第171話 勅命③
「わ~…おっきい…」
「ははは…リン君はこんな大きなお城は初めてかい?」
「は、はい。ぼ、ぼく、こ、こんな、す、すっごく、お、大きな、お、お城、は、初めて、み、見ました」
「そうかそうか…君が嬉しそうで何よりだよ」
マクスデルからの勅命書を受け取り、リンを護る為に国王と真っ向から交渉に挑もうと覚悟を決めたジャスティン。
勅命書を受け取ったその翌日に、そのさらに翌日に伺うと勅命書が入った封筒に同封されていた返信用の手紙に記入し、それを返信として王城の衛兵に渡す。
そして、王城に伺うその当日、ジャスティンはリンを連れて、王都チェスターの中心に聳え立つ王城…
その王城の、王家の威厳を示す荘厳な装飾を形作られた、大きな正門の前まで訪れる。
ジャスティンに連れられて、王城の正門まで来たリンは…
チェスターに入る前からその聳え立つ姿が見えていたこの王城の正門に訪れ、近くで見るとさらに大きい城だと感動し、とても嬉しそうで楽しそうな笑顔を浮かべながら王城の至る所を眺めている。
そんな、年相応の可愛らしい反応を見せるリンがとても可愛くて、ジャスティンもその頬を緩めながら、リンの様子を眺めている。
「む……そこの二人!ここで何をしている?」
そんなリンとジャスティンのところに、正門を護る守衛として勤めている、一人の大柄で武骨で筋骨隆々な衛兵が、二人を不審者と思ったのか、強い警戒心を露わにしながら、威嚇する目的の強い口調で問いかけてくる。
「お、おい!」
その衛兵の二人を威嚇するような態度を見て、身長こそあるもののスマートな体格で幾分柔らかい雰囲気の衛兵が慌てて追いかけ、強面の衛兵を落ち着かせようとする。
「お前!前から言ってるだろ!誰に対してもそんな威嚇するような態度はだめだって!」
「何を言っているんだ何を!我らはこの王城の守護を任された守衛!いついかなる時でも、油断は禁物!」
「だからって明らかに人畜無害そうなこの二人にまでそんな態度!…それもこんな小さな子供にまで!」
「フン、それは見せかけだけかも知れんではないか。子供だからと言って油断して、うっかり忍び込まれたら大事だ」
「それならそれでまずは普通に話をしろ!って話なんだよ!いきなり威嚇なんかしたら、普通にここに用がある人が入りづらくなるだろうが!お前のそれでどんだけ王城御用達の業者とかからクレーム来たと思ってんだ!」
「話なんて悠長なことしてる隙に忍び込まれるではないか。我らが敬愛する陛下に危険が及ばないようにするのは、我ら守衛の任務だ」
「だーかーらー!頭っから追い返すような真似するなって言ってんの!本当に陛下が勅命出してたりする人間だったらどうすんだ!」
「?それなら勅命書を確認すればいいではないか」
「お前はそれをさせる前に追い返してるって自覚を持て!実際に勅命書持ちの人間が、有無も言わさず追い返されたってクレームも来てんだ!」
「?そんなこと、あったか?」
「!!~~~~~~~~ほんとこの脳筋が~~~~~~!!!!」
強面の衛兵と、柔和だが強面の方のフォローで相当神経を疲弊させられてそうな衛兵が、リンとジャスティンの目の前でお互いの主張をぶつけ合う激しいやりとりをしている。
強面の方はあくまで己の主張を貫き通す姿勢を崩さず、しかも王城御用達の業者や、勅命書持ちの人間も実際に有無も言わせず追い返す、と言うことがあったにも関わらず、そのことに一切自覚がない。
柔和な衛兵はそれで相当数のクレームがあり、その度に追い返された来客はもちろん、業者が入れなかったことで中の作業の予定を潰された執事とメイド達、さらには勅命を出した人間を追い返したことで予定を潰された国王マクスデルにも、誠心誠意を込めた渾身の謝罪を繰り出している。
そんな二人の関係性が如実に現れているやりとりを見せられて、リンもジャスティンも呆気にとられた表情を浮かべながら、立ち尽くしている。
「全く……!!は!!こ、これはお見苦しいところをお見せしてしまいました!!」
「ふん、この王城の衛兵を任されておきながら情けない」
「誰のせいだと思ってんだこの脳筋!!」
その憤りを盛大にぶちまけた柔和な衛兵が、ようやくと言った感じでリンとジャスティンの呆気にとられた視線に気づき、あわあわと取り繕おうとする。
