第87話 氾濫⑩

「な、なんなんだあの巨大なドラゴンは!!??」


戦いを望まないリンの意思を無視して、リンに襲い掛かり、戦いを挑んだシェリル。


そのシェリルの姿に、スタトリンにいる者全てが…

その生物としての圧倒的な格の違い、そして威圧感に動くことすらできずにいる。


(あれは…エンシェントドラゴン…)

(!!ナ、ナイト!!それは確かなのか!?)

(我も…たった一度見ただけなのですが…この力…威圧感…間違いないです…)

(……エンシェントドラゴンと言えば、人間界でも伝説の竜族と伝えられている存在…まさか、実在していたとは……)

(エンシェントドラゴンは、我ら竜族の中でも最高峰に君臨する種族……く!!主が戦っているのに、騎士であるこの我が、動くこともできないとは!!)

(!!リンが、戦っているのか!?)

(はい!!あのエンシェントドラゴンが、ご主人様に襲い掛かって……)

(!!く……リン!!)


伝説上の種族として、人間界には言い伝えられてきたエンシェントドラゴンを目の当たりにして、ロクサルは驚きと動揺を隠せない。

しかも、そのエンシェントドラゴンとリンが戦い始めたと聞かされ…

エンシェントドラゴンの圧倒的な存在感と威圧感に、動くことすらできず…

またしてもリンに全てを背負わせてしまうことに、やり場のない怒りを覚えてしまう。


それはナイトとルノも同じで、この世で最も敬愛する主であるリンが、たった一人で伝説の存在と戦う中、身動き一つとることすらできない自分達に心底憤っている。


しかしそれでも、エンシェントドラゴンのような、神に近い存在を敵に回せば、自分達などどうあがこうとその先に待っているのは、絶対の死。


(マスター……)

(ごしゅじんさま……)


リムとリラも、押し潰されそうな程の恐怖を魔物の本能に刷り込まれ、その身をぶるぶると震わせながらも…

この世で最も敬愛する主である、リンのことを思い、その無事を願うのであった。




――――




「ぐううう……あああああああああっ!!!!!!!」


シェリルの容赦ない、前足や爪を使った打撃がリンに襲い掛かる。

リンの家族の中では、リンを除けば最も肉弾戦能力が高いナイトですら、何が起こっているのか見えない程に速く…


(!!ぐううううううううう!!!!!)

(な、なんて力!!!!!……)


至近距離でその攻撃を受けているリンよりもかなり遠くにいるはずのナイトやルノが、攻撃の余波で吹き飛ばされそうになってしまう程、重い。


しかしリンは、それ程の攻撃を全てその身…

身体の前で交差させた両腕で受け止め、人外の剛力でそれを押し返す。


たったそれだけの攻防が、大気を震わせ、大地を震え上がらせる。

結界を失ってむき出しとなっている、スタトリンの防壁を軋ませる。


「フ、フハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」

「?シェ、シェリル、さん?」

「リンよ!!人の身で…それもこのような幼くか弱い姿のお主が、よもやこれ程の力を持っていようとは!!妾は今、三千年を超える生の中で今、最も生きていることを実感できておるぞ!!」

