第198話 設立⑭
神の宿り木村ができて、はや数日。
世界樹が神の宿り木村に関するお告げを発してくれた効果が、早速現れている。
「おおお……」
「ほ、本当に……お告げの通りだ…」
悪徳奴隷商や盗賊などから、身を潜めながら各地を転々としていた亜人がぽつぽつと、神の宿り木村を訪れるようになっている。
そして、村の中央に雄々しく聳え立つ世界樹を見て、自分達が見たお告げは紛れもない真実だったと、感動の涙を零してしまう。
身一つでろくに金銭はもちろん荷物も持たず…
食べるものすらもろくに調達できず、長い距離を移動してきたことで身体も疲弊しきっている移民希望の亜人達。
だが、世界樹のそばにいるだけで心なしか身体が楽になってくる。
「さあ、ここまでずっと歩いてきたから、お疲れでしょう?」
「まずはその身を清めて楽にしましょう!」
「それから、美味しいものいっぱい食べてくださいね!」
そして、村人となる亜人達が、この神の宿り木村の名物となる『神の宿り木温泉』を勧めてくれ…
その風呂に入ると、疲弊しきっていた身体が嘘のように回復していく。
長旅で積もり積もった汚れを清めてくれる。
それだけで、この村が楽園のように思えてしまう。
さらには、村人が森の中で狩りをして捕らえてきた獲物と、採取してきた森の恵み…
それだけでもありがたくてたまらないのに、世界樹の恵みまでをも、御馳走として与えてくれる。
世界樹が聳え立つ、村の中央となる広場で、村人全員含めた祭りのような食事会が開催され…
村人達は、自分達をとても歓迎してくれ、これまでの不遇さを労わるように食事を勧めてくれる。
まるで、天国に来たかのような幸福感が、移民希望の亜人達の心を埋め尽くしてしまう。
「森にいる害獣の討伐や、植物系素材の採取が得意でしたら、冒険者登録して頂ければ依頼は常にありますよ!」
「あちらの黄昏商店では、お店の販売員を募集しております!」
「生産系のお仕事が得意な方でしたら、商会の方で相談も可能です!」
しかも仕事はいくらでもあり…
どの仕事も村の民として日々暮らしていくには十分すぎる程の収入が確約される程。
おまけに農業や鍛冶など、生産系の技能を持つならば…
この村を所有する商会である神の宿り木商会で、相談して仕事を斡旋してもらえるとのこと。
住処も、村にある集合住宅で月に金貨三枚と言うお手頃価格で、一人用ではあるが確保できる。
村にあるのは十部屋程のこじんまりとした建物だが、例によってリンの生活空間にある拡張領域とつながっているので、この十部屋が埋まったとしてもそちらの方で契約することができる。
しかも、宿屋同様に集合住宅の拡張領域も、神の宿り木商会設立に伴い、総部屋数を二万にまで増やしている。
この村の仕事を日々こなしていけば、ここで暮らしても生活費に余裕は十分に出てくる。
だから、安心して契約することができる。
日用品の調達も、黄昏商店があるからまるで困ることがない。
村全体が強固な結界で護られているから、村の中が襲われることもほぼない。
「ああ……天国って、こんなところにあったのね……」
「税金も住民税だけで、月に銀貨二枚だから安いし…」
「仕事はいくらでもあって、報酬もいいものばかりだし…」
「集合住宅があるから家も問題ないし、黄昏商店があるから買い物も大丈夫だし…」
「世界樹があるから空気も清浄で、村人達もみんな優しくて村全体が居心地良いし…」
「神の宿り木村…本当に来てよかった…」
村を訪れた亜人達は、誰もが神の宿り木村に来てよかったと、喜びの声をあげている。
そして、その場で村の住民登録と集合住宅の契約、そして仕事を決めてしまう。
そういったことが毎日起こっており…
ここ数日で村の民は当初の五倍となる、五十人にまで達している。
もちろん、世界樹がお告げを出してくれたことで今後もこうして移民希望の亜人達が村を訪れ、村人となっていくだろう。
「ああ…リン様からお預かりするこの村に、人がどんどん増えていく…リン様のおかげで、かつての私のような苦しく辛い状況にある亜人達が、どんどん救われていく…リン様…このクレア、リン様の為にもこの神の宿り木村をもっともっと盛り立てていきます!」
村に人が増え、どんどん活性化していくのを目の当たりにして、村長であるクレアは幸せと喜びで心がいっぱいになってしまう。
クレアはこれからも、リンが自分に与えてくれた役目を全うし、かつての自分と同じような、不遇な状況にある亜人に手を差し伸べていこうと、その心に誓うのであった。
――――
