第170話 勅命②

「あなた、今よろしいでしょうか?」


ジャスティンへの勅命書を、ジャスティン本人に渡すと言う任務を与えた侍女が、比較的早々に戻ってきて、しっかりとジャスティン本人に勅命書を渡したこと、そしてジャスティンがその勅命を承諾したことを報告し、しっかりと任務を達成してくれたことにひとまずほっとするマクスデル。


そこに、コンコンと優しいノックの音の後に、一人の女性がマクスデルの執務室へと入って来る。


明るい金色の髪で、実際の年齢よりも若い印象を感じさせるショートヘア。

深海を思わせる深い青の瞳に、ぱっちりとした目とばさばさの睫毛。

筋の通った美しい造詣の鼻に、適度に肉厚で柔らかな印象の唇。

本人が化粧を好まないのか最低限ではあるものの、それでもその造形美はまるで神が作りし精巧な美術品を思わせるものがある。

二人も子供を授かっているにも関わらず、無駄な贅肉など感じさせない抜群のプロポーションで、胸部の自己主張はかなりのもの。

美しい腰の括れがその胸部の自己主張をより強調しており、臀部の丸みもまた美しいラインを描いている。

その肢体を、白を基調とした大人しいデザインのドレスに包んでおり、慎ましやかでありながら誰の目をも惹く美貌を形作っている。


そんな彼女は、このサンデル王国の現国王であるマクスデルの第一王妃であり…

その名はエリーゼ・イー・サンデル。




名前:エリーゼ・イー・サンデル

種族:人間

性別:女

年齢:33

HP:150/150

MP:1921/1921

筋力:51

敏捷:102

防御:36

知力:1543

器用:1490

称号:一国の王妃、サンデル王国第一王妃

技能:魔法・4(水、土)

   魔力・4(制御・詠唱)

   生産・3(農業)

※各ステータス値は、各称号の影響を受けていない本来の数値。




称号

・一国の王妃

国の王妃としての立場についている者に与えられる称号。

その国にいる間は、MP、知力、器用が常に倍になる。

また、国が善政をすればする程自国民に称えられやすくなる。

その逆も然りで、国が悪政をすればする程自国民から嫌われやすくなる。

この称号は、王妃の立場を辞すると消滅する。


・サンデル王国第一王妃

サンデル王国の第一王妃としての立場についている者に与えられる称号。

自身がサンデル王国の王妃である事を、誰もが認識できるようになる。

また、政治に関する執政能力が向上しやすくなる。

この称号は、王妃の立場を辞すると消滅する。





リリーシアが大人になればこうなる、と言える程リリーシアはこのエリーゼ似であり…

エリーゼ自身、元々の身分は平民。

当時王太子として、自ら身分を隠して王都に出向いたりしていたところで、偶然出会ったエリーゼにマクスデルが一目惚れ。

そこからの猛アタックで、奥手なエリーゼをどうにか口説き落とし…

第一王妃が平民と言う事実に当然納得がいかない王家の重鎮や貴族達をどうにか認めさせて、マクスデルはエリーゼと言う伴侶を手に入れることができたのであった。


最終的に、とは言え一介の平民に過ぎなかったエリーゼがどうしてサンデル王国の第一王妃として認められたのか…

それは、第一王女であるリリーシアにも継承されている、図抜けた魔法の力。

【水】【土】属性の魔法を高い練度で使えて、魔力の制御能力も極めて高い。

その為、合成属性である【木】も使えるので、婚姻前までは国内の農業関係の問題にその魔法の力をもって解決したり、自ら農業を営んでいたりしていた。

その力を、第一王妃になってからは国内の農業の発展に惜しみなく使ってきた上に、リリーシア同様常に平民を軽視せず、国の宝として重宝し、優秀な人材ならば身分に関わらず国の文官や騎士団に重用したりしてきたことで、国の政務にも経営にも、いい方向で影響をもたらしてきた。