だが、そこにまたしても強面の衛兵が余計な一言を口にしてしまい…
柔和な衛兵がまたしても憤ってしまう。
「は!!し、失礼致しました!!」
「い、いや……」
「あ、あの…」
「?どうかしたのかい?坊や?」
「い、いつも、お、お仕事、お、お疲れ、様、です。す、凄く、た、大変、そ、そう、です、けど、が、頑、張って、く、ください」
「!!坊や……こんなにも小さいのに……ありがとなあ……お兄さんの心に、坊やの優しさが沁みるよ……」
「おい、そんなに簡単に騙されては、王城に危険が及ぶではないか」
「だからお前は黙ってろこの脳筋!!この坊やの純粋な優しさが分からんなんて、お前は人でなしか!!」
リンが自分を気遣う言葉を贈ってくれたことが、日頃から強面の衛兵の行ないに散々苦労させられている柔和な衛兵には、そのささくれた心をほわっとさせる、砂漠の中でオアシスを見つけたような癒しとなってしまう。
しかしそこに、またしても空気の読めない強面の衛兵が心無い一言を漏らしてしまい…
それに対して柔和な衛兵が、またしても怒りをぶつけてしまう。
「ほ、本当に申し訳ありません…こいつの言うことは、気にしなくて結構なので…」
「う、うむ…」
「そして重ね重ね申し訳ございません!ジャスティン商会のジャスティン会頭、ですよね?」
「あ、ああ。そうだが……」
「あああ……このサンデル王国の経済を活性化させてくださっている、国内でも有数の貢献者に何という失礼なことを!誠に申し訳ございませんでした!」
「い、いや…気にしないでくれたまえ…」
強面の衛兵とのやりとりのせいで、きちんと見れていなかったが、ここでようやく目の前の人物がジャスティン商会の会頭であることに気づく柔和な衛兵。
国内の経済を活性化させてくれている、国にとっては有数の貢献者を不審者扱いすると言う失態に、柔和な衛兵はもう卑屈すぎる程にその頭を下げて全力で謝罪してしまう。
「おい、その不審者……」
「だからお前は黙ってろってんだろが!!この方は、一代で国内でもトップクラスの商会を起こし、国内の経済を活性化させてくださっている商業界の雄、ジャスティン商会のジャスティン会頭だ!!」
「!!こ、こいつが……」
「お前…この方は平民ながら、陛下からは公爵クラスの貴族として扱うように命じられているお方だぞ!!そもそも王城の守衛となる衛兵なら、知っていて当然のお方だ!!なんでそのくらいのことも把握してねえんだよ!?」
「そ、それは……」
「お前どうせ面倒くさいからって、王城に通すべき業者や人物の情報とか一切目を通してねえんだろ!?そういうのの切り分けが面倒くさいから、『疑わしきは全て罰せよ』の精神で来る人来る人皆不審者扱いして追い返してんだろ!?俺は前から口すっぱくして言ってんだろが!!そのくらいのことはきちんと把握しとけと!!」
「だ、だが……」
「やかましい!!今までのお前のそういう失態を俺がどれだけフォローして、許しを得てきたか分かってんのか!?それだけでもヤベえのに、今回はよりにもよってジャスティン会頭を不審者扱いだと!?この方にそんな扱いしたなんて陛下に知られたら、もう俺じゃかばい切れねえぞ!!公爵クラスの貴族様に対して、そんな狼藉働いた、なんて考えたら、それがどんなことになるのか、いくらお前でも分かるだろが!!」
「!!あ、う……」
「とにかくまずは謝罪しろ謝罪!!この国の貢献者を不審者扱いしたんだぞ!!許して頂けるかどうかは別にして、今すぐその無駄にデケえ身体折り曲げて、頭地に擦り付けろ!!」
「!!も、申し訳ございませんでした!!」
自分が不審者扱いをしていた人物が、平民でありながら国王から公爵クラスの貴族として扱うように厳命されている人物だとようやく理解でき、強面の衛兵は先程までの威圧的な態度が嘘のように、一瞬でその身体を折り、地に頭を擦り付けて全力で謝罪し始めた。
「ジャスティン会頭!!私の方からも重ねてお詫び申し上げます!!申し訳ございませんでした!!」
そして、強面の衛兵がようやく謝罪したところで、柔和な衛兵も重ねて謝罪する。
強面の衛兵の方は、ようやく自分がどれ程の失態を繰り広げていたのかを実感できたようで、土下座の状態のまま、がたがたと震えあがってしまっている。
「い、いや…わ、分かってもらえたなら、それでいいんだ…」