「ああ…凄いです!!」
「まさか商会で村を経営できるなんて!!」
「神の宿り木村になってからわずか数日で、十人だった村人が五十人になってます!!」
「村長のクレアさんが村を、黄昏商店のエイミさんが店をしっかりと経営してくださってますし、村人からも大好評の声が続出してます!」
「商会でも頼りになる人材を雇用できますし、冒険者ギルドでも有能な冒険者が増えてますから…」
「村に建設した集合住宅も、村の十部屋はすぐに埋まって早々にリン様の生活空間の拡張領域に案内することになってます!」
「各施設の支店の展開も順調です!」
「今は神の宿り木商会の名前が王国中に広まっているのか、後に展開した支店は開店直後から大繁盛しております!」
神の宿り木村がすぐに軌道に乗り、順調に発展していることを…
業績管理部門の面々が大いに喜び、今後の商会の展望について語り合っている。
支店の展開も順調に進んでおり…
・宿屋…三十二店舗→四十八店舗
・パン屋…十六店舗→二十四店舗
・レストラン…十六店舗→二十四店舗
・ジュリア商会…二十店舗→三十店舗
・冒険者ギルド…十六支部→二十四支部
・孤児院兼ごみ収集場…十六支部→二十四支部
と、どんどん国の北方から南下しつつ広がるように増えていっている。
すでに神の宿り木商会の名が、サンデル王国内に広まっていることもあり…
新たに展開した支店は開店から即大繁盛と、商会にとって嬉しい誤算となっている。
売上の方も当然ながら大幅な上方修正がかかり…
今月だけで大白金貨二十億枚は超える見込みとなるなど、凄まじい程の繁盛ぶりを見せている。
「えへへ…事務所の常駐の交代、よろしくね!」
「あ、分かったわ!じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい!よろしくね!」
「お帰り!お疲れ様!」
「ただいま!ねえ、今日も凄いよ!エイミさんの黄昏商店がうちの系列店になったこと、もう他の商会や商店が聞きつけたみたいで…最近少なくなってた交渉が、もう途切れることなく来てたの!」
「わあ~…そんなに?」
「うん!でも、うちの防衛部隊の隊員さんがちゃんと睨みを利かせてジュリア様とイリス様を護ってくれてたから、なんか荒事に持ち込んできそうな雰囲気の相手も手を出せなかったし、結局うちの生産力と人脈を利用したいだけだったから、早々にお帰り願われちゃってたの!」
「そんなの、絶対そうよ!リン様のお力を利用したいだけのところなんてお呼びじゃないもの!」
「リン様のことが大好きで大好きでたまらないジュリア様とイリス様が、そんなところを系列にするはずないもん!」
そこに、神の宿り木商会設立直後に加入した新人メイドの一人が、他商会や商店、商人との交渉窓口となる事務所での常駐勤務を終えて、地下拠点に帰ってきた。
そしてすぐさま、次の常駐の担当となっているメイドが地下拠点から事務所の方にぱたぱたと走っていく。
そして、常駐勤務から帰ってきたメイドから、エイミの黄昏商店を系列店にしたことがもう他の商会や商店、商人の耳に入っていたこと…
それにより、ここ最近は少なくなっていた交渉希望の相手が、今日は途切れることなく訪れていることなどと、嬉々とした口調で他のメイドは聞かされる。
だが、エイミのような信頼できる人格の交渉相手は今日は訪れておらず…
結局、交渉の席に臨んでいるジュリアとイリスのお眼鏡に叶うことはなく、容赦なくお帰り願われている。
そのことを聞いて、他のメイド達は当然と言わんばかりに頷く。
新人メイド達は事務所の常駐以外にも、地下拠点での家事や雑務、系列店舗での業務応援などにも取り組んでおり…
だからと言って息をつく暇もないと言うことはなく、どの仕事もとても楽しくていつも笑顔が絶えないでいる。
地下拠点に住み込みで食事も当然のように出るし、衣類も希望するものを提供されるので、生活は最低限どころか富裕層並に保証されているのに、さらには決して少なくない、むしろ多いとさえ言える程の給金までもらえているのだから…
何より、自分達のご主人様となるリンは、いつでも自分達のことを気にかけてくれていて、何かをしたらいつも笑顔で感謝の言葉をくれる。
それだけでなく、リン自ら料理してみんなに振る舞ってくれるし、みんなが喜んだら、それを我が事のように喜んでくれる。
リンのお風呂や着替え、添い寝などのお世話をするのが幸せで幸せでどうしようもなく、ずっとリンに仕えたいと、メイド達の誰もが思うようになっているのである。
