第177話 実弟

「フォレストブルの串焼き、二本くれ!!」

「ボアの串焼き、三本ちょうだい!!」

「ありがとうございます!」

「少々お待ちください!すぐに用意致します!」


リンとジャスティンが、マクスデルとエリーゼと非公式の会談を行ない…

マクスデル、エリーゼ、セバス、アンがリンの拠点に出入りできるようになってから数日。


ジャスティン商会のチェスター支店の隣の土地が、そこに建っている小さな店舗も含めて売りに出されていたのを、ジャスティン商会の代表として、チェスター支店の職員の一人が即購入の手続きを行なった。


そして、リンがスカウトした串焼き屋の主の為の土地が手に入ったことを、すぐにイリスを通してリンに報告。

その報告を受け、すぐにリンはチェスター支店を介して王都チェスターに出向き…

元々あった店舗は木造の、今にも壊れそうなボロっちい作りだったこともあり、すぐに収納空間に収納すると…

自身の技能である【生産・建築】と【土】属性の魔法を駆使して、それ程大きくはないが大理石造りの奇麗で清潔感ある雰囲気の、串焼き屋の店舗を作り上げる。


店舗の大きさは一階建てで広さも縦横15m、高さ4m程と、隣に建っているジャスティン商会のチェスター支店と比べると明らかに小さいものの…

店舗の前面に販売用のカウンターが設けられており、その後ろに区切られた空間に、串焼き屋の主が実際に串焼きを焼く調理スペースがある。

この調理スペースは、リンが串焼き屋の主の為に、生活空間に作った串焼き用の施設の一部を、この店舗とサイズ感が合うようにつないで実際にそこにあるように見せている。

販売カウンターで接客・販売を行なうスタッフはイリスが宣言していた通り、この串焼き屋の為に新規で雇用した若い女性のスタッフが二人。

どちらも店の看板娘となれる美貌を持ち、さらには別の店舗での接客・販売の経験もあるので、主としても安心して販売を任せることができている。

無論、リン所有の商業施設で働いているので、この二人の女性スタッフもリンの生活空間に自分達の住居をもらっており…

営業が終わったら、背後の調理スペースを経由してリンの生活空間にある住居に帰ることとなる。


「(わあ~…リン様の収納の魔道具のおかげで金銭の取り扱いが凄く楽~♡)」

「(いざとなったらここからも商品の串焼きが取り出せるから、ほんとに便利~♡)」


販売カウンターにはリンが作った収納の魔道具が設置されており、お金の受取とお釣りのお返しもお手軽に、しかも非常に高い防犯性の中で行なえることで、女性スタッフの二人もとても重宝している。


「(お、おれがこんな店を持つことができたのは紛れもなくリン様のおかげ!!リン様の為にも、リン様の所有する商業施設で働く同胞達の為にも、おれは串焼きを作り続けるぞお!!)」


また、主自慢の特製のタレは、リンが作ってくれたタレ製造の設備のおかげで大量に作ることができており、主の為に作られた施設にあるリンの収納の魔道具を介して、リンの収納空間に献上物となる串焼きもタレも日々収められていっている。

もちろん、そのタレはリンが所有する宿屋の食堂、レストラン、冒険者ギルドの食堂でも使われており…

そのタレを使った料理のおかげで、ますます繁盛している。

串焼きの方も、冒険者ギルドの方で販売スペースが設けられ…

そちらの方でも大人気となり、飛ぶように売れている。


そして、以前はフォレストブルのみだった肉も、今はボア系や鳥系の肉も使えるようになり、しかも自慢のタレだけでなく、リンが大量に保有している塩、胡椒、香辛料を組み合わせて主オリジナルブレンドの調味料…

