第156話 都市

「はあ…やっぱりスタトリンは住み心地、よさ過ぎるわあ…」

「だよなあ…」

「しかもここは、俺達の能力を活かせる職場もあるし…」

「今そこで普通に受け入れてもらえてるからなあ…」


日に日に移民希望者が増加し、住民の総数もついに一万に迫ってきたスタトリン。


リンの所有施設で働く従業員の総数も、実に五千人にまで迫っている。

しかもその全員が、自身の技能【空間・生活】で作った世界にある居住地で住んでもらっている。

加えて、新生冒険者ギルドの所属冒険者として登録した者達も、リンの集合住宅、宿屋、生活空間にある冒険者用の空間でそれぞれ暮らせている為…

住民の総数が激増しているにも関わらず、領地の圧迫がほとんどない状態である。


リンの宿屋と集合住宅も、生活空間にある部分をさらに拡張して、それぞれ二千部屋と言う大規模な施設となっている。

総登録数が三千に迫る程激増している冒険者はもちろん、ただスタトリンに訪れただけの客も余裕を持って受け入れることができており、当面は領地を広げる為に、無理に森を開拓する必要はないと、スタトリンの代表であるシェリル、ジャスティン、エイレーン、リリーシアは安堵している。


「ロクサル隊長、只今戻りました!」

「自分達が見回った範囲では、移民希望者の遭難はありませんでした!」

「森の生態系も特に異常はなく、魔物も戦闘に長けた冒険者が無難に討伐しております!」

「薬草の群生地も特に異常はなく、森の恵みも以前豊富です!」


新生冒険者ギルドになっても以前依頼は継続し、ギルドのオーナーとなったリン直属の諜報部隊の本拠地。

リンが森の至る所に作ってくれた、転移陣付きの簡易拠点を駆使して、広い森の調査をしており…

そこから帰ってきた、比較的最近入隊した隊員が、順に隊長となるロクサルに調査報告を行なっていく。


「……分かりました。ありがとうございます」


その報告を受けた隊長――――ロクサル――――は、その四人を労うように微笑みを浮かべながら、労いの言葉を贈る。

そして、受けた調査報告を、今現在作成中の資料にまとめていく。


すでに百人を超える大所帯となった諜報部隊を、決して無理のない業務内容できっちりと運営し…

隊員一人一人を気遣いつつも、いざと言う時には的確過ぎる程に的確な指示を出す司令塔として、ロクサルは隊員の誰からも信頼され、尊敬もされている。


「…あ、あの」

「ロクサル隊長」

「?……どうしました?」

「…お、おれ達本当に…」

「このままこの部隊でいさせてもらっても」

「い、いいんですか?」

「?……それは当然ですが……なぜ、そんなことを?」

「い、いや…」

「だ、だってオレ達…」

「元々は、サンデル王国の諜報員としてこのスタトリンに潜り込んできた…」

「いわば敵のスパイ、じゃないですか」


ばつが悪そうな表情を浮かべながら、ロクサルに問いかける四人。

この四人、元々はサンデル王国が今のスタトリンの情報を集めるべく、潜入させた…

いわば王国からのスパイ達。


戦闘は苦手だが、斥候として高い諜報能力を買われ、うだつの上がらない冒険者をしていたところを王国の諜報部隊からの依頼で、スタトリンに潜り込んで情報を集めていたところを…

スタトリンの諜報部隊の隊長であるロクサルにその素性を見抜かれ、さすがに観念しようとしたのだが、ロクサルからスタトリンに移住してこちらの新しい冒険者ギルドでやり直してみてはどうか、と誘いをかけられたのだ。


