第179話 邂逅

「ぐ…くそ…」

「い、一向に景気が回復せんどころか…」

「も、もはやこのギルド自体、経営が不可能な状況になるなど…」

「な、何が起こっておるのじゃ…」


サンデル王国の王都チェスターにある、冒険者ギルドの本部。

その本部の中の、自分達の好きなように贅をつくした執務室。

その中で、まるで外界からその身を隠すかのように引きこもっている、上層部の老害達。


エイレーンと、エイレーン率いるスタトリン支部の職員が全員職を辞し…

同時にスタトリン支部も閉鎖となってから一月程。

そのわずか一月の間に、次々に有能な職員が職を辞し…

登録していた冒険者達は次々に除籍の手続きを行ない…

その影響で、国内中にあった支部は全て閉鎖となってしまっている。


職員はすでにギルドにしがみつくしかない、三流以下の人材がわずかに残っているのみ。

登録している冒険者は、もはや片手で数える程しかいない。


ギルドにとって救いなのは、残っている冒険者が全てゴールド以上のランクの冒険者であること。

それゆえに、高報酬の依頼を受注し、達成することができているからこそ…

本部のみではあるものの、首の皮一枚ギリギリのところで存続することができているのである。


とはいえ、それでも経営はすでに火の車となっており…

当然ながら、少しの贅沢も許されない。

無論、この老害達が欲望のままに収集した高級品などはとっくに売却することとなっている。

まだ、老害達の執務室には金になるであろう高級品が残ってはいるものの…

それらも、もう売却は避けられない状況となっており、いつ資金不足を告げられ、売却されてもおかしくない。


加えて、籍を残しているのがゴールド以上の冒険者であり…

人間のなかで見れば戦闘能力はズバ抜けていると言える存在が、直接ギルドの上層部となる老害達の元に訪れ、執務室全体を覆う程の濃密な殺気を放ちながらこう言ったのである。




――――今後、俺達の報酬をピンハネしようなんて真似をすれば、その瞬間にその醜く肥え太った胴と首が分かれることになると思っておけ――――




これには、自尊心の塊のような老害達もさすがに首を横に振るわけにはいかず、刹那の先に命を失う絶大な恐怖と緊張感の中、その首が取れてしまいそうな程にぶんぶんと縦に振って、承諾の意を示すこととなった。


無論、今残っている高ランクの冒険者はベテラン揃いである為、報酬の相場も熟知しており、今後提示される報酬の額がその相場よりも少なくなれば、その瞬間に老害達の首は胴からさよならしてしまう。

これは、実際に受付をする職員達も同じであり…

今となっては下手なことをしたその瞬間に、この世からおさらばしてしまうと言う張り詰めた緊張感と絶大な恐怖感の中で、業務をすることとなってしまっている。


最も、それ程高ランクの冒険者が残ってくれているからこそ、かろうじてではあるもののギルド自体は存続することができているのだが。


「…も、もうこのギルドは、終わりなのか?」

「ど、どこじゃ…どこで何を間違えたのじゃ…」

「わ、儂らは選ばれし者のはずじゃ…なのにこれは、どういうことなのじゃ…」

「わ、分からん…分からんのじゃ…」


必死になってギルドの景気を回復する為の施策、方針などを考えなければならない立場であるはずの老害達は、そもそもの存在自体が害悪とされる無能集団。

今までは、多くの有能な存在がしっかりと地盤を固め、本来この老害達がせめばならぬことをきちんとしてきてくれたからこそ、このギルドは安定して経営ができていた。


だが、その存在はもういない。


この期に及んで、未だ自分達のことを過大評価し、致命的な間違いに気づかないその愚かな姿。

そのことを指摘してくれる存在など、いるはずもなく…

老害達は、ただただ途方に暮れるのであった。




――――




「さて、サンデル王国の国王殿よ。妾がこのスタトリンの王となるシェリルじゃ。リリーシアは知っておるが、見た目はこれでも種族はエンシェントドラゴンじゃ。今後は良き関係を築きたく思うので、よろしく頼むのじゃ」


サンデル王国の冒険者ギルドが、そんな有様である中…

スタトリンの重要な運営拠点となる、リンの拠点の地下一階では、ここしばらくはリンの生活空間の方に入り浸っていて、地下拠点の方に姿を見せなかったシェリルが、サンデル王国の国王となるマクスデルと初めて顔を会わせることとなった。


