第180話 神木①

「リン様、よろしいでしょうか?」


サンデル王国の国王マクスデル、第一王妃エリーゼとの友好な関係は日に日に確かなものとなっていき…

エイレーンが、自身がギルドマスターとなる新生冒険者ギルドの支部展開計画について、ギルドの幹部達と会議を行ない、着々と計画を進めている。


リンの宿屋、レストラン、ジュリア商会、パン屋もサンデル王国への支店の展開計画を、それぞれの施設の従業員が進めており、こちらも順調と言える。


リンがすることは、ギルドの支部や施設の支店が作られる毎に、そこにリンの生活空間にある、従業員達の居住地につながる出入口を作るのと、リンでなければ作れない設備や魔道具を作ることくらいであり…

設備用の魔道具に関しては、すでに十分な量を作り終えて、いつでも設備に組み込める状態になっており、設備も建物の設計が決まればすぐに作れるので、今は特に急ぎですることがない状態となっている。


その為、いつものように自身の作業空間、生活空間での生産活動に勤しみ、それも区切りがついて一息ついていたのだが…

そこに、メイド部隊の一人である、ドライアドのアイリがリンに声をかけてくる。


「?ど、どう、か、し、しま、した、か?」


することが終わって一息ついていただけだったので、リンはアイリの用件を聞こうと向き直る。


「リン様…リン様のおかげで、わたし含むドライアドの一族は、日々をとても幸せに過ごすことができております。本当にありがとうございます」

「ぼ、ぼく、ア、アイリ、さん、た、達、が、よ、喜んで、く、くれて、う、嬉しい、です」

「(はあ…♡…リン様…リン様はどうして、こんなにも尊くて可愛らしいのでしょう…♡)リン様…これはわたし達ドライアド一族の総意なのですが、リン様にこれをお捧げさせて頂きます」


いつものように、自分達が喜ぶのを我が事のように喜んでくれるリンがあまりにも尊くて、愛おしくなってしまうアイリ。

そんなリンに、アイリは身体の前に組んでいた両手をリンに差し出し…

その手を開いて、中のものを渡してくる。


アイリの掌にあるのは、何かの植物の種らしきもの。


小柄で手も小さいアイリの掌の上でも、ちんまりした感じで…

しかし、まるで心臓が鼓動するかのように、虹色に彩られている種がうっすらと光ったり、消えたりを繰り返している。


「こ、これ、って…」

「リン様…これは我がドライアド一族が代々管理してきた、世界樹の種です」


世界樹。


かつてこの世界にまだ植物というものがなかった頃…

その始祖として、できあがったばかりの世界の中心に生まれた、初めての植物。

そして、その名の通り世界を司る精霊の住処とされていた、大きな樹木。


世界樹は文字通り、この世界にたった一本しかない。

だが、そのたった一本の樹木には、多くの果実が実り、花が咲き、葉がついていた。

かつては天界の神々が降臨する時の現身としても存在しており、天界へとつながるご神木として崇められていた。


だが、いつしかその姿も失われ…

今の世には、世界樹と言うご神木の名前が、かろうじて人族の記録に残されるのみ。


一説として、この地上に数々の植物が生まれる為の母体として天界から降臨し、役目を終えた為再び天界に帰した、とされている。

が、これもあくまで仮設止まりとなっており、真相は未だ不明となっている。


「せ、世界、樹…」

「はい。我々ドライアドの祖先は、この世界樹から生み出されたと伝えられております。そして、ドライアドが生まれたことで世界樹はその役目を終え、自らの分身となるこの種を残して、この世からその姿を消した…と伝えられております」

「そ、そう、なん、で、です、か…」

「ですが、世界樹がこの世界から姿を消して数千年…我々ドライアドの子孫は年々減少…最盛期には数万はいた一族ですが、今代ではわずか百数十程…それも、種族そのものが生まれた頃と比べると、種族の血統も薄くなり…その力も弱まる一方…」

「!じゃ、じゃ、あ…」

「はい…このままではわたしを含め、今リン様の庇護を頂いているドライアド達は…この世界からその姿を消してしまうかもしれません」


世界樹は、アイリ達ドライアドと言う種族を生み出した祖。

植物を司る存在としてドライアドが生み出されたことで、世界樹はその役目を終え…

いつの日か、再び自身が必要になる時の為に分身となる種を残して姿を消した。


だが、アイリが知っている伝承のみが事実ではなく…

豊富な恵みを有する世界樹を狙う悪しき者は非常に多く、ドライアドが生み出される前から神木である世界樹の身を貴重な素材として削り落とす、またはその身に芽吹く恵みを乱獲し、それを売却することで莫大な財産を手に入れた者も多々存在する。

