第174話 勅命⑥

「陛下、お待たせ致しました」

「しかし…我々を急に招集されるとは…一体、どのようなご用件でございますか?」


マクスデルとエリーゼが、リンとジャスティンを招いた謁見室。

そこで、リンがこの世で唯一【雷】属性の魔法を使えることが判明した。


ひたすら一国の王であるマクスデルと、その王妃となるエリーゼに、このサンデル王国の守護神として崇められ、リンは重度のコミュ障によるおぼつかない口調で必死に自分は一介の平民だと主張し続けていたのだが…

そんな主張をよそに、二人は緊急で自身直轄となる執事長、ジャスティンに勅命書を手渡した侍女をこの謁見室へと呼び出した。


王となるマクスデルからの招集である為、二人はすぐさま謁見室へと出向く。

だが、その真意が見えない為、どのような用件なのか分からず少し緊張の色が見える。


「皆の者、よく来てくれた…ひとまずは、このを紹介しよう」


王であるマクスデルが、一見ただの平民にしか見えない、みすぼらしい恰好の少年に視線を向けさせる。

しかも、その少年が王である自身よりも上の存在であると示すように、少年に対して恭しく跪きながら。

表面上は冷静を装っているものの、ここに招集された誰もが、その光景に内心驚きを隠せないでいる。


「…その子は、私がこちらへと案内致しました…」

「そうだ。そして、このお方の胸元にある、これを見れば分かるだろう」

「!!こ、これは、ま、まさか!!」

「そう、我が王家に代々伝わる『王家の友』…それが、このお方を持ち主と定めたのだ」

「で、ではこのお方は…王と対等の…」

「いや、そうではない」

「?それは、一体…」

「リン、もう一度先程の魔法を、我々に見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「「!!!!????」」

「は、はい」


王であるマクスデルが、普段自分達が王にするような目下の者の態度をリンに見せていることに、さすがに取り繕うことに慣れている二人も、その驚きが表情に現れてしまう。


そして、そんな二人をよそに、リンはマクスデルに懇願された通り…

その右手に納まる程度の大きさの、バチバチとスパークしながら渦巻く、金色に煌めく稲妻の塊を出現させる。

リンが【雷】魔法を発動したその瞬間、リンの首から下げられている『王家の友』が天から降り注ぐ稲妻を思わせる、金色の光を発する。


「!!!!そ、それは!!!!」

「!!!!ま、まさか雷の魔法ですか!!!!????」


一見、ただのみずぼらしい少年にしか見えないリンが、今の世の中ではその存在すら知られていないはずの【雷】属性の魔法を発動したこと。

このサンデル王国にとっては、国の守護神を象徴する奇跡の出来事を目の当たりにしてしまい…

この謁見室に招集された二人は、もはや体裁を保つこともできない程に動揺し、その驚きを表情に浮かべてしまう。


「そうだ。このお方…リン様はその御身に雷を宿す、我が国の守護神様なのだ」

「!!!!あ……あああああ!!!!」

「!!!!い、今となってはただの伝承に過ぎなかった、我が国の守護神様……まさか、まさかこうして拝させて頂くことが!!!!」

「な、なんと……我が国が緩やかに衰退を続けるこの時に、守護神様がそのお姿を現してくださるとは!!!!」

「これは…これはまさに神の思し召し!!!!」


招集された二人は、ただの伝承に過ぎなかったはずの、サンデル王国の守護神がこの世に降臨してきたと慌てふためきながらも、その守護神の姿を目の当たりにできたことを喜び、リンの前に跪く。


そして、このサンデル王国が徐々に衰退しているこのタイミングで、国の伝承にある守護神がその姿を現してくれたことを、執事長も侍女も涙を流しながら喜び、リンの姿をその脳裏に焼き付けんとじっと見つめる。


