第157話 疑惑
「く、くそ!なぜこんなことになっておる!」
「この一月で、すでに三十もの支部が閉鎖じゃと!?」
「おまけに本部の経営も赤字じゃと!?なぜじゃ!?」
「いったい、何が起こっておるのじゃ!?」
日に日にスタトリンが、多くの移民を受け入れて町から都市にまで成長を遂げて…
そのスタトリンで新たに設立された新生冒険者ギルドも、凄まじい勢いで登録者が増加している中。
その新生冒険者ギルドの設立と入れ替わりに、王国の冒険者ギルドの管轄下にあったスタトリン支部の閉鎖、そしてエイレーンを筆頭とするスタトリン支部職員全員の退職…
それから一月程経った今の王国の冒険者ギルドは、もういつ崩壊してもおかしくない状況にまで、追い込まれてしまっている。
不況の原因は非常に明白なもの。
まず、この老害達の鶴の一声が発端となった、冒険者への報酬の激減。
そのことがきっかけとなり、急速に減り続ける所属冒険者。
労働力となる冒険者の不足により、依頼をこなすどころか受注すらできず…
その結果、慢性的な業績不振となり、次々に勃発する各地方の支部の閉鎖。
国内に約百五十はある支部が、わずか一月で三十も閉鎖に追い込まれ…
王国の冒険者ギルドの拠点は、総数の五分の一を失うこととなってしまっている。
その他の支部も、大部分がかろうじて首の皮一枚で生きながらえているだけの状態であり…
もはや業績不振による閉鎖は目前、と言う状況にまで追い込まれてしまっている。
王都にある本部に所属する冒険者も、この一月で半数が除籍の手続きを行ない、ギルドを去ってしまっている。
しかも、高収入が期待できる
本部も閉鎖とまではいかないものの、大赤字は免れない状況となってしまっている。
この状況を立て直そうにも、実質の経営判断を下していた秘書達はすでにギルドを去っており…
その彼女達についてきていた有能な職員も全て、ギルドを去ってしまっている。
ゆえに、残っているのは経営を立て直すどころか、目の前の業務をこなすので精いっぱいな、二流三流の職員ばかり。
当然、己の利権と利益のことしか頭になく、そもそもの能力など皆無と言っても過言ではないこの老害達に、この危機的状況をどうにかできるだけの手腕などあるはずもなく…
王国の冒険者ギルドはただただ緩やかに、しかし確実に崩壊の一途を辿っている。
「ぐぬう…ようやく儂達の時代が来たと思っていたのじゃが…」
「業績が回復するどころか、ますます悪化するばかり…」
「儂達に落ち度なる、あるはずなどないのに…」
「これはいったい、どういうことなのじゃ…」
この期に及んでも、この老害達は抜本的な改善どころか原因の追究、把握すら全くできておらず…
その無能さを、無自覚に露呈し続けている。
ギルドの崩壊の責任は、間違いなくこの老害達によるものであり…
この状況を打破するどころか、ますます崩壊へと導いていく愚物だと、今所属している職員達は誰もが認識し、腸が煮えくり返る程の憤りを感じてはいるものの…
基本が長いものに巻かれろ、と言うイエスマン体質の職員達にその経営責任を追求するだけの度量などあるはずもなく、そもそもそれができる程の度量を持った者はもうこのギルドに所属していない。
その為、それぞれが腹に一物抱えながら悶々とし、ギスギスとしながらいたずらに日々が過ぎていくだけとなっている。
さすがにこの無能な老害達も、職員達の一触即発と言える程の剣呑な状態に関しては敏感に感じ取っているようで…
全く役に立たない無能共、と失格の烙印を心の中で押しながらも、以前の秘書達のように暴言を吐きながらアゴでこき使う、とまではできなくなってしまっている。
職員の中には、元討伐系の冒険者と言う経歴の者もおり、そういった者に暴れられでもしたら、下手をすれば殺されてしまう可能性もある。
表面上は強者として振る舞おうとするものの、根っこの臆病な部分がそれを恐れて、結果傍若無人な振舞いができなくなってしまっている。
「ふ…ふん!こんなのは一時的なものじゃわい!」
