第188話 設立④

「そうか!リン様が商会を!」

「『神の宿り木商会』と言うのですね…まさにリン様の商会に相応しいお名前…」

「うむ、そうなのじゃ」


リンの地下拠点の地下一階。

この日の政務を終え、寛ごうとやってきたマクスデルとエリーゼ。

ちょうどそこで同じように執務を終えて寛いでいたシェリルがいたことで、マクスデルとエリーゼはシェリルが座っていたテーブルに相席することにした。


そして、そこでリンが自身の商会『神の宿り木商会』を正式に設立し、シェリルがそれを認める正式な証明書を発行したことを、二人はシェリルに告げられる。


リンが自身の商会を設立したことを聞かされ、マクスデルもエリーゼもその顔を綻ばせて喜び…

今後はその『神の宿り木商会』として、リンが所有する各商業施設の支店を展開していくことも告げられ、ますます喜ぶこととなる。


「神の宿り木商会は、このスタトリンの神となるリンが設立した商会となるからのう…いわばスタトリン直属の商会…神となるリンはもちろん直々に、王となる妾もリンを通してスタトリンに関する相談事で正式に依頼を出すことができるようになったのじゃ」

「!と言うことは、このスタトリンの国庫に納める備蓄も、そこから…」

「うむ、神の宿り木商会が日々生産する食料品の余剰分を、スタトリンで買い受ける形で蓄えておくことができるようになった。加えて、商会所属の建築業者に建築関連の依頼を出せるし、ごみ処理事業で再生した再生品も、余剰分は国庫に納めることができる…まあ最も、その国庫と言うのもリンの収納空間なのじゃが…」

「まあ…でしたら、リン様の商会のおかげでとても盤石な国営基盤ができたようなものですのね」

「うむ。リンの神の宿り木商会は総従業員数がもはや二万人を超え、今なお増え続けておる…その大半は生産に特化しており、その生産力は他の追随を許さぬ程…商会の防衛部隊も戦闘に特化した種族が主となって関連施設はもちろん、この拠点やリンの生活空間も防衛…さらにはギルド依頼の守衛部隊と連携してこのスタトリンの防衛にもあたってくれておるし…同じくギルド依頼の諜報部隊と連携して、偵察や調査に長けた種族が周辺の魔物や賊共の警戒にあたってくれておる。さらには商会お抱えの医療部隊も発足し、リンの診療所の常勤医師として勤めつつも、日々医療の研究に勤しんでくれておるのじゃ」

「!に、二万人……も、もはや規模だけで見ればジャスティン商会よりも大きいではないか…」

「し、しかも商会一つでそこまでの分野に精通してるなんて…」

「食料関連は商会のみで日々数十トンは生産できておるし、日用品、武具、魔導具類も日に数百、多い日は数千は生産できておる。回復薬に魔力回復薬を始めとする医療用の薬品も、日に多ければ1トン近くは生産できておるからのう…そもそも会頭となるリンが日々、誰かの役に立ちそうなものを次から次へと作っておるから、それに倣うように他の生産者も次々と作り出しておるのじゃ…おかげで会頭補佐となるエイレーンと業績管理部門の者達は世に出していいものかどうかを日々、頭を悩ませながら判断しておるよ」

「!そ、その生産された物の余剰分を、我が国の備蓄として購入することは可能だろうか?シェリル殿?」

「ん?妾としては問題ないと思っておるよ、マクスデル殿。そちらもリンの貸倉庫サービスを契約してるのであろう?そこに納めるようにすれば、身内に裏切者でも出ん限りは盗まれたり、生産者の情報を引き出されたりすることもないじゃろうのう」

