第154話 崩壊

「ここが…リン様がお住みになられている世界なのですね」

「そ、そう、です…ぼ、ぼく、が、ぎ、技能、で、つ、作った、世界、です」

「…なんと暖かく、なんと心地いい…それに、作物もとても多く、空気も奇麗で…まさにリン様のお優しい心をそのまま投影されたかのような、素晴らしい世界です」

「え、えへへ…フェ、フェル、さん、が、そ、そう、言って、くれたら、う、嬉しい、です」

「!…(リン様の控え目で、しかし嬉しそうな笑顔…これは、神々が溺愛してしまうのも無理はないですね…)」


新たなリンの家族として迎えられたことで、リンの【空間・生活】で作られた、リンだけの世界に入ったフェル。


自然に満ち溢れ、ぽかぽかとした気候に清浄な空気…

農地として使われている区画は、農作物が所狭しと生い茂っており…

すぐそばに見える雄々しい山は、自然の恵みに満ち溢れていることがすぐに分かる。


リンが作ったのだと言うのがすぐに分かる、本当に優しい世界。

フェル自身、この世界に住まわせてもらえるのがとても嬉しいとさえ思ってしまう。


そして、これからは守護すべき主として仕えるリンの笑顔が尊くて…

神々が溺愛してしまうのも無理はないと、フェルは思ってしまう。


「(…あのスライム達にロックリザード、ワイバーンにリザードマンにヴァイパーメイジ…どれもリン様の従魔…これまで、人族の従魔となった魔物はいずれも苦痛に満ちた生を送るしかなかったのだが…リン様の従魔は誰もが、とても幸せと喜びに満ち溢れている…農作業に、鉱山の採掘、さらには漁業まで…やはりリン様は、この現世に降り立った神と言って差し支えないでしょう…リン様だからこそ、神々がお認めになられた者にしか与えられない【勇者】の称号を頂けたのだと、とても納得させられます)」


リンの自宅となるログハウスのそばに、広々と作られた農場で楽しそうに農業に勤しむリム、リラ、ロック…

そこから数十km程離れた海で、魚介類の狩りに楽しそうに勤しむナイト、ザード、メイジ…

これまでの従魔となった魔物の歴史から明らかに逸脱する、リンの従魔達のとても幸せそうな暮らしを見て、フェルはやはりリンが神々に溺愛され、認められた存在であることを実感する。


「(それに…自らが雇った従業員達を自らの生活空間に住まわせ、その溢れんばかりの優しさと慈しみで包み込むかのように生活も、その命すらも護って…従業員達もリン様に絶対の忠誠を誓い、全員が一致団結してリン様のお役に立とうと懸命に、しかしとても幸せそうに生きている…なんと、なんと大きな器…)」


さらには、すでに二千を超える、リンの所有する商業施設で働く従業員達が…

もはや一つの都市と言える程に大きくなっている居住地で、そこに住む全員が種族の壁も超えて笑い合いながら、お互いに情報を共有しあってリンの商業施設をより繁盛させていこうと、手を取り合っているその光景。


所有する商業施設である宿屋、集合住宅の拡張も、自身の生活空間内で可能としており…

自身が住む町であるスタトリンの領地を圧迫することなく、宿屋も集合住宅も初期の十倍まで拡張し、より多くの人に利用してもらえるようにしているのも神業と言えるもの。


その光景を見て、フェルはリンの器の大きさをもより実感させられてしまう。


「(しかも、冒険者達が自由に使える野営、採取、討伐の訓練の為の空間まで作り…住居の決まらない冒険者達の仮の住居とできる…それがそのまま野営の訓練となり、そこを拠点としつつ近くの山や川で採取や狩りもできるし、洞窟内では出現する魔物達の討伐に加え、採取に探索もできる…実戦で訓練するにはこれ以上ないと言える程の空間…これも、リン様だからこそ実現が可能な空間と言えるでしょう…)」


