第153話 神獣

「…はあ…みんな、なんであんなにぼくのこと…」


自身の拠点で暮らす女性陣全員から溺愛され、抱きしめられてキスされて…

さんざん可愛がられて、いつの間にか意識を失ってしまっていたリン。


しかも、目を覚ませばリリム、エイレーン、リーファ、ローザが自分にべったりと抱き着いて眠っていたのが視界に飛び込んできてしまい…

危うく再び意識を失いそうになったのをどうにかこらえて、心地よさそうに幸せそうに眠っているリリム達を起こさないように抜け出し…

今は散歩がてらに、魔の森の奥部の方をてくてくと歩いている。


「ぼく、みんなに喜んでほしくてしてるだけのに…なんであんなにべったりしてくるのかな?…」


十四歳にもなる男子なリンなのだが、称号【ぼっち】ゆえの一人好きもあってか…

周囲が自分を好きになってくれていることくらいは分かるものの、なんでそんなに自分が好かれているのかは、皆目見当もついていない状態。


リン本人としては、ただ目に映る誰かに喜んでほしいからしてるだけ、と言う認識なのだが…

周囲からすれば、リンがしてくれることは、今後の人生においても間違いなく成功と幸せが約束される程、大きなことばかりなのだ。

特に年頃の女子や女性からすれば、見返りに自分の身体を要求されるだけじゃまるで足りないと思える程のことも、ただ喜んでほしいと言う理由だけでしてくれるリンがあまりにも可愛くて尊くて…

その母性本能をくすぐらされてしまうこともあり、とにかく愛したくてたまらなくなってしまうのだ。


ゆえにスタトリンに住む者は誰もがリンのことが大好きで…

リンの為になることならなんだってするし、ただ愛してほしいならいくらでも愛すると言う思いでいっぱいになっている。


ただ、当の本人であるリンだけが、それに全く気付いていないだけ、と言う…

そんな状態が続いており、そんなリンに周囲がヤキモキさせられている、と言うのがある。


(リンってほんっとに、にぶちんさんなのー)

(まわりがあ~んなにすきすき~ってしてるのに、それがなんでなのかぜ~んぜんわかってないのー)

(リンってあ~んなにひとだすけい~っぱいしてて、み~んなすっごくしあわせになってるんだから、すきすき~ってされてとうぜんなのー)

(おんなのこたちなんか、あからさますぎてすぐわかるはずなのー)

(なのにリンって、それにもま~ったくきづいてないのー)

(だからおんなのこたち、よけいムキになってめっちゃくちゃリンのことあいしちゃうのー)


そんなリンの鈍感さに、フレア達精霊娘もリンの胸元で呆れ気味になっている。

最も、そんな鈍感なリンも可愛くて、その言葉とは裏腹に顔はにこにこな笑顔が浮かんでいるのだが。


「?…すぐ近くに、魔物?…」


一人で魔の森を散歩していると、無意識で発動していた【探索】に、魔物の反応が検知される。

位置は、今リンがいる場所からおよそ100m程北西。

検知した魔物の詳細を見てみると…


「…フェンリルって、あの神獣の?」


フェンリル。

魔物の中でもエンシェントドラゴンと並んで、伝説とされる存在。

神界と現世を、神の使いとして行き来し、使命を全うする『神獣』として知られている。

その姿は白銀の毛並を靡かせる、巨大な狼とされている。

されている、と言うのはフェンリル自身がその大きさも姿もある程度は変化できるから。

それゆえに、普通の狼となんら変わらない姿にもなれる為…

目撃されたとしてもただの狼としてスルーされるのだ。

しかも、【探索】の技能持ちでもリンやロクサルのような最高レベルでないと詳細が見られない為、検知できたとしてもただの魔物としか分からない。

もちろん、神獣と呼ばれるその力は、単体で国はおろか大陸すら滅ぼせる程。

白い銀世界を彷彿させるその姿に相応しく、【水】と【風】の属性魔法と、合成属性となる【氷】魔法を得意とする。


「…全然、動かない…」


検知したフェンリルは、まるで何かを待っているかのように微動だにしない。


もしかしたら、ひどい怪我をしていて動けないのかもしれない。

リンはそう思うといてもたってもいられず…

その規格外すぎる身体能力を活かして、瞬く間にフェンリルのいる場所へと駆けつける。


そうして、たどり着いたその先には…

まるで最上の芸術品のような、白銀の美しい毛並をふわりとなびかせ…

通常の狼とは比べ物にならない程に大きい、体長6m、体高4mはありそうな巨体を折り曲げるように伏せており…

目の前にいるリンに、まるで敬意でも払うかのように恭しく頭を垂れながら、じっとリンを見つめている狼の魔物が、いた。


「…怪我、してない…よかった…」


大きな怪我で身動きが取れないことを考えてしまった為、慌ててここまで来たリンだったが、自身の【医療・診断】でも怪我などは見られなかったことに安堵し…

ほっとしたような、嬉しそうな笑顔を浮かべる。




名前:フェル

種族:フェンリル

性別:雄

年齢:1653

HP:14768/14768

MP:11098/11098

筋力:7840

敏捷:12945

防御:8011

知力:10287

器用:8760

称号:神の御使い、永久凍土

技能:魔法・5(水、風)

