第183話 修行

「まだか!まだ聖女ミリアは見つからんのか!」

「は、はい……」

「なぜだ!?キーデンで見失ったのなら、キーデンを隅々まで探せば見つかるのではないのか!?」

「それが…キーデンの住人に聞き込みもしているのですが、一向に目撃情報が出ず…まるで、かのように、聖女ミリアの足跡が失われてしまっているのです」

「ぬうう……」

「聞き込みをした住人が、嘘をついている可能性もあるのではないのか!?」

「それも考慮してはいるのですが、住人の反応は本当に知らないと言った感じのもので、とても嘘をついているようにも見えず…念の為に家の中も探させてもらっているのですが、それでも見つからない状況です」

「ぐぬぬ……」

「一体、聖女ミリアはどこに消えたと言うのだ……」


その心の中の苛立ちを隠せない男の怒号が、辺りに響き渡る。

声の主は、サンデル王国内に勢力を広げている教会の大司教の任に着いている壮年の男。

その権威に胡坐をかいていることが伺える、醜く肥え太った体躯。

外面は柔和で人当たりはいいのだが、こと裏に関しては非常に傲慢で、教徒はもちろん、教会内の身分の低い者をただの糧としか見ていない。


その大司教がこれ程の怒りを見せているのは、ある時から行方をくらましてしまい、以降その足取りを掴むことすらできなくなっている聖女、ミリアのこと。


歴代でも最年少の聖女であり、しかも歴代でも最高峰の力を持つミリア。

そのミリアを囲い入れたことで、教会の権威は瞬く間に強くなっていった。

当然、その勢力も大幅に広げることができ、大司教ら上層部はまさに贅沢の限りを尽くすことができるようになったのだ。


だが、ある時を境にそのミリアの姿がなくなってしまい…

すぐさまキーデンに配属されている神官総出で捜索に臨んだものの…

まるで、、ミリアの行方を追うことができなかった。

ミリアが行方をくらましてから、もうかれこれ十日は経っており、教会組織による懸命な捜索活動は継続されているのだが…

にも関わらず、一向にミリアの姿どころか、その足取りすら掴めずにいる。


ミリアの他に囲い込んでいる聖女は二人いるものの…

やはり歴代最高峰と称されたミリアと比べると、その力は大きく見劣りするものとなっており…

ミリアのように、生存はほぼ絶望とされている患者の回復や、強力な不死アンデッドの巣窟となっている地の完全な浄化と言った、まさに神の所業と言える奇跡は到底起こせないでいる。


しかもそのような依頼は、当然ながら高位の貴族から秘密裡にされるものがほとんどとなっており…

教会で唯一、その手の依頼を成功させることが可能な存在であるミリアの不在によって、依頼を受けること自体できなくなっており、そのせいで教会の体裁を保つことができなくなってきているのだ。


