第149話 問題

「遠いところからよく来なさった。さぞお疲れじゃろうて」

「さあ!これをどうぞ!」

「リン様の農場採れたての野菜で作った炒め物と、リン様特製のミソとトウフで作ったスープです!」

「ゆっくり味わって、食べてくださいね!」


この日もスタトリンに、移民希望の者が訪れている。


すでにスタトリンを住処にしている女子冒険者達が、他の町で活動している親友の冒険者達をスタトリンに誘いに来ていたところに偶然出会った老夫婦。

その老夫婦が、偶然出会った女子冒険者達の案内を経て、スタトリンまで辿り着き…

そして、リンが所有する農場に、作業員として雇ってもらうために訪れた。


そこで老夫婦は、すでに農場で働いている作業員達からとても温かい歓迎を受けることに。


「おお…なんと美味そうな…」

「い、いいのですか?こんな御馳走を頂いて…」

「もちろんです!」

「リン様の農場で一緒に働く仲間になる人達なんですから!」

「実はわし達も、その日の食べ物すらろくにないような困窮した状況を、リン様に救って頂き…このスタトリンに移民させてもらったのじゃよ」

「!そ、そうなのかい?」

「そうなんです!」

「リン様は、見た目は小さくてとても可愛らしい男の子なんですけど…とてもお優しくて、とても器の大きい…まるで神様のようなお方なんです!」

「そのリン様がお作り下さったこの農場でわし達は雇って頂き…住むところまでも頂けて…本当に幸せを頂いておるのじゃ」

「ですから、お二人もぜひここで働きましょう!」

「リン様から、この農場で働きたい人は雇ってほしいとお言葉を頂いてます!」

「住まいはすぐ、と言うわけにはいかんじゃろうが…この農場にも寝床もキッチンもあるから、しばらくはそこを仮の住まいとすれば大丈夫じゃろう…リン様には、専属の秘書様を通してわし達からお伝えしておくから、二人は今日はゆっくりしてくれていいのじゃ」