冒険者の為の空間も、【空間・生活】の技能を持つリンにしか実現できない…

未熟な冒険者にとってはこれ以上ない理想の空間となっている。

これもまさに神の所業と言えるものであり、フェルはますますリンへの忠誠心が深まっていくのを感じてしまう。


「?ど、どうか、し、しま、したか?フェ、フェル、さん?」

「!…いえ…やはり私は、リン様にお仕えすることができて幸せだと、改めて思わせて頂けた…それだけでございます」

「!フェ、フェル、さん、が、ぼ、ぼく、の、か、、に、な、なって、く、くれて、ぼ、ぼく、う、嬉しい、です」

「!…(家族…種族すら違うこの私を家族と…ああ…リン様はなんと温かく、なんと広い御心を…)私も、リン様と生を共にすることができて、とても嬉しいです」


種族すらまるで違う自分を家族と呼んでくれるリンのにこにことした、とても可愛らしい笑顔。

これは神々が溺愛してしまっても、何の不思議もない。

それどころか、溺愛せざるを得ない、まである。


フェルは、リンのとなり、リンと共に暮らしていけることを最上の幸福と感じ、いざとなれば我が身を盾にしてでもリンを護り抜くことを改めて心に誓う。

そして、リンの喜びを我が喜びとし、リンと共に暮らすこれからを楽しみにするので、あった。




――――




「そ、そこをなんとか!」

「ふざけんな!ただでさえ二束三文な報酬が、さらに安くなるってどういうことなんだよ!?」

「そ、それは…」

「なあ、マジでオレ達冒険者をバカにしてんのか?こちとら命かけて仕事してんのに、依頼こなしても報酬どんどん下がっていくって…これ絶対オレ達のこと舐めてるとしか思えないよな?」

「!い、いえ!け、決してそのようなことは…」

「だったらなんで二束三文だった報酬がさらに下げられるんだよ!?ええ!?」

「う、うう…」

「もういい。これ以上は無駄だ」

「!そ、そうだな…じゃあ…」

「ああ、もうこのギルド辞めて、今噂のスタトリンに新しくできたギルドに登録しようぜ」

「っし!じゃあさっさと手続きだな!」

「!お、お願いします!どうか、!!」

「はあ?なんでだよ?」

「オレ達、こんな扱いされてたんじゃ『野垂れ死ね』って言われてるようなもんなんだけど?あんたらだったら、確実な希望が見えてるのにそれを捨ててまで、こんな扱いを許容できるのか?」

「!う、そ、それは……」

「だろ?」

「じゃあ手続きだな!えっと、ギルド除籍の書類は…あった!これか!」

「そうだな、とっとと書いて手続きしてもらって、さっさとスタトリンに向かうとするか」

「そうだな!」

「あ、ああ……」


場所は変わり、サンデル王国内にある、とある町の冒険者ギルドの支部。


ギルドで一番の稼ぎ頭であるスタトリン支部の閉鎖、そしてそのスタトリン支部でその辣腕をふるい続け、文字通り支部を導いてくれたエイレーンの退職。

そのエイレーンの退職に引っ張られるように、スタトリン支部全職員の退職。


この出来事が、王国の冒険者ギルドにとって破滅の序章となってしまった。


まず、形になるだけ置物の方がマシと定評の、上層部の老害達に代わってギルドの経営を支え続けてきた秘書達の退職。

それを皮切りに、ギルド内の有能な職員が次々と退職。

スタトリン支部の閉鎖からわずか一月弱で、ギルド内の職員は三分の一が退職し、ギルドを去ってしまうこととなった。


それも、ギルドの要職となり、各拠点を支え続けてきた功労者ばかりが去っていった為…

現状では、その功労者達におんぶに抱っこで、大した能力を持たない二流三流の職員しか残っていない状況となってしまっている。


もちろん、老害達の元秘書達はエイレーンの進言でリンの業績管理部隊に、他のギルドを去った有能な元職員は全員がスタトリンの新生冒険者ギルドの職員として、新たなスタートを切っている。


それにより、単純な人員不足の為、業務の消化が追い付かなくなってしまった、と言う事態が全ての本部支部にて発生。

加えて、一向に改善するどころか悪くなる一方となっている経営状況を打破できる人材もすでにいない為、業績は当然ながら右肩下がりが続いている。


そこに、己の利益しか目に見えていない老害達の鶴の一声による改悪――――




それならば、冒険者共への報酬を下げればいいではないか。




――――冒険者をただの使い捨ての道具としか考えていない老害達の、決して実施してはいけない策を…

長いものに巻かれることが常だった現在の職員達は、特に深く考えることもせずに実施してしまうこととなった。


その結果が、登録されている冒険者数の激減。


この一月弱で、冒険者と職員との言い争いが至るところで勃発。

スタトリンでは当然のようにある、採取や町のお役立ち系の依頼をとことん軽んじている王国の冒険者ギルドの風潮では、ただでさえ討伐系以外に報酬を稼ぐことなどできなかったのに…