こうして、神の宿り木商会の業績は爆発的に上昇していき…
商会の誰もが、明るい未来に笑顔を浮かべながら業務に励んでいくのであった。
――――
「ビッグホーンブルのステーキセット、一セット出ました!」
「焼きオニギリミソ塗りとミソスープのセット、二セット出ました!」
「了解!」
「作り置き、補充するブヒ!」
リンの生活空間の、商会の従業員の居住地にある大型の調理施設。
ここでは、常時全メニューの作り置きを仕込みとして行なっており…
料理人が料理を作り上げ、調理補助が盛り付けを、と言う役割分担になっている。
また、調理補助の者は収納空間にある各メニューの作り置きの状況を常に確認しており、レストラン、ギルドの食堂、宿屋の食堂で出された分を確認して連絡し、その分を補充するようにしている。
全メニュー、常時五百以上を作り置きしているのでなくなることはまずなく…
出された分を補充しつつ、人気のあるメニューをさらに作って余分に作り置きしておくようにしている。
後は支店の方で注文されたメニューの作り置きを収納の魔導具から取り出して、それを提供するだけなので、調理スタッフ側はもちろんホールスタッフ側も、慌てることなく落ち着いて働けているのである。
しかも、食べ終えた食器類は収納空間に収納すると、作業空間に配置されている召喚獣が【浄化】の魔法を付与された魔導具で全て綺麗にして、再度収納するようになっている。
その為、食器洗いの手間もないのである。
「や~、マジで豚人族みんなすげえ!」
「食品加工はもちろんだし、料理の腕も半端じゃない!」
「聞いたこともないようなレシピもめっちゃ知ってるから、新メニューも開発がすっごく進んじゃう!」
特に、美食を追求する為に生まれてきたと言っても過言ではない程に、食に貪欲な豚人族が料理人、調理補助として加わってくれたことで調理施設の効率も質も大きく向上。
食品加工部門のおかげで食材を切ったりする手間も大幅に省けていることもあり、各メニューの生産効率は格段に向上している。
さらには豚人族が持つレシピは人族では聞いたこともないようなものが非常に多く、しかも舌が蕩けるような美味を誇るものばかり。
新メニューの開発はもちろん、既存メニューの改善も進んでおり…
スタッフ全員でとても楽しんで取り組むことができている。
「皆さんのお役に立てて嬉しいブヒ!」
「美味しいもの食べるのは本当に幸せだから、皆さんにも食べてほしいブウ!」
人族はもちろん、違う種族も普通に、和気あいあいと交流ができることに、豚人族もとても喜んでいる。
リンの設立した神の宿り木商会の一員と言うのも、従業員全員に確かな一体感をもたらしていることもあり、お互いがお互いを認めて、とても仲良くすることができている。
「リン様とウィッチ族のおかげで、鉄と他の鉱物を混合させた加工素材がすっげえあるぜ!」
「こいつのおかげで、そこそこ安価でかなりの強度を誇る武器や防具が作れるな!」
「それだけじゃなくて、調理器具とかの日用品にもちょうどいいから、そっちもいいのが作れるよ!」
「リン様と農業部門の人達が作ってくれる糸も、伸縮性があって手触りもよくて!」
「これで服とか作ったら、すっごくいいのできちゃいそう!」
「あ~!リン様の元で物作り、めっちゃくちゃ楽しい!」
リンが作った地下の工房では、ドワーフ達が思うがままに物作りに励んでいる。
ドワーフの人数も増えたこともあり、地下空間は拡張されて、元の三倍程の広さになっている。
加えて、ドワーフの希望で壁の一面全てが、リンの生活空間の従業員の居住地への出入り口となっており…
その近辺にも、鍛冶や裁縫など、物作りに必要な設備が所狭しと設置されている。
ウィッチ族がリンの元で働くようになり、それまではリンにしかできなかった鉱物の混合をウィッチ族にも分担して行なえるようになった為…
今は量はもちろん種類も多々ある混合金属を使って、平民にも求めやすい価格で手に入れられる、調理器具や農業器具などの製品、そして戦闘に特化した冒険者が求める武器や防具類なども大量に製造していっている。
また、糸もリンはもちろん神の宿り木商会の同胞達が大量に生産する、非常に上質なものがあるのでそれを使い…
衝撃や斬撃に強い防護服、純粋に普段着として着られる衣類なども大量に製造していっている。
スタトリンにある鍛冶・衣料品店、冒険者ギルドにある販売スペース、さらには唯一の卸先となっているジャスティン商会。
もうどこででもその商品は大好評となっており、文字通り飛ぶように売れている。
