第169話 勅命①
「!!な、なんだと!!??」
場所は変わり、王都チェスターの中心に聳え立つ、王城の中にある国王の執務室。
決して少なくなどない問題を抱え、その問題解決に頭を悩ませながら、普段の執務に勤しんでいたマクスデル。
そのマクスデルのところに入ってきた、至急の報告。
何事かと思いながら、その報告に目を通したその瞬間…
マクスデルから、冒頭の声が驚愕の表情と共に飛び出す。
「わ、我が探し求めていた者が……リンが……この王都チェスターに来ている、だと!?」
緩やかに、しかし確実に右肩下がりな衰退を続けているサンデル王国。
この悩ましき状況を打破することができるであろう、三人の人物。
一人は、マクスデルの愛娘で第一王女のリリーシア。
王城で暮らしていた頃は、民を思うあまり貴族階級の者を軽視するような思想もあったものの、やはり民からの支持は飛びぬけて多く、清濁併せ呑む執政者としての手腕が備われば、間違いなく歴代でも屈指の女王として、このサンデル王国に繁栄をもたらしてくれるであろう存在。
スタトリンの情報を得られなくなってしまってからは、その動向こそ不明ではあるものの、最後に得た情報では新生スタトリンの代表者として日々領地経営に勤しんでいた、とのこと。
それゆえに、ますます自身の後継として相応しくなっていることが思われる。
もう一人は、冒険者ギルド スタトリン支部のマスターとしてその辣腕をふるい、スタトリン支部にギルド内でもトップクラスの業績をもたらしていたエイレーン。
現在の情報では、エイレーンを筆頭とするスタトリン支部の職員全員がギルドを退職、それによりスタトリン支部は閉鎖。
直近では他の支部はもちろん、本部すら凌ぐ程の業績を常にたたき出していただけにマクスデルにとっては非常に不可解な出来事となっている。
しかも、今は新生スタトリンの代表を務め、その辣腕を遺憾なく発揮してスタトリンの経営を支えている程の人物。
そして、最後の一人。
新生スタトリンに多くの商業施設や設備、サービスを構築し、民の暮らしをどの領地よりも快適にして、文字通りスタトリン大躍進の功労者として全ての民に認められている少年、リン。
しかも、直近であった過去例にない程の大規模な氾濫…
最低でも中位以上の脅威度を誇る、十万を超える魔物の軍勢をたった一人で討伐した、スタトリンの英雄としても名高い存在。
その神のごとき戦闘能力、生産能力共に、今のサンデル王国には喉から手が出る程欲しいと言わざるを得ない人物。
そのリンが、今この王都チェスターに姿を現した。
「…ジャスティン商会の会頭、ジャスティンと同行…そういえばリンは、ジャスティン商会とも非常に懇意だと言う情報があったな…」
ジャスティン商会の会頭であるジャスティンと同行、と言う報告もあり…
マクスデルは、リンがジャスティン商会と懇意だと言うことを思い出す。
おそらく、リン自身に目的があったわけではなく、ジャスティンがリンの力を必要として、同行してもらったと言う可能性が高い。
とすれば、おそらくリンがいるのはジャスティン商会のチェスター支店。
どのような目的でチェスターに来たのかは分からない。
が、用が済めばまたスタトリンに戻るだろう。
「…いつまでこのチェスターにいるのか分からぬ以上、急がねばなるまい」
まさに降ってわいたような、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
その気になれば、このサンデル王国を一人で敵に回しても易々と退け、滅ぼすことができる程の存在。
だが逆に味方にできれば、その戦闘能力による絶対の加護を得ることができる。
加えて、その生産能力と構築能力で、この国を豊かにしてもらえることも間違いない。
マクスデルは、急いで国王である自身からの勅命書を、自身の署名入りでしたため…
王家の家紋入りの封筒に入れる。
「誰か!誰かあるか!」
「は!只今!」
そして、自身の傍仕えとなる、二十歳くらいの若い美人だが非常に怜悧冷徹な印象の侍女を呼び出す。