   魔力・5(制御、回復、減少、詠唱、耐性)

   対話・5

※各ステータス値は、各称号の影響を受けていない本来の数値。




称号

・神の御使い

天上の神から使命を受け、地上に降りてきた者に与えられる称号。

地上にいる間は、全ステータスを下げて調整することができる。

加えて、戦闘時には全ステータスが最大50%上昇する。

この称号がある間は神の加護を受けており、常時体力と魔力が毎秒1%ずつ回復していく。


・永久凍土

【氷】属性の魔法を極めし者に与えられる称号。

【氷】魔法の威力が最大75%増加する。

また、通常よりも効果範囲も広くなり、大勢の敵を殲滅できる。

加えて、【水】【風】【火】属性の攻撃のダメージを最大75%減少できる。

さらに【氷】属性の魔法は吸収して自身の体力、魔力に変換できる。




やはり神獣なだけあって、そのステータスは完全に規格外。

エンシェントドラゴンであるシェリルと比べると敏捷と魔法よりのステータスになってはいるものの、それでもただの魔物では一瞬にして殲滅されてしまうであろう強さを誇る。


称号【神の御使い】がある為、高速で自身の体力と魔力が回復する上、戦闘時にはこの規格外すぎるステータスが全て五割増しとなる。

さらに【永久凍土】の称号が、フェンリルが得意とする【氷】属性の魔法の威力を大幅に上昇させてくれる上に【水】【風】【火】属性のダメージは大幅に減少されてしまう。

【氷】属性に至ってはフェンリルの体力、魔力として吸収されてしまう為、攻撃の手段が相当に限られてしまうのも非常に厄介。


そんなフェンリルが、ありのままの姿で人間であるリンの前にいるのもありえないことであれば、殺気はもちろん敵意も微塵も見せることなく、ただただじっとリンを見つめているのも本来ならばありえないこと。

理知的で決して好戦的な種族ではないものの、それでも警戒心すら抱いていない、というのはさすがにありえない。




「…やはりあなたは、我が主に愛される程の存在でありますね…




二十歳前後の青年を思わせる、若くも力強い男性の声が、その場に響き渡る。


高い知能を持ち、人の言葉を解する魔物は、非常に稀ではあるが確かに存在する。

エンシェントドラゴンであるシェリルがそうであるし、このフェンリルにしても神獣と称される程の存在であるからして、決して不思議ではないと思わせられる。


だから、驚くべきはそこではなく…


「え?…い、今、ぼ、ぼく、の、な、名前…」


今初めて顔を会わせただけの存在であるフェンリルが、目の前の人族の少年をリンだと知っており、その名を呼んだこと。

さらには、まるでリンが自身の主であるかのように、その恭しい姿勢を崩さずにいること。


なぜ、フェンリルのような神獣と称される存在が、ただの人族に過ぎない自身の名を知っていたのか。

しかも、なぜそんな自分をまるでその忠誠を捧げる主であるかのように呼ぶのか。


(ほ、ほんもののフェンリルなのー…)

(フェンリルが、こんなところにいるなんてびっくりなのー…)

(リンのこと、しってるみたいなのー…)

(な、なんでフェンリルがリンのこと、しってるのー?)

(それに、フェンリルがリンのこと…)

(まるでごしゅじんさまみたいにいってるのー)


フレア達精霊娘も、この事態にはただただ驚くことしかできず…

呆然としながらも、ただただリンとフェンリルのやりとりを見つめるだけとなっている。


「…自己紹介が遅れ申し訳ございません、リン様。私はフェル…天上におわす神々のしもべ…主となる神々の命により、リン様…あなたの前へと姿を現したのでございます」

「!か、神様、の、で、ですか?」

「はい…神々はいずれもリン様のことを大層愛されております」

「!え…ぼ、ぼく、を?…」

「リン様、あなたがこの地上でなされていること…神々は全てご覧になられております。そして、リン様の一点の曇りもない、本当に純粋な神々への信仰心…それを神々は心底お気に召しておられます」