温かい。

なんて温かい農場なのだろう。


ここにいる誰もが、こんな老いぼれ達にここまで親切にしてくれる。

こんな老いぼれ達に、一緒に働いてほしいと言ってくれる。


「…う、美味い…美味いのじゃ…」

「…お、美味しい…美味しいわあ…」


そして、こんな老いぼれ達の為に作ってくれた料理が、これまで食べたどんな料理よりも美味しくて…

心に沁みてくる程温かくて…

老夫婦の目から、涙が溢れてくる。


こんな素晴らしい農場を作ってくれたリンと言う少年はさぞ、神様のような存在なのだろう。

聞けばすでに数百を超える作業員がいて、誰もが幸せと喜びに満ち溢れながら農作業に精を出している、と。

ふと周囲を見てみると、領地の五分の一はある広い農場に所狭しと、自然の恵みである作物が雄々しく育っている。

たった一日で、目視できるだけで数トンはあろう作物を収穫している。


ここならば。

ここならば絶対に幸せになれる。


そして、この幸せをくれるリンと言う少年に、この残りの生を捧げるつもりで仕えていこう。

リン様の為に、自分の持つ農業のスキルを活かそう。


「…これから、よろしくお願いするのじゃ!」

「…これから、よろしくお願いします!」


老夫婦は、希望に満ち溢れた表情を浮かべ…

すぐさま仕事に慣れようと、農場の見学をさせてもらいに立ち上がった。




――――




「え、何この冒険者カード!?」

「これ一つで依頼の受注、進捗確認、完了確認までできるの!?」

「しかも個人の情報まで閲覧できるから、身分証明にもなるなんて!」

「おまけに何この魔導具!」

「いくらでも収納できて、取り出すのも簡単だし、おまけに収納してる間は一切時間経過がないから、採取したものも鮮度が落ちないなんて!」

「しかも、採取なんてあっちのギルドじゃ二束三文だったのに!」

「こっちのギルドだと、報酬は最低でもあっちの倍で…しかも種類もいっぱい!」

「おまけに、町のお役立ち依頼もすっごく多くて、報酬もいいし!」

「ごみの収集とか、公衆浴場の受付とか、ちょっとした時間でできる依頼も常設されてて、お仕事いっぱい!」

「討伐系以外の依頼がこんなにあるなんて!」

「しかも、討伐系以外の依頼でもちゃんと実績として評価してもらえて、ランクも上げてもらえるなんて!」

「何このギルド!めっちゃ天国!」


そして、すでにこのスタトリンに住んでいる女子冒険者の親友達が、この新生冒険者ギルドで冒険者登録を済ませ、実際に依頼を受注しようとしたら…


登録済の冒険者の証明として渡される冒険者カードの高機能さにまず驚き…

採取系や討伐系の依頼の際に安く借りることのできる収納の魔導具の高機能さにさらに驚き…

そして、討伐系以外の依頼の報酬の高さ、それらの依頼もきちんと実績として評価されることにまたしても驚き…

何もかもがサンデル王国の冒険者ギルドと比べてあまりにも良心的で待遇も良すぎて、ひたすら驚いていた彼女達の顔に笑顔が浮かんでくる。


「えへへ、でしょでしょ?」

「このギルドの建物も仕組みも、ぜ~んぶリン様が作ってくれたのよ?」

「!!そ、そうなの!?」

「うん!」

「このギルドにある貸倉庫サービスも、ごみ収集のお仕事も、公衆浴場の受付のお仕事もリン様が作ってくれたんだから!」

「貸倉庫サービスって、あのめちゃくちゃ便利な貸倉庫よね!?」

「あれも、ごみ収集のお仕事も、公衆浴場の受付のお仕事も作ってくれたなんて!」

「でね、ギルドマスターのエイレーンさんがめちゃくちゃ頑張って、町の人達の信頼を勝ち取ってくれたから、こんなにもたくさんお仕事があるの!」

「そのエイレーンさんの為に、町のお役立ち依頼を一番こなしてくれたのもリン様なの!」

「だからこのギルド、町の人からも気軽にお仕事依頼してもらえるのよ!」

「そんなリン様とエイレーンさんが作ってくれたギルドだから、冒険者にもすっごく優しくて、お仕事もすっごくやりがいがあるの!」


そんな親友達を見ていた女子冒険者達が、まるで自分のことのようにリンとエイレーンの功績について、とても嬉しそうに語り出す。

そんな彼女達の話を聞いて、親友の冒険者達はこのギルドには間違いなく夢と希望に満ち溢れていると、確信する。


「ありがとう!うち達をスタトリンに連れて来てくれて!」

「ありがとう!このギルドに誘ってくれて!」

「えへへ~!喜んでくれてよかった!」

「お家はこれからになると思うけど、食べるところもあるし水は無料で使い放題で、お風呂もすっごく安く入れるから、生活は何も困らないよ!」

「ギルドの地下にすっごく広い訓練場もあるから、武器とか魔法の練習とかもいくらでもできちゃうし!」

「この町の諜報部隊が、いつも森の調査してくれてて、いつもギルドに最新の情報を提供してくれてるから、採取も討伐も事前に情報収集余裕なの!」

「ね?スタトリンって、すっごくいいところでしょ?」

「もうほんと!こんなにいいところなんて思ってなかった!」

「あたし絶対ここに住む!早くお家決めなきゃ!」


女子冒険者達は、とても嬉しそうに楽しそうにきゃいきゃいとおしゃべりしている。


