第193話 設立⑨

「は、はじ、め、ま、まして。ぼ、ぼく、か、会頭、の、リ、リン、って、い、言い、ます」


商会の交渉用の拠点となっている事務所に常駐するメイドから、専属秘書となるジュリアからそちらに来てほしいと言う連絡を受け…

リンは生産活動含む自分の活動がちょうど区切りがついていたこともあり、その要求に二つ返事で了承。

そして、その足で神の宿り木商会の事務所へと、生活空間から移動する。


ジュリアがメイドに言伝をお願いしてから数分で、リンは事務所に到着した。


事務所の応接室では、ジュリアと今回の交渉相手となるエイミが、今後はお互いに神の宿り木商会の一員となることと、商人になるまでの経緯が似ていたこともあり…

かなりリラックスした様子で、ジュリアが自ら用意したお茶とお茶請けに舌鼓を打ちながら談笑していた。


そんなところに、神の宿り木商会のトップとなるリンが現れ、ジュリアはすぐに姿勢を整えてリンに自分の隣に座ってもらう。

そしてリンは、向かいに座っているエイミにたどたどしくも心地のいい可愛らしい声で、冒頭の自己紹介を行なう。


「(え?…この男の子が、あの神の宿り木商会のトップなの?身なりはお世辞にも高級そうな印象はないし、むしろみすぼらしい…!いけないいけない…これからずっとお世話になる大商会の会頭さんに対して、そんな…で、でも…見た感じ十歳くらいだし、言葉使いも覚束なくて…)」


お世辞にも大商会の会頭とは思えない、どちらかと言えばみすぼらしい身なりの、見た目若干十歳程度の、言葉の覚束ない男の子。

そんな人物が、神の宿り木商会の会頭だと聞かされ、エイミは戸惑いを隠せないでいる。


「(で、でも…あの有能そうなジュリアさんが、あのリンくん?…だっけ?…を見る目がすっごく…う~ん…なんて言うのかな…心の底から大好きで大好きでたまらないを見る目、って言うのかな?…お隣に座ってるだけで、すっごく幸せそうなオーラ出てるのよね…リンくんって、そんなに凄い子なのかな?)」


だが、同性の自分でも見惚れてしまう程に美人で、しかも有能そうな雰囲気に満ち溢れているジュリアの…

リンを見る目が明らかに異性を意識した、それも心底愛していると言わんばかりの愛情がこもったものになっているのを見て、エイミはリンがそんなに凄い子なのかと思ってしまう。


「(それに…なんでかな?…あのリンくん…今日初めて会うはずなのに…前にどこかで会ったような…ううん…どこかで見たような気がするの…それも、つい最近…)」


しかも、この日初めて顔を会わせるはずのリンに、おぼろげながら見覚えがあることも、エイミの戸惑いを増長させるものとなってしまっており…


「は、初めまして!あたしは黄昏商店の店長で、エイミと申します!あの神の宿り木商会の会頭様にお会いすることができて、凄く光栄です!」


しかしその戸惑いをどうにか覆い隠し、今商人達の間で噂になっている新進気鋭の商会の会頭に会えたことを、素直に喜ぶ笑顔を浮かべて、リンの自己紹介に対する言葉を返す。


しかも、他の商会や商人が交渉した時には、専属秘書となるジュリアとイリスが主となって交渉相手となり…

欲に溺れ、神の宿り木商会を利用する魂胆が透けて見えるようなところは一切の容赦なく切り捨ててきたと噂では広まっている。

また、自身の要望を述べるばかりでただただ、神の宿り木商会の系列に加えてほしいだけのところも、一通り話だけ聞いてそのままお帰り願うと言う噂も広まっている。


だからこそ、どこの馬の骨と言われても何も返せないような、商店とは名ばかりの弱小店である黄昏商店の店長に過ぎない自分が、あの神の宿り木商会の会頭と顔会わせができたことは、素直に喜ぶべきことだとエイミは思うことができた。


「リン様は、この神の宿り木商会にとって文字通りの宿り木となられるお方…当商会の商品の大部分は、こちらのリン様が生産されたものなのですよ」

「!!え、えええっ!!??」

「それだけではなく、リン様は権力者に虐げられ、住処も仕事も失った方…心無い人族に追われ、まともな生活ができなかった方…人族のみならず、多くの亜人の方も受け入れ、仕事だけでなく住処までお与えくださっております。そうしてリン様を心酔する者が一か所に集い、全員がリン様の為にと、それぞれが得意とする仕事に就いて、毎日とても楽しそうに働いております」

