第196話 設立⑫

「初めまして。私、神の宿り木商会で会頭の専属秘書をさせて頂いております、ジュリアと申します」


ひとまず、エイミの黄昏商店の店舗で話をすることとなった三人。

テーブルや椅子もなく、地べたに座らなくて済むように、と言う程度の敷物が敷かれているところに、三人とも腰を下ろす。

そして、クレアとジュリアが向かい合い、エイミが二人の横に着くようにする。


エイミと共に村に訪れた、人族の身なりのいいとびっきりの美女。

もしかしたら、エイミを騙して亜人が住むこの村に、奴隷狩りに来た奴隷商かもしれない。

そんな疑念を鋭い視線に乗せてくるクレアに対し…

ジュリアは穏やかな笑顔を浮かべて、ぺこりと頭を下げながら挨拶と自己紹介を行なう。


「…………あ、ああ…あたいはクレア、一応この村のまとめ役みたいなのをやってる」


だが、亜人である自分に対しても礼を失さず…

むしろ非常に友好的な、丁寧な挨拶と自己紹介にクレアは毒気を抜かれてしまう。

そして、戸惑いつつもクレアは自己紹介を返す。


「…で、神の宿り木商会…って言ってたか?」

「はい!まだ設立してから十日ばかりの、スタトリンを本拠地とする商会ですが、今はじょじょにサンデル王国の方にも支店を展開させて頂いております!」

「へえ……ってことは結構な規模の商会なんだな。で、その神の宿り木商会さんが、なんでまたこんなへんぴな村に?」


この村に辿り着くまでにジャスティン商会と言う、サンデル王国の至る所に支店を構える超優良商会があることは、風の噂に聞いていたクレア。

だが、それ以来はずっとこの村に住んでおり、特にそれ以上の噂話は聞くことはなかった。

その為、設立からわずか十日程であるにも関わらず、すでにサンデル王国全土で噂になる程、飛ぶ鳥を落とす勢いで支店の展開と繁盛を続けている、神の宿り木商会のことは全く知る由もなかった。


そんな新進気鋭の、それも売上と規模で言えばジャスティン商会をも上回る程の大商会の…

それも商会のトップとなる会頭の専属秘書が、こんな何もない亜人だらけの村に、一体何の用があるのか。

村のまとめ役として、クレアはその真意を知っておきたかった。


「はい!一つ一つご説明させて頂きます!」


自身を射抜くような鋭い視線を向けるクレアに、ジュリアは笑顔を崩さず、自身がリンとエイミにも説明した提案を、クレアに説明し始める。


エイミの黄昏商店を、正式に神の宿り木商会の系列店舗にすること。

それに伴い、黄昏商店の店舗を立て直すこと。

そして、その店舗に神の宿り木商会系列の冒険者ギルドの出張所を併設すること。

それにより害獣の討伐や食材、素材の採取などの依頼を冒険者ギルドの出張所で受注できるようにすること。

加えて、村人が冒険者ギルドに冒険者登録して、仕事を受注できるようにすること。

それとは別に、黄昏商店の店舗スタッフの雇用も検討しており、この村の民もその対象にすること。


「………………」


ジュリアが丁寧に一つ一つ説明してくれた、神の宿り木商会からの提案となる内容に、クレアは先程までの射抜くような鋭い視線が消え…

今度は、どうしてと言う戸惑いの表情が浮かんでくる。


エイミの黄昏商店を商会の系列の店舗にしてくれるだけでも、物凄くありがたいのに…

さらには店舗の改装、加えて冒険者ギルドの出張所まで併設して、冒険者に村の困りごとを依頼できると同時に村人を冒険者として登録させてもらえる。

そして、商会の系列店舗として改装する黄昏商店の店舗スタッフとして、村人を雇用してもらえる。


聞いている限りでは、何もかもが村の為になることばかり。

それも、悪徳奴隷商やよからぬ権力者から身を潜められるこの村を…

今後もこの村に流れ着くであろう亜人達を救おうと言う意図しか感じられない。


「…ど、どうしてなんだい?」

「?えっと、何がでしょうか?」

「どうして、こんな何もない、亜人だらけの村を救うと言う意図しか感じられない…あたい達にとってはありがたくてたまらない提案をしてくれるんだい?」

「どうして、って…それは…」

「なのに、あたい達から対価として何かを要求するようなのも、聞いている限りじゃ見当たらないし、こんな吹けば飛ぶようなオンボロ商店を系列店にしてくれるのもそうじゃないか。そんなことして、一体何のメリットがおたくの商会に、あるって言うのさ?」