加えて、ジャスティン商会を通してくる、貴族が王族や上位貴族への献上品とする剣や鎧の製造の依頼も非常に増えており…
その依頼も、ドワーフ達がこなしている。
当然ながら報酬も非常に高額で、一件辺り平均して大白金貨二万枚は下らない依頼となっているのだが、納品されるものはどれも依頼主からはもちろん、その依頼主から献上された上位貴族らも大絶賛する程のものとなっている。
それもあり、神の宿り木商会が設立してからはその手の依頼が右肩上がりに増えており…
今となっては、日に最低一件はそういった超高額報酬の依頼が舞い込んでくるようになっている。
仲介となるジャスティン商会に三割、神の宿り木商会に七割と言う配分になっており、どちらの売上にも非常に貢献することとなっている。
まあ、物作りができれば幸せなドワーフ達は、そんなことはまるで気にしていないのだが。
「ねえねえ、リン様がお作りになられたこの『冷蔵庫』と『冷凍庫』、凄いよね!」
「ほんとほんと!」
「魔力の制御が難しいはずの【氷】魔法を、こんなにも繊細に制御して付与してるなんて…」
「それにこの、ただの鉄とアダマンタイトを合成した素材なんだけど」
「合成の配分が絶妙よねえ…」
「鉄の成分の方が断然多いのに、硬度がミスリルに匹敵する程なの!」
「こんな少量のアダマンタイトを使うだけで、ミスリルに匹敵する硬度の合金を作っちゃうなんて!」
「これだったら武器とか金属製品作るのも、より低コストでよりいいのが作れちゃう!」
「リン様は魔法も錬金術もとっても凄くて」
「リン様がお作りになられたのを見てるだけで、すっごくいい刺激になっちゃう!」
従業員の居住地から少し外れたところにある、ハーピー達も住処にしている山の麓。
そこにある、ウィッチ族の為の魔法と錬金術の研究施設。
自然の恵みからなる素材を採取するのにも都合よく、魔物素材は冒険者やリンの従魔達がいくらでも狩りに行ってくれる為、研究材料には困らない。
しかも、施設そのものも地上には生活の為の空間のみで、研究施設は生活空間の地下に作られている。
生活空間となる地上部も、数十人いるウィッチ族が一同に集まっても広々としている程の広さがあるのだが…
研究施設となる地下空間は、縦横1㎢と非常に広く作られており、魔導具の開発、無機物への魔法の付与、錬金術による商品開発、新しい魔法の開発など…
ウィッチ族がのめり込んでいる研究テーマ全てに対応した施設となっている。
もちろん、リンの収納の魔導具や浄化の魔導具も設置されており、好きな時に素材を取り出したり、研究などで汚れた施設を浄化したりできるようになっている。
すでにリンが作ったことのある魔導具や錬金素材などを目の当りにして、ウィッチ族の誰もが、リンの魔法と錬金術の力に敬意を表している。
そして、リンが開発したものに刺激を受け、日夜神の宿り木商会で使う物や、商品となる物の開発に勤しんでいる。
その為、リン本人も施設に招いて共に研究することも多く…
リンからのアドバイスも多々あって、いくつか商品化の目途が立ちそうな物も出てきている。
・【闇】属性の【引力】と【収納】を組み合わせて付与した、ごみを吸引する掃除用の魔導具
・【闇】属性の【収納】と【生産・錬金】の【分解】を付与した、頑固な汚れの成分を分解して吸い取り、綺麗にする魔導具
・【風】属性の【暴風】を威力を調整して付与した、混ぜ物をする調理用の魔導具(風量は調節可能)
・粉末状にしたマダラ草と塩を【生産・錬金】の【混合】で組み合わせた、栄養満点で旨味たっぷりの塩
・粉末状にしたマダラ草と胡椒を【生産・錬金】の【混合】で組み合わせた、栄養満点で旨味たっぷりの胡椒
まだ試験段階なので商品としては出さず、リンや地下拠点で暮らす者達と、居住地で暮らす同胞達に試しに使ってみてもらっている。
だが、同胞達の反応は総じて好評であり、その上で改良する為の意見ももらえているので独りよがりにならず、ウィッチ族はとても楽しみながら商品開発に取り組むことができている。
こうして、神の宿り木商会で取り扱う商品は量はもちろん増えていっており、種類も増え、質も向上していっている。
各生産部門が作り出す商品の種類と質に、会頭補佐となるエイレーン、そして業績管理部門の面々は顔を綻ばせながらも…
市場に出すべきかどうか、出すにしても価格をどうすべきかを悩みながらも楽しく話し合い、検討していくのであった。
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