第164話 集結⑥
「えへへ~♡おにいちゃんおにいちゃん♡」
「ミ、ミリア、ちゃん…」
キーデンにある、ジャスティン商会の支店の職員を全て、自身の生活空間にあるジャスティン商会専用の居住地に誘導し、引っ越しも完了させたリン。
急な引っ越しであったにも関わらず、キーデン支店の職員は誰もがリンの生活空間で暮らせることを心から喜んでおり…
もうすでにスタトリン本店の職員と相談して、スタトリン本店とキーデン支店と交互に出勤していこうと言う話になっている。
また、護衛部隊の隊員が今後はキーデン支店にも交代で立ち寄り、支店の警護に入っていくと言うことが決まり、キーデン支店の職員はもうお祭り騒ぎのようになっている。
また、この居住地に商会の中枢となる本部を設立し、今後はそちらで幹部達に活躍してもらおうと言うジャスティンからの意見もあり…
居住地にいるジャスティン商会の人間は大いに盛り上がっている。
「ミ、ミリア、ちゃん…は、離れ、て…」
「やだ~♡おにいちゃんだあいすきだから、ずっとぎゅ~ってしたいの~♡」
「で、でも…」
「ミリア、おにいちゃんとず~っといっしょがいい~♡」
そんな中、ミリアはこれでもかと言う程にリンに懐いてしまい…
リンにべったりと抱き着いて、リンの胸に顔を埋めて…
もうとにかく離れてくれなくなってしまっている。
「はあ…リン様可愛い…♡」
「ミリアちゃん、あんなにリン様にべったりして…♡」
「リン様とミリアちゃんが可愛すぎて、二人共ぎゅ~ってしたくなっちゃう…♡」
リンとミリアのやりとりが可愛すぎてたまらないのか…
居住地にいる女性職員は、蕩けてしまいそうな程に頬を緩めながら幸せそうな笑顔を浮かべてしまっている。
「おにいちゃん♡」
「な、なあに?」
「ミリア、おにいちゃんがいてくれて、ぎゅ~ってできて、す~っごくうれしい!」
「そ、そっか…ぼ、ぼく、ミ、ミリア、ちゃん、が、よ、喜んで、く、くれて、う、嬉しい、な」
「!おにいちゃん、だあ~い好き!」
そして、自分がそばにいてくれて、こうしてぎゅっと抱き着けて嬉しいと喜ぶミリアを見て、リンも嬉しくなってしまう。
その思いをそのまま表す言葉を声にすると、ミリアはますます喜んで、幸せ一杯の笑顔でリンに甘えてしまう。
「おお、リン様…お帰りになられておいででしたか」
そこに、リンの従魔として普段はこの生活空間で暮らしているフェルが姿を現す。
フェルはリンの家族として、従僕として仕えるようになってからはスタトリンを護る為に、魔の森で増えすぎた中位以上の魔物の狩りを、ナイト達従魔と共にこなしている。
そして、リンの拠点を守護すると同時に、リンの生活空間でリンの従魔達と共に海辺での狩りや、山の中での鉱物資源の採取、さらには農場での農業の支援もこなしている。
特にこの生活空間の居心地が、フェルにとっては非常に良く…
リンが生産する食材・食品から作られる料理も非常に絶品で、リンのメイド部隊の面々が適度にフェルの身体を洗って、毛並を整えてくれるのがとても心地よく…
フェルはすっかりこの生活空間がお気に入りになってしまい、さらにはこの空間の保持者であるリンを心底崇拝するようになっている。
「あ、フェ、フェル、さん…」
「だめですよ、リン様。私はリン様の従僕なのですから。私のことは呼び捨てて頂かないと」
「あ、う…」
そして、リンがなかなか従僕であるフェルを呼び捨ててくれないことに、フェルはもどかしさを感じており…