「え、ええい!とにかく聖女ミリアを探せ!」

「探してすぐに見つけ出せ!」


奇跡の聖女の不在を知られれば、すでに出てきている小さなほころびが、致命的な瓦解となってしまう。

それゆえに、ミリアの不在そのものを外部に知られるわけにはいかない。

その為、現在は奇跡の聖女の軽度の体調不良による療養としている。


だがそれも、もう十日も不在となってはごまかしきれないところまで来てしまっている。


民を思う貴族の、自分の領土にはびこる不浄の存在を浄化してほしいと言う依頼。

近しい者の今にも消えそうな命の灯火を、どうにか蘇らせたいと言う依頼。

そんな、切実に誰かを思って来る依頼。


悪しき貴族の、よからぬ権力者を救えと言う依頼。

自身の虚栄心と地位の為に、土地の浄化をしろと言う依頼。

そんな、己の欲望の為に来る依頼。


そのどちらの依頼も、今は受けることすらできない。


もうすでに、奇跡の聖女の存在自体が疑われてしまっている。

そして、奇跡の聖女のいない教会など、烏合の衆に過ぎない。

神の所業を思わせる奇跡など、教会が起こすことはもう叶わない。

そんな噂が、流れ始めている。


それにより、じょじょにではあるものの教徒も減り始めている。

それにより、教会の財力はもちろん信仰心も衰え始めている。


「ぬううううう……」


傲慢でプライドの高い教会の大司教は、そのことが何よりも許せない。

だが現状は、聖女ミリアの存在に頼ることしかできない。

しかしそのミリアは姿を消し、その足跡すら掴めない状況。


緩やかにその権威が瓦解し始めているこの状況を、指をくわえて見ていることしかできない。

そのことに、大司教は激しい憤りを覚えてしまう。


兎にも角にも、ミリアを探し出さないとどうにもならない。

大司教は、部下となる神官達に何が何でもミリアを探し出すように、圧力をかけていくのであった。




――――




「ぐ、うううううう!!!!」


場所は変わり、リンの生活空間の中。

その中に作られている、冒険者の為の広場。

そのそばに作られている、地下迷宮の中。


地下迷宮は現在、地下十階層まであり…

より下の階層に潜れば潜る程、出現する魔物の格が上がっていくようになっている。


今のところ、スタトリン在住の冒険者の最高記録は地下四階層。

ここから、中位の脅威度を誇る魔物が出現するようになっている。

魔物側の制約として、相手を追い詰めることはできても殺すことはできない為…

実際に魔の森で遭遇する時よりも危険度は落ちるものの、それでもその戦闘能力は非常に危険と言える程。

ゆえに、非常に効果的な実戦の訓練として、討伐系がメインの冒険者、及びパーティーは誰もが一つでも下の階層に潜ることを目標に、日々精進していっている。


リンは今、その十階層よりもさらに下となる…

隠し階層の十一階層にいる。


そしてその階層で、自身の神のごとき戦闘能力をさらに磨き上げる為の修行に励んでいる。


「ぐぐぐ…ああああああああああっ!!!!!!」


階層全体に【空間・結界】を駆使し、中でどれ程激しく戦闘を繰り広げても外に被害が及ばないようにし…

その中でリンと対峙し、互いに持つ剣をぶつけ合わせての、真っ向からの力比べを挑んでいる存在。


それは、リンが技能【生産・錬金】を中心に自らの能力を駆使して作り上げた人造人間ホムンクルスであり、リンのが付与された…

いわば、リンのコピーと言える存在である。


「………………」


その力と姿形はまさにリンと瓜二つだが、あくまでコピーなので、違う点はいくつもある。

まず、感情を一切持たず、主人と定めたリンの命令にのみ従うこと。

そして、称号【勇者】【護りし者】を持たない為、技能【空間】や【無】【雷】属性の魔法が使えず、一人で誰かを護る戦いにおいても力の増幅がないこと。

ただし、称号【ぼっち】も持たない為、本物のリンと違って集団戦闘においても力を発揮できること。


と、能力的にはリンの劣化コピーと言えるものではあるのだが…

基本ステータスそのものは本物のリンに匹敵するものがあり、【闘気】を使った身体強化もできるので、こうして力でリンに肉薄することも可能となっている。


リンは、その劣化コピーに命令して、実際に自分と戦わせることで実戦的な戦闘訓練を行なっている。


「………………」

「ふうう……はああっ!!!!」


劣化コピーであるとはいえ、元がリンである為…

コピーリンの攻撃力は凄まじいものがある。

しかも、膨大な魔力を元にいくつもの強力な攻撃魔法も駆使してくるので、一瞬たりとも気が抜けない。


しかし、そんなコピーリンの攻撃に正面から立ち向かい、【闘気】を纏った剣による力強い攻撃を繰り出し、コピーリンを抑え込んでいく。

そして、コピーリンが繰り出す魔法攻撃を的確に防御魔法で相殺しつつ、自身も魔法攻撃を繰り出して応戦する。


それ程の激しい戦いになっているにも関わらず、リンが戦闘前に展開した結界はびくともしておらず、傷一つついていない。

ちなみに、リンの【空間・結界】の防御力はリン自身のステータス【防御】の数値に影響してくる。

ただし、展開した後に上昇した【防御】の数値は、その前に展開した結界には一切反映しない。

つまり、今この十一階層で展開している結界は、かつての大氾濫の時に展開した結界よりも遥かに強固になっており…

そのおかげで、リン同士の激しい戦闘にも耐えられている、と言うことなのだ。




名前:リン

種族:人間

性別:男

年齢:14

HP:10240/10240

MP:102400/102400

筋力:13800

敏捷:14000

防御:15200

知力:29600

器用:28600

称号:神の導き子、勇者、護りし者、ぼっち、古の竜の伴侶、不老、精霊の友人、世界樹の家族→New!

