第158話 懇願

「リン君、少しいいだろうか?」

「?は、はい」


今後について、表向きの王となるシェリルも交えた、代表同士の会議も終わり、一息をついていたところ…

ちょうど自身の各所有施設を見に出かけていたリンが、拠点の地下一階に姿を現したのを見て、ジャスティンが物凄い勢いでリンに声をかけてくる。


しかも、普段の穏やかな表情とは違い、何か思いつめたかのような真剣な表情でジャスティンはリンの手を取り、普段から代表同士の会議に使用しているテーブルに座らせる。


「?どうしたのじゃ?ジャスティンよ?」

「ジャスティン様…リンちゃんに御用なのですか?」

「ジャスティンさん、リン様に何か…」


料理上手なジュリアが業務の合間に気を利かせて用意してくれたお茶とお茶請けを嗜みながら一息ついていたシェリル、エイレーン、リリーシアも、そんなジャスティンの様子に疑問符を浮かべてしまっている。


「ジャ、ジャスティン、さん…ぼ、ぼく、な、何、か、し、しちゃい、ま、ました、か?…」


真剣な表情のジャスティンが、その隣に座っている自分を言葉もなく見つめてくるのが居心地の悪さを感じさせてしまい…

少し委縮した様子で、リンはどうにか言葉を絞り出す。


「!ああ、すまないリン君!別に君が何かしでかしたとか、そんなことは一切ないのだよ!」

「?そ、そう、なん、で、です、か?」

「もちろんだとも!むしろ君はこのスタトリンの為にその力を目いっぱい使い、この地で暮らす人々を幸せにしてくれている!そんな君を責めるなんて、全くのお門違いなのだから!」

