第172話 勅命④

「陛下、リン様とジャスティン会頭をお連れ致しました」


柔和な衛兵が、王城の中を丁寧に案内し、途中から国王マクスデル直属となる…

ジャスティンにマクスデルからの勅命書を届けに来た侍女にバトンタッチし、その侍女が、リンとジャスティンの謁見場所となる、一つの応接室へと案内する。


そして、恭しく応接室の扉をノックし、一声添えて侍女が先に応接室に入り…

リンとジャスティンをここまで連れてきたことを報告する。


「そうか、分かった」

「では、お二人をこの応接室へとお連れしてください」

「承知致しました」


自身が発行した勅命書に従い、ジャスティンがリンを連れてこの王城に来たことに、マクスデルは心底安堵感を覚え…

エリーゼは最愛の娘リリーシアの恩人であるリンにようやく会えることで、その並外れた美貌の顔にふわふわとした笑顔を浮かべながら…

リンとジャスティンの二人を、応接室に入れるように侍女に命ずる。


二人からの命を侍女は恭しく承知し、一度外に出て、応接室の前で待機しているリンとジャスティンを応接室の中へと案内し、自身は他の業務もあるのでマクスデルとエリーゼに一度礼をして、応接室を後にする。


「陛下、エリーゼ王妃殿下…ご無沙汰しております。本日は陛下より頂いた勅命に従い、リン君をお連れ致しました」


サンデル王国の国王マクスデル、そして第一王妃のエリーゼを目の当たりにし、ジャスティンは真っ先に恭しく膝をついて謁見の姿勢を取り、勅命に従ってリンを連れてきたことを報告する。


「は、はじめ、ま、まして。ぼ、ぼく、リ、リン、と、も、申し、ます」


そして、そのジャスティンに倣うようにリンも膝をついて、重度のコミュ障ゆえのおぼつかない口調でありながら、決して人に不快な思いをさせない、癒しの力が込められた可愛らしい声で、名前だけではあるが自己紹介をする。


「うむ……大儀であった、ジャスティン」

「ジャスティンさん、急な勅命にも関わらずきちんと連れて来てくれてありがとうございます」

「陛下とエリーゼ王妃陛下からそのようなお言葉…ありがたき幸せにございます」

「うむ…そして、リン殿。此度は我の元によくぞ参られた」

「うふふ…わたくし達王家は、リンを心から歓迎申し上げます」


目深に被った外套のフードと、暖簾のような長い前髪のおかげで顔立ちははっきりとせず、着ているものの安っぽさもあって、ただのみすぼらしいだけの少年にしか見えないのだが…

事前に報告を受けていた人物像と符号が一致することもあり、マクスデルとエリーゼは王家の人間であるにも関わらず、ただの平民の少年に過ぎないリンに最大級の敬意を払って言葉を紡いでいく。


「あ、あの…ぼ、ぼく…」

「?どうされた?リン殿?」

「?リン様?何かございましたでしょうか?」

「ぼ、ぼく…た、ただ、の、へ、平民、な、なので…へ、陛下、と、お、王妃、で、殿下、に、そ、そんな、よ、呼ばれ、方、は……」

「…なるほど…ジャスティンよ。リン殿はご自身の価値をあまり自覚されてない、と言うことでいいか?」

「その通りでございます、陛下。リン君はこの歳ですでに数え切れぬ程の功績をあげているのですが…どうもそのことに自覚がないようで…」

「まあ…とても謙虚な方なのですね。おしゃべりはとても苦手なのは分かりますが、それでもわたくし達を不快にさせない心配りは凄く伝わってきますし、ご自身よりも他を優先すると言うのがとても伝わってきて…わたくし、とても好ましく思いますわ」


