第147話 勧誘

「こ、これ…楽しいなあ…」


ミソとショーユの製造に成功し、新たな商材が加わることとなったリン。

商品化が決まってまだ二日だが、すでにジュリア商会の店舗ではミソもショーユも大繁盛。

一般家庭で使い切りやすいように、ミソもショーユも500gで一つとして売ることをジュリアからリンに伝えると、リンが【土】属性の魔法を使って作った陶磁器風の容器に詰めてくれたのを見て、これなら売れると太鼓判を押す。

ショーユの方の容器は注ぎ口が付いていて使い勝手がよく、なおのこと売れるだろうとジュリアは大喜び。

さらに、リンが使い終わった容器を店舗に持参すれば、そこに詰め直す形をとって容器の分を割り引きするのはどうか、と言う提案を出し…

詰め直しは収納の魔導具を使えば簡単にできるのと、それで資源の無駄がなくなると言うことでジュリアはその案を絶賛し、二つ返事で了承。


そうして実際に販売が開始すると、一人の客を装った商人が転売目的で大量に購入する、などと言う事態まで発生してしまい、急遽購入制限を設けなければならない程の売れ行きを見せている。

ジャスティン商会でも同様の売れ行きを見せており、試しに仕入れた数百個はすぐに売り切れとなってしまい…

以降は数千個口単位で大量に仕入れる契約をリンと交わすこととなった。


さらに宿屋、レストラン、冒険者ギルドの食堂と、お食事処でもミソとショーユを使った新メニューを求める客が殺到。

その影響でコメも飛ぶように売れるようになり、リンの商業施設の売上は爆発的に伸びていっている。


ミソとショーユの在庫は、最初に作った数トンがもうなくなりそうな勢いなので、リンはすぐさま作業空間で増産体制に入り、現在進行形で召喚獣に任せられるところは任せて製造している。

原料は生活空間と第二領地の農場で日にそれぞれ10トンは収穫できるので、日に収穫できるものの半分はミソとショーユの製造に使い、ひとまずは数トンの増産に成功。

そこから製造を滞らせることなく、さらに増産を進めていっている。


「あまり光に当てない方がいいから…うん…こんな感じで…」


そして、自身の作業空間だけではなく、別の製造設備を作る目的で、リンは今生活空間をカスタマイズしている。

裏の山のふもとに、ロックが掘り進めてくれた坑道の入り口とは別となる、洞窟への入り口を作り出す。

その中は生活空間の地下につながっており、そこにミソとショーユの製造ができるような広大な広場を作り出す。

そしてそこに作業空間にある設備と同じ設備をそのまま設置し…

リンの魔力を使ってコウジカビを生み出す魔導具と、【浄化】を付与した魔導具、さらには【生産・錬金】の技能を付与して不純物を除去する魔道具を作って追加で設置する。

ここに作業空間に配置した召喚獣を呼び出し、追加した魔導具を使ってミソとショーユの全製造工程を最初から最後まで実行するように命令文を書き換え、リンとは別に製造をしてもらうようにする。