さらにはショーユ、ミソなどを使った串焼きなど、ラインナップも大幅に増えている。


「うめえ!やっぱこの串焼きはほんとチェスターの名物だなあ!」

「扱う肉の種類がすっごく増えて、いろんな串焼きが食べられるようになったし!」

「今までのタレだけじゃなくて、このピリ辛の調味料とか、このミソとショーユ使ったやつとか、どれもめっちゃくちゃ美味しいの!」

「おまけに美人な店員さんまで雇ってるし!」

「もうこの串焼き、一日に一回は食べないと終わらないって感じになってるよ!」


ここ二~三日出ていなかったが、以前からこのチェスターで人気だった串焼きの屋台が、立派な店舗を構えてラインナップも大幅にパワーアップして帰ってきた。

しかも、美人な女性スタッフを二人も雇って販売を任せている為、開店初日から主自慢の串焼きは飛ぶように売れている。

そして、種類も増えて美味しさも増した串焼きに、買って食べている人達が幸せそうに頬を緩ませている。


「(ああ~!!お客さん達があんなに笑顔でおれの串焼きを食べてくれてる!!本当に、本当に幸せだ!!この幸せを下さったリン様の為に、もっともっと串焼き焼いて、もっともっと多くのお客さんに食べてもらうぞお!!)」


客の一人一人がとても幸せそうに、自分が作った串焼きを食べてくれているのを見て、主は心から溢れかえる喜びに、自然と笑顔が浮かんでくる。

この店の従業員となってくれた女性スタッフ達も、とても楽しそうに嬉しそうに接客・販売してくれているのを見て、ますます嬉しくなってくる。


この幸せをくれたリンの為にも、主はもっともっと美味しい串焼きをいっぱい作り、もっともっと多くの客を喜ばせようと、その手を動かしていくのであった。




――――




「お姉様!ご無事で何よりです!」

「アルスト…心配かけてごめんね」


場所は変わって、リンの拠点の地下一階。

普段通り、スタトリンの代表の一人として忙しなく取り組んでいるリリーシアのところに、まだ二桁にも達していない年頃の、リリーシアによく似た美少年が訪れ…

その命を散らしたかと思われていたリリーシアの元気で活発な姿を見て、そのくりくりとした大きな目からぼろぼろと涙を零しながら、リリーシアに駆け寄って抱き着いていく。


リリーシアも、そんな幼さの色濃い少年を優しく抱きしめ…

自分の胸の中で泣きじゃくる少年の頭を優しく撫でて、包み込む。


この少年はマクスデルとエリーゼの間に生まれた、サンデル王国の第二王子で、リリーシアの実弟となる、アルスト・エイ・サンデル。

おどおどとしていて主体性がなく、姉リリーシアと比べるとこれと言って秀でたものもなく、今後のサンデル王国を担うには頼りない印象が強いものの…

貧民や孤児であっても、身分に関わらず誰かの死を悼んで涙を流せる程心優しく、とても感受性が強い為人の機微にも敏感。

アルストの専属となる従者は、いつもアルストに気遣ってもらったり、その働きを称賛してもらっていることもあり、誰もがアルストのことを慕っていて、常にアルストを心無い暴言や暴力、権力に目がくらんだ貴族の謀略などから護ろうと奮戦している。

年齢はまだ九つと幼く、姉リリーシアと同系統の造詣ではあるものの、意志の強さを表す釣り目気味の目つきの姉と比べると、アルストはおっとりとして優しい垂れ目気味の目つきをしている。

