第163話 集結⑤

「お、おお……」

「こ、こんな広々とした、穏やかな地で暮らせるなんて…」

「しかも、凄く住み心地がよさそうな家がいくつも建てられてる!」

「すぐ近くの山は自然がいっぱいで恵みが多そうだし」

「その山から流れてくる川の水は綺麗で、魚も泳いでいるし」

「こんな、こんな安住の地があったなんて!!」


キーデンの支店で、会頭であるジャスティンから告げられた施策の詳細はすぐに一斉通達されることとなった。


さすがにその絵空事のような内容の話に、職員は最初は戸惑いを隠せなかったものの…

リンのおもてなし役をしていた美少女職員が、とても幸せそうな笑顔で真っ先にその施策を承諾したのを皮切りに、他の職員も次々に承諾。

そして、家族持ち、もしくは家族と同居の職員は交代で支店を出て、家族にこの施策について説明し、承諾を得に行った。

それにイリスも同行し、それぞれの一家の意思が固まったのを確認してすぐに住居をリンの収納の魔導具を使って収納していき…

ひとまず、支店の営業終了までに住居持ちの職員の住居を全て収納し終える。


さらにイリスは、営業終了後からは一人で借家や宿屋で暮らしている職員の荷物を次々と収納し、借家の解約手続きや宿屋のチェックアウトの手続きはそれぞれに任せて…

キーデンの支店の全職員の引っ越し準備を完了させる。


そして、支店の地下にある倉庫の中に、リンが【空間・生活】を発動し、自身の生活空間への出入口を開いて、ジャスティン商会の職員の居住地につなぐ。

その出入口を通って、リンの生活空間に入り…

中の光景を目の当たりにした、キーデン支店の職員達の台詞が、冒頭のものとなる。


「パパ!ぼくたちこんなすてきなところにおひっこしするの?」

「そうだぞ!これからは、ここにお家を出して住んでいくんだ!」

「わ~い!ぼくすっごくうれしい!」

「ほら、あそこにおられるリン様のおかげで、パパ達はここで暮らしていけるんだよ」

「リンさま!リンさま!わ~い!」




「おおお…こんなにも自然に満ち溢れたのどかな地で暮らしていけるとは…」

「空気も美味しいし…暖かで…ああ…」

「この世界は、リン様が技能で作ってくださった世界で、リン様があたし達ジャスティン商会の職員の為に、この地を使わせてくださったのよ!」

「まあまあ…あんな小さな男の子が…」

「あのお方は、まさに救世主様…わし達の神様じゃ!!」




「あなた…ここは商会の職員の方々が一斉に住まわせて頂ける地なの?」

「そうだとも!リン様がこの地を使わせてくださるおかげで、我が商会の同胞全て暮らしていけるんだ!」

「リン様…ああ…まるで天使様のよう…なんてお可愛らしいの…」

「私達夫妻だけではない…我が商会全てが、あのお方にどれ程のご助力を頂いているか…大恩あるリン様の為にも、私は少しでもリン様がお喜びになられることをしたい!」

「あなた…わたしもリン様に、この多大なる恩を少しでも返させて頂きたいわ」

「君もそう言ってくれるか!リン様は孤児と言う境遇でありながら、ひたすら人の為に動かれているお方だと聞いている…だから、人として寄り添っていくこともできたら、とは思っているんだ」

「!孤児……なのに、あんなにも人の為に…わたしも、リン様に寄り添わせて頂きたいわ」

「ああ、ありがとう…」


リンの生活空間の世界は、職員の家族達にもすぐに受け入れられ…

誰もが、この地で暮らせることを幸せに思えている。

しかも、ここからいつでもキーデンに行けることもあって、なおのこと喜びは大きくなっている。


「さあて!!新しく来た人達の為に、さっさと家建てていかねえとな!!」

「了解!!」

「いや~!!リン様お抱えの業者になってからほんと、やりがいのある仕事ばっかりであっしゃすげえ楽しいし、嬉しいですねえ!!」


そして、新たにこの居住地に来た職員達の為に、リンお抱えの建築業者の職人達がその腕を振るって家を建てている。

リンがオーナーになってからの仕事はどれもやりがいがあり、今となっては超優良取引先となるジャスティン商会の建築部門とも、建築について熱く語り合うなど、切磋琢磨しつつ友好関係を深めている。