討伐系の依頼を受注できず、採取系の依頼を受注するも二束三文で買い叩かれ…

ランクも上がらず、かつてのギルドではお荷物扱いされ続け…

満足な収入が得られず、いつ誰かに襲われてもおかしくないような安宿で日を過ごす毎日だった過去。


それを思うと、このスタトリンはまさに理想郷そのもの。


つい数日前にできたばかりの新生冒険者ギルドには、夢と希望を求めて新たにスタトリンを訪れ、その場で冒険者登録をしていく冒険者が後を絶たない。

しかも、ギルドに訪れる者の誰もが楽しそうな、幸せそうな笑顔を浮かべ…

全員が同じ釜の飯を食べているかのような一体感まで感じさせられている。


この冒険者ギルドは、この先絶対に成功する。

この冒険者ギルドは、この先絶対に大きくなる。


そして、自分達が先にここに訪れた親友達に連れて来てもらえたように…

今後は自分達も、冒険者活動に行き詰まり、苦しんでいる誰かに手を差し伸べられるようになりたいと、心から願うようになる。

そうして、もっともっとこのギルドで同じように冒険者活動をする仲間を増やしたいと、心から思うのであった。




――――




「今日はこれだけの人々が、この町への移住希望の旨を伝えてきました」

「…分かりました。その方達には移住を受け入れると伝えてください。ただし住居に関しては少し回答をお待ち頂きたいことも併せてでお願いします」

「承知致しました!お伝え致します!」

「ありがとうございます」


そして、実質の町の運営・管理の拠点となっているリンの拠点の地下一階。

リリーシア直属の文官の一人が、この日の移住希望者の統計をリリーシアに報告し…

その報告を受けたリリーシアが、移住の許可を出しているところだった。


リリーシアからの指示を受けた文官は、すぐさま移住希望者にリリーシアからの回答を伝えるべく、そそくさとリンが用意してくれた、新生冒険者ギルド第一分室への転移陣を使い、移動していった。


「…これは、想像以上に凄いですね」

「…うむ…移民希望者が多いのは、町にとっては嬉しいことなのだが…」

「…最近、特に多いのが冒険者の移民希望者ですね。それも、サンデル王国の冒険者ギルドでは辛辣な扱いを受けていた、ランクの低い冒険者達がこぞってこのスタトリンに移民してきてます…」

「今日だけで、九十を超える移民希望者が…うち六十は冒険者、残りは畑も住処も失った農民や、捨てられた元奴隷の獣人など、ですね」

「ここ一週間から十日程は、日に百前後は移民希望者がスタトリンを訪れているな…その中には、事業に失敗して身一つとなってしまった元商人もいるから、そんな移民は我がジャスティン商会で従業員として雇用しているし、ジュリア商会の方でも雇用してもらっているのだが…」

「割合的には冒険者が圧倒的に多いですね…野営に慣れている冒険者だから、住居が決まらなくてもそれ程問題になっていないのもありますし、リンちゃんの宿屋があるから一応の寝床は確保できますしね…」

「でも、リン様の宿屋も連日満員で今では部屋を取るのも困難な超人気宿になっていますから…いつまでも宿屋頼りにはできないですね」

「リン君の集合住宅も、今は独身冒険者でいっぱいになっているしな…」

「仲のいい冒険者を連れてきた者は、住処が決まるまではと、集合住宅で共同生活をしてくれているのですが…こうも増加する一方では…」


ここ十日程で、スタトリンの移民希望者は爆発的に増えていっている。

それまでは千数百程だった町の人口が、わずか十日程で三千弱にまで増加していっている。

たった十日で、実に倍以上の人口になっているのだ。


リンの農場や町の護衛部隊、守衛部隊、諜報部隊の拠点は仮の寝床となるスペースがあり、それぞれ数十人は仮の宿として使ってもらえるし、新生冒険者ギルド、そして第一領地のジャスティン商会本店には従業員の為の寮があるので、雇用者はそこに受け入れることができる為、今のところはまだ移民を受け入れられる状況ではある。

と言っても、もはや余裕はないに等しく、すぐにでも領地の開拓が必要な状況になってしまっている。


町の代表であるジャスティン、エイレーン、リリーシアとしては、町の人口が増えるのは素直に喜ばしいことではあるのだが…

町の発展よりも人口の増加が早くなっているこの状況では、せっかくこのスタトリンに希望を抱いて来てくれた移民に、少しでも早くちゃんとした生活をしてもらいたいのに、それが追い付かない現状をもどかしく思ってしまう。


野営に慣れている冒険者達には、各領地をつなぐ通路が割と広く取られていて、しかもリンの結界で護られていることもあり…

その通路でテントなどを組んで夜を明かす、と言う生活をしている者もいる程。


実際に野営をしている当の冒険者達は、テントを組んでもそれ程通行の邪魔にはならず、何より人族にとっては天災と同等と言える魔物である、ヒドラの攻撃すら物ともしない程の強度を誇るリンの結界に護られている為…

野営をしている冒険者を見つけて襲い掛かろうとする魔物はいるものの、リンの結界があまりにも強固過ぎてどうすることもできず、結局立ち去ってしまうと言う光景を目の当たりにして、安心して眠ることができると嬉しそうに語っていたりするのだが。