最も、そのような者達は神々の怒りを買い、資産家になりながらも一代でその歴史から姿を消すこととなったのだが…


それでも、そのような悪しき者は次から次へと現れ、世界樹はもはやその力を保てなくなる程に弱っていってしまった。

その為、残されたその力を振り絞り、アイリ達ドライアドの祖を生み出したのだ。

もはや余命いくばくもない自身の代わりに、世界の植物を司り、自然に恵みをもたらす存在として。

そして、ドライアドと言う種族を生み出した世界樹は、自らの役目をドライアドに託し…

わずかに残った最後の力の全てを使って、自らの分身となる種をこの世に残し、その生を終えることとなった。


しかし、この世に生み出されたドライアド達は、最初は人族とも共存し、共に種族繁栄の為に生活することもできていたのだが…

ここでも、己の欲望に忠実な悪しき者達が害を及ぼすこととなる。


ドライアドと言う希少な存在そのものを捕らえ、奴隷として植物の恵みを独占しようとする者…

異種族の研究機関にドライアドを高値で売りつける者…

その種族特性となる、幼くも美しい容姿ゆえに悪しき権力者のおぞましい趣味の為に捕らえられ、残酷で無慈悲な生涯を遂げることとなった個体もいた程。


ゆえに、ドライアドは世界樹がこの世界から姿を消してからは…

悪しき人族の手によってその個体数を年々減少させられることとなり…

今となっては百程の数がかろうじて生き残っている状態。

その為、人の目に触れぬよう、ひっそりと自然の為に、自然と同調する生活を送ってきたのだ。


世界樹が現存していた頃は、男性体のドライアドもその数は十分に存在していたのだが…

世界樹が姿を消してからは男性体のドライアドは瞬く間にその個体数が減少。

男性体のドライアドは非常に希少であることも、悪しき者達に狙われる理由となり、それによって男性体ドライアドの減少に拍車がかかることとなった。

その為、同族の交配による、純血の個体もどんどんその数を減らしていくこととなった。


やむを得ず、異種族となる亜人との交配…

それも、自然と融和して生きる者との交配により、種族の滅亡をギリギリのところで阻止することはできているのだが…

生まれる種族が完全にドライアドか、交配する異種族かのどちらかになってしまい、しかもその確率は完全に五分五分となる為、種族の繁栄どころか、種族そのものの保持すら危うい状態。

しかも、仮にドライアドとして生まれたとしても、異種族の血が混じっていると本来のドライアドとしての力はきちんと継承されなくなってしまう。


今、ドライアドはまさに滅亡の危機に陥っており…

純血のドライアドはアイリを含め、現存する種族の個体の中では三割程。

だが、そこをリンに救われ、リンの生活空間で残存する種族の全ての個体が、日々を幸せに暮らすことができている。


「よ、よかった、です」

「?リン様?」

「ぼ、ぼく、の、ち、力、が、ド、ドライ、アド、さん、達、を、し、幸せ、に、す、する、こと、が、で、できて」

「!!リン様…♡」


自分の力が、滅亡の危機に陥っていたドライアドを救うことができたのがとても嬉しくて、リンは幸せそうな笑顔を浮かべて喜ぶ。


アイリは、そんなリンがたまらなく愛おしくて…

その瞳の奥に、その溢れんばかりの愛情を示す形が浮かんでしまっている。


「リン様…そんなリン様だからこそ、わたしは…わたし達ドライアドは、この世界樹の種をリン様にお捧げすることができるのです」

「?ぼ、ぼく、だから、で、ですか?」

「はい…わたしも他のドライアドもリン様の生活空間に住まわせて頂いて、とても心地よく力も湧いてきて…毎日が幸せでいっぱいなのです。そんなリン様の生活空間でしたら、世界樹もとても健やかに成長し、大いなる恵みを与えてくださる…そんな確信しかございません」

「ぼ、ぼく、の、せ、生活、く、空間、で、せ、世界樹、さん、よ、喜んで、く、くれます、か?」

「はい!何よりリン様の生活空間に世界樹を植えさせて頂けると言うことは、世界樹が常にリン様の庇護を頂けると言うこと…世界樹の恵みや世界樹そのもの…挙句にわたし達ドライアドを狙う悪しき者達の魔の手からも、お護り頂けると確信しております!」