先程からどこかうきうき、ふわふわとしていたエリーゼが自分とマクスデルに跪くリンのそばへと近寄っていき…

リンに目線を合わせるように膝を折ると、膝をついたままのリンの身体を優しく起こして立たせ、リンの顔をじっと見つめる。


「?お、王妃、で、殿下?」

「リン様…国王とわたくしの最愛の娘でありますリリーシアを、凶悪な魔物からお救い下さり…さらには、今物凄い勢いで発展中のスタトリンの代表の一人を任せてくださっておいでとか…ようやくとなりましたが、この場で御礼申し上げます。本当に…本当にありがとうございます」

「リン殿、妻エリーゼが申したように、我が最愛の娘リリーシアの命を救い、しかも今後の執政者としての成長を促すことができる環境に置いてくれたこと…我からも感謝を贈りたい。リリーシアを救ってくれて、本当にありがとう」


マクスデルとエリーゼが、リンに会った時に最初に伝えたかったこと。

このサンデル王国の今後を担う後継者であり、最愛の娘であるリリーシア。

まだ少女と言える年齢ゆえの無鉄砲さがあり、その為に自らの命を落とすことになりかけた、まさにそこを救ってくれたリン。

しかも命を救ったばかりでなく、今後の執政者としての実地教育にもなるであろう、スタトリンの代表の一人と言う立場まで与えてくれた。

その事には、心からの感謝以外何もない。


その思いをリンに伝えるべく、国王と王妃と言う、国のトップとなる二人が揃ってリンにその頭を下げて、感謝の意を言葉にする。


「!!(も、元々平民で、そちらの感性が強くあるエリーゼ王妃殿下はまだしも、へ、陛下がこのように一介の平民であるリン君に頭を下げてまで感謝の意を…リン君…君はやはり、スタトリンの神様だよ…)」


本来ならばありえない、あってはいけないはずの光景。

それが今、自身の目に映っていることに、ジャスティンは恭しく膝をついたままの姿勢で内心、驚きを隠せない。

そして、この二人にそこまでさせてしまうリンのことを、この世に生きる神様そのものだと改めて思わされてしまう。


「…ぼ、ぼく…」

「?リン殿?」

「?リン様?」

「へ、陛下、と、お、王妃、で、殿下、が、よ、喜んで、く、くだ、さって、う、嬉しい、です」

「!!(なんと…なんと純粋で尊い…これが、これがスタトリンの英雄…)」

「!!(なんて…なんて愛らしいのでしょう…この子は間違いなく、この世の救世主と言えましょう…)」


自分達が喜ぶことを、まるで我が事のように喜び、とても幸せそうな笑顔を浮かべているリンを見て、マクスデルもエリーゼもその表情に驚きが浮かんでしまう。

そして、リンと言う存在がいかに尊く、何物にも代えがたいかを思わされてしまう。


「リン殿…我が娘リリーシアのことだけではない…」

「?」

「リン様…聞けばスタトリンに襲い掛かる、十万を超える高い脅威度の魔物をたったお一人で討伐なさってくれたとか…」

「それ程の大氾濫…放置しておけば間違いなく、スタトリンどころかこのサンデル王国…いや、この大陸すら滅亡していたであろう。リン殿は、まさに大陸の救世主だ」

「リン様…それ程の力と功績をお持ちでありながら、聖人と称するに相応しい精神までお持ちとは…リリーシアの件と併せて、御礼申し上げます。本当に、本当にありがとうございます」