「ふむ……たった十日程で倍以上に増えるとは……嬉しい誤算と言えればいいのじゃがのう…」


そして、リンの代わりに矢面に立って王となると宣言したシェリルも、こうして町の代表であるジャスティン達の会議に加わるようになり…

そこで話を聞きつつ意見を出し、町をどのようによくしていくかを、数千年の時を生きて得た叡智を活かし、共に考えるようになった。


「シェリル殿…」

「シェリル様…」

「シェリル様…」

「妾がこうして、心穏やかに暮らせるのはリンとここに住む家族達…そしてこのスタトリンと言う町のおかげ…妾も力になりたいのじゃが…どうしたものか…」

「やはり…新たな領地の開拓は必要、でしょうか?」

「現実的にはそれが一番じゃろうな…じゃが…」

「?何か、問題でもありますか?」

「ここ二ヶ月足らずと言う短期間で、周辺の森は大きく様変わりをしておる…これ以上の急激な開拓は、森の生態系に悪影響を及ぼすかもしれん…」

「と、言いますと?」

「ここはただでさえ魔の森のすぐそば…森の自然を無闇に奪うことは、魔素がより魔の森に集中することとなる…そうなると、お主ら人族には想像もつかんような、恐ろしく脅威的な魔物の出現も、あり得るようになってくる…」

「!い、今までにいなかった、より強い魔物が現れる…そう言うことですか!?」

「そうじゃ…リリーシアが襲われたヒドラ…あれがちっぽけに見える程の、恐ろしい力を持った魔物が、出現する可能性も否定できんようになる…」

「!そ、そんな…」

「無論、そうなったとしても妾とリンなら討伐することは可能じゃろう…じゃが、裏を返せばことを意味する…もしそれ程の魔物共が集まって氾濫などが起これば…妾とリンは生き残れたとしても、この町を護り切れるかどうか…」

「む…むむむ…」


増え続ける人口のことを考えれば、領地の開拓は必要不可欠。

だが、シェリルの話を聞いて三人の顔に曇りが浮かんでしまう。


シェリルの説明によると、自然は必然的に魔素を有している存在であり、その魔素が自然の恵みにつながっている、とのこと。

それは、リンが作る畑の作物の生育があまりにも早く、あまりにも上質であることも

同じ理由であり、リンがその土壌に自身の膨大な魔力を常に与えているからこそ実現している現象。


魔の森は、周辺の自然が有する魔素を自身に取り込もうとする上に、今のスタトリン周辺の森のように、領地の開拓によって本来あるべき自然が減少すれば…

その分の魔素は必然的に魔の森に取り込まれてしまうこととなる。

魔の森の魔素の濃度が上昇すればするほど、脅威度の高い魔物が出現することとなり…

そうなれば、必然的にこのスタトリンにより凶悪な魔物の襲来を許すこととなる。


リンやシェリルなら、そのような魔物も討伐はできるだろうが…

逆に言えば、リン、シェリル以外には討伐が不可能な魔物達が数多く出現することとなってしまう。

下手をすれば、直近に起こった十万を超える中位以上の脅威度を持つ魔物達による氾濫…

それをさらに上回る程の大規模な氾濫が起こる可能性も否定できなくなってしまう。


「…では、領地の拡大は…」

「…少なくとも、今はするべきでないじゃろう…むしろ、してはいかん…」

「ぬ、ぬぬう…移民希望者が激増している今が、スタトリンが大きく発展するチャンスだと言うのに…」

「…となると、やはりここは…」

「うむ…リンへの相談事とするしかないじゃろうな…」


すぐにでも森を開拓し、領地の拡大を急ぎたいのに、それ自体が危険だとシェリルに指摘され…

スタトリンの独立に向け、大きく発展させていくには、移民希望者が殺到している今が絶好のチャンスだと言うのに何も手が打てないことに、代表の三人はやるせない思いになってしまう。


そして、困った時は神頼み、と言うわけではないのだが…

この問題はやはり、スタトリンをあの大氾濫から護り抜いてくれた英雄であり…

このスタトリンをここまで発展させてくれた神様であるリンに、相談するしかない。


シェリルも、代表の三人もそれしかないと考えが一致し…

すぐにでも、リンに相談しようとシェリルは念話で生涯の伴侶となるリンに、声をかけるのであった。

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