが、未来ある子供達を食い物にするようなことであるならば、なおのこと。
その上今回は、自身が母国の守護神として崇め、同時に目に入れても痛くない可愛い息子として愛情を注いでいるリンが設立した神の宿り木商会への営業妨害までやらかしていることもあり…
エリーゼはもう、これ以上ない程に怒りを爆発させてしまっている。
「エリーゼ様、解放された奴隷の生活の保証…我が神の宿り木商会でもさせて頂きます」
「!エイレーンさん…」
「このような醜い輩の欲望の為に、不遇な生活を強いられることとなった子供達を救う為ならば、我が商会は喜んでその子供達を受け入れさせて頂きます」
そして、ドグサレ商会に激怒しているのはエリーゼだけではない。
会頭となるリンが、そして子供が大好きなエイレーンも、腸が煮えくり返る程に怒りを爆発させてしまっている。
ひとまずは商会の孤児院で受け入れることができるし、子供達が望むなら適正のある仕事に就いてもらったり、冒険者として登録してもらったりもできる。
何が何でも、そんな不遇な子供達を助けたい。
子供達に、幸せになってもらいたい。
エイレーンは、心の底からそう願っている。
「うふふ…神の宿り木商会は系列の孤児院もありますし、お仕事も豊富ですから…そう言って頂けると凄く嬉しいですわ。そう言えば、今回の件は、リン様には…」
「お伝えしておりません。このようなことは、わざわざ会頭にお伝えするようなことではなく、補佐を務める私の役目です。会頭には、事が済み次第多くの難民がスタトリンを訪れたので、商会の一員として受け入れることのみ、報告致します」
「ふふ…リン様がこのようなことをお聞きになれば、その御心を痛めてしまわれるだけですからね…何より、これは我がサンデル王国の恥であり、その王族となるわたくし達が解決せねばならないこと…その為にも、エイレーンさん…ご協力願えますでしょうか?」
「もちろんでございます、エリーゼ様。私も小さいながらスタトリンと言う国の重役として見出して頂いた身…国を思うエリーゼ様のお心に沿わせて頂きたく思います」
「ありがとうございます、エイレーンさん…ああ…神の宿り木商会は本当に頼りになります。サンデル王国の王族として、神の宿り木商会と直接契約を結ばせて頂けたのを心から嬉しく思います」
奴隷から解放した後の子供達を、神の宿り木商会が受け入れてくれる。
エイレーンのその言葉は、エリーゼはもちろんマクスデルを始めとするサンデル王国陣営の者達にとって、心底頼もしいと思えるものだった。
それと同時に、何が何でもドグサレ商会とそこに癒着する貴族の件を、自国できっちりと裁く必要があると、心を改める。
「エイレーン…サンデル王国の国王たる我から、神の宿り木商会に依頼したい。引き続きドグサレ商会及び、闇ギルド、グドン名誉子爵…そしてキーデン伯爵の調査を頼む」
「サンデル王国国王陛下より直々の依頼、神の宿り木商会を代表し、会頭補佐となるこのエイレーンが承りました。引き続き、我が商会の諜報部隊に調査をさせて参ります」
「恩に着る、エイレーン。我が国の膿を探ってもらうのだ…報酬は言い値で言ってくれて構わぬ」
「ありがたきお言葉…報酬の件は追って話をさせて頂きたく思います」
「承知した」
ここからはマクスデルが、サンデル王国の国王として正式に神の宿り木商会の諜報部隊に、ドグサレ商会と関連する組織、及び貴族の調査の依頼を、言葉にする。
エイレーンはそれを恭しく受諾し、諜報部隊の隊長となるロクサルに視線で調査の継続を指示する。
ロクサルはそれに対し、すぐさま肯定の意を示すと、再び自身の職場となる諜報部隊の本部に戻っていった。
「お話中失礼致します!エイレーン会頭補佐!」
そこに、商会の事務所で常駐の担当をしていたはずのメイドが、そそくさとエイレーンの元にたどり着く。
「?何か、あったのか?」
「今、商会の事務所にドグサレ商会、ドグサレ会頭がお見えになられております!」
「!それは本当か?」
「はい!護衛と思われる男性二人と共に来られてましたが、その二人は外で待機するようにされて…」
「?一体、何の目的で…要求は交渉か?」
「それが…ジュリア商会キーデン支店での営業妨害について、謝罪と申し開きをしたいとおっしゃられてます」
「ふむ…腐っても一商会の会頭…部下達程愚かではない、と言うことか…」
商会の拠点となる事務所の方に、ドグサレ商会の会頭が現れた。
その報告に、エイレーンは思案する。
神の宿り木商会がスタトリンとサンデル王国両方の王族御用達となる商会であることは、各支店、拠点に貼ってある書状を見ればすぐに分かる。
そして、王族…
言わば国が御用達にしている商会に喧嘩を売るなど、国に喧嘩を売るようなものであることも、一商会の会頭ともなればすぐに分かるはず。
ならば目的は懐柔…
そして、あわよくば神の宿り木商会に取り入ってしまおうとまで、考えているのではないか。
ジュリア商会のキーデン支店で営業妨害を起こしたゴロツキ達の報告を聞く限り…
闇ギルドにまでつながっていることを考えると、徹底した武力行使にまで出るのでは、と思っていたのだが…
ドグサレ商会の会頭がそうしなかったことに、自身のプライドや感情を優先して力技に出るような、思慮に欠ける人物ではないと、エイレーンは評価を改める。
「分かった。私が出よう」
こうなれば、会頭補佐の立場にある自分が出るべきだと、エイレーンは立ち上がり、事務所の常駐担当のメイドを引き連れて、事務所へと向かおうとする。
「エイレーンさん、よろしければわたくしも、そちらの事務所の方に出向かせて頂けますでしょうか?」
「!エリーゼ様…」
「もちろん、エイレーンさんに先にドグサレ商会の会頭にお会いして頂いて、話を進めて頂きたく思います。その上で、お相手がボロを出すようでしたら、わたくしもその場に出て、証人とならせて頂きます」
そのエイレーンに、エリーゼが自分もその会談に同席する、と申し出る。
そして、エイレーンが話を進めていく間に、ドグサレ商会の会頭がボロを出すようであれば、自分が証人となり、徹底的にドグサレ商会を追い込む算段だとも言葉にする。
「であればエリーゼ様、このセバスに同行の許可を!この私も証人となり、エリーゼ様、そしてエイレーン様の護衛とならせて頂きます!」
「まあ…ではセバス、お願いできますか?」
「ご承諾頂き、ありがとうございます!この老骨を盾にしてでも、お二人の身をお護り致します!」
「エリーゼ様、セバス殿…ありがとうございます…君、我が商会の防衛部隊にもこの件と、私が事務所の方に護衛の増員を指示していたと伝えてくれ」
「!か、畏まりました!エイレーン会頭補佐!」
エイレーンからの指示を受け取ったメイドはすぐさま、商会の防衛部隊の本部に向かって行く。
そして、その後を追うようにエイレーン、エリーゼ、セバスの三人も、商会の拠点となる事務所の方に、足を進めていくのであった。
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