「そ、それ、なら、よ、よかった、です」


委縮した様子のリンを見て、ジャスティンが慌ててフォローを入れる。

そのジャスティンのフォローに、リンはほうっとした安堵の笑顔を浮かべる。


「!!(ああ…妾のリンはどこまで可愛ければ気が済むのじゃ…リンが愛おし過ぎてたまらないのじゃ…♡)」

「!!(リンちゃんったら…また無防備にあんな可愛い顔して…♡…お姉さんまた、リンちゃんのこと、めっちゃくちゃに可愛がりたくなっちゃうじゃないか…♡)」

「!!(リン様…可愛すぎます…♡…私…私…リン様が大好きすぎて、おかしくなっちゃいそうです…♡)」


そんなリンの笑顔に、シェリル、エイレーン、リリーシアはもう幾度となく撃ち抜かれているその心をまたしても撃ち抜かれてしまうのだが…

その目にその深すぎる愛情を示す形を浮かべながらも、どうにかリンを抱きしめてむちゃくちゃに可愛がるのを堪えることができている。


もっともそれも、いつ決壊してもおかしくないダムのような状態であり…

これ以上、リンがその愛らしさを振りまけば、その瞬間にこの三人のタガが外れてしまうのだが。


「(あ~んもお!リン様可愛すぎ!あんなの見たら、我慢できなくなっちゃう♡)」

「(リン様…♡…はあ…リン様が愛おし過ぎて…私…私…♡)」

「(リン様は、この私がめっちゃくちゃに可愛がって、愛してあげたいです…♡)」

「(恥ずかしがってお顔真っ赤にしちゃうリン様なんて、食べちゃいたいくらい可愛くて…♡…もう離したくなくなっちゃいます…♡)」

「(リン様…あたしがこの身体で包み込んで、めっちゃくちゃに愛して差し上げたいですう…♡)」


この拠点に住む女性達は、日に日にリンへの愛情が溢れんばかりになっており…

現在、ローテーションで行なっているリンへの添い寝の日を、一日千秋の思いで待ち望んでいる。

そして、その日が来て、実際にリンに添い寝する時などは、そのあまりの幸福感と心地よさに天国に来たかのような錯覚さえ覚えてしまっている。


「リン君は本当にいい子だなあ…実は私から、そんなリン君にお願いしたいことがあって、相談させてもらおうと思っていたのだよ」

「?そ、相談、で、ですか?」

「ああ。内容が内容なので、正直躊躇っていたのだが…今後のことを考えると、どうしてもそれが必要になってきそうでね」

「?ど、どんな、こと、な、なん、ですか?」


自分にお願い。

自分に相談したいこと。


聞きたい。

それでジャスティンさんのお役に立てるなら、やりたい。


そんなことを思いながら、やけにもったいぶった様子のジャスティンのお願いが、言葉として聞こえてくるのを待つリン。




「お願いと言うのは…リン君。君の生活空間に、我がジャスティン商会の全職員も住まわせてもらえないだろうか?」




人の役に立つこと。

人が喜ぶこと。

それをしたくてたまらない、と言った様子のリンを見て…

ジャスティンは自身が検討していた願いを、真っすぐに言葉にする。


「!ジャ、ジャスティン様…それは…」

「無論、図々しいお願いだと言うことは重々承知の上だ。だがそれでも、今後の職員達のことを考えると、これしかないと私は考えた」

「ジャスティン…それはもしや、今後のサンデル王国を憂いてのことなのかえ?」

「…ええ。このままではサンデル王国は、そう遠くない未来には荒れ果て、国としての機能を失ってしまう…そう、感じたのです」


ロクサル率いる、スタトリンの自慢の諜報部隊から送られてくるサンデル王国の情勢。


日に日に民が、新たな安住の地を求めて国を去ってしまっている。

日に日に王国の冒険者が、腐敗しきったギルドを捨てて、国を去ってしまっている。

すでに王国の冒険者ギルドは、冒険者と職員の大量流出による機能不全を起こして、急激な経営悪化状態となってしまっている。

人口減少の影響により、ジャスティン商会を除く商会や店舗は、軒並み不況のあおりを受けてしまっている。


そして、その流出した民、ギルド職員、冒険者達はこぞって、スタトリンへの移民を目指して移動してきている。


「…確かに、王国から流出している民達は、このスタトリンで受け入れることは可能ですが…それが続けば…」

「うむ…サンデル王国はもはや国としての体裁を保てなくなる…そうして機能不全を起こせば、いずれ…」

「そう考えたからこそ、我が商会の職員達を受け入れられる先が必要…だがそれは、商会の力だけでは到底不可能…だからこそ、その不可能を可能にしてくれるリン君に、このお願いをしたのだよ」

「…確かに。このスタトリンにある本店の職員達は、こちらに商会の寮であり、住居を構えていたり、とありますが…王国に在住の職員達は…」

「そうじゃな…リンの生活空間であれば、その職員達の受け入れも可能であり…今ある店舗にも、今後できる店舗にも生活空間の出入り口を作ることも可能…しかも、商会の職員が一同に集まって、今後の指針を決めたり、店舗間での情報を共有することも容易となる…おまけに、リンの生活空間で暮らすと言うことは、絶対的な守護を得られているのと同じ……リンの所有施設で働く者達と同じようにのう…」

「無論、そこまでしてもらえるのであれば何の報酬もなし、とは言わない。リン君の生活空間を使わせてもらう為の報酬として、月に大白金貨百枚は最低ラインかと考えている」

「!!それはまた、大きく出たのう…」

「そ、そんなにも高額な報酬…経営は大丈夫なんですか?」

「今の我が商会の売上なら、問題はない…国内の店舗も含めれば、我が商会の職員は千五百はいる…その職員達の住居も生活も命も護れるとなると、これでも安いくらいだと私は考える。かの稀代の英雄、リン君の守護をもらえると考えるなら、なおさらだと私は思う。加えると、職員の給料から少し天引きする形で補填すれば、職員達にしてもわずかな出費でそれだけのものを得られるのだから、まず反対はないと思っている」


スタトリンも、それ程間を置かずに領地の開拓をすると、森の生態系に悪影響を及ぼし、それが魔の森にも影響してより凶悪な魔物が発生する可能性もある為、領地の拡大はせずにいるのだが…

