第161話 集結③

「では、お通りください!」

「ありがとう。お疲れ様」

「あ、あり、がとう、ご、ござい、ます。お、お疲れ、様、です」

「ありがとうございます。お疲れ様です」

「!!(ジャスティン会頭だけでなく、リン君のような純粋で可愛らしい子供に…さらには、イリスさんのような美女にまで労ってもらえるなんて!!)」

「(今ほど、この仕事やっててよかった、って思えることないな!!)」


ジャスティンが身元保証人となったことで、リンとイリスもキーデンに入ることを許可され…

三人は、対応をしてくれた守衛達に感謝と労いの言葉を贈り、町に入っていく。


守衛達はジャスティンだけでなく、リンのような非常に好ましく可愛らしい子供と、イリスのような人目を惹く美女に労ってもらえたことがとても嬉しくて…

ついついその武骨な印象の頬を緩めてしまっている。


「リン君!またこのキーデンに来てくれよ!」

「君ならいつだって大歓迎だ!」

「あ、あり、がとう、ご、ござい、ます」

「イリスさんも、またぜひ来てください!」

「あなたなら、いつでも大歓迎です!」

「まあ…ありがとうございます」


そして守衛達が、リンとイリスに心からの歓迎の言葉を贈ってくる。

彼らからすればとても好ましく思えて、しかも見ているだけでほうっと心が癒されるリンと、見ているだけで眼福と言える程の美女であるイリスは…

また会いたいと無条件で思える存在となっている。


そんな彼らの言葉に、リンもイリスも笑顔で言葉を返す。


「ははは…二人共すっかりあの守衛達に気に入られたようだね」

「そ、それ、なら、よ、よかった、です」

「はい…リン様があの方達に好かれて、私…とても嬉しいです♡」


ジャスティンの案内で、リンもイリスもこのキーデンにある、ジャスティン商会の店舗に歩を進めていく。


キーデンの町は、辺境地に近いゆえに人口は少ない。

それゆえ、建造物もそれ程多くなく、道は割と広く作られている。


この町も過疎化が進んでいるのか…

まだ日も暮れていないのに、人通りがかなり少ない。

見れば、ただ建っているだけで人の気配が全くしない家屋もそれなりにある。


おそらく、人口の減少で税収も減っているのだろう。

かろうじて行政機能こそ生きているものの、町に活気がなくなってきているのを感じる。


王国の冒険者ギルドの支部らしき建物も、あるにはあるのだが…

すでに閉鎖されており、もぬけの殻となってしまっている。


「…………」


そんなキーデンの風景を見て、リンは悲しそうな表情を浮かべてしまう。


「?リン様?どうかなさいましたか?」


そんなリンの機微に真っ先に気づいたイリスが、心配そうにリンの顔を覗き込むようにしながら声をかける。


「ぼ、ぼく……」

「?は、はい?」

「こ、この、町、の、ひ、人達、に……」

「??リ、リン様??」

「し、幸せ、に、な、なって、ほ、ほしい、です……」

「!!リ、リン様……♡」

「ど、どう、したら、こ、ここ、の、ひ、人達、を、し、幸せ、に、で、でき、ますか?」

「!!~~~~~~~~~(も、もおおおおおおおおお!!!!リン様が、リン様が尊すぎて可愛すぎます!!!!ああ…抱きしめて差し上げたい…そのぷるんぷるんの唇にキスしたい…もう、もうめっちゃくちゃに可愛がってあげたいです…♡)」


あどけない表情で、純真無垢な気持ちでそんなことを言ってくるリンがあまりにも尊すぎて可愛すぎて、イリスはリンの手を恋人つなぎで握っていることすら幸せ過ぎておかしくなりそうになってしまっている。