そこは何が何でも矯正しようと、かなり躍起になっている。
リンとしては、神様の御使いであるフェルに対して呼び捨てと言うのはどうしても抵抗が出てしまうようであり…
フェルの懸命な矯正も、今のところはなかなか実を結んでいない状態である。
「え…ま、魔物!?」
「な、なんでここに魔物が!?」
つい今しがた、この生活空間に来たばかりのキーデン支店の職員達は、突然この場に魔物が現れたことに混乱状態に陥ろうとしている。
「大丈夫。あの魔物はなんと、伝説のフェンリルなんだ」
だが、ジャスティンのこの一言が、パニックになりそうな職員達の心を落ち着かせる。
「!フェ、フェンリルって…あの神獣のですか!?」
「ああ、そのフェンリルだ」
「あのフェンリル…フェル様は、天におられる神様からの使命で、リン様にお仕えすることになったんですよ」
「!リ、リン様に!?」
「はい。フェル様のお話によると、リン様はそれはもう神様から溺愛されているそうで…そのリン様を護る為に、神様はフェル様を遣わせたそうなのです」
「お、おおお…」
「リ、リン様はそこまで…」
「ま、まさにリン様は、この世を生きる神様じゃないですか…」
ジャスティンの言葉を引き継いだイリスからの説明に、職員達はもう何度も驚かされていたにも関わらず、リンに対してまたしても驚愕の表情を浮かべてしまう。
そして、まさにこの世を生きる神そのものと言えるリンを崇拝してしまい…
その場に膝をついてリンを拝む者まで、出て来てしまう。
「フェル様は、リン様のご家族はもちろん、リン様が内に入れてくださった私達…そしてスタトリンまで守護の対象に入れてくださっております」
「!で、では!」
「わ、我々もですか!?」
「はい。さらには、この生活空間でリン様がされている生産活動の支援まで、してくださっております」
イリスの言葉に、その場にいる職員達は喜びを隠せなくなってしまう。
伝説の神獣であるフェンリルまでもが、自分達を守護してくれる。
その事実は、波紋のように職員達に広がり、言いようのない幸福感で満たされてくる。
しかも、これまた伝説の存在であるエンシェントドラゴンまでもがリンの家族として拠点に住んでおり、そのエンシェントドラゴンもこのスタトリンの守護神として、民達に友好的に接してくれていることも聞かされ…
リンの生活空間に、商会の全ての者を住まわせてほしいとリンに持ち掛けてくれたジャスティンを称え…
そのジャスティンの要望に、二つ返事で喜んで承諾してくれたリンを称えることとなった。
「わ~!このおおかみさん、かみさまのにおいする~!」
神獣であるフェルから神の気を感じたのか…
ミリアがとても嬉しそうに、リンに跪くように身体を降ろしているフェルの胸元にぽすんと抱き着いてしまう。
「おや…リン様、この娘は…」
「ミ、ミリア、ちゃん、って、い、言って、キ、キーデン、の、町に、いた、こ、孤児、です。ぼ、ぼく、の、か、家族、に、な、なって、も、もらおう、と、お、思って、つ、連れて、き、きました」
「!なるほど…リン様は本当にお優しい…先程から見ていましたが、とてもリン様に懐かれてましたし…よほどリン様が好きになったのでしょう」
「!あ、う…」
先程までのリンとミリアの触れ合いを見ていたフェルは、心底微笑ましそうな顔を浮かべている。