「も、もう…こ、こんな、こと…やめ…」

「そんなつれないことを言うのは野暮なのじゃ!!妾はもっと、お主と力と力で語り合いたいのじゃ!!妾は、心からお主のことを欲しておるのじゃ!!」

「み、みんな、に、ひ、被害、が…」

「嫌じゃ!!妾はもっと、リンのことが知りたいのじゃ!!妾は――――」




「――――リンを、妾だけのものにしたいのじゃ!!」




家族を、町を護りたい…

でも、シェリルを傷つけたくないと言う心が、リンに攻撃をさせることを許さない。

しかし、防戦一方でありながら、リンはシェリルの凄まじい打撃を全て受け止め、押し返している。


それも、怪我どころか傷一つ負うことなく。


竜族としての頑強な肉体を持つナイトですら、シェリルの一撃でその身が粉々にされてしまう。

それ程の攻撃を、リンは無傷で受け止め、しかも押し返しているのだから…

シェリルは、自身が放った攻撃をリンが受け止めて押し返す度に、リンの人間の領域を遥かに超え…

エンシェントドラゴンと言う種族に生まれた自身よりも上の領域に足を踏み入れているその強さを、その身で実感している。


そして、それでも決して自分に拳を、刃を向けずただただ、自分を傷つけないように自分のやりたいようにさせてくれているリンの優しさも、その心で感じ取っている。


欲しい。

何が何でも欲しい。

この身と心、全てを対価にしてでも欲しい。


心が。

身体が。

その存在を構築する、一片一辺の細胞全てが。


目の前にいる、リンと言う人間が欲しいと、狂おしい程の叫びをあげている。


抑えることができない程に溢れかえるその思いは、シェリルは叫びにも似た言葉でリンに伝えられる。


「さあリンよ!!これはどうじゃ!?」


心底この戦いを望み、楽しんでいるシェリルの口に、膨大な魔力が集束していく。

集束する魔力が、煉獄の業火として姿を現していく。


「!!(いけない!!あんな凄い攻撃が放たれたら、町が、みんなが!!)」


集束していく膨大な魔力、その魔力が業火になっていく様。

それを見たリンは、【闇】属性の魔力を両足に纏い、その魔力で重力を反発させ…

遥か上空へと飛び上がる。


「むう!!待つのじゃ!!逃がさぬぞえ!!」


遥か上空へと飛び立ったリンを、シェリルはすぐさまその翼を羽ばたかさせて飛び上がり、その姿を視認することも困難な程のスピードで上昇していく。


(あ、主!?)

(な、なぜ!?どうしてご主人様はわざわざ、空へ!?)

(……!!俺達の、せいか!!)

(!!ロクサル殿!?)

(そ、それはどういうことなんですか!?ロクサル様!?)

(……あのエンシェントドラゴンが放とうとしていた攻撃…あれは炎系の息災ブレスのはず…ただでさえ竜族が放つ息災ブレスは兵器と言える程強力なのに、それをエンシェントドラゴン、なんてとんでもない竜が放とうとしていたんだ)

(……た、確かに……エンシェントドラゴンが放つ息災ブレスなど、どれほどの破壊力になってしまうのか……)

(で、でもそれが何の関係が……)

(……もしそれを、先程までの位置関係で、あの竜がリンに向かって放ったとしたら?)

(!!あ!!……)

(ご主人様の後方にいるわたし達……この町も……)

(……そうだ…おそらく何も残らない…すべてが灰になってしまっていただろう…リンは、そうさせない為に…俺達を…町を護る為にわざわざ、あえて竜族である相手に、空中戦を挑むことにしたんだ)


突然、本来ならば主戦場ではないはずの空中戦を仕掛けたリン。

それも、相手は空中戦は最も得意とするであろう、エンシェントドラゴン。


その意図が分からず、困惑しきっていたナイトとルノ。

だが、真っ先にリンの意図に気づいたロクサルの言葉で、リンが誰よりもみんなを護ろうと…

文字通り、たった一人でエンシェントドラゴンと言う天災のような存在と戦おうと、あえて不利になるはずの空中戦を挑んだのだと、気づかされる。


(あ、主!!我は…我はなんと不甲斐ない!!主の騎士であるはずの我が、このような…このような!!)

(ご主人様!!ご主人様!!)

(マスター!!しなないで!!ぜったいにしなないで!!)

(ごしゅじんさま!!うちなんにもできなくてごめんなさい!!しんじゃうなんて、いや!!)


誰よりも、どこまでも自分達の身を案じて…

自ら不利になる戦場に立ち、それでも戦いに挑んで、全てを護ろうとするその尊い心。


そんなリンの思いに、従魔達は心を震わされ、涙を流してしまう。


(リ、リンちゃん……リンちゃんが助かるならば、私はこんな命、いくらでも投げ出すのに!!)

(リンちゃん!!死なないで!!絶対に、絶対に生きて帰ってきて!!)

(お兄ちゃん!!お兄ちゃんが死んじゃうなんて、絶対に嫌!!帰ってきて!!)

(リン!!絶対に、絶対に生きて帰ってきてくれ!!俺は、俺はまだ何も君に返すことができていない!!)


それは、人間組であるエイレーン、リリム、リーファ、ロクサルも同じ。

たった一人で、何もかもを護り抜こうとするリンの熱く強い思いに、誰もがその心を震わされる。

その感動に、誰もが涙を流して、リンの生存を心から願う。




「(ぼくがみんなを、護るんだ!!)」




その思いが、リンに全て届いている。

その思いに、リンはよりみんなを護ると言う思いが溢れかえってくる。


こんなにも自分のことを思ってくれる人達を、死なせるわけにはいかない。

絶対に、絶対に護り抜く。


その溢れんばかりの思いに、リンの称号【勇者】と【護りし者】が呼応する。

これまででも、エンシェントドラゴン…

それも、リンの力を引き出したくて、リンと殺し合いをしたくて全力を出していたシェリルとすら対等に戦っていたそれまでを上回る程のリンの力が、凄まじい勢いで噴き出してくる。