「陛下、どのようなご用件でしょうか?」
「ここに国王である我が直々にしたためた勅命書がある」
「!どなたに、お渡しすればよろしいのでしょうか?」
「ジャスティン商会の会頭、ジャスティンに」
「…今、このチェスターにおいで、と言うことですね?」
「そうだ。だがいつチェスターを出るか分からん」
「承知致しました。すぐにでも渡して参ります」
「頼んだぞ」
「は!」
呼び出した侍女に簡潔に命令を下すと、マクスデルは勅命書を侍女に渡す。
それを恭しく受け取った侍女は、すぐさま執務室を後にする。
「……リン……是が非でもつながりを持ちたい……ここから、友好な関係を築くことができれば……」
国民の総数は緩やかに、だが確実に減少中。
国が誇る冒険者ギルドは、最盛期の半分未満にまでその規模が縮小。
しかも、ろくな人材がおらず、残っている支部はもちろん本部も半ば機能麻痺しているような状態。
人口の減少の影響で、ジャスティン商会以外の商業施設、店舗などは軒並み低空飛行。
冒険者ギルドの大幅な弱体化により、魔物による問題なども多発してきている。
マクスデルは、縋る思いでリンが自身の前に来てくれることを願い…
すれ違いにならず、あの勅命書がジャスティンの手に渡ることを願うのであった。
――――
「失礼致します」
マクスデルからの命を受け、ジャスティンへの勅命書を預かった侍女。
あの後、他の誰かにこの件を委ねると無駄な時間を喰ってしまうと判断し、自らジャスティン商会のチェスター支店へと出向く。
そして、リンがこの支店に生活空間への出入り口を開いてくれたので、持ち家への引っ越しを交代で進めており…
その引っ越しを済ませた職員は、すでに職務に戻っている。
普段より若干まばらにはなっているものの、応対をするには十分な人数が支店内にいるので、業務も滞りはない。
今後は持ち家で暮らせる為、どこかうきうきした雰囲気の女性職員に、侍女は声をかける。
「いらっしゃいませ。当店をご利用頂き、誠にありがとうございます。何かご入用でしょうか?」
侍女に声をかけられた女性職員は、少し気分が浮ついていたところに声をかけられて内心びっくりしたものの、そこはしっかりと覆い隠して、模範的と言える営業スマイルで柔らかに声を返す。
「ジャスティン会頭は、こちらにおいででしょうか?」
「は、はい。会頭は今視察でこちらにおりますが…」
「ジャスティン会頭に、国王陛下からの勅命書が発行されております。本人に直接お渡ししたいので、お手数ですがこちらにお呼び頂きたく思います」
「!!こ、国王陛下の……し、失礼致しました!来客用の応接室へとご案内させて頂きますので、そちらに会頭も呼ばせて頂きます」
「ご配慮頂き、ありがとうございます」
目の前の侍女が国王直轄であり、しかも会頭であるジャスティンに国王からの勅命書を持参してきたと聞かされ…
女性職員は慌てて侍女を、支店の応接室へと案内する。
「すぐに会頭を呼んでまいりますので、こちらでお待ち頂けるとありがたいです」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
侍女をこのチェスター支店の自慢の一つとなる、綺麗で落ち着いた雰囲気の応接室へ招くと、女性職員はすぐさま来客用のお茶を用意し、寛いでもらえるようにする。
そして、すぐさまジャスティンを呼びに、応接室を後にする。
「……(それにしても、陛下はジャスティン会頭に一体どのような勅命を…ジャスティン会頭はこのサンデル王国の経済の中心となる、紛うとなき貢献者…普段でしたら、呼びつけるにしても最大限の礼を払う程敬意を表しているのに…そのジャスティン会頭に勅命書を発行するなんて、初めてのことです…)」
マクスデルから受けた命は、ジャスティンにこの勅命書を渡す、と言うもの。
無論、他にあてられた勅命書を無断で開いて読むなどもってのほかとなる為、侍女はジャスティンへの勅命の内容は全く知る由もない。