「おお!!商会の護衛部隊の本部に、医療部隊の研究所まで…」

「あ!全支店共通のバックヤードがここね!」

「ここはスタトリンにある、我が商会の集合住宅のスタッフによる調理場か!」


そして、すでに完成している護衛部隊の本部と、現在進行形で建築中の医療部隊の研究所、さらには商会の全支店共通のバックヤードに集合住宅の調理場と…

商会の為の施設が並んでいるのを見て、キーデンから来た職員達はまるで子供のようにはしゃぎながら見学している。


「これはこれは、キーデン支店のみんな!」

「あ!スタトリンの本店のみなさん!」

「我々は真っ先にリン様の生活空間に住まわせてもらってます!」

「そして、後から来る同胞達の為に、こうした施設や設備を整えていこうと、毎日楽しく意見をぶつけ合ってます!」

「凄いですね!これはもう、一つの町ではないですか!」

「ここにあたし達も加えてもらえるなんて、嬉しいです!」

「これからは自分達も、その楽しい意見交換会に参加させてもらいます!」

「ぜひぜひ!」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


キーデンから新たに商会の職員が来たことで、先にこの生活空間の居住地で暮らし始めていたスタトリン在住の職員が笑顔で迎える。

スタトリン在住の職員達がすでに知恵と力を合わせて作る施設を見て、キーデン在住だった職員達も、この居住地を商会の為に活用することに知恵を振り絞ろうと活気づいていく。


「えへへ…み~んなすっごくよろこんでる!おにいちゃんって、ほんとにかみさまなの!」

「ミ、ミリア、ちゃん……も、もう、は、離れて、も…」

「だあめ~♡おにいちゃんす~っごくいいにおいだし、ぎゅ~ってしたらす~っごくあったかくてきもちいいもん♡ミリア、ず~っとおにいちゃんにぎゅ~ってしたいもん♡」


笑顔を浮かべて喜び合うジャスティン商会の職員達を、とても嬉しそうな笑顔で見ているリンと、そのリンに幸せそうにべったりと抱き着いているミリア。

リンはもう離れてほしそうにしているものの、ミリアはそんなことなどお構いなしにリンにべったりと抱き着いて離れない。

リンの胸に顔を埋めて、思う存分にリンを堪能しながら甘えている。


【神の虜】と【聖女】の称号を持つミリアにとって、リンはこの世に顕現した神そのものと言える存在のようで…

リンの全てがミリアに多大な幸福感を与えてくれる。

その為、ミリアはもうリンが大好きで大好きでたまらず、ずっとこのまま抱き着いていたい、とさえ思っている。


幼さの色濃い容姿の二人が、そんな風に触れ合っている光景に…

周囲の大人達はとても微笑ましい、と言わんばかりに温かい視線を向けているのであった。




――――




同時刻、キーデン。


「く…まさか見失うとは!!」

「と、とにかく早く探せ!!探して見つけねば、我らの立場が危うくなる!!」

「分かっている!!だが、一体どこに…」

「あの幼い少女の足では、そう遠くへはいけん!!キーデンの中で見失ったのなら、絶対に町からは出てはおらん!!このキーデンのどこかにいるはずだ!!」


すでに夜も更けているキーデンの町中を、慌ただしく走り回り…

何かを必死に探している、神官であることを示す純白の装束に身を包んでいる二人の男。


「そ、そうだな…そもそも関所を通らないと町からは出れんし、関所があの幼い少女を一人で通してくれるとも思えん」

「しかし…いきなり何かに気づいたかと思ったら、すぐに消えてしまって…くそ!!」

「我らが保護すべき『聖女』様は幼いながらに非常に周囲のことに興味がなく…傍仕えを命じられている我々にすらその感情を見せない…が、その分大人しく従順だった。その聖女様がいきなり姿を消す程、強く興味を引かれるようなことでもあったのだろうか…」