ジュリアから聞かされた提案の内容を理解はできたものの…

どうして、こんな多くの人族にとっては疎ましい以外の何者でもないような村に、そこまでしようとしてくれるのか。

どうして、こんな村に身を置くことしかできない亜人の自分達を救おうとしてくれるのか。


純粋な善意を向けられて、素直にそれを受け入れられる程…

クレアは真っ当な生活を送ることなど、できなかった。

だからこそ、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。




「え、え~と…ただ、この村を…村の人達を助けたいだけ、なんですけど…」




そんなクレアに、ジュリアは嘘偽りなど微塵もない…

ただただ、そうしたいからと言う素直な思いを、言葉にする。


「!!な、なんで……」


その純粋な思いが痛い程に伝わってくる、ジュリアのシンプルな一言に…

クレアは、心からこみ上げてくる感情が形となって零れ落ちてしまうのをぐっとこらえる。


「だって…このエイミさんが、単身で行き来するにはあんな危険な森を行き来して…この村の人の為に商品を仕入れて、なんてことを聞かせて頂いて…私はもちろん会頭もこの人が営む商店なら、絶対に神の宿り木商会にも貢献してくれると思いましたし…何よりエイミさんの村を助けたいと言うその純粋な思いが、私と会頭にも凄く伝わってきましたから!」

「!!…………」

「ジュ、ジュリアさん……」

「それに、会頭は種族うんぬんで差別をされるようなお方ではございません!むしろ、息をするのと同じように日頃から困っている人や苦しんでいる人…それも種族なんてお構いなしに助けるようなお方なんですから!その会頭が助けたいとおっしゃってくださったのですから、私も会頭のご意思に沿わせて頂いて、エイミさんを…この村を助けたいと思わせて頂いたのです!」

「あ、あああ…………」


ジュリアの、どこまでもエイミを…

この村のことを思ってくれる言葉。

そして、商会の会頭がそこまで純粋にこの村を救いたいと思ってくれているということ。


そのことが、クレアの心を大きく震わせる。

クレアのこみ上げてくる感情が、じわりとその切れ長の目ににじみ出てくる。


「また、我が神の宿り木商会では、亜人の方も多く雇用しており…その方々も商会の重要な、貴重な戦力として一人一人が大いにその力を発揮してくださってます!」

「!!そ、そんな…そんな商会が……」

「ですから、ひとまずは私が先程説明させて頂いた提案を元に、この村をよくしていこうと思っております!心無い人族に追われ、行く当てもない亜人の方…または、心無い権力者によって生活を、家族を奪われた方を受け入れ、穏やかで平和な生活を送ることができるように、神の宿り木商会で取り組んでいきたいと思ってます!」