「リン殿、我からも言わせてほしい。この大陸を救ってくれて、本当にありがとう」


再びマクスデルとエリーゼが、リンに向かってその頭を下げ…

絶望の未来しかなかったはずの、未曾有の大氾濫からスタトリンのみならず、このサンデル王国、ひいてはこの大陸をも救ってくれたことへの、心からの感謝の意を言葉にする。


「ぼ、ぼく、そ、そんな…」


王族の二人に心からの感謝を贈られ、手放しで称賛されて照れ臭いのか…

リンは、その顔を恥じらいに染めて俯いてしまう。


「!!~~~~~~~ああ~!!もう我慢できません!!」

「!!ひゃ!?」


そんなリンが可愛くて、もうたまらなくなってしまったのか…

エリーゼがリンを包み込むように抱きしめてしまう。


「なんて…なんて可愛らしいのでしょう…まるで、この世に舞い降りた天使のよう…」


自身がお腹を痛めて生んだ我が子のように、リンを抱きしめて離さないエリーゼ。

ずっとリンのことを思って、とめどなく溢れて、その心に溜まっていたいた慈愛と母性が…

ようやくリンに会えたことで決壊してしまったようだ。


エリーゼのいきなりの行動に、普段の王妃としてのエリーゼを知っているジャスティンはもちろん、夫であるマクスデルも盛大に驚いて固まってしまっている。


「あ、あの……」

「はあ…リン様…不躾なことをお聞きしますが、リン様は孤児なのですよね?」

「え?は、はい…」

「!なのに、なのに……こんなにも他の為に一生懸命に…優しくて尊い……リン様」

「?は、はい?」

「もし…もしリン様がよろしければ、わたくしがリン様の…お母さんになりたいのです」

「え?」

「!!!!な、な!!!!」

「!!!!エ、エリーゼ!!??」


リンの母になりたい。

そんな、唐突過ぎるエリーゼの発言に、リンは思わずきょとんとした表情を浮かべてしまい…

ジャスティンとマクスデルはまたしても驚愕の渦に巻き込まれてしまう。


そんな周囲をよそに、エリーゼはリンの長い前髪を梳くように、分け目のある左側で分けて、その顔を露わにしてしまう。


「!あ、は、恥ず、かしい、です…」

「まあ…なんて可愛らしいお顔…うふふ…♡」

「あ…み、見な、いで、く、くだ、さい…」

「うふふ…だあめ♡わたくしは、リンのお母さんですから♡お母さんが、大好きな子供の顔を見るのは当然のことなのです♡」


自身の顔を隠す前髪を開かれ、その下にある素顔をエリーゼにじっと見つめられ…

リンは恥ずかしくて恥ずかしくてたまらず、いやいやと儚い抵抗をする。

だが、エリーゼはそんなリンも可愛すぎてたまらず、リンをぎゅうっと抱きしめて、前髪の下に隠されていた、幼げでとても可愛らしい素顔を思う存分に堪能していく。


この子が喜ぶことを、いくらでもしてあげたい。

この子の為なら、何だってする。

この子が与えてもらえなかった母親の愛情を、自分がいくらでも与えてあげたい。

この子に危害を加えようとする者は、絶対に許さない。


エリーゼの心が、そんな思いで満ち溢れていく。

その心が、エリーゼにリンを独り占めせんがごとくに抱きしめて、離すことすらさせない。


「ぼ、ぼく、あ、う、あ、あ、あ、う、あ……~~~~~~~~~~きゅう……」


そんな、その慈愛と母性が暴走してしまっているエリーゼに抱きしめられ…

ついに重度のコミュ障ゆえに耐えられなかったのか、リンはその意識を手放してしまう。


「!!??え!?リ、リンちゃん!?」

「!!??リ、リン殿!?」


いきなり気絶してしまったリンに、エリーゼもマクスデルも驚き、慌てふためいてしまう。

二人はリンが重度のコミュ障で、今のエリーゼのようにされると気を失ってしまうことを知らない為、なおのことパニックになってしまっている。


「へ、陛下!!王妃殿下!!ど、どうか冷静に!!」

「リ、リン殿!!しっかりせよ!!」

「リンちゃん!!リンちゃん!!しっかりしてください!!」

「だ、大丈夫でございます!!リン君は気絶しているだけですので!!」

「き、気絶…だと?」

「はい」