「そ、そうか…それならば非常にありがたい」

「最も、妾が言えるのはそこまでじゃ。購入するのであれば、価格交渉などは会頭補佐となるエイレーンか、リンの専属秘書となるジュリア、イリスを通すことになるがのう…」


神の宿り木商会の、リンが筆頭となる生産者達の図抜けた生産能力を聞かされ、マクスデルもエリーゼも驚くと同時に、自国の備蓄や物資の増強ができると目を輝かせる。

そして、スタトリンの王となるシェリルから、それに関しては問題ないと太鼓判を押されたことで、ますます期待に胸を膨らませてしまう。


ただ、シェリルが言えるのはそこまでで、価格交渉などは商会の重役となるエイレーン、もしくは会頭であるリンの専属秘書となるジュリア、イリスと通して行なう必要があることを、シェリルは予め釘を刺す形にしておく。


「まあ…それでしたら、一度交渉をさせて頂きたく思いますわ」

「む?もしやエリーゼ殿が交渉されるのかえ?」

「はい。せっかくこうして、我が国を豊かにできるチャンスが訪れたのですから…ぜひわたくしに交渉させて頂きたいですわ。ねえ、あなた?」

「う、うむ…そうだな…」


表向きは、マクスデルは交渉事にも長けていると評判なのだが…

実際にはそれらは全てエリーゼが成し遂げたことであり、それらを他ならぬエリーゼの意向で、マクスデルの実績としている。


実際にはマクスデルは交渉事はお世辞にも長けているとは言えず…

いざと言う時にはこうしてエリーゼが前に出て奮闘してくれていたからこそ、サンデル王国は他国との交渉にも、一定以上の成果を出すことができており、国同士の交易も極めて順調に行なうことができていたのだ。


とても自信に満ち溢れているエリーゼとは裏腹に、その屈強な肉体を小さく折り曲げるように縮こまってしまうマクスデルを見て、シェリルは笑いが漏れ出そうになるのを堪えつつ…

この場に、ちょうど業務の区切りがついて一息ついていたエイレーンに呼びかけて、こちらへと来てもらう。


そして、神の宿り木商会で生産されるものを、サンデル王国の備蓄として購入したいと言うエリーゼの意向を、エイレーンは聞かされる。


「つまり、当商会で生産される食料品や物資を、貴国の備蓄として購入したいと申されるのですね?」

「はい、神の宿り木商会はリン様を筆頭にとても優秀な生産者が多く勤められているとのこと…その生産力を見込んでのお願いなのです」

「それは当商会としては願ってもないお話…ですが、今御用達にされている商会や商人に関しては、どうされるおつもりでしょうか?」

「そちらは今まで通り、契約を続けさせて頂きます。最も、本音を申し上げますと…現在契約している商会と商人だけでは、十分な備蓄を確保できずにいたものでして…」


設立したばかりの神の宿り木商会にとって、初めて直接交渉することとなる太客。

しかも、サンデル王国の第一王妃となるエリーゼからの希望の交渉。

いきなり他国の王族と、直接契約を結べるチャンスにエイレーンは心を躍らせながらも、表面上は極めて冷静に務めている。


現時点でリンの収納空間には、リンを筆頭に商会の従業員で生産した食料品や武具類、そして日用品を始めとする物資…

加えて、日々商会所属の冒険者ギルドからの依頼で討伐され、持ち込まれる魔物の肉や採取された薬草類、果実類などもあり、それらを含めると数億トンもの量が収納されている。

その為、サンデル王国の備蓄を神の宿り木商会だけで賄うことは余裕がありすぎると言える程。


だが、サンデル王国の王族お抱えの他の商会や商人の契約を奪うのは本意ではない。

ゆえにエイレーンは、先にそこを確認するのだが…

現状では、お抱えの商会や商人達をもってしても、国の備蓄を十分に揃えることができず、常に備蓄は枯渇している状況だとエリーゼは包み隠さず告げる。


ちなみにジャスティン商会も、王族お抱えの商会としての契約はしているのだが…

ジャスティン商会はそもそもリン、そして神の宿り木商会とは懇意の関係にあり…

ジャステイン商会にお願いしたとしても、結局のところ物資は神の宿り木商会から供給されることとなる。


そう考えたエリーゼは、どうせなら神の宿り木商会とも懇意になっておこうと、直接契約を結ぶ方向で話を持ち掛けたのだ。

特に神の宿り木商会は、サンデル王国にとっては守護神となるリンを会頭として設立された商会。

サンデル王国の王族としては、贔屓にしない理由が見当たらないとさえ言い切れてしまうのである。


「なるほど…その不足分を当商会でなら賄えると…そう判断されたと言うことですね?」

「はい。特に今では国庫もリン様の貸倉庫サービスを契約させて頂いておりますから…保管に向かない食料品でも鮮度を落とすことなく永久に保管できますので…それならば、ある程度の量を一度に購入させて頂けば、備蓄の不安はなくなると思っております」