その報酬自体を、命がけとなる討伐系の依頼をこなしてすら二束三文レベルまで下げられては、もう我慢の限界だった。


その為、わずか一月弱と言う期間で、実に総数の半数弱程の冒険者が、王国の冒険者ギルドに見切りをつけ…

その場で除籍の手続きをして、その足でここ最近ではいい噂しか聞かないスタトリンの新生冒険者ギルドを目指して、スタトリンに移動することとなっている。


依頼をこなしてくれる労働力である冒険者の激減。

それゆえに、依頼を受注することすら困難な状況を作り出してしまい…

ますます経営は悪化する一方。


「……な、なんで…なんで、こんな……」


各本部支部の受付も、連日のように起こる冒険者からの罵倒と除籍の手続きに、相当に精神を疲弊させられており…

しかも悪化する業績の責任と言わんばかりに、給料も下げられる一方となってしまっている。

おまけに、人員不足による超過労働が後を絶たず、場末の支部の職員達は連日支部に泊まり込みでの業務を強いられ続けている。


この支部でも、もはやここを拠点として登録している冒険者はわずか数人程。

その数人も現状のギルドのやり方に、すでに我慢の限界を超えており…

スタトリンの新生冒険者ギルドの噂を聞いて、このギルドの除籍の手続きをすることを決意してしまっている。


その為、日中であるにも関わらず支部内は閑散としており…

いるのは疲弊しきった職員ばかりで、冒険者は先程大モメした挙句、除籍の手続きをした者達を除いて一人もいない状況と、なってしまっている。


この支部もすでに多くの職員が先に希望を見ることができずに退職してしまっており…

今職を辞しても、他に真っ当な仕事にありつけるかどうかも分からず不安が先に来てしまい、その場しのぎでここにしがみついている職員ばかり。

依頼を受注しても冒険者の代わりにこなすことなどできず、受注そのものができない。

その上、労働力となる冒険者がほぼいない状況。


もはや支部の閉鎖は、免れないところまで来てしまっている。


「お、おい!これは…」

「もう…もう無理です!これ以上こんな生活…耐えられません!」

「た、頼む!もう一度…もう一度考え直してくれ!これ以上、これ以上辞められたら…」

「知りません!そもそもなんで依頼をこなしてくれる冒険者さんを苦しめるような経営方針になってるんですか!それに、なんで経営を陣取ってるお偉いさん達は何も責任を取らないで、わたし達にばかりしわ寄せが来てるんですか!」

「そ、それは…」

「もう嫌です!もう限界です!わたしはこんなところ、一秒だっていたくはありません!どうせこのままじゃ、仕事に殺されちゃいます!」

「!う、だ、だが…」

「このままこんなところに残って、何の見返りもない仕事に殺されるくらいなら、命をかけてでもスタトリンに行った方がまだ希望があります!わたしはもう決めました!」

「!た、頼む!そ、それだけは、それだけは…」

「今までお世話になりました!もうここへは戻ってきません!それでは!」


そしてこの日も、残り僅かな支部の職員が辞表を叩きつけるように提出し、すぐさま支部を後にする。

そして、その足で契約していた住居の解約手続きを行ない、わずかな荷物と貯金と共に、スタトリンに足を進めて行った。


「あ、ああ……また、また…職員を引き止められなかった責任が……」

「…………」

「…………」


もはや支部の職員も、片手で数えられる程しか残っていない、絶望的な状況。

その状況でさらに、職員が支部を去ることとなってしまった。


これといった抜本的な対策を練るどころか、現状すらろくに把握できていない老害達は、ただただ経営悪化の責を各支部の代表に問い詰め、罵声を浴びせることばかり。

登録している冒険者がいなくなり、閉鎖にまで追い込まれた支部も、すでに十を超えている。


エイレーンがまだ籍を残している間は、エイレーンを慕い、自ら実力を伸ばしていった者達のおかげでどうにか経営状況を保てていたものの…

エイレーンがスタトリン支部ごとギルドを去ってしまってから、最後の支えが折れてしまったように破滅と言う名の奈落へと転がり続ける有様。


もはや王国の冒険者ギルドは、本部直属のゴールドランク以上の冒険者の稼ぎしかなく、それだけではギルドの存続はもう不可能と言える状況にまで、陥っている。

なのに、そのわずかな収益を己の利益とすることしか頭にない老害達。


この支部も、この翌日には登録を残していた最後の冒険者達が除籍の手続きをすることとなり…

ついに所属冒険者がゼロとなってしまう。


そして、運営の継続は不可能となってしまい…

支部そのものが閉鎖となり、所属していた残りわずかな職員達も経営悪化の責を問われて解雇となってしまい…

かといって命をかけてスタトリンを目指す、と言うこともできず、路頭に迷うこととなるので、あった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る