「本日はせっかくご来城頂いたのに、誠に申し訳ございませんでした!!会頭の寛大なお心に心から感謝致します!!以後、このようなことのないように致します!!」
「あ、ああ……」
強面の衛兵に本格的に絡まれる前に、この柔和な衛兵が出てきたこともあって、特にリンとジャスティンは何を思うこともなかったこともあり、ジャスティンは全身全霊で謝罪を続ける柔和な衛兵に、別に気にしていないことを告げる。
その言葉に、柔和な衛兵はジャスティンの寛大さに感動しつつ、今後このような失態は見せないことを誓う。
強面の衛兵はやらかしたことの大きさに完全に怯えてしまい、土下座状態のまま身動きを取ることすらできなくなってしまっている。
「ところで会頭…本日はどのようなご用件で王城に?」
強面の衛兵が完全に置物状態になってしまっていることを、却って好都合だと思った柔和な衛兵は、彼をそのままにしておき…
ジャスティンの方に向き直って、この日王城にまで訪れた用件を伺う。
「ああ。実は陛下より勅命を頂いてね」
「!!会頭が、陛下からですか?」
「そうなのだよ…これが、その勅命書だ」
「拝見致します……確かに、陛下の署名がございます…!リン?…」
「ああ、この子のことだよ。私は勅命に従い、陛下の元にこの子をお連れしにきたのだよ」
「この…坊やが…陛下がおっしゃっていた…」
「?陛下が、この子について何か言っていたのかね?」
ジャスティンが受け取った、国王マクスデルからの勅命書を拝見し、内容と国王の署名が記されていることを確認する柔和な衛兵。
だが、その内容にある名前を見て、柔和な衛兵はようやくほぐれてきた緊張の糸がまた張り詰めていくのを感じる。
そして、その名前の人物が、ジャスティンが連れていた少年であることを聞かされ…
一瞬、その意識を失いそうになってしまう。
そんな衛兵の様子に、ジャスティンは彼が気になって声をかけるのだが…
「…あなたがリン様、でお間違いないでしょうか?」
「?は、はい。ぼ、ぼく、リン、って、い、言います」
「!…この度は、そこの愚か者共々、大変失礼いたしました!!」
「?あ、あの…」
「リン様は陛下より、国賓として丁重に扱うように厳命を受けております!!よりにもよってジャスティン会頭のみならず、リン様まで不審者扱いしてしまう失態…誠に、誠に申し訳ございませんでした!!」
先程までの、子供を相手にするような態度ではなく…
ジャスティンのような、確かな立場の者を相手にするような恭しい態度に変わった柔和な衛兵。
そして、リンの視線に合わせるように膝を折ってリンに向き直り、改めてリンの名前をリン本人に問いかける。
急に態度が変わった柔和な衛兵に疑問符を浮かべながらも、リンは素直に自分の名前を告げる。
そして、目の前にいる少年が勅命書に記された名前の人物であることを確信し…
国王マクスデルより、国賓として迎えるよう厳命を受けていた人物をジャスティン共々不審者扱いをしてしまっていたことを、柔和な衛兵は地面に膝と手を着き、頭を深く下げて全力で謝罪する。
ちなみに、土下座の状態で震えたままの強面の衛兵は、リンが国王から国賓として迎えるように厳命された人物であることを聞き、その震えがさらに強くなってしまう。
国の貢献者のみならず、国賓待遇の人物をも不審者扱いしてしまったことに気づき、もう完全にお先真っ暗の状態になってしまっている。
「(リ、リン君が、国賓待遇!?陛下は一体、何をお考えなのか…)」
「あ、あの…ぼ、ぼく、ぜ、全然、気に、して、ません、から…あ、頭を、あ、上げて、く、ください」
「!このような大失態をしでかした我々に、なんと寛大なお言葉…感謝の言葉もございません!」
「ぼ、ぼく、達、お、王様、に、よ、呼ば、れて、き、来た、んで……い、行って、も、いい、ですか?」
「もちろんでございます!いえ!お詫びにもなりませんが、この私がご案内させて頂きます!」
「あ、あり、がとう、ご、ござい、ます」
「何をおっしゃいますか!ジャスティン会頭とリン様のお二人をご案内させて頂けるなど、光栄の極みでございます!」
本来ならば、どのような誹りを受けても文句ひとつ言えない、と言う程の大失態。
にも関わらず、リンはむしろおぼつかなくとも優しい口調で、自分を気遣ってくれるかのような言葉をくれる。