しかも、侍女の記憶にある限りでは、マクスデルがジャスティンにこのような形で勅命書を出すなど、初めてのこと。
国王から直に下された任務は確実に全うするのみではあるのだが…
侍女は、自身が知る限りなかったはずのマクスデルの行動が、妙に気になってしまう。
「お待たせして申し訳ございません」
そうこう考えている内に、侍女が通された応接室にジャスティンが姿を現す。
侍女の応対をした女性職員は、ジャスティンの分のお茶も用意すると、込み入った話になることを予想し、丁寧に礼をしてから応接室を後にする。
「ジャスティン会頭…お忙しい中御足労頂き、ありがとうございます」
「陛下が私に、勅命書を発行されたとお聞きしましたが…」
「はい。こちらになります」
「ふむ…拝見してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
侍女から手渡された、王家の紋章入りの封筒をジャスティンは受け取る。
そして、侍女に確認を取り、封を開けて中の書類に目を通す。
「!!これは……」
マクスデルからの勅命書に書かれていた内容に、ジャスティンはわずかだが驚きの表情を浮かべる。
勅命書に書かれていた内容は、至ってシンプル。
――――リンと言う少年を連れて、我の元へと来るように――――
ただ、自分が王城に出向くだけならば、使いの者に伝令として伝えさせればいいはず。
それをわざわざ勅命書にして、使いの者に手渡したことを確認させるまでしたのは…
「……(陛下は、他の貴族や王族には知らせず、ご自身のみでリン君と対面しようと…やはりリン君の情報は、陛下には握られていると考えるべきか…)」
それ以外に、考えられない。
マクスデルには、リンの情報はある程度は筒抜けになっている。
そして、その情報を他の貴族や王族には漏らさず、自身でリンの人となりを見極めようとしている。
勅命書にして、ジャスティンにしか見られないようにしたのも、他の貴族や王族などの権力者に、この件を知られたくなかったから。
リリーシアのことを聞き出すだけならば、ジャスティンだけでも構わなかったはず。
それをわざわざ、リンを連れて、などと勅命にし、ジャスティンにのみ伝わるようにしている。
「……(間違いない…陛下は、リン君を王家に取り込もうとしている……)」
いつかはこんなことが起こると、思ってはいた。
だが、まさか最初にリンを取り込もうとする権力者が、国王になるとは。
「(だが、国王である陛下の勅命である以上、私はこれに逆らうことはできん…そんなことをすれば、我が商会の職員はもちろん、取引先にも多大なる迷惑がかかってしまう…何より、スタトリンの運命共同体とまでなってくれているエイレーン殿やリリーシア殿にまで…)」
国王の勅命である以上、いくら賓客扱いされていてもあくまで一介の平民に過ぎないジャスティンは逆らうことなどできない。
逆らえば、自分を支えてくれる多くの人々まで、その遺憾による火種に巻き込んでしまうこととなる。
無論、絶大な戦闘能力を誇るリン、シェリル、フェルがいるならば、たとえサンデル王国を敵に回したとしてもたやすく打ち勝ってくれるだろう。
だがそれでは、何の罪もない国民をも、そんな何の意味もない戦争に巻き込んでしまうこととなる。
そんなことは、ジャスティンはもちろん望むものではないし、ましてやリンがどれ程心を痛めてしまうこととなるか。
「(……受ける、しかない。元より選択肢などないようなもの…こうなったら、私がリン君を護る為に、陛下と直接交渉に持ち込むしかない!)」
リンを護る為に、自ら王と直接交渉する以外にない。
ジャスティンはそう考え、腹をくくる。
リンは、もはやスタトリンのみならず…
この世を救ってくれる、紛うとなき救世主。
これまで、どれ程リンに様々な問題を解決してもらい、助けてもらったか。
さらには国はおろか、大陸の危機にまで及んだ、あの未曾有の大氾濫をも実質たった一人で退け、救ってもらった。
そのリンを護る為ならば、どんなことでもする。
リンはこの世界の宝。