それも、一定の間をおいて森の生態系が安定すれば、じょじょにとはなるものの、領地の拡大は十分に可能と踏んでいる。


それゆえに、今後も増加するであろう移民を受け入れることは十分に可能であり…

ましてやリンの所有施設で雇用する者達は無条件でリンの生活空間にある居住地で暮らせるのだから、なおのことである。


そうなると、そのあおりを食ってどんどん弱体化していくサンデル王国の領土内が荒れていくのは目に見えているし…

ジャスティンとしては、会頭の立場にいる以上はせめて商会の職員の命と生活は保証したいと考えており…

だからこそ、リンの生活空間で、商会の職員を受け入れてほしいと思い切って懇願したのだ。


「…どうだろうか、リン君。私としては、我が商会の職員達を護る為にも、すぐにでも答えが欲しい。報酬が足りないと言うのであれば、もちろん増やさせてもらうし…」

「ぼ、ぼく、そ、それで、しょ、職員、さん、達、が、よ、喜んで、く、くれる、なら、せ、生活、く、空間、つ、使って、ほ、ほしい、です」

「!あ、ありがとうリン君!これで我が商会の職員の安全は保証されたようなもの!本当に君には、助けられてばかりだよ…報酬はもちろん用意させてもらう!」

「ぼ、ぼく、べ、別に、ほ、報酬、なんて…」

「リンちゃん、だめだよ」

「リン様、だめです」

「リン、それはよくないのう」

「?な、なんで、です、か?」

「リン君…君が報酬などに興味がないのは重々承知なのだが…それでは私の気が済まない!!我が商会の職員達も、君に生活と安全まで保証してもらうのに、何も返さないなどと言う愚かな真似をする輩などおらぬよ!君の能力はそれ程の価値があるもの…だからこそ、私は君に報酬を払わせてもらう!」

「その通りじゃよ、リン…お主の力は、他の者から見ればそれ程に価値のあるもの…いくら気心知れた仲の者が相手とは言え、その力をむやみやたらに無報酬で使うものではない…それでは、施しを受けた相手を自分に依存させてしまうだけじゃからのう…リン、お主は自分のせいで人が堕落するのは、いいと思うのかえ?」

「!…そ、それ、は…」

「じゃろう?であれば、ジャスティンからの報酬は受け取るべきなのじゃ。ジャスティンも、お主が商会の職員全員の安全を保証してくれるからこそ、それだけの報酬を提示してくれておるのじゃからな…そのジャスティンの気持ちを、無下にするようなことは、せんでくれ」

「は、はい…ご、ごめん、なさい…」

「ううん…リンちゃんが本当に優しいのはみんな知ってるから…いつも人の為にその力を使ってくれてるのも、知ってるから…だから私達は、リンちゃんのことが大好きで大好きでたまらないんだよ?」

「そうですよ、リン様…私、リン様がこんなにも私のことを幸せにしてくださって…私、いつだってリン様に少しでもこの恩をお返ししたいって思ってるんですから!」


いつものように、報酬など気にもせず誰かを救おうとするリンを、シェリル達が軌道修正する。

その心はとても素晴らしいのだが、だからこそ無闇にその規格外すぎる力で人を施して、結果何もできない者にするのはだめだと、優しくたしなめる。


このスタトリンに住む民達には、リンのそんな心を利用して己の益とするような者はおらず、むしろリンの為ならどんなことだってする、と言う意気込みに満ち溢れている者ばかりなのだが…

やはり外から、一攫千金の商機を狙ってスタトリンを訪れる商人などは、幼い子供でありながら規格外の資産家であるリンを利用しようと、リンとの直接交渉を望む者が後を絶たない。

無論、そんな輩はリンの専属秘書となるジュリア、イリスが矢面に立って窓口となり、腹に一物抱える商人の身勝手な要求を全て却下し、怜悧冷徹にお帰り願うようにしているのだが。