「そ、そんなにも凄い子…いいえ!お方だなんて…」

「私もかつて、ジュリア商会が存続の危機に追い込まれた時…そこをリン様にお救い頂いて…それからはずっと、リン様の為に専属秘書としてリン様のおそばでお仕えさせて頂いております♡」

「…………」


ジュリアからざっくりと聞かされるリンのこと…


食品、金物、雑貨、どの分野においても一線を画していると言って過言ではない商品を次から次へと生み出している神の宿り木商会。

その商品の大部分を、今目の前にいる若干十歳程の男の子が生み出している、と言うこと。

さらには、自分や自分を救ってくれた村の者達のような、心無い権力者に虐げられる者を種族問わず受け入れ、それぞれが力を発揮できる仕事だけでなく、とても心地のいい住処まで与えていること。

ジュリアが会頭となるジュリア商会も、廃業の危機に陥ったところをリンに救われ、以降ジュリアはリンの専属秘書として仕えていること。


それらをジュリアから惚気のようなノリで聞かされて、エイミは言葉を失ってしまう。


「…ですが、リン様は他人との触れ合いが望めない、孤独を強要される呪いをその御身に宿されています」

「!!そ、そんな…」

「その呪いのおかげで、リン様は誰かと共に何かを成すことが叶わず…リン様は常にお一人で商品の生産などに取り組まれております。お言葉がおぼつかないのも、それが原因です」

「!!そ、それで…」

「ですから、リン様にお救い頂いた私達商会の者達が、神のごとき万能さを誇るリン様を陰からお支え…そして唯一苦手とされる交渉事の全てを担わせて頂いております」

「す、凄い……」


そして、ジュリアからリンの重度のコミュ障と言う呪いについても聞かされ…

エイミは、そんな呪いを抱えているにも関わらずたった一人であの素晴らしい商品の大部分を生産し、多くの苦しむ人々を種族問わず救っているリンが、見た目通りの子供ではなく、本当に凄い人物なのだと痛感させられる。


「リン様、こちらのエイミさんなのですが――――」


ジュリアはリンに向き直り、先程までの交渉中に聞かされたエイミの過去…

そして、黄昏商店ができるまでの経緯と、今回の交渉に臨んだ理由を全て、丁寧に説明される。


そして、それを聞いてジュリア自身心を震わされ、エイミとエイミの村を救いたいと強く願うようになったこと…

その為に、黄昏商店を神の宿り木商会の系列店にしたいことも、併せて告げられる。


「あ、あの、エ、エイミ、さん」

「!は、はい!」

「エ、エイミ、さん、は、ぼ、ぼく、の、しょ、商会、の、け、系列、に、な、なった、方、が、う、嬉しい、で、ですか?」

「!はい!うちのような店とも言えない弱小店が、神の宿り木商会の系列にならせて頂けるのは、とても光栄でとても幸せです!」

「よ、よかった、で、です。ぼ、ぼく、エ、エイミ、さん、と、エ、エイミ、さん、の、む、村、を、た、助け、た、たい、です」

「!!(な、なんて純粋で、なんて優しいお方…言葉がおぼつかないからこそ、嘘なんて微塵もないことが痛い程に伝わってくる…あたし、あたし村だけじゃなくてこのお方の為にも、神の宿り木商会の系列店として恩返しがしたい!!)あ、ありがとうございます!!リン!!あたし…あたしリン様の為に、精いっぱい黄昏商店が繁盛できるよう、頑張らせて頂きます!!」


リンの問いかけに、全力で肯定の意を示したエイミ。

そのエイミの反応に、心からの笑顔を浮かべてエイミもエイミの村も助けたいと、嘘偽りなど微塵もない、リンの純粋な思いからの言葉。

その言葉に、リンがどれ程純粋で底抜けに優しい人柄なのかが痛い程に伝わってきて…

エイミは、村の為のみならずリンの為にも、神の宿り木商会の系列店として店の経営を頑張っていこうと覚悟が定まる。


「エ、エイミ、さん、の、お、お店、が、ぼ、ぼく、の、しょ、商会、の、お、お店、に、な、なって、く、くれて、ぼ、ぼく、う、嬉しい、です」

「!!~~~~~~~~(も、もお~~~~~~~!!リン様が可愛すぎて、優しすぎて、この世に舞い降りてきた天使様みたいで…こ、こんなの、絶対に好きになる要素しかないよ~~~~~!!リン様…あたしリン様がすっごく愛おしくてたまりません!!)」