技能:魔法・5(火、水、土、風、光、闇、雷、無)

   剣術・5

   格闘・5

   空間・5(収納、生活、召喚、転移、結界、検索、解体、作業)

   鑑定・5

   家事・5(料理、洗浄、掃除、裁縫、整理)

   算術・5

   医療・5(診断、施術、処方)

   生産・5(鍛冶、錬金、製薬、農業、建築)

   探索・5(気配、罠、痕跡)

   魔力・5(制御、回復、減少、詠唱、耐性)

   従魔・5

   息災・5(火、水、風)

   精霊・5(認識、同調、交信、共有、増幅、変質)

※各ステータス値は、各称号の影響を受けていない本来の数値。




称号

・世界樹の家族

世界樹と家族としてつながった者に与えられる称号。

世界樹と意思疎通、感覚共有ができるようになる。

また、世界樹の意思次第で世界樹が有する能力を与えてもらうこともできる。




全てのステータスが、こうした修行によって大きく上昇しており…

各称号の効果でステータスがさらに跳ね上がることもあり、リンの戦闘能力はさらなる成長を遂げている。


特に魔力は、自身の拠点、各施設にある魔導具や設備に加え、スタトリンで使用する分や周辺の森とフレア達精霊娘に分け与える分、さらには生活空間で暮らす世界樹に分け与える分と、消費する魔力の量が桁違いに膨れ上がっており…

それ程の魔力を消費し、回復するを繰り返すことで、魔力の総容量が著しく上昇していっている。


「………………」

「はあっ!!!!」


リンの剣と、コピーリンの剣が力強い斬撃を繰り出し、激しく斬り結ぶ。

瞬間、巨大な稲妻が着弾したかのような、凄まじい轟音が響き渡る。


お互いの生命力溢れる【闘気】に護られている剣には、傷一つついてはいないものの…

逆に言えば【闘気】を纏わずにこのような斬り合いをすれば、間違いなくどちらの剣も一撃で砕け散ってしまうだろう。


かつて、十万を超える魔物の氾濫をたった一人で退けた時よりも遥かに強くなっているリン。

基本ステータスに関して言えば、オリジナルと連動している為同等の強さを持っているコピーリン。


二人のリンによる激しい戦闘は、この後もしばらく行われ…

戦闘が終わったのは、ここから三時間後のことだった。




「………………」

「ふう……ありがとう、もう一人のぼく。おかげですっごくいい修行になったよ」


日々の日課となっている修行を終え、リンは笑顔でコピーリンに感謝の言葉を声にする。

コピーリンは表情の動きこそないものの、自身を生み出してくれた主と言える存在の言葉に、こくりと頷く。


お互いにかなりの汗が流れ、衣類が汚れてしまっているので、リンは【浄化】を発動し、自身とコピーリンの汚れを瞬く間に消し飛ばして綺麗にする。


「ぼく、きみのおかげでもっともっと強くなれそう…そうなったら、もっともっと多くの人を助けてあげられると思うんだ!」

「………………」

「だから、ほんとにありがとう!ぼく、きみがいてくれて嬉しい!」

「………………」


自身が生み出した人造人間ホムンクルスというのもあるからだろうか…

重度のコミュ障を抱えているはずのリンが、コピーリンに対しては自ら積極的に話しかけているし、普段のたどたどしく覚束ない口調もなくなっている。


とても無邪気に、自分の存在を喜んでくれる主のリンに、コピーリンはやはり言葉もなく表情も変わらないのだが…

それでも、主のそんな言葉が嬉しいのか、どことなく喜んでいそうな雰囲気がある。


コピーリンは今のところ、リンとしてはまだまだ調整中且つ検証中の存在と言うこともあり、表には出していない。

その為、コピーリンは普段はこの地下迷宮の十一階層で暮らしている。

今の段階では、自身で食事を摂る機能もない為、リンが【空間・生活】の技能を駆使して自身の魔力を与えることで、その生命を維持している。

【空間・結界】で作っている修行場の他に、この十一階層にはコピーリンが快適に過ごせるように、就寝用のベッドを置いている生活スペースも設けている。

その生活スペースは、リンが世界樹の分身体を生み出して置いている為、清浄な空気に魔力、そして世界樹の葉と雫もある。

その為、コピーリンの身体にも優しく、快適な生活スペースが出来上がっている。


「あ、ぼく他にもやることあるんだった。じゃあもう行くね」

「………………」

「今日もぼくと修行してくれてありがとう!またお願いするね!」

「………………」

「お疲れ様、もう一人のぼく!ゆっくり休んでね!」

「………………」


他にやることがあったことを思い出し、リンはその場を後にしようとする。

天使のような可愛らしい笑顔で、コピーリンに感謝と労いの言葉を贈り、慌ただしく【空間・転移】で地下迷宮の十一階層から、その姿を消す。


コピーリンは無表情、そして無言のまま、リンから言われたことにその首を縦に振るだけだったが…

リンが姿を消すと、リンに言われた通りその身体を休めようと、ベッドの上に横たわらせ…

そのまま、目を閉じて眠りにつくのであった。

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