最近では護衛と共に訪れて、いざと言う時には武力行使に出ようとする商人もいるのだが…

今となっては総勢で百人を超える大所帯となり、町とジャスティン商会はもちろん、リンの関連施設や関係者、そしてリン自身をこの手の輩から護るべく…

ジャスティン商会お抱えの護衛部隊の隊長であるゴルドと、隊の幹部クラスの隊員が数名、常にこの手の交渉の席に、ジュリアとイリスの護衛として同席している。


冒険者ランクで言えば白金プラチナランクに値する程の戦闘能力を持つゴルドに、幹部達もゴールドランクに値する程の精鋭。

生半可な護衛では、仮に武力行使に出たとしても一瞬で返り討ちにされてしまう程であり…

実際にそうして、あっさりと返り討ちをくらった商人一行も結構な数になっている。


それ程、周囲はリンの底抜けに優しい性格を知っているからこそ…

リンを利用しようなどと企む輩からリンを護ろうと自分達が矢面に立ち…

リンの心を護る、と言うことが喜びだと言い切れる程に、リンに心酔している。


だからこそ、自分の言葉でしょんぼりとするリンを見て心苦しく思いながらも、シェリル達はリンの過ぎた奉仕精神をたしなめたりも、するのだ。


「ではジャスティンよ…手始めにこのスタトリンの店舗で勤務する職員達から順次、リンの生活空間に住処を移してもらうのかえ?」

「そうですね…このスタトリンだけでも三店舗ありますし、かなりの人数になってますから…その職員達が一同に集えるだけでも凄く大きいですからね」

「では、サンデル王国内の店舗で勤務する職員は、リン様に現地に訪れてもらって順次…と言うことですか?ジャスティンさん?」

「そうなるだろうね…その時は案内役として私も同行するし、補佐としてイリス君にも同行してもらおうか」

「スタトリンの店舗に勤務する職員を全員と言うことは、医療部隊や建築部隊、護衛部隊もと言うことですよね?でしたら、リンちゃんが作ってくれたあの寮は、どうされるんですか?」

「あの寮はせっかくなので、スタッフはそのまま配置して、集合住宅にしようかと思っているんだ。リン君が作ってくれただけあって、部屋ごとの利便性の高さはどの職員も絶賛してくれていたからね」

「!ほう…それならば無駄はないし、このスタトリンの移民の受け入れ先も増えるから一石二鳥じゃな」

「ええ。職員達の生活空間での新居はリン君お抱えの建築業者に依頼を出すし、我が商会の建築部門にも力をふるってもらおうと思ってますから」


そして、シェリル、エイレーン、リリーシアがジャスティンに確認すべき事項を聞いていき、ジャスティンもそれに答えていく。


手始めにスタトリンの店舗で勤務している職員を、護衛部隊などの別動隊含みで全員リンの生活空間に引っ越ししてもらう。

サンデル王国内の店舗で勤務する職員達は、順次ジャスティンとイリスがリンに同行してもらい、店舗ごとに職員の生活空間への誘導と引っ越しをお願いする。

スタトリンにある、リンが建てた商会の寮は、その形で集合住宅にする。

生活空間内での職員の住居の建築は、リンお抱えの建築業者に依頼を出し、ジャスティン商会の建築部門にも協力を要請する。


といった感じで、ざっくりとまとまっていく。


「リン君…スタトリン在住の職員の誘導と引っ越しが終わると、しばらくは私とイリス君と共に、国内の店舗を回ってもらうことになるが…構わないかね?」


この内容では、リンはしばらくサンデル王国内のジャスティン商会の店舗を回って、職員全員を自身の生活空間に誘導し、引っ越しも行なうこととなる。

その間、ジャスティンとイリスの護衛も兼ねることとなるので、もちろん別途報酬は払うつもりではあるのだが…

リン自身が、しばらくは自分達の都合で拘束されることを承諾してくれるかは、あくまでリン自身の意思一つ。


それは絶対に確認すべき事項だと、ジャスティンはリンに問いかける。


「…………」


そのジャスティンの問いに、リンは考える。


農業関係はリム達従魔にフェリス、アイリ、農場の従業員達がいるから問題なし。

薬品の生産もドライアド達のおかげで特に問題はなし。

金属品、衣料品もドワーフ達のおかげで特に問題はなし。

狩り、漁業、採掘もフェル、従魔達、ベリア、コティのおかげで問題なし。

所有施設の業績管理も、業績管理部隊のおかげで何の問題もなし。

建築の依頼も、お抱えの建築業者のおかげで特に問題なし。

ショーユなどの加工品の生産も、生活空間に作ってある設備と召喚獣達のおかげで問題なし。


後は自身の【空間・作業】による作業空間で、隙間時間を使って作業できるので、何も問題はなし。

そもそも、生活空間にはいつでも帰れるので、何も問題はない。


「だ、だい、じょう、ぶ、です。ぼ、ぼく、い、行き、ます」


リンは、ジャスティン商会の職員を自身の生活空間に誘導、住居の引っ越しを快く受諾。


自分が、商会の職員のお役に立てたら嬉しい。


その思いが、リンの顔に笑顔として浮かんでいる。


「ありがとうリン君!本当に君にはどれ程助けられていることか…」

「ぼ、ぼく、が、頑張り、ます」


少し考え込んでいたものの、特に問題ないと分かれば微塵の迷いも見せずに自分の依頼を受諾してくれたリンに、ジャスティンは諸手を上げ、声を大にして喜ぶ。


そして、商会の職員達の為に頑張ると意気込んでくれるリンがあまりにも可愛くてたまらず…

ジャスティンは思わず、リンの小さく華奢な身体を自身の身体で包み込むように抱きしめてしまうので、あった。

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