「冒険者共の報酬はもちろん、役立たずの職員共の給料も減らしておる!」
「それで当面は、儂達はしのげるわい!」
「近いうちに必ず、景気も回復してきよる!そうなれば、後は儂達のものじゃ!」
何の根拠もない、ただの希望的観測にすがることしかできない老害達。
むしろ、このままではギルドの崩壊は免れない状況であるにも関わらず、そのことに全く気付かない。
王国の冒険者ギルドと、スタトリンの冒険者ギルドは、今や天と地程の差ができている。
職員、冒険者両方から見ても、拠点の利便性が違い過ぎる。
冒険者対象の依頼の豊富さ、報酬の良さ、利用可能な各種施設のよさが違い過ぎる。
職員の給与、待遇、職場環境全てが違い過ぎる。
もはや比べるまでもない程に、スタトリンの冒険者ギルドがあまりにも良すぎて…
冒険者にとって王国の冒険者ギルドに留まるのはデメリットしかないと思われてしまっている。
加えて、職員にとっても王国の冒険者ギルドは微塵の希望も見えない過酷すぎる職場であり、やはり留まるのはデメリットしかないと言う認識になってしまっている。
事実、底に穴の開いた鍋から水が漏れ出すかのように、職員も所属冒険者も王国の冒険者ギルドから去っていっている。
しかも、その穴は日に日に大きくなり、減る水の量もどんどん大きくなっている。
そんなことすら理解できずに、老害達はただただ、事態の好転を待つのみ。
今、確実に奈落へと落ちて行っていることに、まるで気づかないまま。
――――
「…?なんだ?…このあからさまな程の業績悪化は…」
王都にある王城。
その中の執務室で、いつものように政務に勤しんでいる国王マクスデル。
緩やかに国民が減っていく、と言う事象は未だ歯止めが利かない状態であり…
人口に続いて経済も、国内の至る所に存在するジャスティン商会の店舗は依然として売上は保てているものの、それ以外の商会は人口の減少も影響して軒並み業績を悪化させてしまっている。
人口の減少により、局所的に過疎化が進み、維持自体ができなくなる町や村も出てきている程。
国内の至るところに、国内の人口の減少による悪影響が出てきており、可及的速やかに解決すべき問題である為…
マクスデルとしては頭を悩ませる日々が続いている。
そんなマクスデルが、何気なしに目を通した資料の内容に、多大な疑問を抱くこととなる。
手に取った資料は、王国の冒険者ギルドの経営状況をまとめたもの。
あるタイミングを境に、急激に職員が減り始めている。
同時に、ギルドに登録していた冒険者が次々と除籍し始めている。
職員数と冒険者数の減少は、今なお続いており…
そのおかげで、運営らしい運営を行なうことができず…
そのタイミングから現在に至るまでに、国内に百五十あった支部の五分の一が閉鎖に追い込まれている。
「…いったい、なぜ?…」
職員数と冒険者数に至っては、ギルド全体の最盛期の三分の二にまで減少しており…
この減少は、これからも続くと予想される。
「…そう言えば、王家直属の諜報部隊でも…一時を境にスタトリンの情報を全く得られなくなっている、とあったな…」
ある程度の内情を得られたところから、一時を境にスタトリンの情報を諜報部隊が得られなくなっていることも、マクスデルは気にしていた。
最愛の娘であるリリーシアの生存報告には、マクスデルは人目をはばからず喜ぶことができたものの、それからリリーシアの状況が全く掴めていない。
そして、スタトリン支部のマスターを勤めていた才媛であるエイレーン…
何より、今のスタトリンを凄まじい勢いで発展させている中心人物、リン。
叶うならば、この王家に最大級の敬意を払って迎え入れたい重要人物達。
その動向も、一向に掴めないでいる。
「…………」
王家直属の諜報部隊は、王国の冒険者ギルドに所属する、斥候タイプの冒険者に依頼して諜報活動を行なうことも多い。
現にスタトリンに潜り込ませた諜報隊員も、ギルドに依頼して斡旋された冒険者だと聞いている。
「…まさか…」
もし、スタトリンの内情調査が滞っている理由が、今のギルドの急激な経営悪化にもあるのなら?