そんなフェルに、リンはミリアにべったりと抱き着かれていたのを思い出して、ついついその顔を赤らめてしまう。
「しかし…さすがはリン様ですね」
「?な、なに、が、で、ですか?」
「このミリアと言う娘……【聖女】の称号を持っていますね」
フェルが何気なく口にしたその言葉。
【聖女】と言うその単語。
それを耳にした、リン以外の者の顔色が変わる。
「そ、そう、なん、で、ですか?」
「はい。しかも【神の虜】の称号まで持っている…それでしたら、リン様や私にこれ程に懐いてくるのも分かる…」
「え?」
「【神の虜】を持つ者は、神の気を発している者に盲目的な愛情を抱き、向けてしまう…リン様にあれ程に懐いていたのも、リン様が神々から溺愛され、ご自身も神の気を発していたからでしょう」
「そ、そう、なん、だ…」
「はい、リン様から発される神の気はかなりのものですから…最も、それがあったとしてもリン様のお人柄がなくては、この娘はあそこまでリン様に懐かなかったとは思いますが…」
フェルの説明に、リンはなぜ、あの時初めて会ったばかりのミリアがここまで自分に懐いてくるのか、納得することができた。
とはいえ、フェルも言っているように、リンが底抜けに優しく、重度のコミュ障であるにも関わらず、自分にべったりと抱き着いてくるミリアを甘えさせていたからこそなのだが。
「…むう…まさかミリアちゃんが聖女だとは…」
ミリアが聖女だと言う言葉を耳にしてしまったジャスティンは、その顔を曇らせてしまう。
「…そう言えば何年か前に、教会が歴代最高峰の聖女を迎えることに成功した、と言う情報がありましたね、会頭」
「うむ…しかも、その聖女が多くの病や呪いに苦しむ人々を救い、信徒がその奇跡を目の当りにしたことでより教会の権威が強くなっている、とも聞いている」
「…その聖女は姿はおろか声も伏せられていて、誰も実際の人物を目の当たりにしていないと聞いていますが…もしミリアちゃんがその聖女だとしたら…」
「ああ…教会は血眼になってミリアちゃんを探し出そうとしているだろうな」
ジャスティンの言葉にイリスも反応し、ミリアのことで話し合う。
ジャスティン商会も教会は大口の取引先の一つである為、ある程度教会の情報は抑えることができる。
当然、教会が今、歴代最高峰の聖女を迎え入れていることも、その聖女が多くの奇跡を起こし、教会の勢力の増大につながっていることも知っている。
「思えば、その聖女様が来られてからでしたねえ…キーデンの教会がやたら派手に改装されたり、神官達がやけに誇らしそうにするようになったのって」
「!ほほう…そうなのかい?」
「ええ」
「その聖女様は、これまで一切そのお姿どころか声すらも明らかになってなくて…でも、医師ですら匙を投げる程のひどい状態の患者を、まるで何事もなかったかのような状態にまで回復させたり、
「聖女様によって救われた信徒が、『聖女様に直にお礼を』って言っても、教会が一切それに応じてくれない、ってのも聞きますねえ」
「…………」
キーデン支店の職員達の言葉に、ジャスティンは思案する。
ミリアは、キーデンで迎えられた聖女?
しかも、話に聞く限りでは奇跡としか思えない程のことを起こせる力を持っている?
なのに、教会はミリアをひた隠しにし、存在そのものを曖昧なものにしている?
まさか、教会はミリアを強引に迎え入れ、監禁していた?
そして、その力を使わせて信徒を救わせ、教会の奇跡の象徴としていた?