この世界に多くの恵みをもたらし、生きとし生ける者達の繁栄を促してくれる世界樹。

その世界樹を、悪しき者の手の及ばない…

それも、ドライアドの誰もがずっといたいと思える程に快適で幸せに満ち溢れている、リンの生活空間に植えられる。


そのことに、アイリはこれ以上の喜びと幸せなどないと言い切ってしまう。


「だ、だっ、たら、ぼ、ぼく、せ、世界樹、さん、に、ぼ、ぼく、の、せ、生活、く、空間、で、す、住んで、ほ、ほしい、です」

「!う、嬉しいです!リン様、ありがとうございます!」


世界樹が、ドライアド達が喜んでくれる。

それならば、世界樹に自分の生活空間で暮らしてほしい。

リンは、その純粋な思いを笑顔と共に言葉にする。


リンが喜んで、世界樹の種をリンの生活空間に植えることを受け入れてくれたことが、アイリは嬉しくてたまらず…

リンの小さく華奢な身体を、まるで自分の身体で包み込むかのように、ぎゅうっと抱きしめてしまうのであった。




――――




「こ、ここ、で、い、いい、ん、で、ですか?」

「はい!リン様が普段おられるところの方が、世界樹も喜ぶでしょうから!」


リンとアイリは、アイリの進言でリンが普段生活空間で暮らしている、リンが最初に作った自宅の近くに移動している。


リンが普段からいるところの方が、世界樹の生育もよくなると言うアイリの言から、リンはアイリから捧げられた世界樹の種を、自分の家の近くに植えることにする。


「じゃ、じゃあ、こ、ここ、に、う、植え、ます、ね」

「はい!」


家の裏にある山から、少し外れた草原となっている場所に二人で移動すると…

リンはそこの地面を掘って、世界樹の種を丁寧に植え、掘った土をかぶせてそこを埋める。

そして、種を植えたところに【水】魔法で清浄な水を適度にまき…

さらに、リンがその小さな身体に保有する、莫大な魔力を惜しみなく注いでいく。


「!こ、こんなにも早く、世界樹が芽を!」


すると、今種を植えたばかりなのにも関わらず…

小さくも神々しい光を纏いながら、世界樹の芽が、種を植えたところからぴょこんと飛び出し…

その場に温かで清浄な、慈しみに満ち溢れた空気を湧き出させていく。


植えた直後であるにも関わらず、すぐにその芽を出して姿を現した世界樹を見て、アイリは驚きつつも、喜びを隠せない。


(あー!)

(リン、それせかいじゅなのー!?)

(リンのせいかつくうかんに、せかいじゅがいるのー!)

(せかいじゅが、せかいじゅがめをだしてるのー!)

(わーい!せかいじゅにあえるのー!)

(せかいじゅにあうの、はじめてなのー!)


そしてそこに、いつものようにスタトリン周辺の森にリンの魔力を与え、森の恵みの採取と森の中の調査に出ていたフレア達精霊娘が、リンの元へと帰ってきた。


リンとアイリの足元で、リンの生活空間の中で産声を上げた世界樹を見て、フレア達はその神気を発する芽を世界樹だと確信して大喜び。


(わ~…せかいじゅがすっごくよろこんでるのー)

(リンのまりょくと、リンがだしてくれたおみずがおいしいっていってるのー)

(リンのせいかつくうかんのつちがすっごくあったかくて、いごこちいいっていってるのー)


そして、生まれたばかりの世界樹がリンの魔力がとても美味しく、生活空間の土壌がとても居心地がいいと、とても喜んでいることをフレア達は感じ取り…

まるで自分のことのようにそれをわちゃわちゃと喜んでいる。


(そ、それは確かなのですか!?フレア様!?)

(そうなのー)

(せかいじゅ、すっごくよろこんでるのー)

(リンのこと、めちゃくちゃだいすきっていってるのー)


リン以外で、リンの拠点で暮らす者では唯一、フレア達精霊娘を視認し、言葉でのやりとりをすることができるアイリが、フレア達の言葉に興奮気味に聞き返してしまう。

そんなアイリに、フレア達は世界樹の言葉を代弁するかのように、肯定の意を返す。


「ああ…やはりリン様に世界樹の種をお捧げして、本当によかった…リン様はやはり、この世に生きる神様なのですね…」


世界樹がリンをとても気に入り、元気に産声をあげたことで、アイリはリンに世界樹の種を託したのは間違いではなかったことを改めて確信。

そして、リンがこの世に顕現した神であると信じて、涙を流しながら喜ぶ。


(えへへ~♪やっぱりリンはすごいのー♡)

(リンのおかげで、せかいじゅがまたこのよにうまれてきたのー♡)

(せかいじゅも、リンのことすきすきーっていってるのー♡)

(これから、このせいかつくうかんがもっとしぜんのめぐみでい~っぱいのなるのー♡)

(リンのまりょくはそこなしだから、せかいじゅがたべてもぜ~んぜんへいきなのー♡)

(リンはやっぱり、かみさまなのー♡)


そして、世界樹を再びこの世に顕現させたリンのことがとても誇らしく、とても素敵に思えて、フレア達はもうどうしようもない程に溢れかえっているリンへの愛情を、ますます溢れさせてしまっている。


リンが大好きで大好きでたまらなくなって、フレア達はリンの胸元にべったりと抱き着いて、甘えるようにすりすりと頬ずりをしてしまっている。


「え、えへへ…せ、世界樹、さん、こ、これ、から、よ、よろしく、ね」


フレア達との感覚の同調で、世界樹がとても喜んでくれていることを感じ取ったリン。

世界樹の喜びを、我が事の様に喜び…

これから、大切な家族として一緒に暮らしていこうと思うのであった。

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