急激な冒険者の除籍で、諜報系の依頼を受けられない程運営が成り立たなくなっているのでは?
先に潜り込ませていた冒険者達が、王国のギルドから除籍してスタトリンに移住していたとしたら?
思いたくはない。
マクスデルとしては、その考えが現実にあってほしくはないと思いたいのだが…
皮肉にも、そう考えた方がしっくりときてしまう。
そう考えた方が、今の疑問に対する答えとして、いくつも符号が合ってしまう。
冒険者ギルドは、国からは独立した組織。
いくら国王と言えど、正面から申し出てその内情を包み隠さず吐き出させることは不可能。
だが、現状を認識しないことには、いつまで経っても問題が解決しなくなってしまう。
「…やむを得んな…」
決心したマクスデルは、専用の呼び鈴を鳴らし始める。
それが鳴り響いてすぐ、執務室の扉が開けられ、一人の人物が恭しく入ってくる。
「お呼びでしょうか、陛下」
入ってきたのは、自身の専属となる執事で、この王宮の使用人を従える長となる老紳士。
だが、年齢こそ老齢と言えるものだが、その立ち振る舞いに一切の隙はなく…
老化による皺が目立つものの、顔立ちは精悍で長身。
細見に見えて、その燕尾服の下にある肉体は依然屈強であり…
その戦闘能力も、冒険者ギルド基準では
国王マクスデルが最も信頼する傍仕えの人物である。
「冒険者ギルドの急激な経営悪化の事情…それを探ってほしい」
「…その資料からは読み取れない…伏せられている事情があるとお思いなのですね」
「そうだ。我の専属で最も信頼を置けるお前にしかできぬ」
「…直属の諜報部隊も、駒不足と伺っております。おそらくその理由も、そこにあるのでしょうな」
「話が早くて助かる。頼まれてくれるな?」
「委細承知致しました。他ならぬ陛下の命…必ずや果たしてまいります」
非常に簡潔なやりとりながら、執事長はマクスデルの意を正確に汲み取っている。
だからこそ、マクスデルも彼には心から信頼を置いている。
そんな少しのやり取りの後、執事長はマクスデルからの直接の任務を果たす為、執務室を静かに後にする。
急激すぎる冒険者ギルドの凋落…
絶対に何か理由がある。
マクスデルは、執事長の報告を待ちつつも、他の資料に目を向けながら国内の問題解決に頭を悩ませるのであった。
――――
「こ、これ…めっちゃくちゃ便利ですー!」
「本店で仕入れる在庫が共有されるなんて…しかも収納している間はずっと品質はそのままだなんて!」
「これなら、輸送も不要だしその分価格を抑えられます!」
「しかも、店舗の資材と資金もここに収納しておけば管理もすっごく楽だし!」
「店舗にはイミテーションを置いておいて、お客様が望まれた商品をその時にこの魔導具から出すようにすれば、品質劣化も最小限に抑えられますし、展示品を盗まれる心配もありません!」
「こんな凄い魔導具を作られたリン様とおっしゃる方…本当に凄いお方です!」
「ジャスティン会頭が心酔しているとお聞きしておりましたが…本当に凄いお方です!」
「そのリン様が生産・提供される農作物や食品類…日用品なども全てが非常に高品質で…」
「こんな凄いお方と提携を結べているなんて!」
「これで、我がジャスティン商会は安泰です!」
「リン様、万歳!」
「万歳!」
サンデル王国内の至るところに出店されている、ジャスティン商会系列の各店舗。
ついにその各店舗でも、リンお手製の収納の魔導具が設置されることとなり…
この日から一斉に設置が始まっている。
すでに普段の実務で収納の魔道具を使っている本店勤務の職員と、リンお手製の【空間・収納】の機能が付与されたメイド服を身に着けているメイド部隊で、害獣討伐の依頼もこなしているナギ、ピアの二人が護衛兼輸送役として同行しており…