それから、王国の冒険者ギルドを除籍し、このスタトリンの新生冒険者ギルドに登録して心機一転でこの諜報部隊の隊員として活躍しているものの…

未だにロクサルが、元スパイであった自分達をスカウトしてくれたその真意が分からず、ついこうして問いかけてしまうのだ。


「なのに、ロクサル隊長はもちろん、他の隊員も何も言わないどころか…」

「まるで本当の家族みたいに優しく接してくれるし…」

「オレ達のせいで、このスタトリンの情報がいくらか王国に流れちゃったのに…」

「なんでそこまでしてくれるんだろう、って思っちゃって…」

「…………」


そんな彼らの疑問に、ロクサルは少し黙り込んで考えるような素振りを見せるものの…




「……目の前の誰かを助けるのに、理由なんていらない…俺はリンと共に過ごすことで、そのことを教わったんですよ」




ふっと緊張をほぐすような笑みを浮かべ、四人の疑問に対する、自分なりの答えを返す。


「!!え……」

「……あの時の君達を見てたら、本当に生きるだけで精一杯なんだろうな…と思ったので…」

「!!た、隊長……」

「……スタトリンに潜り込んで、王国の為に諜報活動をしているのは分かっていました。ただ、気づいていたのは俺だけで、他は誰も気づいてなかったんです」

「!!う、嘘……」

「……それを見て、君達が、もっとこの部隊は強化されると思ったのと…そうすることで、君達を冒険者としてより幸せな方へと導いてあげたい…そんな気持ちが沸いてきたんですよ」

「!!…………」

「……このスタトリンの冒険者ギルドのオーナーとなってくれているリン…ギルドマスターとなってくれているエイレーンさん…この二人がいる冒険者ギルドなら、君達は絶対に幸せになれる…だからこそ、俺は君達をこの部隊にスカウトしたんですよ」

「!!た、隊長……」

「う、うう……」

「お、おれ達……」

「……君達が王国に渡した情報のことは気にしなくても大丈夫…今のスタトリンはそんな程度で崩れるようなヤワな場所ではない……むしろ、伝説の古竜と、その古竜すら退けた、この世を生きる神がこのスタトリンの守護神となっている…俺は、これからもこの素晴らしい町を護る為に、君達にもここで活躍してほしい…そして、日々を幸せに過ごしてほしい…そう、願ってます」


ロクサルの言葉は、彼らの王国から寝返ったことによる後ろめたさを払拭するには十分すぎる、とても温かいものとなった。


彼らの目から、その重く鬱屈した思いを洗い流すかのような…

そんな涙が溢れて止まらない。

そして、溢れる涙が自分達の心にある重い荷物を全て壊してくれるような、そんな感覚を覚える。


こんなにも、こんなにも素晴らしいところで生きることができるなんて。

こんなにも、こんなにも素晴らしい人達がいてくれるところがあるなんて。

ここで暮らす、全ての人達の為にも、自分達の力が役に立つのであれば…

全身全霊で、己の職務を全うしていきたい。


「ロクサル隊長!」

「王国の調査…特に王都の方はオレ達に任せてください!」

「このスタトリンの為…ひいてはロクサル隊長の…ギルドマスターの…リン様の為!」

「おれ達、このスタトリンの諜報部隊の一員として、王国の動きを常に調査し…スタトリンに有利になるような情報、仕入れてきます!」


心が定まった彼らに、もう迷いは見えない。

不本意であったとは言え、王国のスパイとして潜入してきた自分達を、この世の天国と言える素晴らしい場所に住まわせてくれて、そこの諜報部隊の一員としての立場を与えてくれた。

こんな自分達に幸せになって欲しいと、その思いで受け入れてくれた。


護りたい。

この場所を。

この場所を護る為にも、自分達にできることはさせてもらいたい。


元々王家直属の諜報部隊から依頼されていたこともあり、王国の地理や主要都市、主要施設なども十分に頭に入っている。

それを活かし、このスタトリンが常に有利になれるように、王国の動きをつかんでおきたい。


自分達の能力を最大限に活かせるのは、王国の調査をおいて他にはない。

その思いが、彼らの心を震わせる。


「……王家直属の諜報部隊あがりの君達がそう言ってくれて、本当にありがたいです。むしろこちらからお願いしたいくらいです」

「!隊長!」

「……ただし!決して無理はしないこと!何が何でも生き延びて、このスタトリンに戻ってくること!これらを決して、忘れないように!」

「!は、はい!」

「おれ達、頑張ります!」

「……境界線となる峠の方には、その付近の簡易拠点からすぐに行けます。そこから王国の領土はすぐなので、存分に活用してください。必要な資材や資金は、俺に言ってくれればすぐに用意します。とにかく、自身の命を大事に!だめだと思ったらすぐに撤退し、ここに戻ってくること!」