もはや疑う余地など微塵もない、本当に純粋な善意を向けられ…

クレアは、その感情を抑えることなどできなくなってしまった。


その美しい顔をくしゃくしゃにしながら、大粒の涙をぽろぽろと零してしまう。


「お…お願い…します……む、村を……村を……た、助けて……ください……」


止まらない涙に濡れ、くしゃくしゃになった顔を隠すこともせず…

ただ、差し伸べられた救いの手を掴むように、向かいに座るジュリアの手を取って、村を救ってほしいと懇願するクレア。


常に貧困と餓えに苦しみ、さらには魔物の脅威にも晒されているこの村。

しかし、外に出れば心無い人族の奴隷狩りや迫害が待っており、身動きすら取ることができない。

村のまとめ役として、どうにか村人を護ろうとしながらも…

力及ばず、魔物に襲われたり、餓えに苦しんで力尽きて、倒れた村人も決して少なくはない。

そんな村人の死を見る度に、クレアの心は壊され、冷え切っていった。

しかしそれでも、村の為に、村人の為にどうにかしようと懸命に足掻いた。


今、この差し伸べられた手を取らなければ、もう村は救われない。

村を救う為に、この手を取らなければならない。


その思いが、クレアにジュリアの手を取らせてくれた。


「お任せください!必ずやこの村を救ってみせます!」


大粒の涙を零しながら、ただただ村の為に懇願してくるクレアを労わるように抱きしめ、絶対にこの村を救おうと改めて決意するジュリア。

そんなジュリアの抱擁が温かくて、優しくて…

クレアはこの村のまとめ役になって初めて、心からの喜びの涙を流すのであった。




――――




「ではこの度、神の宿り木商会の会頭もこの村にお越しくださっておりますので、お呼び致しますね!」


その感情が抑えられず泣き続けるクレアを、ジュリアとエイミが一緒に労わり、ようやく落ち着かせることができた。


そして、この村の救いの主となる神の宿り木商会の会頭までもが、この村に来ていることを知らされ…

クレアはまたしても心を震わされてしまう。


神の宿り木商会のような凄い商会の会頭が自ら、村を救う為に来てくれたことをクレアは心の底から喜び、そして素晴らしいとしか言いようがない人物だと思ってしまう。


「この村を救ってくれる商会の会頭さんかあ…」

「一体、どんな人なんだろうね…」


そして、クレアはジュリアが会頭となる人物を呼びに行っている間に…

村に住む者達を全て、村の中央にある広場の方へと呼び出し、集結させる。


クレアとエイミも併せて、わずか十人しかいない村人。

それゆえに、お互いがお互いを思いやって助け合って…

どうにかここまで生きてこれた、まさに家族と言える存在。


その家族と共に、この村の救い主となるであろう…

神の宿り木商会の会頭を、村の広場にて待ち続ける。


そうして待つこと、約五分。


村の出入り口となる門がある方向から、みすぼらしい恰好の少年を、その手を引いて連れてくるジュリアの姿が見えてくる。


「え、え?」

「ま、まさか…」

「そ、そんな…」


だが、クレアを始めとする村の者達は、その少年の姿にはっきりと見覚えがある。

実際に会ったことなどないのに、はっきりと見覚えが。


そんな、まさか、と…

広場に集まっている村人達がざわつき始める。


「お、お待たせ致しました!このお方が、我が神の宿り木商会の会頭となられます…」


ジュリアと少年が広場の方に辿り着き、走ってきた為少し息を切らしているジュリアが、会頭となる少年の紹介をしようと言葉を発し…

その少年の名前を言葉にしようとした、まさにその時だった。




「「「「「「「「「リン様!!!!!!!!!」」」」」」」」」




クレアを始めとする村人達は、ジュリアから紹介されるよりも早く…

まるで神に出会えたような、感動の涙を溢れさせながら、神の宿り木商会の会頭となる人物――――リン――――の名前を声として響かせる。


そして、そのリンの元へと駆け寄り、全員が恭しく跪いてくる。


「え、え?」


自分が紹介するよりも早く、村人達がリンの名前を呼んだことに…

ジュリアは困惑の表情を浮かべてしまっている。


「あ、あああああ!!!!!」

「まさか、まさかあのお告げが本当だったなんて!!!!!!」

「ああ……僕達はもう、もう大丈夫だ!!!!!!!」

「世界樹を復活させてくださった、今代の救世主様が来てくださったのよ!!!!!」


村人は誰もが抱き合って喜びを爆発させている。

そして、この村は絶対に救われると、確信さえしてしまっている。


「あ、あの……」


この状況に、リンも何がどうなっているのか分からず、ジュリアと共に困惑してしまっている。


「リン様、お初お目にかかります……あたい…いえ、私はクレア。僭越ながら、この村のまとめ役をさせて頂いております」

「ぼ、ぼく、の、こ、こと、ご、ご存じ、な、なん、ですか?」

「はい!リン様が復活させてくださった世界樹のお告げが、この村の者達にも降りてきたのです!そのお告げに、リン様の御姿…お声…その尊くお優しい御心…全てを、世界樹からお伝え頂きました!」

「そ、そう、だった、ん、で、です、ね」

「まさか、神の宿り木商会の会頭がリン様だとまでは知りませんでした!ですが、リン様が会頭をなされる商会でしたら、全てが納得です!」


村のまとめ役となるクレアが、リンの元へと跪き…

リンのことを世界樹がお告げにて教えてくれたと、まるで全ての憑き物が祓われたかのような清々しい笑顔で伝えてくる。

そして、そのリンが神の宿り木商会の会頭であったことを知り、もう自分達は絶対に救われると確信することができた、とまで言ってくる。


「あ!……だからあたし、リン様にどこか見覚えがあったのね……」


エイミは、神の宿り木商会の事務所でリンと出会った時に感じた既視感…

それの理由をようやく知ることができた。


クレア達他の村人と同じように、世界樹のお告げを受けたからだと。


だが、クレア達亜人と比べると自然との密接度が低かったエイミである為…

そのせいで、世界樹のお告げの内容をクレア達のように鮮明に思い出すことができなかったのだ。


だがこうして、リンが世界樹を復活させた今代の英雄であることを、改めて知ることができ…

エイミは、ますますリンへの敬愛が膨れ上がっていくのを感じる。


「あ、あの……」

「リン様!私を含め、この村に住む全ての者は、今代の救世主となられるリン様にお仕えさせて頂く所存でございます!どうか、どうかリン様の従者とならせて頂く栄誉を!どうか、どうか我らにお与えください!」

「リン様!あたしは文字の読み書きもできますし、計算も得意です!」

「リン様!俺は力仕事に自信があります!」

「リン様!私は家事全般得意です!ですから、よろしければリン様のメイドとして、リン様の御世話を…♡」

「あ~!ずるい~!」

「だったら、あたしもリン様のメイドになる~!」

「リン様!わしは……」

「リン様!僕は……」

「リン様!……」


そして、戸惑うリンにぐいぐいと、クレアを始めとする村人達がリンの従者としてお仕えさせてほしいと迫って来る。

中には、リン専属のメイドとしてお仕えさせてほしいと積極的に押してくる女子の獣人もいて、リンはあわあわとしてしまっている。


「み、皆さん、落ち着いてください!」


さすがにリンがもみくちゃにされているこの状況を放ってはおけなくなり…

ジュリアが間に入って、あわあわとしているリンを救おうとする。


リンの専属秘書となるジュリアが割り込んできたことで、ひとまずは村人達も落ち着くこととなり…

それを見計らって、ジュリアはリンに代わり、この村を今後どうしていくのか…

そして、村人達にどうしてもらうのかを、説明し始めるのであった。

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