さらにメイド部隊の二人には、リンが召喚獣を彼女達の影に忍ばせ、ジャスティン商会の職員を含めていつでも守護できるようにしている。
その一行で、リンが忍ばせてくれた空を飛べる大型の召喚獣と、ピアの【闇】魔法による隠蔽を使い、国内を飛び回ってジャスティン商会の店舗を訪れ、次々にリンお手製の収納の魔導具を設置していっている。
そして、本店の職員から魔道具のレクチャーを受け、実際に使用してみると…
系列の全店舗で在庫、資材、資金を共有できること。
収納されている間は、品質が一切劣化しないこと。
使用者登録をされた者にしか使えない為、防犯性が非常に高いこと。
収納されているものの詳細検索ができる為、日々の売上の管理も容易になること。
店舗間の連絡も、連絡事項を書いたメモを収納することで行なえること。
これまでの常識を覆す程の利便性の高さに、設置されたどの店舗の職員も盛大に驚き、そしてこれからの業務が大幅に改善されることを盛大に喜ぶこととなる。
「リン様…リン様がお作りくださる魔道具は、本当に使う人を幸せにしてくださいます…♡」
「リン様にお仕えすることができて、私…私とても幸せで、とても嬉しいです…♡」
ジャスティン商会の各店舗で、リンの収納の魔道具によって大いなる喜びがもたらされているのを見て、ナギもピアもリンのような主人に仕えられることを誇りに思う。
そして、リンのことを思うだけで心がきゅんきゅんとしてしまい、早くリンのいる拠点に帰って、リンのそばでお仕えしたくてたまらなくなってしまう。
「ナギさん、ピアさん、お待たせしました!」
「この店舗も設置完了致しました!」
「了解しました!」
「では、次の店舗に行きましょう!」
リンが傍につけてくれている召喚獣のおかげで移動時間が大幅に短縮される為、日に平均五~十店舗はリンの収納の魔道具を設置することができている。
宿泊も宿を取る必要はなく、リンが作って収納空間に収納している簡易拠点を取り出すことで、野宿とは思えない程快適に過ごすことができるし、その簡易拠点にもリンの【空間・結界】が付与されている為、魔物や盗賊に襲われる心配もまずない。
しかもピアが【闇】魔法で簡易拠点自体を隠蔽すれば、その存在に気づかれること自体がまずなくなってしまう。
食料や調理器具は収納空間にいくらでも収納されているから、携帯性重視の質素な食事ではなく、簡易拠点で温かく美味しい料理を作って食べることができる。
簡易拠点には風呂とトイレもあり、布団もリンが作ってくれたとてもふかふかで寝心地のいいものがあるので…
どれ程高級な宿に泊まったとしても、これ程の快適な空間は存在しないとさえ思えてしまう。
「本当に…本当に凄いお方です。リン様は」
「まさか、野宿でこれ程快適で安心できるなんて…」
「えへへ…私達のご主人様は神様のようなお方ですから!」
「リン様にお仕えさせて頂けるのは…メイドとして最高の栄誉です!」
基本的な移動手段が徒歩か馬車しかないこの世界では、普通に今回のような各店舗への設置行脚を実行したら、まず一日一店舗が限界で、下手をすれば移動だけで何日も費やす可能性もある。
国内に百程も店舗を持っているジャスティン商会の系列店全てに今回のような設置を行なうなら、最低でも一年は見ないと不可能な工程となる。
それが、リンの召喚獣と簡易拠点のおかげで二週間もあれば十分に完了できる見込みとなっている。
その神と呼んでも差し支えない程の能力で、不可能を可能にしてくれるリンの偉大さに、設置行脚に出ているジャスティン商会の職員はますます心酔してしまう。
そして、そんなリンに仕えることができるナギとピアは、メイドとして幸せしかないと、その顔に満面の笑みを浮かべるのであった。
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