そんなリンの尊い心に感銘を受けた柔和な衛兵は、本当に自分が仕えるべき主君を見つけたかのような、キラキラした目をリンに向ける。
そして、自らリンとジャスティンの案内役を申し出る。
「あ、あの……自分も……」
そうして、リンとジャスティンの二人をマクスデルの元へ案内しようと、柔和な衛兵も立ち上がって三人で行動開始しようとしたところに…
完全に意気消沈して、お通夜状態だった強面の衛兵がその顔を上げて、お詫びも兼ねての案内に自分もと言い出す。
先程までの傍若無人な様子は微塵もなく、まるで捨てられた犬のような悲し気な表情を浮かべてしまっている。
「お前はいい。そもそもお前人に案内できる程、王城の中把握してんのか?」
「!!そ、それは……」
「それに案内に人数はいらん。あまり大所帯だとお二人が窮屈になっちまう」
「あ、うう……」
「そもそも、ちょっとは反省したのか?お前、国の貢献者と国賓待遇のお客様を不審者扱いなんて、本来なら即死刑ものだぞ?」
「!!………」
「……今回は、リン様とジャスティン会頭が寛大なお心で許して下さるそうだから、一応不問…とまではいかなくても命まではとられんだろう」
「!!あ、あああ……」
「とはいえ、さすがにこの件を報告しないわけにはいかんからな。お二人がそれを望んでないから死刑にはならんだろうが、厳罰は覚悟しとけよ?」
「……は、はい……」
「後、こんだけのことやらかしといて、今後何も変わらねえようなら…それでまた王城内に不利益をもたらすようなことになるんなら…その時は、ここにいられなくなるくらいじゃ済まないようなことになると思っておけよ?いいな?」
「!!……わ、分かりました……」
最初のあまりにも不遜な態度はもはや見る影もなく、やらかしたことの重大さに押しつぶされそうになってしまっている強面の衛兵。
柔和な衛兵の言葉一つ一つに、未だ土下座の状態になっているその大きな身体をびくりと震わせ、顔面蒼白となってしまっている。
それぞれが国賓待遇のお客様と、国の経済の発展に貢献し続け、国を豊かにしてくれる貢献者であるリンとジャスティンが、そんな二人を不審者扱いしたあげく他人から見れば非常に不愉快で不遜な態度を取ってしまっていた自分を許してくれる、と言う言葉には、九死に一生を得るような救いを感じることができたものの…
柔和な衛兵から告げられる、厳罰は免れないことと、もしまたこれまでと同じようなことをやらかすようなら今度こそ次はない、と言う言葉に…
強面の衛兵は、事情を知らない者が見れば見ているだけで可哀そうな程にその大きな身体を縮こまらせて、柔和な衛兵が口を酸っぱくして散々言っていたことをきっちりと実践し、同じ間違いを犯さないようにしようとその心に刻み込む。
「…じゃあ俺は、リン様とジャスティン会頭を陛下の元へと案内するから、お前は今のうちに守衛の方に通知されている内容を、しっかりとその頭に刻み込んでおけよ?」
「!!は、はい!!」
柔和な衛兵が、彼の様子を見てそう告げると…
強面の衛兵はすぐに立ち上がり、大急ぎで守衛室に向かい、普段から厳命として共有されている事項をしっかりと自身に刻み込む為、その場を後にする。
「…リン様、ジャスティン会頭、この度は誠にありがとうございました」
「?何がだね?」
「?な、何、が、で、です、か?」
「あいつ、俺がどれだけ口を酸っぱくして言っても面倒臭がって、守衛に通達される厳命の内容とか一切見向きもしなかったんです。ですが、今回の一件でやっと守衛としてスタートラインに立つことができそうです」
「ははは…それならよかった」
「よ、よかった、です」
「お二人のおかげで、王城の守衛が最も頭を痛めていたことが解決しそうです…本当にありがとうございます」
柔和な衛兵は、自身が最も頭を悩ませていたことが解決に向かい始めたことを喜び…
そのきっかけを作ってくれたリンとジャスティンに、心からの感謝を言葉にして贈る。
その言葉に、まるで我が事のように喜びの笑顔を見せてくれるリンとジャスティンの精神に、まるで天から降臨してくれた神様のようだと思い…
改めて感謝の言葉を声にすると、二人をマクスデルの元へと案内する為、王城の中へと丁重に招き入れるのであった。
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