抱きしめたい。

キスしたい。

めっちゃくちゃに可愛がりたい。


この幼い少年英雄の御心になら、いくらでも沿ってあげたい。


「(はあ…リン様のこの尊い御心にならいくらでも沿って差し上げたいです…♡…でも、でも…リン様のお力をここで無闇に使われるのは…)」


事実、この少年英雄の力をもってすれば、いくらでもキーデンの状況など好転させられるだろうし、住民を幸せにすることもできるだろう。


だが、それではキーデン全体がリンの力に依存してしまうこととなる。

もしリンがいなくなってしまった時に、キーデンの民達で何もできなくなってしまったら、結局町は潰えてしまう。

イリスは、リンの問いかけに答えてあげたく思いながらも、迂闊な事を言えないと言うジレンマに襲われることとなってしまっている。


言えば、リンは間違いなくそれをしてしまうから。

それも、躊躇いなく。


だからこそ、ここは慎重にならないといけない。

迂闊な事を言って、リンが動くことになってしまえば、その責は全てリンが背負うこととなるから。

リンの能力に甘えて、悪い事ばかりをリンが押し付けられるようになるのは、絶対にあってはならないことだから。


「リン君、ここはスタトリンではないから、君がどうこうすることはできないよ」

「!で、でも…」

「残念だが、スタトリンとこのサンデル王国は実質違う領土、つまりは違う国なんだ…違う国のことにほいほいと手を出すようなことは、してはいけないよ」

「う、うう…」

「優しい君のことだ…目に映る誰かを幸せにしたいと言う思いでいっぱいなのは分かる…特に君は、やろうと思えば間違いなくそれができてしまうからね…でも、だからこそだめだと、私は言わせてもらう」