シェリルは自身がエンシェントドラゴンであることを証明する為…

それでも、この地下一階ではさすがに元の姿に戻ることはできない為、その華奢で美しい肌の右腕のみを、元の竜のものに戻して見せつける。


見た目は絶世の美少女にしか見えないシェリルが実はエンシェントドラゴン、などと聞かされ…

さらには、竜のものに変わったその右腕を見せつけられ…

マクスデルは驚きを隠せないでいる。


「ま、まさか伝説の古竜とされる存在を、目の当たりにする日が来るとは…い、いや失礼。我がサンデル王国の現国王、マクスデルと申す。スタトリンの王…と言うことは、今後の国交はあなたも表の場に出られるのか?」

「うむ。基本的にはジャスティンやリリーシアに外交を担ってもらうが、王と言う存在が必要な場では妾も姿を見せるつもりじゃ」

「なるほど…しかし、あなたが王、と言うのであれば、リン様は一体どのような立ち位置で?」

「リンは妾の生涯の伴侶…そして、王である妾の上の存在…いわば、リンはこのスタトリンの神として、自由にスタトリンを幸せに導いてもらう…そういう立ち位置じゃ」

「!で、ではリン様は基本、政治や外交には関わらず、そのお力で自由にスタトリンを発展させていく…そして、民達の希望であり、崇拝の対象…そういう認識でよろしいか?」

「その認識で合ってるのじゃ。リンは頑なに自分は王に向かないと言って聞かぬのでな…であれば、その上の存在である神の方が相応しい、と…妾とこの拠点に住む者達はもちろん、スタトリンで暮らす民達も満場一致で決定したのじゃ」

「は、ははは!リン様は我がサンデル王国でも、雷をその御身に宿される守護神様となるべきお方!まさかこのスタトリンでも、そのようなお立場であったとは!」

「なるほどのう…そう言えばサンデル王国は雷、もしくはそれを操る者を守護神として崇拝する風習が根強く残っておったのう…」

「いかにも!我はリン様がその御身に雷を宿されていることを知って、子供の頃に王家代々からの伝説を聞かせてもらって、子供心に興奮していたあの時を思い出したのだよ」

「ふふふ…マクスデル殿、よかったのう?リンと関わりを持つことができて。これからはサンデル王国も、必ずやいい方向へと進むであろう」

「ははは!まさにシェリル殿のおっしゃる通り!シェリル殿、今後はこのスタトリンと是非とも友好な関係を築いていきたい!どうぞ、よろしく頼む!」

「こちらこそ、よろしくなのじゃ」


シェリルとマクスデルの初めての顔合わせは、非常に友好的なものとなっている。

リンが、王の上の存在となる神としてスタトリンで崇拝され、愛されていることにマクスデルは愉快と言わんばかりの豪快な笑い声をあげる。

そして、自分と同じくリンを神と崇める者が王として君臨するなら、必ずや友好な関係が築けると確信が持ててしまう。


しかも、その身に雷を宿し、神のごとき戦闘能力を有しているであろうリンが神として、伝説の古竜とされるエンシェントドラゴンが王として君臨する国なら、絶対と言い切れる程の安心しかない。


スタトリンが国となるのを、徹底して支援すべき。

国となったスタトリンと、友好な関係を築くべき。


マクスデルは、自分がまるで幼いころに読み聞かせてもらった英雄譚の世界に入り込んだかのような感覚を覚え、このスタトリンと友好な関係を築けるならサンデル王国も安泰だと、心が躍ってしまう。