そこまで考えが至った瞬間、ジャスティンは背筋がぞっとするのを感じてしまう。
そして、それを当の本人であるミリアに聞き出そうと、再びフェルからリンにべったりと抱き着いて甘えているミリアに近寄っていく。
「ミリアちゃん、おじさんちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「?うん、いいよ?」
「ミリアちゃんは…もしかして教会にいたのかな?」
幼く小さなミリアに視線を合わせるようにしゃがみこみ、優しい口調でミリアに問いかけるジャスティン。
そんなジャスティンに、きょとんとした表情を浮かべつつ顔を向け…
しかしそれでもリンにべったりと抱き着いたままのミリア。
ジャスティンは、至極簡潔にミリアが教会にいたのかを問いかける。
「!!――――――――――――――」
教会、の単語を出した時のミリアの反応は、非常に顕著なものだった。
それまで、リンに甘えて幸せそうな雰囲気だったのが、一瞬で何もかも凍り付いてしまったかのように硬くなる。
そして、まるで自分以外誰もいない暗闇に陥ってしまったかのように怯え、がたがたと身体を震わせて…
その恐怖から逃れようとせんがごとくに、リンの胸に顔を埋めてしまう。
「ミ、ミリアちゃん!?」
「ど、どう、したの?ミ、ミリア、ちゃん?」
「い、いや…きょうかい…いや!!」
尋常ではないミリアの様子に、ジャスティンは驚いてしまう。
リンも、ミリアのただならぬ様子に、重度のコミュ障による強い抵抗を感じながらも、懸命にミリアを落ち着かせようと、ミリアを優しく抱きしめて、その白銀の髪を梳くように撫でる。
「おにいちゃん…おにいちゃん…」
「ミ、ミリア、ちゃん…ぼ、ぼく、が、ま、護って、あ、あげる、から…」
「おにいちゃん!」
その恐怖から逃れたくて、リンの胸に顔を埋めてただただ抱き着いているミリアを、リンがあやすように優しく抱きしめて、その頭を撫でる。
リンの抱擁がとても心地よくて落ち着くのか、恐慌状態に陥っていたミリアに、少しずつだが落ち着きが取り戻されていく。
「……これは、相当な目にあってきたようだな…」
そんなミリアの様子を見ていたジャスティンは、ミリアがいた教会の環境が想像を絶する程に劣悪であったことを感じさせられ…
ミリアのような幼く可愛らしい娘を、教会の権威と勢力の為に利用し、あまつさえ人として扱わなかったことに激しい憤りを感じてしまう。
「会頭……おそらく教会は…」
「うむ…キーデンの中でいなくなったのなら、間違いなく我が商会の支店にも探りを入れてくるだろうな」
「会頭…私…私…こんなにも可愛らしいミリアちゃんを苦しめることしかできない教会なんかに、ミリアちゃんを渡したくありません!」
「イリス君…私も同じ気持ちだよ。リン君が護ると言ってくれたのなら、なおさらだ」
恐慌状態のミリアを目の当たりにして、普段は感情の抑揚が少ないイリスも悲痛な表情を隠すことなど、できなかった。
そして、何が何でもミリアを護りたいと言う熱い思いを隠すことなく、ジャスティンに告げてくる。
そんなイリスの思いを嬉しく思いながら、ジャスティンはそれに同調する。
自分達にとって英雄であり、神であるリンがミリアを護ると宣言してくれたのだから、なおのことミリアを護りたい気持ちが強くなっている。
「会頭!」
「キーデン支店は、我々にお任せください!」
「教会の連中が来ても、絶対にミリアちゃんのことは漏らしません!」
「むしろ、連中があきらめるまで知らぬ存ぜぬを押し通してやりますよ!」
「!君達……」
「我々にとっての神様はリン様でありますから!」
「そのリン様のところで暮らすことができるなら、ミリアちゃんは間違いなく幸せになれます!」
「そのミリアちゃんの幸せを邪魔する連中の相手は、我々にお任せください!」
そしてそれは、キーデン支店に勤務する職員達も同じ気持ちだったようで…
支店に探りを入れられても、知らぬ存ぜぬを徹底的に押し通してやろうと声高々に宣言する。
自分達が崇拝すべき神は、ここにいるリンであり、教会が都合よく提唱してくるような得体のしれない神ではない。
そのリンが護ると宣言したミリアを護るのは、至極当然のこと。
職員達は、リンの喜びにつながる役目をもらえたことが嬉しいのか、嬉々として教会対策を話し合い始める。
「…ははは…本当に我が商会の職員は頼りになるなあ…」
そんな頼もしい職員達の姿に、ジャスティンは顔を綻ばせて喜ぶ。
「ミ、ミリア、ちゃん」
「?おにいちゃん?」
「み、みんな、ミ、ミリア、ちゃん、を、ま、護って、くれる、よ」
「!ほんと?」
「う、うん。だ、だから、あ、安心、して、ね?」
「うん!」
ジャスティン商会の職員達がミリアを護ろうとしていることを、リンは優しくミリアに伝える。
その言葉にミリアはようやく、リンと初めて出会った時のような天真爛漫な笑顔を取り戻すのであった。
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