リリーシアも弟アルストのことは目に入れても痛くないと言える程に可愛がっている。


「はあ…よかった…」

「リリーシア様、あんなにもお可愛らしい弟様がいらしたのね…」

「リリーシア様と弟様がまた一緒になられて…本当によかったです…」


リリーシアとアルストの姉弟の再会を、周囲で見ていたメイド部隊の面々が感動で涙を流しながら喜んでいる。


「ああ…アルスト様…」

「リリーシア様を案じていた時のアルスト様はもう、見ていられませんでした…」

「お二人がこうして、再び触れ合えるようになったのも…まさにリン様のおかげ!」

「なのにリン様は、あのように人と関わること、触れ合うことができない呪いを背負われているなんて…」

「リリーシア様、そしてアルスト様をお救い頂いたリン様は、我らにとっても生涯かけても返しきれない程の大恩を頂いた恩人!」

「ましてや、その身に雷を宿す、サンデル王国の守護神様!」

「我ら一同、リン様にお仕えさせて頂きます!」


そして、元々王城でリリーシアとアルストの専属をしていた執事やメイドが、リリーシアとアルストの再会を喜び、歓喜の涙を溢れさせている。


マクスデルとエリーゼは、リンとジャスティンとの会談のすぐ後、行方不明だったリリーシアが生きていたこと…

今はとある場所に留学させ、執政者としての学習に励んでいること…

さらには、リリーシアの後に続くように第二王子アルストも、リリーシアと同じ場所に留学し、今後の未来を担う為の学習に励んでいること…

それらを、国の首脳となる者全てに通達。

国内ではちょうど半々に分かれている第一王女派と第二王子派の派閥は、リリーシアの生存を声を上げて喜び、執政者として成長する為の留学と聞いて今後のサンデル王国の未来が、よりよきものになることを感じられた。


逆に、第二王妃そして第一王子派の派閥は、死んだと思われていたリリーシアが生きていたこと、さらには第二王子のアルストと共に留学に出たことを聞かされ…

次期国王としての旗印になること以外はひたすら無能で、関わることすら嫌悪感でいっぱいになる程の存在であるロデナンに留学の話がなかったことで、国王がロデナンはすでに自身の後継者候補から外していると察し、内心慌てふためいている。

だが、国王マクスデルと第一王妃エリーゼを始め、第一王女そして第二王子は選民思想などなく、民を分け隔てなく思いやることは重々に承知しており…

このまま国王についたとしても、高貴な生まれの自分達が汚らわしい生まれの平民共と同等に扱われてしまうことを到底受け入れることができず、なんとしてもジャクリーヌ、そしてロデナンに実権を握ってもらわなければ、と謀略にその頭をフル回転させることとなる。


また、リリーシアとアルストの留学の為、二人の専属だった執事とメイドも同じ場所に同行させることとなった。

つまり、二人の専属の従者達も全員、スタトリンにあるリンの拠点で暮らすこととなっている。


その話を国王マクスデル、そして第一王妃エリーゼから秘密裡にされた時に、リンが雷を操ることのできる、サンデル王国の守護神であることも聞かされ…

リリーシアの命を救ってくれたことも手伝って、従者達はリンに対する忠誠心に満ち溢れており、リンに仕えられることを至上の喜びとしてしまっている。


「リ、リリーシア、さん、よ、よかった、です」

「!リン様…こうしてお父様とお母様、そしてこのアルストと再会を果たせたのは紛れもなくリン様が私を救ってくださったおかげです!本当に…本当にありがとうございます!」


心温まる姉弟の再会を見て、リンはとても嬉しそうな笑顔を浮かべている。

そんなリンに、リリーシアは弟アルストを抱きしめたまま、心からの感謝の思いを言葉にする。


「リン様!ぼくのお姉様を救ってくださって…お父様とお母様のみならず、ぼくもリン様の庇護下に置いてくださって…本当にありがとうございます!」

「だ、第二、お、王子、で、殿下、が、よ、喜んで、く、くだ、さって、ぼ、ぼく、う、嬉しい、です」

「リン様!リン様はサンデル王国の守護神様なのです!ですから、ぼくのことは気軽に『アルスト』とお呼びください!」

「え…そ、それ、は…」

「リン様…姉である私が、リン様にこうしてお仕えさせて頂いてますし、アルストはその弟なのです。ですから、アルストのことは気軽にお呼びくださった方が、私は嬉しいです」