リンは自身の作業空間を使って、隙間時間に一人で製造ができるようにし…

自分と召喚獣で同時に作業をすることで増産体制を確保するようにした。


これで、三日に一回はショーユが、二日に一回はミソが最低数トンは確保されるようになったので、在庫切れの心配もなくなった。

また、ショーユの搾りかすは料理、農業の肥料、発酵食品製造の素材として使えることが【鑑定】で分かっているので、全て収納空間で保存している。


「あと、これもここで作れるようにして…」


さらにリンは、生活空間にある海に、今作った洞窟への水路を作り…

その水路から海水を自身の【空間・収納】の収納機能を付与した窪地に流れ込むようにして、恒久的に海水をストックできるようにする。

海水自体はリンの生活空間にある魔力でいくらでも生み出されるので、海水を取り過ぎて枯渇することもない。


そして、ストックされた海水を数トンごとに【空間・結界】で作ったタンクに納め…

そのタンクに付与した【火】の【息災】で煮詰めて塩と『ニガリ』を作り出し、できあがった塩とニガリは収納空間に収納される設備を作り出す。


加えて、【空間・結界】で作ったタンクに大豆を入れ、【浄化】で洗浄し、【水】魔法で生成した清浄な水につけ…

ある程度浸透したら、水を調節しつつ加えて【風】属性の魔法で挽いていく。

そうして挽いた大豆を【火】の息災で加熱し、『トウニュウ』と『オカラ』に分離させる。


トウニュウは半分は乳製品として収納し、オカラは全て食品として収納する。


できたトウニュウの半分は、ニガリを加えて凝固・熟成させ…

【空間・結界】で作った型に流し込んで形作り、そこに【闇】属性の重力魔法で加圧して成型して、『トウフ』を作る。

できたトウフは、収納空間に収納する。


これらの製造設備も、この洞窟とリン自身の作業空間の両方に作り出し…

洞窟の作業はリンの召喚獣に任せる形にして、広大な製造作業空間となる洞窟をひとまず完成させる。


「えへへ…これでもっともっと美味しくて栄養いっぱいのものを、たくさん作れる…みんな、喜んでくれるかな…」


自分の作ったもので、誰かが喜んでくれることを思い浮かべて…

リンはとても幸せそうな、嬉しそうな笑顔を浮かべる。


今後はこの洞窟に様々な製造設備を加えてカスタマイズし、より多くのものを作り出せるようにしようと思う。

食品はもちろんのこと、薬品や道具など、誰かが幸せになれるようなものであればなんでも。

そして、そのことを考えるだけでとても楽しくなり…

リンはますます、その幼く可愛らしい顔ににこにことした笑顔を浮かべるのであった。




――――




「ほ、ほんとに!?」

「ほんとにそんな…」

「あたし達みたいな低ランクの冒険者には、天国みたいなとところがあるの!?」


場所は変わり、サンデル王国の領土にある、比較的スタトリンに近い地方の町。

そこの冒険者ギルドの支部に登録し、そこを拠点としている冒険者達が…

スタトリンと言う、魔の森のすぐそばと言う超危険地帯にある辺境の町に住んでいる友人の冒険者達の話の聞いて、驚きの声をあげる。


「ほんとよ!」

「うち達みたいな低ランクでもすっごく大事にしてくれて」

「討伐系以外の依頼でも、ちゃんと実績として評価してくれて」

「おまけにこの世に降りてきた天使としか思えないような可愛くて優しい男の子が、新しいギルドのオーナーと、そのギルド唯一の白金プラチナランク冒険者なんてしてくれて」

「ギルドマスターはあのエイレーンさんだから、いろんな依頼を常に抱えてくれてて、しかも町の代表までやってくれてるんだから!」

「その男の子…リン様は町の為に周辺の森の開拓とか、新しい施設の建設とかも全部代表からの依頼でしてくれるし、わたし達が喜んだらすっごく嬉しそうな顔して喜んでくれる、ほんとに天使みたいに可愛い男の子なの!」