「あ、あの…ぼ、ぼく…」

「おお!!守護神様がお声を!!」

「ああ…なんと心地の良いお声…」

「ぼ、ぼく、た、ただ、の、へ、平民、で、です、から…べ、別、に、か、神様、と、とか、じゃ…」

「!!あああ…なんと…なんと奥ゆかしい……」

「私達の守護神様は、なんと愛らしいのでしょう…」


まさにこの世に降臨してきた神を崇拝せんがごとくに、自分の前に跪いて両手を組み、歓喜の涙を流しながら見つめてくる二人の視線にリンはいたたまれなくなってしまい…

自分はただの平民だと主張するものの、それがますます二人の心を感激させてしまうものとなってしまい…

二人は却ってリンをより崇拝するようになってしまう。


「ああ…リン様…なんて…なんてお可愛らしいのでしょう…♡」


そんなリンを見て、エリーゼはその瞳に溢れ返る愛情を示す形を宿し…

リンを可愛がりたくてどうしようもなくなってしまっている。


「我らが守護神、リン様。この者達は我の部下の中でも最も信のおける者達…以後、このサンデル王国では、この者達をリン様に仕えさせます」

「あ、あの…ぼ、ぼく、そ、そん、な…」

「!!へ、陛下!!それは誠でございますか!?」

「こ、この私達が、守護神様にお仕えさせて頂けるのですか!?」

「うむ…日頃より我の期待に応えてくれているそなた達ならば、必ずやリン様のお役に立たせて頂けるであろう…よろしく頼むぞ」

「至極光栄にございます!!」

「守護神様!!私共が必ずや守護神様をお支えさせて頂きます!!」


当の本人であるリンをよそに、どんどん話を広げてしまっているマクスデル。

ついには、自身の忠臣として長年仕えてくれている執事長と侍女をリンに仕えさせる、とまで言い出してしまう。


そんなマクスデルの言葉に、おろおろが止まらないリン。

そんなリンとは対照的に、サンデル王国の守護神に仕えることができると聞かされ、執事長も侍女もその溢れかえる喜びを全身で表してしまっている。


「あ、うう……!」


守護神として崇拝され、いたたまれなさがどんどん増していっているリンだったが…

自身のすぐそばで、恭しく跪いて喜びに満ち溢れたとびっきりの笑顔を浮かべている美人な侍女の手に、細々とした傷が無数にあることに気づく。


気になって【医療・診断】で侍女の全身を診断すると、手だけではなく身体の至るところに、大きな傷や小さな傷が残っているのが見えてしまう。


そんな侍女の痛々しい傷を見て、リンはまるで自分がその痛みを受けたかのような、悲痛そうな表情を浮かべてしまう。


「?守護神様?」

「あ、あの…こ、この、き、傷…」

「!まあ…私のこれに、お気づきになられたのですか…」

「ど、どう、して、こ、こん、な…」

「私は侍女ですが、それは王家の方々の護衛…戦闘も業務の内に入っております。やはり荒事を交えると、どうしてもこのような傷は残ってしまいますね」


見ればまだまだ若く、容姿も端麗で男が放っておかないような美女なのに…

こんなにも多くの傷を抱えては、もはや自分をもらってくれる男などいないと、諦めてしまっているのか…

侍女の顔に浮かぶ笑顔は、リンに気を遣わせないように無理に作っているように見えてしまう。


「…あ、あの…」

「?はい?」

「こ、この、き、傷…き、消え、たら、う、嬉しい、で、です、か?」

「!それは……いえ、この傷は、陛下を始め王家の方々をお護りさせて頂けた勲章のようなもの……ですから、私は……」

「…ぼ、ぼく、ほ、本当、の、こと、を、い、言って、ほ、ほしい、です」

「!!守護神様は、何もかもお見通しなのですね……その通りです……どうして、どうして私、こんなにも傷だらけになってしまったのか……こんな傷、消してしまいたくてたまらない……元の…元の傷一つない身体に、戻りたいです!!!!」


取り繕った笑顔と言う名の仮面が、リンの一言によって崩れ落ちる。

侍女の顔がくしゃくしゃと崩れ、ずっと抑え込んでいた負の感情が、涙となって零れ落ちる。

言葉にできなかったその思いが、嗚咽となって響き渡る。


「…本当に、本当にごめんなさい。わたくし達の為に、あなたの女としての幸せを奪うようなことになってしまって…そして、そこまでわたくし達に尽くしてくれて、本当にありがとう」