今、サンデル王国は心無い貴族により、平民が虐げられて国民が緩やかに減少してしまっている。

その領地に嫌気がさして、国を出ていく者の中には農民、鍛冶師、鉱物などの採掘作業者…

そういった民の生活を支えてくれる職人も、多く含まれている。


そのせいで、国の生産力は人口の減少に比例してじょじょに低下。

加えて、国内の鉱山も鉱物資源が枯渇してきており、その鉱山のある地を預かる領主も、領地の財源が失われていることで大いに頭を悩ませている。

しかも、その鉱物資源を加工し、武具類などを作ることができる鍛冶師もどんどん国内を飛び出している為、資源があっても加工ができないという状況に陥っている領地もある。


農民に関してはすでに多くが国を飛び出し、スタトリンにある神の宿り木商会の農場で雇用されている。

その為、野菜や果物の栽培はもちろん、畜産も人手不足に陥り…

畑はあるのに農作業ができる人材に乏しく、泣く泣く畑を諦めなければならないと言う状況が多くの領地で発生してしまっている。


国王、第一王妃、第一王女、第二王子派の貴族は、民を大事にと言う王族の方針が強く根付いている為、そのような問題が顕著に現れていることは少ないのだが…

そうではない第二王妃、第一王子派の選民意識の強い貴族の領地は、己の欲望のままに悪政を民に強いてきた為、領地そのものを見限られて領民が減少し、ここまで記した通りの問題が多発してしまっている。

当然、領地の税収は激減し、領地経営自体が立ち行かなくなっていくのだが…

そこは無能の代名詞と言える第二王妃をうまく言いくるめては、自分達の生活を保つ為の資金を引き出している。


そんな横暴がまかり通ってしまっていることもあり、第二王妃、第一王子派の貴族にまともな領地経営ができる人材は皆無と言える状態になっており…

すでに与えられた広い領地に不相応な、寂しい領民の数となってしまっている。


マクスデルとエリーゼは、民を自らの糧とする悪政を強いる貴族達の調査を続けており…

十分な証拠の揃った領主から徹底的に国王勅命の査察を行ない、領地経営を破綻させている領主から爵位の剥奪、第二王妃から引き出した資金の返還の為の強制労働を命じる方針で固めている。


「他ならぬリン様の商会で購入させて頂くのです…そちらの言い値で買わせて頂ければ…」

「いえ、備蓄として購入されるのでしたら、かなりの量となりますよね?今後も継続してご購入頂けるのでしたら、定価の三割引きでお売りさせて頂きます」

「!まあ…そんなにも割引して頂いて、よろしいのでしょうか?」

「この程度では、特に問題はございません。それよりも、当商会がサンデル王国のお役に立てることを嬉しく思います」

「ああ…さすがはリン様が設立された商会です…ですが、守護神となられるリン様にご負担をおかけするだけと言うのは…!そうですわ!」

「?エリーゼ王妃陛下?」

「神の宿り木商会は、正式に我が王家の一員として扱うことを記した書状を国王の承認において発行致します。そして、我が国の領土でしたら、自由に出入りできるようにさせて頂きますし、神の宿り木商会の支店をお作り頂くことも許可致しますわ」

「!そ、そのような申し出…よろしいのでしょうか?」

「リン様が会頭をお勤めになられる商会ですもの。むしろそうさせて頂いた方が、我が国もいい方向に動けそうですから」

「でしたら、当商会の年間売上の5%を、サンデル王国への年毎の税として、お納め致します。その代わり、それを以て商会関係者全員分の税とし、国内の至るところに当商会の支店を展開し、商売をさせて頂きます」