「お兄ちゃん♡」

「おにいちゃん♡」

「リンお兄様!」


そんなシェリルとマクスデルのやりとりを、笑顔で見つめていたリンのところに…

リーファとミリアとアルストが寄ってきて、全員がリンにべったりと抱き着いてしまう。


「!み、みん、な…」

「お兄ちゃん♡ボク、今日もい~っぱいお医者さんして、怪我してた人治したよ!褒めて褒めて♡」

「おにいちゃん♡ミリアも!リーファちゃんのおてつだいしたの!なでなでして♡」

「リンお兄様!ぼく、お姉様のお手伝いしながら、お勉強いっぱいしました!褒めてください!」


いきなり抱き着かれて、リンはびくりと身体を震わせてしまうものの…

そんなリンに構わず、リーファもミリアもアルストもべったりと抱き着いてうんと甘えてくる。


「み、みんな、い、いい、子、いい、子…」


リーファはリンの診療所が開業してから、ずっとそこで常駐の医師として、患者の優先度を確認する為の診断と、中~重度の外傷の治療に勤しんでいる。

そこにミリアも加わって、リーファをサポートする形で患者の治療に勤しんでいる。

【聖女】の称号があるミリアの回復魔法の威力は特筆ものであり、リンのように離断してしまった四肢の結合も可能となっている。

アルストは、姉であるリリーシアについて、リリーシアの補助をしつつ領地の経営について一緒に学んでいる。

それがとても楽しいのか、アルストはリンの拠点に来てからはいつもにこにことした笑顔が絶えないでいる。


重度のコミュ障が自身の中でどんどん大きくなっているのを感じながらも、リンは笑顔でリーファ、ミリア、アルストの頭を順番に撫でていく。

リンのなでなでがとても心地よくて嬉しくて、三人共幸せ一杯の笑顔を浮かべている。


「ああ…リン様と、リン様に甘えるリーファ様、ミリア様、アルスト様…なんて、なんてお可愛らしいのでしょう…」

「アルスト様があれ程に笑顔に…リン様はまさにサンデル王国の守護神様です…」


リンのメイド部隊の面々はもちろんのこと、王国から来たメイド達もリン達の可愛すぎる触れ合いに心を癒されている。


リリーシアとアルスト専属の執事やメイド達も、リンの拠点に来てからは新しい発見がいっぱいで穏やかな日常に恵まれ…

しかも、リンは常に自分達のことを大切にしてくれて、何かしたら必ず笑顔でお礼を言ってくれる為、リンに仕えることが幸せ過ぎてたまらなくなってしまっている。


その為、リンへの愛情と忠誠心は日に日に溢れかえらんばかりとなっており…

誰もがリンの為に尽くそうと、リンが喜ぶことを探してはそれに取り組んでいる。


リンの地下拠点は広いので、掃除も非常にやりがいがある。

非常に高機能なキッチンがあるので、料理も楽しくてたまらない。

リンの家族となる人達のお世話をするのも、とてもやりがいを感じる。


執事もメイドも、一丸となってリンの為に笑顔で働いている。

もうこのまま、ここでずっと働いていたい。

そんな思いが溢れて止まらなくなってしまっている。


「ふふ…リンはもちろんじゃが、リーファもミリアもアルストも可愛いのう…妾の心も癒されてくるのじゃ♡」

「リリーシアもアルストも、ここの生活がよほど幸せなのか…いつも笑顔が絶えないのだ。これも、守護神となるリン様のお力と思うとますますリン様にお仕えできる自分が誇らしくなってくるし…我自身、ここの生活がとても気にいっているのだよ、シェリル殿」

「ふふ、そうじゃろうて。リンのそばで暮らせるのは、この世の幸せそのものと言っても過言ではないと、妾は思っておるからのう」


リン達の触れ合いに、シェリルもマクスデルも心を癒されている。

マクスデルも、リンの拠点での生活が非常に気に入っており…

最近は普段の仕事を手早く終わらせて、すぐにでもリンの拠点に行きたいと言う気持ちでいっぱいになってしまっている。


ちなみにエリーゼは、愛娘であるリリーシアの、スタトリンの代表として勤しんでいる姿をそばで見て、必要があればちょっとしたアドバイスをするなど…

数か月ぶりに会えた娘との交流を、心の底から楽しんでいる。


「エイレーン殿、あなたの冒険者ギルドの支部を展開していくならば、我がジャスティン商会の支店を経由して国内の各所に出向くといい」

「!よ、よろしいのですか?ジャスティン様?」

「むしろ我々が協力させてほしいくらいなのだよ。エイレーン殿の冒険者ギルドが、サンデル王国内の至るところに展開できれば、我が商会も気軽にギルドに依頼ができるし、そちらの管轄となっているごみ処理事業に孤児院も、我々が利用しやすくなるからね」

「ありがとうございます!支部の設備に必要な魔導具類はリンちゃんが増産してくれていますので、それが出来次第、リンちゃんお抱えの建築業者に依頼を出しておきます!」

「我が商会の支店の職員達が見る限りでは、王国の冒険者ギルドの支部は閉鎖しているようだよ。すでにその跡地は我が商会の方で押さえてあるから、そこを使うといい」

「!何から何まで、ありがとうございます!」


ジャスティンとエイレーンは、新生冒険者ギルドの支部展開について話し合っている。

すでに国内の全支店が、リンの生活空間に行き来できるようになっていることを利用して、そこから移動することをジャスティンは勧めてくる。

しかも、王国の冒険者ギルドの支部跡地も商会で押さえてあるので、そこに支部を建てるように進言してくる。


エイレーンはジャスティンの申し出に心から感謝し、リンが増産している設備用の魔導具が揃い次第、支部の展開に入ることを力強く宣言する。


リンの商業施設の従業員達が、それぞれの施設のサンデル王国への展開の計画を楽しそうに話し合い、実施の目途も立ち始めている。

その計画をスムースに進行する為にも、新生冒険者ギルドの支部展開はすぐに取り掛かりたい。


ジャスティンの進言で、それが出来る見込みが立ったことを、エイレーンは満面の笑顔で喜ぶのであった。

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