「!!エ、エリーゼ様……」


エリーゼは同じ女性である為、侍女の感情が痛い程に伝わってくる。

自分達の為に、女としての幸せを捨ててまで尽くしてくれている彼女のありのままの思いが、痛い程に伝わってくる。

エリーゼも、侍女に同調するように涙が溢れかえってくる。


これまでの貢献に、献身に報いたい。

女としての幸せを奪ってしまった、償いがしたい。


エリーゼは、人目もはばからず涙を流し続ける侍女の身体を優しく抱きしめ…

その肉体以上に傷ついたその心を癒そうと、その頭を優しく撫でる。

そんなエリーゼの心遣いが嬉しくて、侍女はまるで母に甘えるかのようにエリーゼの胸に抱き着いてくる。




「(ぼくが、ぼくがこの人を癒すんだ!!)」




そんな侍女の姿を見て、リンは侍女の身体も心も癒したい…

そんな思いでいっぱいになる。


その思いに、称号【護りし者】が呼応する。

リンの回復魔法の威力が、果てしなく増幅する。


「(この人の心を傷つけている、この身体の傷……ぼくが、ぼくが全部跡形もなく、消すんだ!!)」


リンは、侍女に向けて【光】属性の【治癒】を発動。

優しい白い光が、侍女の全身を柔らかに包み込む。


「こ、これは……」

「な、なんて温かく、優しい光…」


称号【護りし者】によって凄まじい威力となっている【治癒】が、傷だらけの侍女の全身を癒していく。

彼女の身体に残っていた傷が、跡形もなく消え去っていく。


「そ、そんな……」

「き、奇跡だわ……」


もう一生消えないと思っていた傷が、次々と消えていく。

侍女の全身の傷も、次々と消えていく。

その優しい感覚に、侍女はいいようのない幸福感に心が満たされていく。


その光景を間近で見ているエリーゼも、ただただ驚くことしかできないでいる。


「お、終わり、ま、ました」


【医療・診断】で再度侍女の全身を診断してみると、彼女の身体に醜く残っていた無数の傷は、跡形もなく消え去っている。


「ちょ、ちょっと失礼します!ほら、こっちにおいで」

「あ…エ、エリーゼ様…」


エリーゼが慌てて、侍女の手を引いてこの謁見室を後にする。

侍女の方は完全に呆けていて、意識はここにあらずと言った状態だ。


それから待つこと数分。

エリーゼと侍女の二人が、謁見室に戻ってくる。


「し、信じられないです!あれだけあった傷が、かすり傷一つも残らず、跡形もなく消え去っていました!!」


エリーゼが歓喜の表情で、侍女の身体に醜く残っていた傷が、一つ残らず消え去っていたことを嬉々として伝えてくる。


「お、おおお!!!!」

「さすが…さすがはリン君だな!!!!我が商会の医療部隊すら認める、最上の医師!!」

「な、なんと…守護神様は、癒しのお力まで!!!!」


エリーゼの言葉に、マクスデル、ジャスティン、執事長の三人は喜びと驚きが入り混じった複雑な表情を浮かべながらも…

純粋に侍女の身体から醜い傷が消え去ったことを喜ぶ。


「あ……ああああああ……」


自身の身体を醜く彩っていた傷を一つ残らず、リンの回復魔法によって消し去ってもらえたこと。

それがあまりにも嬉しくて、嗚咽のような歓喜の声をあげながら、再びリンのそばに跪く。


「き、傷、が、き、消えて、よ、よかった、です」

「しゅ、守護神様……私のような一介の侍女にこのような……もはや感謝の言葉もございません……」

「あ、あなた、が、よ、喜んで、く、くれて、ぼ、ぼく、う、嬉しい、です」


大粒の涙を止めどなく溢れさせながら、傷一つない奇麗な身体に戻れたことを心からの笑顔を浮かべて喜ぶ侍女を見て、リンはそれを我が事のように喜ぶ。


そんなリンの一言。

それが、侍女の心をこれでもかという程に震わせる。


一介の侍女に過ぎないこんな自分の為にここまでしてくれて…

それで自分が喜んだら、それを我が事のように喜んでくれて…

その純粋で天使のような笑顔がたまらない。


「う……うう……」


感激のあまり、侍女はますます大粒の涙をぼろぼろと零してしまう。


「あ、ど、どこ、か、く、苦しい、で、ですか?い、痛い、ですか?」

「え?…」

「く、苦しい、ところ、も、い、痛い、ところ、も、ぼ、ぼく、な、治し、ます」

「!!!!あ……………」

「ぼ、ぼく、あ、あなた、に、よ、喜んで、ほ、ほしい、です」


嬉しさのあまり、大粒の涙が止まらない自分を、どこか苦しくて痛いところがあるのと勘違いをしてしまっているリン。

苦しいところも痛いところも全部治すと言ってくれるその純粋で優しい心。

こんな自分に喜んで欲しいと言ってくれるその純粋で尊い心。


嬉しい。

嬉しくてたまらない。


こんなにも優しくて、可愛くて、尊いお方。

