第86話 氾濫⑨
「ふう……」
神の怒りを思わせる、絶大な威力の一撃を放ち、目の前の景色を全て埋め尽くしていた魔物達を一掃することに成功したリン。
自らが討伐した魔物達の死体を全て収納空間に収納し、召喚獣としての契約も済ませ、魔物が押し寄せてきていた方角には、文字通り何も残らなくなっている。
「わあ……魔物素材がこんなに増えちゃった……召喚獣もすっごく増えたし……」
リン自身で討伐した魔物の個体数は十万を超えており、リンの収納空間の中にはその数そのままの死体が収納されている。
これを血抜き、解体すれば下手をすれば億にも届きそうな数の高級素材になる。
この戦果には、エイレーンがまた口を大きく開けて驚いてしまうだろう。
氾濫の前には一種類しかいなかった召喚獣も、この戦いを経て千を超える種類の召喚獣との契約に成功した為、これからは戦闘のみならず、町の護衛や農作業もしてもらえそうだと、リンは楽し気な表情を浮かべる。
それでもさすがに全てを、と言うわけにはいかず、数千程は逃亡を許してしまったのだが…
「…うん…ナイトとルノが、町に入る前に討伐してくれてる」
自分の頼れる従魔であるナイトとルノが、町に押し寄せる魔物達を容赦なく屠っていっている。
(さあ!!いくらでもかかってくるがいい!!我ごときに敵わぬ輩が、主に敵うはずあるわけなかろう!!)
(ほんとその通りです!!わたしにやられる程度で、ご主人様に敵うなどと…勘違いもいいとこです!!)
(この町は我が敬愛する主が護るべき町であり、護り抜いた町!!主の騎士である我が貴様らを通すなど、断じてあり得ぬ!!)
(ご主人様が護り抜いた町を、わたしが明け渡すなんて…そんなことしたら、ご主人様に顔向けできません!!)
天井知らずに跳ね上がるリンへの敬愛心に、称号【勇者リンの従魔】が呼応し、ナイトとルノの能力を大幅に底上げしている。
今のナイトとルノには、もはや上位の魔物すら敵ではなかった。
町に襲い掛かる残党を、ことごとく殲滅している姿を見て、リンは本当に頼りになると笑顔を浮かべる。
「!!………これは………」
過去にさかのぼっても例がないと言える程の大規模な氾濫も終焉を迎え、一息ついていたリンの感覚が、恐るべき力を感知する。
それは、十万を超える大氾濫など物ともしない程の強大な力。
そして、それは間違いなくこちらに近づいてきている。
「!もしかして……この氾濫って、この力の持ち主が?……」
そう考えれば、納得がいく。
スタトリンに押し寄せてきた魔物達は、この強大すぎる力の持ち主を恐れて、本来の住処を追われてきたのだと。
【探索・気配】で探知すると、反応は黒。
この存在は、間違いなく魔物。
しかも、今のリンにすら匹敵するほどの力を持つ存在。
まだ、戦いは終わっていない。
絶対に、絶対に通すわけにはいかない。
この存在を、町に通してはいけない。
「ぼくがみんなを、町を護るんだ!!」
その思いが、リンの称号【勇者】と【護りし者】に激しく呼応する。
さらに跳ね上がるその力に、大気が震え、大地が揺れる。
一歩も引かない。
引いてはならない。
引くことは許されない。
リンは、たった一人でこの強大な力を持つ魔物と戦い、勝つことを心に誓う。
家族を。
仲間を。
町を。
全てを護る。
ただそれだけの為に。
―――――
「!!フ、フシュアアアアアア!!!!!?????」
「!!グ、グギャギャギャギャ!!!!!?????」
「!!シャ、シャアアアアアア!!!!!?????」
リンが感知した、とんでもない存在。
その力を敏感に察知したのか、町でロクサル達と戦っていた魔物達が、突如怯えだし…
その身を護ろうと丸めて、その場に蹲ってしまう。
「!?な、なんだ!?」
「!?さ、さっきまでのリンちゃんと、同じくらい強い力が!?」
「!?な、なんなんだこれは!?」
そして、その力を感知したのは魔物達だけではない。
戦闘部隊の面々も、先程までのリンに匹敵するほどの力を持つ存在の接近に気づき、激しく動揺してしまう。
(マ、マスターとおなじくらいつよいちから…こ、こわい…)
(こわいよお…)
人間よりも魔物の方がその恐ろしさを敏感に感じ取ってしまうのか…
リムとリラも、怯えてその丸い体を波打つように震わせてしまう。
「な、なんなんだ?……これは?……」
戦闘部隊を見事な司令と連携で率いて、
死人どころか誰一人、怪我らしい怪我すらさせずに戦い抜いてきたロクサルも、この恐ろしい存在の力を感じ取り、動揺を隠せない。
その場にいる全ての存在が、もはや戦闘どころではなくなってしまう。
誰もが、その恐るべき存在に怯え、動けなくなってしまった。
――――
(!!こ、これは!?)