しかも、吹けば飛ぶような状態の自分の店なんかを、リンは自身の商会の系列に加わってくれることが嬉しいと、心からの笑顔を浮かべて歓迎してくれる。

そんなリンの笑顔に、エイミは完全にその心を奪われてしまった。


リンの華奢で小さな身体を、包み込むように抱きしめたくてたまらない。

リンに、自分の作った料理を食べてほしくてたまらない。

リンの身の回りのお世話を、自分がしてあげたくてたまらない。

リンが望むことなら、なんだってしてあげたくてたまらない。

リンのことが、愛おしくて愛おしくてたまらない。


エイミの心を、そんな思いが埋め尽くしてしまう。


無自覚にエイミの心を奪うこととなってしまったリン。

すでにリンを見る目に、その深い愛情を示す形が宿っているエイミ。

そんなエイミを見て、ジュリアはエイミが完全にリンに心酔し切ったことを悟り、笑顔を浮かべる。


「リン様、エイミさんのお店を系列店にするのは既定路線として…エイミさんの村の方はどうされますか?」

「ぼ、ぼく、い、一度、エ、エイミ、さん、の、む、村、に、い、行き、ます」

「!リ、リン様自ら行かれるのですか!?」

「!え!?リ、リン様があたしの村に、ですか!?」

「は、はい。で、む、村、に、ひ、必要、な、も、もの、が、な、なん、なのか、た、確かめ、た、たい、です」


もうすでに村を救うことも既定路線にしているリンは、会頭である自らエイミの村に出向き、村の現状と何が必要かを確認したいと、言葉にする。


エイミはまさか、神の宿り木商会の会頭となるリンが自ら村に出向き、村を視察してどう救うかを検討してくれるとは夢にも思わず…

ますますリンへの愛おしさと忠誠心が膨れ上がってしまう。


「リ、リン様!でしたらこのジュリアも、リン様と共にエイミさんの村にご同行致します!」

「え?ぼ、ぼく、と、エ、エイミ、さん、だ、だけ、で、だ、大、丈、夫…」

「リン様!リン様はこの神の宿り木商会の会頭のみならず、スタトリンにおいて非常に重要な御身となられるのです!そのリン様が行かれるのでしたら、お一人などとおっしゃらないでください!せめて、せめて道中の交渉役としてこの私のご同行をお許しください!」


神の宿り木商会の会頭であり、スタトリンの神…

さらには、サンデル王国の守護神とまで国王マクスデルに認められているリン。

そのリンを一人で視察に行かせるなどと言うことは言語道断と言わんばかりに、ジュリアがリンの付き添いを申し出る。


どこまでもリンの身を案じて、そこまで言ってくれるジュリアの言葉にリンはたじろぎつつも…

心配してくれてありがとう、と言う感謝の思いを込めて、首を縦に振って同行許可の意を示す。


そんなリンの反応にジュリアは心からの笑顔を浮かべて喜び、さらにはリンの護衛もと言い出すものの…

そこはむしろ自分がジュリアとエイミの護衛となって、外敵からの物理的な攻撃から護るとリンは宣言する。

いざとなれば召喚獣を二人の護衛としてつけることもできるので、護る手段には困らないからこそのリンの言葉。

その言葉にジュリアはもちろん、エイミまでもがきゅうんとしてしまい…

二人のリンを見る目に、さらに深まる愛情の形が宿ってしまっている。


「そ、それはそうと…」

「?どうしました?エイミさん?」

「リン様は神の宿り木商会の会頭である以外に、スタトリンでも重要な…とジュリアさん、おっしゃってましたが…」

「ああ…それは言葉の通りです。リン様は数十名規模の小さな町に過ぎなかったスタトリンを、たった数ヶ月で人口三万人超の都市にまで発展させ、国として独立まで導いてくださった、スタトリンの神様なのです」

「!!!!か、神様……」

「はい!国となったスタトリンを率いてくださる王は別におられますが、リン様はその上の存在…神様として、自由にスタトリンを発展させ、さらにはこの神の宿り木商会を設立されて、ただただ民の喜ぶ姿を見たいが為…民の幸せをお望みになられるが為に、そのお力を惜しみなく発揮してくださっているのです」