「了解しました!」

「オレ達の任務、精いっぱい頑張ります!」

「絶対に、絶対にここに戻ってきます!」

「……お願いしますね。期待してます」


そんな自分達の決意を、隊長であるロクサルが最大限に評価してくれて…

何より、どこまでも自分達の身を案じてくれて…

本当に、本当にスタトリンの諜報部隊で拾ってもらえてよかったと、心から思えてしまう。


そのやりとりの後すぐに、彼らはその足でサンデル王国へと向かい…

各自、王国の有象無象の民として風景に溶け込むように散らばり、スタトリンの為の諜報活動に身を乗り出すのであった。




――――




「リンよ!ついにこのスタトリンの民が、一万人を超えたのじゃ!」

「そうだよリン君!たった三ヶ月弱と言うわずかな期間で、ここまでスタトリンが発展できたのは、間違いなく君のおかげだよ!」

「リンちゃん!町で暮らしている人達は、誰もがこのスタトリンに来てよかったと…この世の天国だと絶賛しているよ!本当に何もかもリンちゃんのおかげだよ!」

「リン様!リン様の所有施設で働いている従業員の方々も、リン様の元で働くことができて本当に幸せだと、誰もが言ってます!リン様の生活空間にある居住地も、すでに五千人規模の都市になっていて、そこに住む誰もがリン様の為に日々、手を取り合ってリン様の所有施設を繁盛させようとしてくれています!これも全て、リン様のおかげです!」


スタトリンが第二領地を開拓してから三ヶ月足らず。

人口わずか六十人程度の小さな町が、ついに一万人規模の都市にまで成長を遂げた。


人口一万人規模の都市は、サンデル王国では伯爵、辺境伯クラスの貴族の領土と同格であり、かなりの規模となる。

しかも、当然ながら生活水準は王国の伯爵クラスの領土とは比べ物にならない程高く、町の至る所にある設備や施設の利便性は特筆もの。

新たに移住してきた民達も、王国の領土に住んでいた頃とは比べ物にならない程仕事にも恵まれ、生活水準も高くなり…

誰もがこのスタトリンで暮らせることを幸せに思い、これからもこの町で暮らしていこうと、この町に貢献できるようにしていこうと活気に満ち溢れている。


特に、リンの所有施設で雇用されている民は、リンの生活空間にある居城地での生活がとても穏やかで、多くの同胞と手を取り合っての居住地の発展、リンの所有施設の向上に勤しむことがとても幸せだと、笑顔が絶えない生活を送ることができている。

居住地もすでに五千人規模の都市となっており、スタトリンの第二領土にある農場の倍はある農場まで開墾して多くの作物の栽培に成功し、家畜の放牧に酒造も非常に順調に進めることができている。

ドライアドが住んでいるおかげで農作物はもちろん、薬草の栽培も非常に順調であり、【生産・製薬】の技能を持つドライアドが回復薬や魔力回復薬などの、冒険者御用達の薬品の生産にも乗り出しており…

リンが生産したものと比べるとやはり効果は落ちるものの、その分価格も抑えられていて、冒険者からすれば非常に求めやすいこともあり、新生冒険者ギルドにある販売スペースでの目玉商品の一つにまでなっている。

レストランや宿屋の食堂の料理、そしてパン屋とジュリア商会の商品も、この居住地で試作をして実際に食べてもらうことで様々な意見が聞けることもあり、新メニューの開発も順調ですでにいくつか目玉となるメニューが完成しており、それを求めて長蛇の列ができる程となっている。

ドワーフ達が中心となっている鍛冶・裁縫などの生産も、居住地に住む同胞達が様々な意見を出してくれることで作るものには困らず、ひたすら生産活動に明け暮れている。

そのおかげで、リンの鍛冶・衣料品店と新生冒険者ギルドの委託販売スペースでの人気商品がいくつもできており、そちらも連日客足が絶えない程となっている。

建築業者の職人達も、居住地での建築でいくらでも腕を磨くことができ、その成果を受注した仕事で発揮して、依頼人が大絶賛する程の成果物を出すことがコンスタントにできており、こちらも大繁盛となっている。

自分達が使う建築用の作業場はもちろん、ドライアド達の為の製薬の施設、宿屋の食堂、レストラン、新生冒険者ギルドの食堂の料理人達の為のキッチン、農場で行なわれている酒造や畜産の為の施設、パン屋の為のパン作りの工房、居住地の住人用の販売施設など、居住地で暮らす同胞達と意見を交えながら様々な施設や設備を作り出しており…