(!!ま、まさかご主人様に匹敵する程の力を持つ魔物!?そ、そんな!!)
そして、その恐るべき存在の余波は町の周辺で町を守護し続けていたナイトとルノ…
「!!グ、グオオオオオオオオ……」
「!!ギャ、ギャギャギャギャ!?」
「!!キ、キイイイイイイイイ!?」
ナイト、ルノと戦い、残りは十匹を切っていた魔物の残党達にも届いていた。
残党達はその本能に絶大な恐怖を刷り込まれてしまい、この場所にいるのは死以外の未来が見えない為…
すぐにスタトリンから離れて、恐怖の対象となる存在から雲の子を散らしたかのように逃げ出してしまう。
(ぬうう…これは…)
(ご、ご主人様…)
魔物としての本能が、その格の違いを敏感に感じ取り、今すぐにでもこの場から逃げ出したいと叫び出す。
ナイトもルノも、恐怖に身体が震えて動かなくなってしまう。
しかしそれでも、敬愛する主であるリンから託された使命を果たさんと、その場に留まる。
スタトリンを護り抜く、と言う使命を果たす。
そのためだけに。
――――
「!わあ……」
その恐るべき存在は、リンがそれを感知してすぐに、リンの前へと姿を現した。
「グ、オオオオオオオ……」
見ているだけで、その中に吸い込まれそうな漆黒の鱗。
小さな山程もある巨体。
しかし、確かな知性を感じさせる金色の目に、竜族特有の縦に細長い黒の瞳。
名前:シェリル
種族:エンシェントドラゴン
性別:雌
年齢:3051
HP:12031/12031
MP:6598/6598
筋力:8969
敏捷:5076
防御:10321
知力:7853
器用:6940
称号:古の竜、番探し中、不老
技能:魔法・5(火、水、土、風)
息災・5(火、水、風)
飛翔・5
魔力・5(制御、回復、減少、詠唱、耐性)
対話・5
人化・5
称号
・古の竜
永き時を生きる竜に与えられる称号。
常時、全ステータスが30%上昇する。
・番探し中
生涯の伴侶を強く求めて探している者に与えられる称号。
異性を魅了するフェロモンを強く発することができる。
己が求める異性が現れたならば、発するフェロモンは全てその異性に向けられる。
・不老
永き時を生きる者に与えられる称号。
この称号を与えられたその時から、老化が一切進まなくなる。
ただし、あくまで寿命で死ななくなるだけで、外的要因で死なないわけではない。
技能
・息災
属性を持った息攻撃を放つことができる。
レベルが高くなる程、威力、範囲が大きくなる。
・対話
己の使う言葉が通じない種族に対しても、お互いに分かる言葉で対話することができる。
レベルが高くなる程、より流暢に対話ができるようになる。
・人化
己の姿を人のものに変えることができる。
レベルが低いうちは、本来の種族と人の特徴を併せ持った容姿となる。
レベルが高くなればなる程、より人と見分けがつかなくなる。
「わあ~…おっきい…」
ナイトと初めて出会った時も、その大きさの違いを感じたのだが…
今、自分の目の前にいる竜は、それとは比較にならない程の巨体。
そして、【鑑定】で見た通りなら、その種族は伝説の存在とされているエンシェントドラゴン。
この世に生を受けてまだ十四年と言う、まだまだ子供と言える年齢のリンからすれば、三千年と言う途方もない年月を生きてきたエンシェントドラゴン、シェリルはまさに歴史の生き証人。
どのステータスも伝説上の生き物にそぐわない、圧倒的な強さを誇っており…
魔物でありながらも知性に溢れた雰囲気を感じさせている。
それゆえか、リンはシェリルから、先程まで氾濫してきた魔物達のような殺伐としたものを感じないこともあり…
手に持っていた剣を下げ、興味津々と言った様子でシェリルを見上げている。
「……どうしたのじゃ、小さき者よ」
己を前にして、逃げ出しもせず、怖がりもせず…
とても興味津々な様子で見上げるリンに、シェリルも興味を持ったのか…
己が持つ技能である【対話】を使い、リンに分かる言葉で話しかけてくる。
「!わ!しゃべった!」
目の前の竜が、いきなり人間の言葉でしゃべったことにリンは驚いてしまう。