そのリンを、欲にまみれた魑魅魍魎共の好きになど、させるわけにはいかない。
「……陛下からの勅命、委細承知しました」
「ありがとうございます。これで私も、肩の荷が下りました」
「勅命書をお持ち頂き、ありがとうございました」
ジャスティンの決意表明とも言える言葉に、侍女もその怜悧冷徹な表情をわずかだが緩ませる。
そして、役目を終えたと言わんばかりにその場から立ち去っていく。
ジャスティンは、その侍女を姿が見えなくなるまで恭しく見送ると…
すぐさま、リンの元へと向かって行った。
――――
「……お、王様、が、ぼ、ぼく、を……」
このチェスター支店に、生活空間への出入り口をつないでくれたことと、普段から上質な商品を卸して商会の売上に多大な貢献をしてくれているリンに感謝のしるしとして、ジャスティンと侍女がいたところとは別の応接室で、支店の中でも特に評判の美人な女性職員数名がこれでもかと言う程にリンをおもてなししていた。
最初はリンに対して、支店にある最高級のお茶とお茶請けを用意して、それを堪能してもらうと言う程度だったのだが、途中からとても純真無垢で何か一つしてもらったら、その度に嬉しそうな笑顔でお礼を言ってくれるリンのことが可愛くてたまらなくなり、どの女性職員もついついべったりとリンに寄り添って可愛がり、リンに出したお茶請けをあーんして食べさせながら、最上級の感謝の意を示し…
あわあわとしながら、その幼い頬を染めて恥じらうリンが可愛すぎて、リンの頭を撫でたりしながらひたすら可愛がっていた。
そこに鬼気迫る表情のジャスティンが姿を現し…
女性職員は驚いて飛び上がるようにリンから離れ、慎ましやかにリンの後ろに立って待機する形を取り…
そんな彼女達に何を言うこともなく、ジャスティンはリンに自身が受けた勅命のことをそのまま伝える。
「か、会頭…それは…」
「うむ…おそらく陛下はリン君を王家に取り込むつもりなのだろう」
「!リ、リン様をですか!?」
「でなければ、陛下は私に対してこんな回りくどいことはしない…他の貴族や王族、権力者にリン君のことを気取られる前に、陛下はリン君を取り込もうとしているのだろう」
「も、もしそうなったなら、リン様は……」
「…最悪、我々から…スタトリンから離されてしまうかも知れん…」
「!!そ、そんなの、絶対に許せません!!」
「!わ!」
「リン様はわたし達の…商会の希望であり救世主なんです!!」
「会頭!!もし会頭が陛下に背くことになったとしても、私達は会頭…そしてリン様の味方です!!」
「君達……」
ジャスティンが述べる最悪の想定に、女性職員達は絶対にそんなことはさせない、と言わんばかりにリンを抱きしめ、護ろうとする。
そして、マクスデルとの交渉が決裂し、最悪サンデル王国にいられなくなったり、国を敵に回したとしても、彼女達は絶対にリンとジャスティンの味方だと断言する。
そんな彼女達の力強い言葉に、ジャスティンは背中を押してもらえたような心強さを覚える。
「あ、あの…は、離、して…」
「リン様…わたし達はどこまでもリン様の味方です♡」
「リン様を奪い取ろうとする輩なんて、絶対に許せません♡」
「リン様は私達がお護り致します♡」
「こんなにもお可愛らしいリン様…たとえ陛下が相手でも絶対に渡しません♡」
「リン様…ず~っとあたし達を、リン様にお仕えさせてくださいね♡」
この日初めて顔を会わせたにも関わらず、女性職員達のリンへの愛情と忠誠心は溢れんばかりとなっている。
自分達にぎゅうっと抱きしめられて、おたおたとしながら儚い抵抗をしつつ、恥じらいにその顔を染めているリンがあまりにも可愛すぎて、もう全員がリンを離したくなくなってしまう。
全員がその瞳に、リンへの愛情を示す形を浮かべて、ただただリンをめちゃくちゃに可愛がって、愛している。
そんな女性職員達を見て、ジャスティンが何が何でもリンを護ろうと、改めてその心に誓うので、あった。
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