「もうあたし、リン様の為だったらなんだってしちゃう!」

「リン様は私達みたいな低ランクの冒険者にもできるような仕事を依頼としてギルドにいっぱい用意してくれてて」

「冒険者が拠点にするのにすっごく素敵な住まいまで、格安で用意してくれてるの!」

「そのリン様がオーナーで、エイレーンさんがギルドマスターになってる新しい冒険者ギルドはもう本当に天国!」

「周辺の森も採取依頼がいっぱいで、報酬も凄くいいし!」

「ね!だからわたし達と一緒に、スタトリンの冒険者ギルドに登録しなおして、スタトリンを拠点にして住んじゃおうよ!」


サンデル王国の冒険者ギルドの、横柄で低ランク冒険者を人とも思わない扱いに夢も希望もなく、沈んだ雰囲気が当然となってしまっている自分達と比べて…

もう夢と希望しかない、と言わんばかりにきらきらとした目をして、とても嬉しそうに今のスタトリンのことを語る彼女達が、とてもまぶしく映ってしまう。


つい最近までは自分達となんら変わりない状況だった彼女達がここまで変われたのを見て、ますますスタトリンに興味が沸いてきてしまう。


「ス、スタトリンって、そんなに住みやすいの?」

「もうすっごくいい町!」

「住んでる人みんな優しいし、お水にもお風呂にもおトイレにも全然困らなくて」

「ジャスティン商会の本店もあるし、リン様がオーナーしてる宿屋とか、レストランとかもう最高!」

「わあ…すっごく素敵な町…」

「で、でも、それだと税金高いんじゃ…」

「それがね、全然そんなことないの!」

「税金も住民税だけで、月に銀貨四枚だけなの!」

「!そ、そんなに安いの?」

「そうなの!元々は六十人くらいの小さな町だったのに、たった一ヶ月と少しくらいで千人規模の町になっちゃってるんだから!」

「冒険者以外のお仕事も、リン様がいっぱい用意してくれてるから、お金稼ぐのぜ~んぜん困らないし!」

「それに町を見回ってくれる守衛部隊とか、町の為の情報収集してくれる諜報部隊とかもあって、町の治安もすっごくいいの!」

「お店での買い物も全然高くないし、リン様の診療所なんてのもあるから、怪我とかしてもほんとに安心!」

「町全体も、リン様の結界が護ってくれるから凄く安心だし!」

「獣人とか他の種族も住んでて、でもみんなすっごく仲良く暮らせてるし!」

「もう本当に、天国みたいな町なの!」


凄い勢いで、今のスタトリンについてまくし立ててくる友人の女性冒険者達の言葉に、今の現状に疲弊している女性冒険者達はますます心惹かれてしまう。


仕事にも困らず、町の公共設備も豊富で利便性が高く、加えて住民がとても優しい。

冒険者としても、人として扱われない現状からすれば天と地ほどの違いがあると言っても過言ではない。


行きたい。

自分も、スタトリンで暮らしたい。

スタトリンで、冒険者として登録したい。


「行きたい!」

「あたし、スタトリンに行きたい!」

「スタトリンで、冒険者として登録しなおしたい!」

「スタトリンで、みんな一緒に暮らしたい!」


もうその心から溢れかえってくる思いを抑えきれず…

言葉となって、彼女達に決意表明をさせる。


「うん!いこ!」

「みんなで一緒に、スタトリンで幸せになろ!」

「嬉しい!」

「ちょっと待っててね!」

「あたし達、今の冒険者ギルド辞めてくるから!」

「すぐ戻ってくるからね!」

「うん!」

「終わったら、一緒にスタトリンにいこ!」


辛い時を一緒に、歯を食いしばって過ごしてきた親友と言える存在を助けに来たのだから…

当然のように、彼女達の決意を受け入れる友人の冒険者達。


そんな親友達の言葉に、とても嬉しいことがすぐに分かる笑顔を浮かべながら…

彼女達はサンデル王国の冒険者ギルドの脱退の手続きをする為、その足でこの町の拠点へと走っていく。


「の、のう…あんた達…」

「ちょ、ちょっといいかい?」

「?どうしたの?おじいちゃんとおばあちゃん?」

「わたし達に、何か用?」


脱退の手続きに出かけた親友達を待つことにした彼女達に、一組の老夫婦が声をかけてくる。

その老夫婦に、彼女達はとても優しい表情と声で反応を返す。


「あ、あんた達がしてた話…」

「そ、そのスタトリンって町が、そんなに天国みたいってのは…ほんとなのかい?」

「うん!ほんとよ!」

「あたし達も今すっごく幸せ!って言い切れちゃうくらい、天国みたいな町なの!」

「もしかして、おじいちゃん達も行きたいの?」

「!い、いいのかい?」

「で、でもわし達にできるのは、農業くらいのものなんじゃが…」

「!農業できるなら大丈夫よ!」

「リン様がすっごく大きな農場も持ってて、そこで町の農作業できる人がみんな働いてるの!」

「すっごく作物が育ちやすくて、農作業がめちゃくちゃ楽しいってみんな言ってるの!」

「リン様すっごく優しいから、おじいちゃん達も絶対に雇ってもらえるわ!」

「!おおお……」

「こ、こんなあたし達みたいな老いぼれでも…拾ってもらえるなんて…」

「ねえ、よかったらわたし達と一緒にスタトリン、いこ!」

「リン様はあたし達の親友も、おじいちゃんもおばあちゃんも喜んでくれたら、すっごく喜んでくれるから!」

「スタトリンまでの道は私達が知ってるから、案内してあげるね!」

「あ、ありがとう…ありがとうなあ…」

「あ、あたしゃ嬉しいよお…こんなにも…こんなにも優しくしてもらえるなんて…」


老夫婦が自分達がしていた、スタトリンの話を聞いていたらしく…

とても心惹かれて、できるならば移民したい、と言う気持ちでいっぱいになっていたのを聞いた彼女達は、この老夫婦もスタトリンに連れて行こうと思い、誘いの声をかける。


その言葉に老夫婦は驚き、農業くらいしか取り柄がないことを引け目にとらえてしまうものの…

リンの巨大な農場があるスタトリンなら、絶対に二人を雇ってもらえて、幸せになれると言う彼女達の言葉に、この世の救いを見たような感覚さえ覚えてしまう。


そして、自分達の親友と一緒にスタトリンに連れて行ってくれると言う彼女達の言葉に、老夫婦は嬉しさのあまり涙まで流してしまう。

自分達のしたことで、こんなにも喜んでくれる老夫婦の姿がとても嬉しくて…

彼女達は親友達が冒険者ギルド脱退の手続きを終えてちょうど戻ってきたので、老夫婦も一緒にスタトリンに笑顔いっぱいで向かうことにした。


親友達はこの町に住まいはなく、日払いで宿をとっていただけなので、後は少ない荷物をまとめて旅の準備をすればいつでも出発できる。

老夫婦も、住んでいたところを追い出されてアテもなくこの町を彷徨っていたところに、彼女達を見かけて話しかけただけなので、すぐに移動できる状態。


全員で、スタトリンで幸せになろうと言う思いを心の中で膨らませながら、彼女達はこの世の天国とさえ称することのできる、今のスタトリンに歩を進めていくのであった。

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