「え?え?どうしてリンちゃんは、気絶したのですか?」

「それは――――」


ジャスティンは、未だ慌てふためくマクスデルとエリーゼの二人にリンの重度のコミュ障について説明する。


人と会話する時に、そのコミュ障の為言葉をうまく紡げないこと。

人に抱きしめられると、そのコミュ障ゆえに触れ合いに耐えられなくて気絶してしまうこと。

人と一緒に何かをしようとすると、そのコミュ障が働いて何もうまくできなくなってしまうこと。


リンの持つ称号【ぼっち】のことはうまく秘密にしたまま、ジャスティンはリンのコミュ障のことを説明していく。


「なんと…リン殿はそんな、呪いのようなものを…」

「そのコミュ障ゆえに、リン君は人と触れ合うこともままならず、人と共に何かを成すこともできないのでございます」


リンの呪いのようなコミュ障のことを聞かされ、マクスデルは思わず悲痛な表情を浮かべてしまう。


人とのやり取りはもちろん、誰かと共に事を成すこともできず、さらには人を愛し、人に愛されることもままならない。

本当の両親の顔すらも知らないはずの孤児であるリンにとって、あまりにも残酷な呪いと言える。

にも関わらず、常に誰かの為に行動し、その誰かが喜んでくれたら、それを我が事のように喜ぶことができるその精神は、尊い以外の何物でもない。


マクスデルは、このサンデル王国の為に、と言う目的よりも…

ただただ、リンの為に、と言う思いの方が強くなってくる。


「…………」


エリーゼに至っては、自分の腕の中で静かに眠るリンを見つめながら、ぼろぼろと大粒の涙を溢れさせてしまっている。

そして、そのリンの身体を我が子のように抱きしめ、愛おし気に包み込む。


「……どうして…どうしてリンちゃんのような子が…そんな呪いを……」

「エリーゼ……」

「王妃殿下……」

「わたくし…わたくし…リンちゃんのような子が誰とも触れ合えない、などと言うことなど…耐えられません……リンちゃんは…誰にも愛されないといけない…そんな子なのです……」


リンを想う心が、エリーゼに涙を溢れさせる。

リンが背負う呪いが、今すぐにでも八つ裂きにしてやりたい程に憎くなる。

そんな呪いを抱えてでも他の為に動き、他の喜びを我が喜びとするリンの精神が尊くて、また涙が溢れてくる。


そんなエリーゼの姿に、ジャスティンもマクスデルも言葉を失ってしまう。


「……あなた……」

「?エリーゼ?」

「わたくし…リンちゃんの多大な功績に…リンちゃんの尊い精神に報いたい…どんなことでもいいです…リンちゃんが喜んでくれることならば、何でもして差し上げたいです」

「……そうだな…我も、リン殿に報いたい…その思いは、同じだよ」

「……ありがとうございます、あなた……ジャスティンさん」

「!は!」

「リンちゃんが何を喜んでくれるのか…ジャスティンさんなら、ご存じのはず…」

「ジャスティン、リン殿の喜ぶことについてそなたから聞きたい…そして、リン殿の大恩に報いるものを、可能な限り用意させてほしい」

「!陛下…」

「そして、願わくば我が国も今のスタトリンのように、リン殿と友好な関係を築き…我が国を豊かに、平和にする為にも…スタトリンの代表であるジャスティンと交渉がしたい」

「!承知致しました!恐れ多くもこのジャスティン、陛下との交渉の席に着かせて頂きます!」


サンデル王国の国王マクスデルからの、願ってもない言葉。


スタトリンを一つの国として独立させる。

その目的に大きく前進できる、またとない大チャンス。


マクスデルからこの言葉を引き出せたのは、全てリンのおかげ。

リンの力。

リンの功績。

リンの人柄。

その全てが、国王マクスデルと王妃エリーゼの心に響いたのだ。


ジャスティンは、未だ気絶したままエリーゼに大切に抱きしめられているリンに柔らかな微笑みを浮かべ…

いざ、スタトリンの代表として、サンデル王国の国王との交渉に臨むのであった。

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