その為、国民の支持は非常に高く、農業の発展に貢献してきたことと、その美貌もあって国内では『豊穣の女神』として称えられている。


第二王妃であるジャクリーヌが、エリーゼのように魔法や人事に秀でているわけでもなく、それでいて民と人とも思わない暴虐さ、そして醜く肥え太った魔物のような容姿もあって、国民からは蛇蝎のごとく忌み嫌われているのが、よりエリーゼの支持を後押ししてしまっている。

実のところ、夫であり国王であるマクスデルよりも国民の人気が高い為…

この状況はよろしくないと思ったエリーゼは、それ以来自ら表舞台に出ることを極力控え、農業の問題でどうしても出向かなければならない時や、平民の登用で顔を出さなければならない時以外は、あくまでマクスデルを陰から支える立場を徹底している。


エリーゼが陰からマクスデルの功績となるよう、内助の功を勤めてくれている為…

そのおかげでマクスデルは、エリーゼと同等の支持率を持つことができるようになっているのである。


「エリーゼ、どうしたんだい?」


年齢で言えばマクスデルの方が少し年上ではあるものの…

それを考慮してもエリーゼの容姿は非常に若々しく美しい。

実際、リリーシアと並ぶと少し年の離れた姉と言われることも多く、それもまたエリーゼの神秘性を強調し、『豊穣の女神』と言う異名を真実たるものとしている。


元々、出会って即一目惚れと言う流れからの猛アタックでマクスデルが口説き落とした妻である為…

マクスデルは、それはもうエリーゼを溺愛している。


そのエリーゼが自分の元にやってきてくれただけでも、マクスデルは普段からとなっている、その厳しい表情もついついデレデレと緩くなってしまう。

そして、その妻エリーゼの遺伝子を色濃く受け継いでいるリリーシアのことも当然ながら溺愛している。


「ジャスティンさんに、勅命を出したんですか?」


そんなマクスデルに対し、どことなく怒っている雰囲気のあるエリーゼ。

マクスデルへの問いかけの声も、それを感じさせるものとなっている。


さすがに長年の連れ合いとして、生活を共にしていることもあり…

エリーゼのそんな様子にマクスデルも、『あれ?何かエリーゼが怒るようなこと、したかな?』と内心で冷や汗をかいている。


「あ、ああ」

「なぜですか?ジャスティンさんは、このサンデル王国の経済を支えてくれた、いわば恩人であり貢献者…呼びつけるにしても最大限の敬意と感謝の意を示してと、わたくしは常に申し上げているはずですが?」