この自分の生涯全ての愛情を、このお方にお捧げしたい。

したくてたまらない。


もう、その思いが抑えられない。




「守護神様!!!!」




侍女は、とうとうその溢れんばかりの思いが抑えられなくなってしまい…

声を上げて喜びの涙を溢れさせながら、リンの身体を自身の身体で包み込むように抱きしめてしまう。


「!!え、え?」

「守護神様…私の、私の最愛の、守護神様…」

「あ、あの…」

「ああ……私…守護神様にお仕えさせて頂けるのが、幸せ過ぎておかしくなってしまいそうです」

「ぼ、ぼく…」

「守護神様…私は守護神様を、心から愛しております…私の心も身体も、全ては守護神様のものです…」

「あ、あの、ぼ、ぼく、そ、そんな…」

「守護神様から頂いた大恩…少しでも報いることができるよう…私の忠誠の全てを守護神様にお捧げ致します…守護神様のお喜びは私の喜び…守護神様の幸せは私の幸せ…守護神様…もう…もう私は片時も守護神様のおそばを離れたくありません…♡」

「ぼ、ぼく、あ、あなた、が、よ、喜んで、く、くれ、たら、そ、それ、で…」

「!ああ……私の愛おしい守護神様…♡…愛おしくて愛おしくて、私…私…おかしくなりそうな程に幸せです…♡」


侍女はもう、リンを離したくない、と言わんばかりにリンの幼く華奢な身体を強く抱きしめる。

男の目を惹く美人ではあるものの、どこか闇を感じさせる怜悧冷徹さを常に纏わせ、精巧に作られた人形のようだった彼女だが…

今はもう、どこからどう見ても人形だとは思えない程に人間らしい、血の通ったとても幸せそうな笑顔を、涙を流しながら浮かべている。


「まあ……あんなにも幸せそうな笑顔……リン様はまさしくこの国の守護神様であり、今を生きる救世主様なのですね…♡」


侍女のそんな笑顔に、エリーゼは彼女が本当の意味で救われたことを確信し、そのことを心の底から喜ぶ。

そして、侍女を救ってくれたリンはまさしく国の守護神であり、この世に生きる救世主であると、改めて実感する。


「おおお……!!……あのような幼き見た目でありながら、なんと大きな器!!尊い御心!!……陛下、私は守護神様にお仕えさせて頂けることを、心より幸せに思います!!」

「そうか……我も同じ思いだ。守護神……リン様は我など及びもしない程の大きなお方……我はこれから、リン様の為にもこの国をよりよくしていきたい」

「陛下!!」


この一部始終を見ていた執事長は、リンがどれ程の傑物であるかを改めて実感させられることとなり…

マクスデルも、執事長と同様にリンがまさにこの世に降臨した神だと実感させられる。


「あ、う、あ、う、あ、あ、う、う……~~~~~~~~~~きゅう……」

「!!しゅ、守護神様!?守護神様!?」


侍女にひたすらぎゅうっと抱きしめられて、とうとう耐え切れなくなってしまったリン。

侍女の腕の中で、その意識を手放してしまう。


リンが唐突に気絶してしまったことで、侍女は絶賛混乱状態に陥ってしまう。


「あらあら……リン様、気絶なされたのですね」

「!エ、エリーゼ様……これは、一体……」


とても微笑ましく、女神を思わせる慈愛と母性に満ち溢れた微笑みを浮かべながら気絶したリンを見つめるエリーゼ。

エリーゼがこの事態について何かを知っているような口ぶりであることが気になったのか、侍女は困惑の色のままエリーゼに問いかけの言葉を投げる。


そして、エリーゼにリンの呪いと言うべきコミュ障のことを、丁寧に説明してもらうこととなった。




「どうして!!どうして守護神様のようなお方が、そんな!!」




リンが重度のコミュ障と言う呪いを抱えていることで、人との触れ合いができないことに、侍女は激しい憤りを感じ、その感情をむき出しにしてしまう。


独りぼっちを強要される呪いを抱えながらも、それでも純粋に他の為に行動し、それで誰かが喜んでくれたら、それを我が事のように喜んでくれるリン。

なのに、自分は人と触れ合えず、寄り添われることの幸福を感じることができない。

そんなリンのことを思うと、侍女は涙が溢れて止まらない。


「ああ……私の最愛の守護神様……なんと、なんとおいたわしい……」


意識を失い、天使のように可愛らしい寝顔を晒しながら眠るリンを、侍女は実の子のように愛おしく大切に、包み込むように抱きしめる。


これからは、何があろうとリンのそばを離れない。

これからは、何があろうとリンを愛し抜く。


侍女は、リンを思って涙を溢れさせながら、これからは自分がリンに寄り添って、リンに愛情を注がれることの幸せを伝えていこうと、心に誓うのであった。

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