「!!あああ……なんという…なんという凄まじい力なのじゃ!!あそこから…あそこからまだ、これ程の力が湧き上がってくるとは!!」

「…………」

「リン!!お主こそ、お主こそ妾の生涯の伴侶にふさわしい!!さあ、もっと!!もっと妾とあいし合うのじゃ!!ああ……リンの力を感じるだけで、妾はもう…もう、おかしくなってしまいそうなのじゃ!!」


すでにリンと自分以外では次元が違い過ぎると言わざるを得ない程の魔力を集束させているにも関わらず…

シェリルは、そこからさらに魔力を集束させていく。


それがシェリルの眼下に放たれたならば、おそらく大陸すら消し飛んでしまう程の破壊力。

だが、シェリルはさらに魔力を集束させていく。


己の持つ、全ての魔力を。


「む?リン、何をしているのじゃ?」


そんなシェリルと真っ向から対峙するリンは、両腕を身体の前で交差させ、身をかがめて防御する体制をとる。

そのリンの行動に、シェリルは意図が分からず、思わず疑問を投げかけてしまう。


「ぼ、ぼく、は、シェ、シェリル、さん、の、攻撃、に、た、耐え、ます」

「!!なんと!!妾の攻撃あいを、正面から受け止めてくれるのじゃな!!なんと、なんといい男なのじゃ!!リンは!!妾はますます、リンのことが欲しくなってしまうのじゃ!!」

「こ、これ、に、耐えて、み、みんな、を、ま、護り、ます」

「!!リン!!ああ……リン…リン…リン…リン…リン…リン!!リンがあまりにもいい男すぎて、妾もうこの愛が抑えられそうにないのじゃ!!」


自身が持てる全ての魔力を集束させ、解き放とうとしている息災ブレスに耐え抜こうとするリンを見て、シェリルは脳内に麻薬を直接打ち込まれたかのような悦楽に、その身を震わされる。

そして、どうしようもない程にリンを求める心、愛する心が溢れてくることも自覚する。


そのシェリルの狂おしい程に溢れかえる思いが、集束する魔力に掛け合わされる。

シェリル自身、一度の息災ブレスを放つのにここまでの魔力を集束させたことなど、この世に生を受けてから一度たりともない。


その狂愛を乗せた、超絶な破壊力の息災ブレスを、ついにシェリルは解き放とうとする。




「リン!!!!!!!!妾のどうしようもない程の愛を、受け取ってほしいのじゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」





シェリルの口から、世界をも揺るがす程の超威力の息災ブレスが、ついに放たれた。

その一撃に、狂ってしまいそうな程の愛を込めて。




「ぼくは、耐える!!絶対に、耐え抜く!!」




自身に向けて放たれた、大陸さえも飲み込んでしまいそうなほどの息災ブレスに…

リンは、ありったけの闘気を発現し、身体強化と硬化を発動。

そして、発現した闘気で全身を覆い、全力でシェリルが放った息災ブレスに耐え抜こうと、力を込める。


そして、シェリルが放った煉獄の炎が、リンを包み込むように直撃し、リンをその存在ごと燃やし尽くそうと…

大地を揺るがす程の凄まじい轟音と共に、大爆発を引き起こす。


(あ、主!!!!!!)

(ご、ご主人様!!!!!!)

(マ、マスター!!!!!!)

(ごしゅじんさまあ~~~~~~!!!!!)

(リ、リンちゃん!!!!!!!)

(リンちゃあああああああん!!!!!!!)

(お兄ちゃああああああああん!!!!!!!)

(リ、リン!!!!!!!!!)