「い、いや、これはな…」

「あなた…何かわたくしに言えないような、やましいことでもあるのですか?」

「!ち、違う!それは断じてない!」

「でしたらお聞きします。ジャスティンさんに、一体どのような勅命を出されたのですか?」

「う、うむ…それは……」


目が笑っていない笑顔で容赦なく詰めてくるエリーゼに、マクスデルは縮こまりながらも説明していく。


関所の衛兵からの報告で、最愛の娘リリーシアを救ってくれた少年、リンがこの王都チェスターに姿を現したと知ったこと。

マクスデルとしては、リンと言う少年は是が非でも王家に取り込みたい存在であること。

だが、他の貴族や重鎮、特にジャクリーヌにはリンの存在を知られては、リンを巡って国内で血で血を洗う、無駄な争いが起こり得ること。

その為、リンと懇意になっているジャスティン商会、その会頭であるジャスティンにリンを秘密裡に連れて来てもらおうと思ったこと。

だが、ただジャスティンとリンを呼び出したのでは、それでリンの情報が他の貴族や重鎮達に知られかねないと思ったこと。

ゆえに、極秘でことを進めたいが為に、ジャスティンに勅命を出す形にしたこと。


そこまでを、迫力ある笑顔でじっと見つめてくるエリーゼに、まるで恐ろしい魔物と対峙するかのような圧を感じながら伝えていく。


「……なるほど…事情は理解しました」

「そ、そうか…それなら、なによりだ」

「ですが、あなた……」

「!?な、なんだ?」

「その少年…リンちゃんを、とはどういうことですか?」

「!?ど、どうも何も、それがこのサンデル王国の発展と繁栄につながるのは、エリーゼ、君も分かるだろう?」


事情は理解した、と言いつつもまだその圧を収めてくれないエリーゼに、マクスデルは肩身の狭い思いをしながら、まるで言い訳のような言葉を返す。

特にエリーゼが、リンを王家に取り込む、と言う部分に特に憤りを感じているように伺えて…

マクスデルはそれの何が間違っているんだ、と言わんばかりに反論してしまう。

エリーゼも、マクスデルが受けた報告の内容を知っているから、なおのこと不可解に思ってしまう。


最も、いろいろな面において第一王妃であるエリーゼの内助の功があるからこそ、このサンデル王国が栄えていることもあり、いつしかマクスデルはエリーゼに頭が上がらなくなってしまっている。

その為、この反論もまるで母親に悪いことを詰められているかのように、大して力のないものとなってしまっているのだが。


「…はあ…」

「!!??(え?え?我、何かおかしいことを言っただろうか?)エ、エリーゼ?」

「あなた…そのを、もう一度よくお考えになって頂けますか?」

「え?……リ、リンが?……」


いきなりのエリーゼの問いかけに、マクスデルは一体何を言われているのか分からず、言葉に詰まってしまう。


そんなマクスデルの様子に、エリーゼはまたしても疲れた、と言わんばかりの大きなため息をついてしまう。


「いいですか?あなた?」

「あ、ああ」

「リンちゃんは、わたくし達の最愛の娘であるリリーシアを救ってくれた恩人なのですよ?」

「そ、それはもちろん理解しているが…」

「しかも、それだけではありません」

「?え?」

「リンちゃんは…最低でも中位以上の脅威度を誇る魔物の大氾濫…十万を超える数の大氾濫を、たった一人で撃退してくれた…もしこれがなければ、スタトリンどころかこの国、そしてこの大陸そのものが滅亡に追い込まれていたことは、容易に想像できるでしょう?」

「!あ…」

「しかもリンちゃんのおかげで、このサンデル王国に捨てられた町、スタトリンが救われ…飛ぶ鳥を落とす勢いで発展を続けている…リンちゃんは、リリーシアのみでなくこのサンデル王国も、この大陸にある他の国も、スタトリンも救ってくれた…いわば今代の救世主様なのですよ?」

「う……」

「それ程のことをしてくださったお方に対して、どうして自分が取り込んで、しかも国の為に使う、などと言う恩知らずで恥知らずなことができるのでしょう?」

「ぐ!……だ、だが……」

「あなたが一番間違えているのは、、その一点に尽きます」

「!!……」

「リンちゃんは、たかが一国の王の器には収まりません。あの方は、まさにこの世に生きる神様のような存在…わたくし達は、あの方に頭を下げてお願いをする…そんな立場なのです」

「!し、しかしそれでは……」

「わたくしは別に王族としての地位も権力も執着はありません。重要なのは、この国で暮らしてくださる民の方々を、いかに幸せに導くか…その為にわたくしが王籍を捨てる必要があるのでしたら、わたくしは喜んで王籍を捨てさせて頂きます」

「!エ、エリーゼ……」


まるで自身を生んでくれた母親のようにこんこんと…

それでいてその溢れんばかりの母性で包み込むように優しく言い聞かせてくれるエリーゼの言葉に、マクスデルも最初は思うところがあるのか反抗の意を見せていたものの…

次第にエリーゼの言う通りかも知れない、と思うようになってくる。


「むしろリンちゃんに、リリーシアを娶って頂いて…このサンデル王国の神として国民を幸せに導いて頂く…その神に仕える王としてリリーシアにこの国をまとめてもらう…その方が今よりもよっぽどいい結果が出ると、わたくしは思います」

「!!そ、それは……」

「スタトリンの凄まじい発展速度を見れば、リンちゃんがどれ程他を幸せにできる力をお持ちなのか…すぐに分かります。そのリンちゃんに、国として独立するであろうスタトリンと共に、このサンデル王国もお任せする方が、よほど民は幸せになれると思います」