イリスがどう答えればいいのか思い悩んでいるところに、ジャスティンが口を挟んでくる。

このキーデンに住む人を幸せにしたくて、今すぐにでもできることをしたい、と言う思いがその顔に現れているリンに歯止めをかけるように。


リンの底抜けに優しい思いを否定するような言い分は、ジャスティンももちろん心苦しいのだが…

それでも、リンがそれをしたことで生まれる思い…

それこそ、悪意なども含めて全てが、リンにふりかかることとなる。


以前から懸念している、リンのその神のごとき能力が、よからぬ輩に知られてしまうこと。

それがきっかけで、戦争にすら発展しかねない程の力を、リンは有しているから。

だからこそ、迂闊にリンに力を使わせることはできない。


「………ぼ、ぼく………」

「……(済まないね、リン君…君の思いを否定するような言い方になってしまって…だが、君のその力を無闇にひけらかすような事態は、何が何でも避けたいのだよ…)」

「……(リン様…そんなにも悲しそうなお顔をなされて…もう、今すぐにでも抱きしめて、慰めて差し上げたいです…)」


このキーデンに住む人を幸せにしたい。

ただそれだけなのに。

それはだめだと、ジャスティンから言われ…

リンは、しょんぼりとしてとても悲しそうな表情を浮かべてしまう。


そんなリンにジャスティンは申し訳なく思いながらも、決してリンが欲望渦巻く醜い世界に巻き込まれないようにする考えを曲げない。

イリスは、花が萎れたかのようにしょんぼりとしてしまったリンを慰めてあげたくて、その母性本能を大いにくすぐられてしまっている。




「――――あ!!」




そんなところに、鈴のなるような可愛らしい…

幼げな声が響き渡る。


そして、そのくりくりとした大きな目が、とてもきらきらとしながらリンに向いている。

その目をリンに向けている人物は、ぱたぱたと足音を立てながらリンの方に駆け寄ってくる。


「?……あ、あの……」


リンに駆け寄ってきた人物は、幼い少女。

リーファよりは年上で、リンよりは年下な印象の。


色素の薄い、雪のような白に近い肌。

その小さく華奢な背中を覆う白銀の髪。

それらが、純真無垢な真っ白さを連想させる。


その真っ白さを強調するかのように、着ているものは聖職者を連想させる純白の衣装。

数年後には間違いなく、誰の目をも惹くであろう整った、幼くも可愛らしい美少女な顔には、とても無邪気な笑顔が浮かんでいる。

年齢から考慮しても小柄なリンよりもさらに小柄で、リンの肩よりもやや高い程度の身長なので、その目に映るリンを見上げる形になっている。


突然現れた幼い少女に、リンはもちろんジャスティンとイリスも呆気に取られてしまっている。


「き、君、は…」


リンが、目の前で自身をきらきらとした目で見つめる少女に問いかけの声をかけようとした、まさにその時――――




「かみさま!!」




その少女の、とても嬉しいと言うことが分かる弾んだ声が響いたと思ったら…

リンにべったりと抱き着いてしまう。


「!!??」

「!!おお……」

「!!リ、リン様!!??」


リンの華奢な胸に顔を埋める形で、べったりと抱き着いてくる少女。

その少女にリンは驚いて声も出せなくなってしまう。


その光景を目の当たりにしたジャスティンは、多少は驚きつつも幼く可愛らしい二人のスキンシップに頬を緩めてしまい…

イリスは、幼いとは言えいきなり名も知らない女の子がリンに抱き着いてきたことに混乱気味になってしまっている。


「あ、あの…か、神様、って…」

「おにいちゃんから、かみさまのにおいする~!!」

「?え?え?…」

「おにいちゃん、かみさまにす~っごくすきすき~ってされてる~!!」

「!そ、そう、なの?…」

「おにいちゃんから、かみさまのちから、かんじる~!!」

「え、え~、と、は、離して…」

「!いや~!こ~んなにかみさまなおにいちゃんからはなれるなんて、や~!」


少女はリンをぎゅうっと抱きしめて離そうとせず、さらにはリンの胸に顔を埋めたまま、リンの匂いをかいで堪能している。


しきりにリンに対して『神様』と言う言葉を使っており…

リンが離れてほしいと言葉を発するも、よほどリンに抱き着くのが心地がいいのか、逆に絶対に離れないと言わんばかりに抱き着く力が強くなる。


「ふむ…身なりはよさそうだが…こんな幼い女の子が一人で、とはな…」

「それに、リン様をしきりに『神様』と…」

「うむ…一体どこの子なのだろう…」


まるで大好きで大好きでたまらない、でもずっと会えなかった実の兄に再会できたかのようにリンに抱き着いて離れない少女に、ジャスティンもイリスも一度冷静になるものの…

少女が何者なのかが全く分からず、困惑してしまっている。


「あ、あの…」

「?なあに?おにいちゃん?」

「き、君、は、だ、誰、なの?」

「ミリア!」

「ミ、ミリア、って、き、君、の、こと?」

「うん!ミリアはミリアだよ!」




名前:ミリア

種族:人族

性別:女

年齢:12

HP:156/156

MP:4698/4698

筋力:89

敏捷:221

防御:156

知力:3765

器用:3698

称号:神の虜、幼き心、不老、聖女

技能:魔法・5(光)

   魔力・5(制御、回復、減少)

   生産・4(錬金)