「リ、リリーシア、さん……そ、それ、じゃ……ア、アルスト、くん?」

「!はい!ぼく、リン様にお呼び頂いてすっごく嬉しいです!」


リンがそばに来たことに気づいたアルストが、リリーシアから離れて…

自身が今も愛読している英雄譚に出てくる英雄を見るようなきらきらとした目で、アルストはリンのことを見つめてくる。


そして、その英雄の力を以て最愛の姉であるリリーシアを救ってくれたことに、心からの感謝の思いを言葉にする。


アルストはリンに気軽に名前を呼んでもらえたのが嬉しくてたまらず、自分より頭半分は高いリンにべったりと抱き着いてしまう。


「!ア、アルスト、く、くん?」

「わあ~…リン様こんなにほっそりとしてて小柄なのに、ヒドラを一瞬で倒せる程にお強いなんて…ぼく、すっごく憧れちゃいます!!」

「あ、ぼ、ぼく、そ、そんな…」

「ぼく、リン様みたいなお兄様がいてくれたら、すっごく嬉しいです!ぼく、リン様のこと、『お兄様』って呼ばせて頂いても、いいですか?」

「え?ア、アルスト、く、くん、が、そ、それ、が、い、いい、なら…」

「!わ~い!ぼく、ぼくすっごく嬉しいです!リンお兄様!ぼくの、ぼくだけのリンお兄様!」


幼さの色濃い、とても可愛らしいリンとアルストの…

とても微笑ましく可愛らしいそのやりとりに、そばにいるリリーシアはもちろん、周囲の専属従者やメイド部隊の面々も悶えてしまっている。


アルストはよほどリンのことが大好きになってしまったのか、リンにべったりと抱き着いて離そうとしない。

そんなアルストにべったりと抱き着かれているリンは、そのコミュ障が出て激しい抵抗感を感じてしまっているものの、それでも自分を兄と慕い、喜んでくれているアルストの為に、アルストのしたいようにさせている。


「ああ…リン様とアルスト様…なんて、なんて尊い光景なのでしょう…」

「アルスト様が、あんなにも無邪気に喜ばれて…これも、これもリン様の御力なのですね…」

「リン様!リリーシア様とアルスト様ばかりでなく、この私共までリン様の庇護下に置いて頂けたこと、心より感謝申し上げます!」

「我ら一同、リリーシア様の、アルスト様の、そしてリン様の為!リン様に絶対の忠誠をお誓いし、全身全霊でお仕えさせて頂きます!」


リリーシアとアルストの専属の執事とメイド達は、リリーシアの命を救い、リリーシアとアルストを幸せにしてくれるリンに、もう我慢ができなくなり…

リリーシアとアルストのみならず、自分達もリンの庇護下に入れてくれたことを含め、心からの感謝を言葉にする。

そして、これから先、リンに絶対の忠誠を誓い、リンに全身全霊で仕えていくことを、そうすることが最上の幸せと言わんばかりの笑顔で宣言し、全員がリンのそばへと跪く。




「ぼ、ぼく、み、皆さん、が、よ、喜んで、く、くれて、う、嬉しい、です」




アルストに抱き着かれておたおたとしていたリンだったが…

リリーシアとアルスト専属の執事とメイド達の幸せそうな笑顔を目の当たりにして、それがとても嬉しくなり、ふわりとした嬉しそうな笑顔を浮かべて、喜びの言葉を声にする。


「!!(ああ……リン様…なんて、なんてお可愛らしいのでしょう…♡)」

「(ご自身のことよりも、他の事を優先し、人の喜びを我が喜びとされる…なんと、なんと大きな器!)」

「(リン様…はあ…♡…これからリン様にお仕えさせて頂けると思うと、わたし…わたし…幸せしかありません…♡)」

「(リン様…恐れ多くもこの私…リン様が愛おしくて愛おしくてどうしようもなくなってしまってます…♡)」


そんなリンの笑顔と言葉に、執事とメイド達はリンへの愛情が溢れんばかりになっていく。


このお方に仕えたい。

このお方に喜んで頂きたい。

このお方に幸せになって頂きたい。


そんな思いが、心から溢れかえっていく。


リンは、自分に心酔する者がどんどん増えていっていることにまるで自覚がなく…

自分のしたことで喜んでくれる者の笑顔を喜び、天使のような笑顔を浮かべているのであった。

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