「!まあ…神の宿り木商会程の大商会の年間売上を5%も…」


自身の申し出に対して、エイレーンが申し出た条件に、エリーゼは驚きつつも嬉しそうな表情を浮かべる。


リン所有の各商業施設が正式に稼働し始めてから、まだ数か月程なのだが…

その期間だけの総売り上げですでに大白金貨一億枚に到達しようとしている。

しかも、こうして神の宿り木商会と言う商会を設立し、サンデル王国の領土に各商業施設の支店を展開していくのであれば、その売上はさらに右肩上がりとなっていくことだろう。

それも、爆発的に。


おまけに新商品の開発もひっきりなしに行われ、建築業者への不動産関連など、高額な単価の依頼も著しく増えており…

神の宿り木商会の初年度の売上は大白金貨百億枚に到達できると、エイレーンそして業績管理部門の者達は見込んでいる。


つまり、この見込み通りの売上を達成できたのなら、サンデル王国に納める税は単純計算で大白金貨五億枚に至ってしまうこととなる。

国営が緩やかに右肩下がりとなっているサンデル王国にとっては、それだけで国家予算を賄い、さらには大きな貯蓄までできる程の税収となるのである。


「エイレーンさん…ぜひこれからも、我がサンデル王国と良き関係をお願いしたいですわ」

「こちらこそ、今後ともぜひ懇意にして頂ければ幸いです」


話もまとまり、エイレーンもエリーゼも互いに良き交渉になったことを喜ぶ笑顔を浮かべている。

それを横で見ていたシェリルとマクスデルも、どちらにもメリットのある良き交渉となったことを喜んでいる。


ちなみに、神の宿り木商会の売上は、資材は全て自商会で生産でき、施設・設備に関する経費などはリンの魔力や魔法、最近では従魔となるリム、リラ、ルノ、メイジに、新たに神の宿り木商会の従業員として加わった狐人族の高い魔法の力もある為、維持・管理に経費が発生することはなく…

さらには自商会お抱えの建築業者がいるので、いくらでも増やすことができるし、そもそも会頭であるリンがいくらでも作れるのだから、経費らしい経費がほとんど発生しない。


その為、支出で発生するのはほぼ人件費のみと言った状態なので、売上の大部分は純利益となってしまう。


しかも、それとは別にリンの個人資産も、貨幣で言えばすでに天文学的な枚数になる程の大白金貨分の価値があり、リンはそれを商会の運営資金としてはもちろん、スタトリンの国営資金としても使ってほしいと言っている。

最も、ジャスティン、エイレーン、リリーシアの三人はそれはいざという時の資金とし、国として運営していくスタトリンできちんとした税収を得られるようにと、日々奮闘しているのだが。


「まあ…リン様はそこまで…」

「…何と言うことだ…我とリン様とでは、その器がまるで違い過ぎる…」

「ふふ…マクスデル殿よ、それは妾も同じことじゃよ」

「?シェリル殿?」

「妾とて、率直に言ってしまえばリンに養われているようなもの…そのリンに少しでも恩を返したくて、こうしてスタトリンの王として勤めている…その程度なのじゃよ」

「!シェリル殿…」

「マクスデル殿、スタトリンは今後間違いなく大きく発展していくじゃろう…じゃが、そうなるまでに障害はいくつも出てくるであろう…そうなった時に、貴国のような友好国があればとても心強い…これからも、よろしく頼むのじゃ」

「!こ、こちらこそ!スタトリンのような友好国があれば我がサンデル王国にとってどれ程心強いか!シェリル殿!こちらこそよろしく頼む!」


シェリルとマクスデル…

王同士の語らいが、よりスタトリンとサンデル王国の絆を深めていく。


お互いにリンを神とする国同士として、より友好な関係を築けていることを…

そばで温かく見守るエイレーン、エリーゼは優し気な笑顔を浮かべて喜ぶのであった。

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