「…ああ…リン様…♡」


リンが神の宿り木商会の会頭と言う、非常に重要な立場であることは分かるが…

まるでそれだけではないと言わんばかりのジュリアの言葉にエイミは疑問を覚え、問いかけてみる。


すると、ジュリアからは嬉々とした表情でリンがたった数ヶ月で、数十人規模の小さな町に過ぎなかったスタトリンを人口数万人の国として独立まで導いた神であることを聞かされる。

しかも王は別にいるものの、その王よりも上の存在として日々、自由にスタトリンと神の宿り木商会の発展、何よりも民が喜び、幸せになれるように、その力を駆使して

いることまで、ジュリアは惚気るかのような雰囲気で語ってくる。


まだまだ小国であるとは言え、飛ぶ鳥を落とす勢いで発展を続けているスタトリンの神となる存在…

それがここにいるリンであることを聞かされ、エイミは自分がこの世に生きる神に仕えることができると自覚。

そして、そのことがあまりにも幸せに思えて、ますますリンのことが高貴で尊い存在に見えてしまう。

さらには、リンへの愛情がもうどうしようもない程に膨れ上がってしまう。


「ぼ、ぼく…そ、そんな、か、神、様、と、とか、じゃ…」


当のリンは、ジュリアにこれでもかと言う程に持ち上げられ…

さらにエイミから熱のこもった視線を送られて、いたたまれなくなってしまったのか…

恥ずかしそうに頬を染めながら、俯いてしまう。


「はあ…♡…恥ずかしがるリン様…可愛すぎてたまりません…♡」


そんなリンがあまりにも可愛すぎてたまらなくなってしまったジュリアが、自身の身体で包み込むかのようにリンを優しく抱きしめてしまう。


「!は、離、して…」

「だめです♡こんなにも可愛すぎるリン様は、もう絶対に誰かに攫われちゃいます♡そんなことにならないように、このジュリアがお護りさせて頂かないと♡」

「だ、だい、じょ、じょう、ぶ、で、です、から…」

「いいえ♡リン様はご自身がどれ程周囲から愛されているのか…どれ程周囲から見れば可愛すぎてたまらないのか…ご自覚がなさすぎます♡リン様は神の宿り木商会の会頭で、スタトリンの神様と言う…絶対になくてはならない非常に重要な御身なのですから♡」

「ぼ、ぼく、た、ただ、の、へ、平民…」

「もお♡まだそのようなことをおっしゃるのですか?リン様は♡私、そんなリン様が可愛すぎてもっともっと愛したくなってしまいます♡」


無駄な抵抗を儚くも続けるリンがあまりにも可愛すぎてたまらず…

ジュリアはリンをぎゅうっと抱きしめて離そうとせず、幸せいっぱいの満面の笑顔を浮かべている。


「あ、あたしもリン様を、お護りさせて頂きたいです♡」


そんな光景を目の当たりにして、驚きのあまり身動き一つ取れなかったエイミだったのだが…

ジュリアが目に入れても痛くないと断言できる程に可愛いリンを独り占めしているのが羨ましくなってしまい…

とうとう、エイミも自分の身体を押し付けるようにリンを抱きしめてしまう。


「!あ、あ、の…」

「リン様♡これからはこのエイミも、リン様が会頭となられる神の宿り木商会の一員に加えて頂けるのですから♡だからあたしも商会の…スタトリンの神様となられるリン様の御身をお護りさせて頂きます♡」

「だ、だ、め、で、で、す…」

「リン様…♡…こうしてリン様をぎゅうってさせて頂けるだけで、エイミは幸せになっちゃいます♡リン様…あたしリン様を生涯、愛させて頂きます♡」


まるで陽だまりのような心地よい温かさと、蕩けるような幸福感を…

リンを抱きしめることで目いっぱい感じているエイミ。


もうエイミは、リンのそばから離れたくないと…

リンの為なら、どんなことでもすると…

リンのことが最上で、愛おしくてたまらなくなってしまう。


案の定、ジュリアとエイミの二人に抱きしめられて、気絶することとなってしまうリン。

だが、ジュリアとエイミのリンへの愛情は留まるところなど知らず…

すうすうと静かに寝息を立てて、可愛らしい寝顔を晒しながら眠るリンをめちゃくちゃに愛してしまうのであった。

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