「そんなことは分からん!今分かっているのは、聖女様を見つけて我らの保護下に置かなければ、我らがどうなってもおかしくない、と言うことだけだ!」


この二人は、サンデル王国に本部を構える教会に所属する神官達。

その系列となる教会がこのキーデンにあり、二人はそこで神官としての業務に取り組んでいる。

特に今、専任で携わっているのが、教会がそれを確認できたら、すぐにでも囲い込んでしまう存在である『聖女』の保護と管理。


聖女とは、神に仕え、神の意を直接得ることができる…

教会にとってはその権威の象徴となる存在。

しかも、【光】属性の魔法を極めた穢れなき乙女しかその称号を得ることができない為、その希少性は極めて高い。

このサンデル王国全体でも、聖女と認定された者はわずか三人しかいないと言う事実が、その希少性を確かなものとしている。


そのわずか三人の中でも、現状若干十二歳で【聖女】の称号を保持しているミリアは、教会の歴代聖女の中でも最年少の記録保持者となり…

幼いながらも見目麗しく、色素の薄い白を強調する髪、瞳、肌と言うこともあり、まさに教会の象徴に相応しい存在として…

三人いる聖女の中でも、ミリアは特に教会が厳重に抱え込むようにしており、何が何でも失うことなどないようにと、神官達に徹底している。


「あの聖女様は、我が教会が見つけた貴重な存在!!何があっても探し出さねば…」

「でなければ、何のために我らがまでして…」

「!おい!それは今ここで言うことではない!」

「!む…す、すまん」


ミリアがキーデンの教会で保護されたのは五歳と言う幼子の時。

教会の記録には、『両親が無残な状態で死んでいたところに、声をあげて泣いていたミリアを保護した』、とされている。

そして、たまたま保護したミリアが偶然にも、歴代史上最年少の聖女であった、と記されている。


それからミリアは、ずっとキーデンの教会で聖女として育てられ…

その歴代の聖女の中でも最も強いと言って過言ではない程の【光】属性の魔法を行使して、怪我や呪いに苦しむ人を救ったり、魔物化しそうな屍のある場所を浄化したりと…

ただただ、教会の奇跡の象徴として貢献し続けてきた。


ただ、教会と言う環境がいかに影響したのかは分からないが…

ミリアはリンに見せたような天真爛漫さや無邪気さなどをまるで感じさせない…

魂を失った入れ物のように、感情を失っていた。


教会の神官の指示があれば笑い…

教会の神官の指示があれば怪我を癒し…

教会の神官の指示があれば呪いを浄化し…

教会の神官の指示があれば現生に留まる哀れな魂を浄化する。


ただただ、言われたことをするだけのロボットのような生活を送っていたのだ。


ミリアの姿は、教会内部で隠蔽され、外部の者はもちろん、教会の信徒ですら見ることはできなかった。

だが、ミリアの手によって生まれるその奇跡だけは、その場にいた誰の目にも止まり…

誰の耳にも、止まった。


教会が起こす、数々の奇跡。

その事実が、教会の影響力を増大させ、多くの信徒を得ることとなった。


歴代最高峰と名高い聖女を探し当て、抱え込んだキーデン支部の地位も鰻上りとなった。

だが、それゆえにミリアの管理の責任は重大となった。


事実上、ミリアと言う最高峰の象徴がいるからこその繁栄であるがゆえに…

そのミリアの流出は教会にとって、断じてあってはならないこと。

ミリアの姿も声も秘匿しているのも、流出を避ける為の手段の一つであり…

その神秘性により、教会が起こす御業をより奇跡として演出する為の手段でもある。


そのミリアを失うと言う失態は、担当となる神官二人の命では足りない…

キーデン支部に仕える者全ての命を以てしても足りない程のペナルティが課されることとなるだろう。


「なんとしても…なんとしても探し出さねば…」

「教会の威信はもちろん、我らの存続にも関わる…」


神官の二人は、まさに血眼になってミリアを探し回る。


だが、結局一晩中探してもミリアは見つからず…

神官二人は、なりふり構っていられないとキーデン支部に所属する全ての者を巻き込んで、血眼になってキーデン中を探し続けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る