「む、むう……」

「そもそもあなた…中位以上の脅威度の魔物十万超を相手にたった一人で打ち勝てるような存在を御することなど、できるとお思いなのですか?」

「!そ、それは……」

「報告の内容を見る限り、リンちゃんは決してその力を無益な殺生や暴力に使うことはないと言い切れますが…御することに固執しすぎて万が一リンちゃんの逆鱗に触れてしまえば……結局このサンデル王国は滅亡ですよ?」

「!ぐ、ぬう……」


エリーゼの言葉に、もはやマクスデルは反論材料すらなく…

がっくりとその顔を俯かせて、沈み込んでしまう。


エリーゼの言葉通り、確かにリンがこのサンデル王国も導いてくれれば、この国に住む誰もが幸せ一直線となるのは理解できる。

だが、自分もこれでも国王として君臨している存在。

その国王としての立場も責任も、他に適任がいるからと言ってそう簡単に委ねるわけにはいかない。

あくまで、自身が主役となってサンデル王国を良き方向に導きたい、と言う思いは、どうしてもマクスデルの心に残ってしまう。


が、それすらも否定されるかのようなエリーゼの言葉に、さすがにその思いも崩れてしまう。


「あなた…別にリンちゃんに全てを委ねたからって、わたくし達の役目がなくなるわけでは、ないでしょう?」

「?え?……」

「むしろリンちゃんは神として、自由に民を幸せにして頂くのです。政治や交渉などと言ったものには一切関わって頂くことなく…」

「で、では我らは…」

「そうです。政治はむしろリリーシアを主導にすることを本線に、そのサポートをわたくし達がさせて頂く…特にこの国の内情はわたくし達が一番知っているのですから…」

「…そうか…そうだな…」


続くエリーゼの言葉は、マクスデルの心に響くものとなった。

王としての全ての責任をリンに丸投げするのではなく、政治や交渉、外交など、リンが最も苦手とするところは全て自分達が、今後リリーシアに全てを継承する前提で担う。

その言葉に、マクスデルは救われたような気がした。


「ですからあなた…ジャスティンさんとリンちゃんがあなたに謁見する際は、このわたくしも同席させて頂きます」

「!エ、エリーゼもか?」

「ジャスティンさんは、あなたがリンちゃんを囲い込もうとして、あのような勅命を出したと思われているかもしれません。ですから、間違いなく警戒はされることでしょう」

「!む、むう…」

「あのような不躾なことになってしまった以上、わたくしも同席してあなたのフォローをさせて頂きます。リンちゃんはもちろん、ジャスティンさんもこのサンデル王国にとって、なくてはならない方…きちんとわたくし達の思いを知って頂かなくては」

「わ、分かった…エリーゼ、君に任せる」

「はい」


こうして、ジャスティンとリンが国王マクスデルと謁見する際には、エリーゼも同席することが決定。

自分一人で事を成せない歯がゆさはあるものの、自身を賢王と称えられるまでにしてくれたエリーゼがいてくれる方が、事を成せると判断。

国の今後が関わっている以上、自分の感情を優先することは愚かな行為だと…

マクスデルは思うことができた。


「(うふふ…わたくしの可愛いリリーシアを救ってくれたリンちゃん…報告ではとても純真無垢で可愛らしい男の子だとされております…リリーシアばかりか、この国、この大陸全てを救ってくださったリンちゃんを、感謝の気持ちで思いっきり可愛がってあげたいです…♡)」


だが、エリーゼの内心は、ただただリンに会いたい、と言う思いに満ち溢れている。

エリーゼは女神と称される通り、慈愛に満ち溢れており…

何より、子供は全て自身の庇護の対象とする程に大好きである。


自身がお腹を痛めて生んだ実子、リリーシアを窮地から救ってくれたリン。

そのリンを、その慈愛と母性が満足するまで可愛がってあげたい。

そんな思いが、心の中に満ち溢れて抑えられない。


エリーゼは、リンと会える時をこの日から一日千秋の思いで待ち望み…

その抑えられない慈愛と母性を、その時になったら全てリンにぶつけようと、心に思うのであった。

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