※各ステータス値は、各称号の影響を受けていない本来の数値。




称号

・神の虜

神への信仰が強すぎて、神に心を奪われている者に与えられる称号。

神そのものはもちろん、神気を発している者、神に愛されている者を心底愛してしまうようになる。

該当する者のそばにいると【光】属性の魔力が通常の倍になる。


・幼き心

精神の幼さが強すぎる者に与えられる称号。

年齢を重ねても幼い心のままとなってしまい、容姿もなかなか成長しなくなる。

幼児期を過ぎても幼さが抜けない子供が、まれにこの称号を得られる。


・聖女

神への信仰が非常に強く、【光】属性の魔法を極めた女性に与えられる称号。

MP、知力、器用の値が常に倍になる。

加えて、【光】属性の魔法の威力が倍増し、【闇】属性の魔法を一切受け付けなくなる。




ミリアと名乗る少女は、十二歳と言う実年齢に対して容姿も振舞いもかなり幼い。

称号【幼き心】はある種の呪いのようなものであり、この幼い精神はいくら年齢を重ねても変わることはなく…

さらには【不老】も保持している為、容姿もこのままとなってしまう。


リンに非常にご執心なのも、称号【神の虜】が要因であり…

リンは神々に溺愛されており、神そのものと言える程の力もある為、ミリアが執心してしまうのも無理はないと言える。


何より、【聖女】の称号を持っている。


【聖女】の称号を持っているだけに、年齢からは考えられない程の魔力を持ち、【光】属性の魔法のレベルも最高となっている。


だが、【聖女】の称号を持っているならば教会が黙ってはいないはず。

このミリアのように、【聖女】の称号を持つ女子が現れる機会を確実に得る為に…

【聖女】の称号を持つ女子を確実に教会のお抱えにする為に…

教会で【鑑定】を使って信者の女子の称号を確認したりするのだから。


教会からすれば、喉から手が出る程に欲しい存在であるミリアが、なぜキーデンにたった一人でいたのだろうか。


「えへへ♡ミリア、おにいちゃんだあ~いすき♡」


幼い心ながら、リンのことがどうしようもない程に好きになってしまったようで…

ミリアは、そのくりくりとした大きな白銀の瞳に、その愛情を示す形を浮かべながら、リンにべったりと抱き着いたまま離れようとしない。

リンの胸に顔を埋めて、その匂いをかいだり、リンの顔を下から覗き込むように見つめてとても幸せそうな笑顔を浮かべたりしている。


「え、え~と…ミリアちゃんだよね?」

「うん!」

「ミリアちゃんは、お父さんとお母さんはこの近くに住んでるのかい?」

「ん~ん。ミリア、まいごになっちゃったの」

「!え…じゃあミリアちゃんは、この町に住んでるんじゃ、ないのかな?」

「うん。ミリアきづいたら、このまちにいたの」

「…そうか…じゃあ知ってる人も全然いないんだね?」

「うん」


ミリアのことが気になったジャスティンが、ミリアに優しく問いかけて、ミリアのことを聞き出そうとする。

ジャスティンの問いかけに、ミリアはリンにべったりと抱き着いたまま、にこにことした笑顔を浮かべながら、非常に簡潔に答えていく。


ミリアがいつの間にかこの町にいて、両親ともはぐれていると聞かされ…

ジャスティンもイリスもその表情が曇ってしまう。


「会頭…どうしましょう…」

「うむ…」


ミリアの状況を聞かされ、ジャスティンもイリスもどうするべきかと頭を悩ませてしまう。

こんな幼い少女をこのまま放っておくわけにはいかないのだが…

だからと言って、連れて行くことも躊躇われる。


これから国内中の系列店舗に、職員をリンの生活空間へ誘導し、引っ越しを行なうのだが…

その間にミリアの親族と落ち合える保証はまるでない。

そもそも、手がかり自体がないに等しいのだから。


もしかしたら、ミリアを連れてこのキーデンを出た後で、ミリアの親族がミリアを探しに訪れる可能性もある為…

下手に動くことすらできなくなってしまっている。


「…ミ、ミリア、ちゃん」

「?なあに?おにいちゃん?」

「ミ、ミリア、ちゃん、は、ど、どう、したい?」


大人二人が手をこまねいているところに、リンがミリアに問いかける。

ただ純粋に、ミリアにどうしたいのかを。


そんなリンの問いかけに、ミリアは――――




「ミリア、おにいちゃんといっしょにいたい♡」




ただただ純粋に、リンのそばにいたいと返してくる。

そして、その思いを示すようにリンを抱きしめる力を強くする。


「お、お父、さん、と、お、お母、さん、が、さ、探し、てる、かも…」

「ミリア、パパもママもいないもん」

「!そ、そう、なの?」

「うん」

「そ、そん、な…」


両親がいないと、さらりと告げるミリア。

その一言に、リンはミリアが自分と同じ孤児であることを知らされ…

その心に深い悲しみを浮かべてしまう。


「!な……」

「!う、そ……」


同様に、その一言を聞いていたジャスティンとイリスも…

こんなにも幼く可愛らしいミリアが孤児だと知り、絶句してしまう。


「ミリア、おにいちゃんといっしょなら、す~っごくしあわせ!」

「!ミ、ミリア、ちゃん……」


孤児と言う現実を理解していないような、純真無垢な笑顔で…

ミリアはリンと一緒にいたいと、リンの胸元で甘えるように抱き着いている。


そんなミリアが不憫でたまらなくなってしまったのか…

自身の呪いとも言えるコミュ障がどんどん出てきて、その顔を青ざめさせてしまっているのだが…

それでもリンは、ミリアを優しく抱きしめて、思う存分に甘えさせるのであった。

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