「そ、そう、なん、で、ですか…」

「はい。神々はリン様が愛おしくてたまらないご様子で…リン様が危険なことをなさる時はとてもハラハラとしながらご覧になられてまして…最近では、十万を超える魔物を相手にたった一人で挑む、とか」

「!あ、あの、時も、み、見ら、れて、た、ん、で、ですか?」

「はい…神々はこの現世に干渉ができない為、リン様が危険にあわれた時などは…それはもう慌てふためいてまして…失礼ながら、この私も笑いをこらえるのが大変でございました。リン様のお力をもってすれば、なんてことなどない場面でもそうなっておいでなので、余計に」


神々の命を受け、リンの前へと現れた神獣フェンリルこと、フェル。

非常に丁寧なお堅い口調とは裏腹に、飄々とした食えない一面も持ち合わせており…

しかしそれでいて、リンには常に敬意を払って接している。


リンは、そのフェルから神々が自分をとても愛していると聞かされ…

驚きつつも、純粋に『嬉しいな』と思ってしまう。


ただの人族…

それも、両親の顔も知らない孤児であるリンが、こんなにも人々を幸せにすることができる力を頂けて…

しかも、その力をくれた神様が自分のことを好きでいてくれることは…

リンにとっては本当に嬉しくて、幸せに思えてしまう。


「ぼ、ぼく…か、神様、が、そ、そんなに、ぼ、ぼく、の、こ、こと、た、大切、に、お、思って、く、くださって、う、嬉しい、です」

「…やはりリン様は、神々がこの世の希望とお認めになられたお方ですね…このフェル、神々からの使命でリン様の元へと参りましたが…それを抜きにしてこの私の意思で、リン様にお仕えしたく存じます」

「?え、え?」

「リン様。このフェルは神々の命により…さらには我が意思として、リン様の従僕としてリン様をお護りすべく、馳せ参じました。これより、リン様の行く手を阻む障害を貫く矛として…また、リン様に襲い掛かる災厄からその御身をお護りする盾として、あなた様にお仕え致します」

「ぼ、ぼく、を、ま、護る、為?」

「はい。神々がこの世の希望とされるあなた様を守護させて頂く…それ程の栄誉を頂けて私は幸せにございます。どうか…どうかリン様のおそばに、このフェルを置いて頂ければ…」


リンを主と認め、従僕としてリンの矛にも盾にもなる。

そのことを栄誉と思い、リンに仕えることを心底幸せだと思うフェルからの…

無粋な思いなど微塵も存在しない、純粋な心からの懇願。


そんなフェルの懇願に、リンは少し呆気に取られてしまうものの…

それでも、こんな自分にそこまで言ってくれるフェルが喜んでくれるならと思い…




「ぼ、ぼく、の、そ、そば、に、い、いられる、の、のって、し、幸せ、で、ですか?」




と、問いかけの言葉をフェルに伝える。


そんなリンの問いかけに、フェルは…




「はい。あなた様のおそばにいさせて頂けるなら、これ程の幸せはございません」




と、微塵の揺らぎも躊躇いもない、真っすぐな目でリンを見つめながら答える。


「だ、だったら、ぼ、ぼく、い、一緒に、く、暮らして、ほ、ほしい、です」

「!嬉しいです、リン様…これからはこの私が露払いをさせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します」


自分が喜ぶから、一緒に暮らしてほしい…

などと言うことを、純真無垢な笑顔で言ってくるリンがあまりにも尊くて…

フェルは改めて、心からリンに忠誠を誓い、リンを護ろうと決意する。


(リン、すごいのー!)

(フェンリルがリンのじゅうまになるなんて、ほんとにすごいのー!)

(やっぱりリンはかみさまなのー!)

(リン、すごいったらすごいのー!)

(リンとともだちになれて、ほんとにうれしいのー!)

(もうず~っとリンといっしょなのー!)


フレア達精霊娘も、神獣であるフェルがリンの従僕になると言うことに驚きながらも、とても喜んでいる。

フレア達は、リンはこの世に顕現した神様だと思っている為、なおのこと喜びが大きくなっている。

言わばこれは、リンが神様として認められたようなものなのだから。


そんなリンと契約できたことが本当に誇らしく、嬉しくて…

フレア達はリンの胸元にべったりと抱き着きながら、わちゃわちゃと喜び合っている。


「じゃ、じゃあ、ぼ、ぼく、の、拠点、に、い、行き、ましょう」

「はい、リン様。リン様の従僕となった私は、どこまでもリン様にお供致します」


自分の家族となったフェルを、リンは他の家族に紹介する為…

【空間・生活】の技能を使って、生活空間への出入り口を開く。


そして、フェルに自分の拠点に来るように促す。

フェルは、そんなリンの言葉に無条件で従い…

リンと共に、リンの生活空間へと、入っていくのであった。

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