そのおかげで各商業施設の業務がより向上し、生産量は飛躍的に上昇して売上も当然伸びていっている。

居住地に住む者達全員が毎日、リンを神として崇めており、リンが姿を現してくれた時などは幸せ絶頂と言わんばかりの笑顔を浮かべて盛大におもてなしをするようになっている。


「え、えへへ…み、みんな、が、し、幸せ、に、な、なって、くれて、ぼ、ぼく、う、嬉しい、です」


スタトリンに住む誰もが幸せに暮らせている、ということをシェリル達町の代表から聞かされ、リンはそれが嬉しくてにこにことした笑顔を浮かべて喜ぶ。


「もう…リン様…♡」

「リン様…こんなにもお可愛らしい笑顔なんて見せてくださって…♡」

「リン様…こんなにもわたし達の心を奪っていって…いったい何がしたいんですか?♡」

「あたし達…い~っぱいリン様のお世話をさせて頂きたいのに…させてくれないんですから…♡」

「いったい、いつになったら私達メイド部隊にリン様のお着換えやお背中を流すのを、させてくださるんですか?♡」

「もう…もう何日かに一度の添い寝だけなんて…耐えられないです…♡」

「リン様…リン様あ…♡」

「リン様…心の底から愛しております…♡」


そんなリンの笑顔に、その心を奪われっぱなしのメイド部隊がもうたまらない、といった様子で姿を現すと…

全員がリンに抱き着いて、リンをめっちゃくちゃに愛そうとしてしまう。


「!!ぼ、ぼく、の、お、お世話、とか、だ、だい、じょう、ぶ、で、です、から…は、離、して…」

「もう…リン様は意地悪です…♡」

「こ~んなにあたし達が、リン様を愛してるのに…♡」

「リン様ったら、素っ気なさすぎです♡」

「リン様がわたし達のこと、めっちゃくちゃ大切にしてくださるんですから…♡」

「私達もリン様のこと、めっちゃくちゃお世話させて頂きたいんです…♡」


もはやスタトリンでは評判のアイドル的存在として、その地位を確立させているメイド部隊の面々。

一人一人が異性の目を惹く美女・美少女であり、リンのメイド部隊としてリンに仕えているおかげで、その美貌を引き立てる奥ゆかしさもより表に出ている。

何より、リンの拠点で暮らせていることで食事も睡眠も非常に上質で、リンの為に少しでも奇麗でいたい、という彼女達の努力もあって、その美貌にますます磨きがかかっている。

そんな、町に住む男達の憧れの存在が全員寄ってたかってリンにべったりとしてしまっている。


いきなりメイド部隊の面々にべったりされて、リンはびくりとしてしまい…

おたおたとしながら、離れようとするのだが…

そんなリンも可愛すぎるのか、メイド部隊はますますぎゅうっとリンを抱きしめて離そうとせず…

大好きで大好きでたまらない、自分達の可愛いご主人様をとことんまで可愛がろうと、その深すぎる愛情をそのまま形にしたものを瞳に浮かべながら、恍惚の表情でリンを可愛がっている。


「リン様…♡」

「私達専属秘書も、リン様を心から愛しております…♡」

「リン様…大好きで大好きで…私、おかしくなっちゃいそうです…♡」


そんな様子を目の当りにしていたジュリア、イリス、エレノアも…

メイド部隊と同じように自分達をとても大切にしてくれるリンを心の底から愛している。

その深すぎる愛情を抑えられず、リンにべったりと抱き着いてめちゃくちゃに可愛がろうとしてくる。

リンを可愛がるだけで、心が蕩けてしまいそうな程の幸福感を感じてしまい、恍惚の表情を浮かべてしまっている。


「リン…♡…リンは妾の生涯の伴侶じゃからな?妾はリンのことが大好きで大好きでたまらないのじゃからな?♡」

「リンちゃん…♡…お姉さんもリンちゃんが大好きで大好きでたまらないんだからね…♡」

「リン様…♡…このリリーシアも、リン様が大好きで大好きで…もうおかしくなってしまいそうです…♡」


ついにはシェリル、エイレーン、リリーシアまでリンを愛そうとべったりと抱き着いてきてしまい…

リンは、そんな女性陣の愛情攻撃にあっさりと、その意識を手放してしまうこととなり…

さらには気絶したリンを誰が介抱するのかで、その場にいる女性陣がわいわいと姦しくなってしまうのであった。

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