【鑑定】で【対話】の技能を持っていることは見ていたのだが、それでも実際にしゃべってこられると、その姿とのギャップもあって驚いてしまったようだ。
口調は永き時を生きてきたゆえの老成したものではあるのだが、声そのものは年若い少女のものであることも、驚いた要因の一つなのだが。
しかしそれでも、リンはシェリルに今のところ不穏で殺伐とした雰囲気は感じておらず…
むしろ、人間の世界に置いて伝説の種族とされる存在に非常に興味が沸いていて、いろいろ会話してみたい、とさえ思っている。
「……お主、名は?」
「ぼ、ぼく、ですか?ぼ、ぼく、リン、って、言い、ます」
「…そうかえ、リンと言うのかえ…ふふふ」
「?な、何、か、お、おかし、かった、ですか?」
「ふふ…ああ、気を悪くせんでくれ……魔物の妾が普通に人語で話しているというのに…人間のお主がえらくぎこちない口調なのが、面白くてのう…」
「!ご、ごめん、なさい…シェ、シェリル、さん…ぼ、ぼく…だ、誰か、と、お、お話、する、のが、に、苦手、で…」
「ほほう、そうなのか……?今お主、妾の名を呼んでなかったかえ?」
「え?は、はい…シェ、シェリル、さん、で、あ、合って、ます、よね?」
「!やはり!妾はお主にまだ名乗っておらんかったではないか…なぜ、妾の名を?」
「あ、ご、ごめん、なさい…か…【鑑定】、で、み、見ちゃい、ました」
「!なんと!お主のような子供が、【鑑定】を持っているだと!…ふむ…妾はますますお主に興味が沸いてきたのじゃ…」
人間のくせに、魔物である自分よりも会話が下手でぎこちなくて…
しかし、【鑑定】と言う希少な技能を持っており…
口調こそぎこちなくはあるものの、魔物である自分を怖がりもせず、むしろただの人間と同じように会話してくる、このリンと言う存在。
シェリルは、リンにとても強い興味を持ってしまい…
もっと、リンのことが知りたいと思い、さらに会話を続けようとする。
「…のう、リンよ」
「?は、はい?」
「この魔の森に住む魔物共は、妾の存在に怯えて逃げ出し、その先にある人間の町を襲おうとした…つまり、あの魔物共が町を襲おうとしたのは、妾が原因じゃ」
「や、やっぱり、そう、なん、ですね…」
「ほう…お主も感づいておったか…じゃが、あの町のそばにおるワイバーンの小僧と、インフェルノファルコンの小娘は、妾に住処を追われた魔物共とは違う…まるで人間の町を護ろうとして戦っていたように見えたのじゃが…」
「あ、あの、子、達、は、ぼ、ぼく、が、テ、テイム、した、子、達、です」
「!テイムじゃと!お主まさか、【従魔】も使えるのかえ!?」
「は、はい。ぼ、ぼく、の、お、お願い、を、聞いて、町、を、ま、護って、くれてた、んです」
「…そうかえ…てっきり突然変異による特殊個体と思っていたのじゃが…テイムされていたのなら、あの強さも納得じゃ…リン、お主よほどあの者共に慕われておるのじゃな」
「ぼ、ぼく、の、大切な、大好きな、家族、です」
「!家族…人間でありながら、魔物を家族と申すのかえ……なるほどのう……あの者共が慕うわけじゃて……」
会話を進めていくと、どんどんリンの人となりが分かっていく。
こんなに幼く、小さい子供なのに、たった一人で十万を超える魔物の大群を屠った強さもさることながら…
希少な技能を豊富に持っていて、魔物をテイムできることも驚いた。
さらには、テイムした魔物を『家族』だと言い切る優しい心。
シェリルが以前見た、【従魔】の技能を持つ者がテイムした魔物の扱われ方…
それはもう、ひどいものだった。
命のある生き物であるにも関わらず、ただの道具としてしか、扱っていなかったのだから。
【従魔】を使える人間を、シェリルは複数見たことがあったのだが、どの人間もそのような扱いしかしなかった。
だが、リンは違う。
ナイトとルノを見ているだけでも、それがよく分かってしまう。
よほどリンが心を寄せて触れ合っていなければ…
よほどリンが従魔達を大切にしていなければ…
突然変異の特殊個体をも上回る程の力を持つことなど、できるはずもない。
その言葉通り、リンは従魔達を『家族』として扱っているのだ。
「…のう、リンよ」
「は、はい?」
「…妾から、ちょっとしたお願いがあるのじゃが…聞いてはくれぬか?」
「?ど、どんな、お願い、ですか?」
知りたい。
もっと知りたい。
もっともっと、この小さな人間のことを知りたい。
シェリルの中で、その思いが膨れ上がっていく。
「――――妾と、戦ってくれんかのう?」
まともにやり合えば、エンシェントドラゴンである自分ですら、屠られてしまうかもしれない。
その強さを、この身で味わってみたい。
そんな思いが、シェリルにそんな言葉を紡がせてしまう。
「!!ど、どうして、ですか?」
「…妾は、どうしようもない程にリン…お主に興味が沸いておるのじゃ」
「?……」
「実際に話してみて、お主の人となりがなんとなく分かって…でもそれだけでは足らぬのじゃ」
「??……」
「十万もの魔物を、たった一人で屠った、お主のその力も、知りたいのじゃ」
永き時を生き、多くの敵とも戦ってきた。
自身の命を狙う者を、圧倒的な力でねじ伏せ、葬ってきた。
いつしかそんな者もいなくなり、戦いすらもなくなってしまった。
だが、ようやく己の命を懸けるにふさわしい相手が、目の前に現れた。
この子供がその全力を出せば、この命すら奪われてしまうかもしれない。
それでも、知りたい。
それでも、戦いたい。
まるで、ずっと待ち望んでいた番の片割れ――――
生涯の伴侶を見つけたかのような高揚感。
とっくに失っていたと思っていた、生娘が抱くような純粋無垢な恋心。
この巨大な全身を震わせる程の鼓動が、とても心地いい。
シェリルは、まるでリンに恋をしてしまったかのような…
そんな熱を帯びた表情を浮かべている。
「!で、でも…」
だがリンは、いくら魔物と言えどこうして友好的に会話までできる相手と戦うことなどできないと思ってしまう。
本質的に争いを好まず、他の為に尽くし、誰かが喜んでくれることを己の喜びとするリンには、シェリルのこのような願いに首を縦に振ることなど、できない。
どうして、戦う必要があるの?
こうやって、お互いに話し合えているのに。
リンのそんな思いが、まさにその顔に表情として浮かんでいる。
シェリルも、リンのそんな表情を見て、リンが心底争いを好まない心優しい少年だと言うことは十分すぎる程に分かっている。
だが、それでも。
魔物としての闘争本能が、叫び狂う。
――――目の前の強敵と、命を賭して戦いたい――――
と。
「…すまぬのじゃ、リン」
「え?…」
その言葉が響いた瞬間、シェリルの左前脚がリン目掛けて襲い掛かる。
「!!ぐうううううううううっ!!!!!!!!」
リン以外の者ならば、何も見えず、何が何だか分からず命を奪われていた。
それほどに速く、重い一撃。
それを、リンは真正面からその幼く華奢な両腕を交差させ、受け止める。
身体の大きさ、質量の差など物ともせず。
だが、その力は拮抗しているのか…
リンもシェリルも、全力でお互いを押し合い…
その余波で、大地にひびが入り始めている。
「ああ…やはり、やはりお主は強い…」
「ぐぐぐぐぐぐ……な、なんで……」
「こんなにも小さな身体で、妾と力で真っ向から張り合えるなど…ああ!!もっとじゃ!!もっとリン、お主を妾に見せてほしいのじゃ!!」
シェリルは、すでに自覚してしまっている。
自分が、リンと言う存在に、どうしようもない程に心惹かれてしまっていることに。
だからこそ…
だからこそ、知りたい。
だからこそ、確かめたい。
リンが、己が三千年を超える長き時を生きて、ようやく見つけることのできた…
生涯の伴侶なのか、を。
そして、自身が生涯を託すに値する存在なのか、を。
「さあリン!!妾を、妾を殺すつもりでかかってくるのじゃ!!」
ようやく見つけることのできた、生涯の伴侶。
誰にも、渡さない。
心臓が焼け付くほどに激しい鼓動…
マグマのように煮えたぎる情愛…
シェリルは、エンシェントドラゴンと言う、神に最も近いとされる種族の全力をもって、リンに襲い掛かるのであった。
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