この世の物とは思えない程の、あまりに凄まじい爆発に視線を向けられず…

しかしそれでも、その爆発に包まれたリンを思う声が、リンの家族達からあがっていく。


「はあ……はあ……わ、妾の思い……全てを込めた息災ブレス……リン……」


この一撃に全ての魔力を込めていたシェリルは、魔力を使い果たしたことで今にも意識を失いそうになってしまっている。

本来ならば、魔力欠乏の状態になってしまったら、その瞬間に意識を失ってもおかしくはない。

それどころか、死の危険性すらある。

にも関わらず、未だに意識をつなぎとめていられるのは、エンシェントドラゴンと言う、伝説上の存在であるがゆえなのだろう。


だが、さすがに自身でもまるでその威力が想像できない程の魔力を込めて放った息災ブレスには、人間であるリンはひとたまりもなかった、と思うと…

シェリルは、その思いを告げることのできた喜びと、その思いを告げた相手を失ってしまった悲しみに同時に襲われてしまう。


人の身でありながら、エンシェントドラゴンである自身をも上回る力を持っていたリン。

しかも、魔物である自身をも気遣い、対等の存在として会話までしてくれる、とても優しく温かな人柄。


自身の我儘で無理やり挑んだ戦い。

その戦いで、間違いなく、リンは生涯の伴侶にふさわしいと実感させられた。

全身の細胞の一つ一つが、狂おしい程にリンへの愛を叫ぶ。

もう自分には、リン以外の伴侶は考えられないと叫ぶ。


そのリンを、自らの手で失うこととなってしまった。

もう、もうあのような存在は現れないだろう。

これからまた、空虚な生を送ることとなってしまうのか。


シェリルは、その身が凍えてしまいそうな程の寂しさを感じ…

最愛の伴侶を失った、心そのものをえぐり取られてしまうかのような悲しみを覚えてしまう。


「ああ……リン……許してたもれ……妾が……妾が愚かじゃった……」


その目から、リンを失ったことによる、溢れんばかりの悲しみが、涙として溢れ出てくる。


リンがいた周辺の空間そのものを、全て破壊する勢いで起こっていた爆発も収まり…

ようやく、爆発の中心の光景が鮮明クリアになっていく。


「!!お…おおお……」


視界が鮮明になった、爆発の中心部を見て、シェリルは歓喜の声を上げてしまう。


なぜなら、そこには…


【空間・結界】を付与した外套マントは影も形もなくなってしまっているものの…

それでも、闘気で覆っていた全身は無傷で…

息災ブレスを放つ直前と変わらぬ体勢で、言葉の通りシェリルの息災あいを全て受け止めたリンの姿があったから。


「おおお……リン…リン!!」

「…………」

「リン……お主はなんと…なんと素晴らしい男なのじゃ!!妾……妾……」




「もう……もうリンしか愛せなくなってしまったのじゃ……」




深すぎる程に深い悲しみの涙が、喜びの涙に変わっていく。

その瞬間、シェリルの心は、その全てをリンに奪われてしまった。


生涯の伴侶に出会えた喜び。

生涯の伴侶を愛せる喜び。

その喜びが、涙となって溢れかえってくる。


(あ、主!!よくぞ…よくぞご無事で!!)

(ご主人様!!本当に…本当によかったです!!)

(マスター!!あんなすごいこうげきにたえられるなんて!!)

(ごしゅじんさま!!すごいすご~い!!)

(リンちゃん!!!!ああああ……よかった…本当に…本当によかった…)

(リンちゃん!!!!も、もお!!!!ほんとに、ほんとに心配したんだからあああ!!!!)

(お兄ちゃん!!!!ボクの、ボクだけの大好きなお兄ちゃん!!!!!)

(リン!!!!よく…よくあの凄まじい破壊力の息災ブレスに耐えきって!!!!なんて、なんて凄い英雄なんだ!!!!)


リンの家族達も、溢れ出る涙を気にも留めず、ただただリンが生きていてくれたことを心から喜ぶ。

下手をすれば、自分達が暮らしている町どころか、大陸全てが消し飛んでいたかもしれない…

それ程の破壊力を秘めた息災ブレス


その息災ブレスに、人の身で耐え抜いたリンの強さに、全員が度肝を抜かされつつも、感動に涙が溢れて止まらない。




「リン……リン……妾の……妾だけの……」




三千年を超える生の中でも、放った記憶がない程の凄まじい攻撃に無傷で耐え抜いたリンの姿に、シェリルはその緊張の糸が切れてしまう。

魔力欠乏によって、どうにかつなぎとめていた意識がついに途切れ…

そのまま、地上へと真っ逆さまに落ちていく。




「!!シェリルさん!!」




それを見たリンは、【闇】属性の魔力を解除し、そのまま地上に落下し始める。

さらに、同じく【闇】属性の魔力で今度は重力を強化し、落下速度を速めてシェリルよりも先に地上へと降り立つ。


そして、重力に従って落下してくるシェリルの真下に移動し…




「はああっ!!!!!!」




闘気による身体強化も発動し、その両手を上に掲げて…

小さな山ほどもあるシェリルの巨体を、地上への直撃をさせまいと受け止める。




「よい…しょっと」




そして、衝撃を和らげて受け止めたシェリルの身体を、今度は優しくそっと地上へと降ろす。


「…これで、本当に家族を…町を護り切ることが、できたんだ」


氾濫して、町に襲い掛かってきた魔物はもういない。

そして、その氾濫を引き起こしたシェリルも、こうして無力化されている。


これでようやく、町に平和が訪れたのだと確信し…

リンは、その顔に喜びの笑顔を浮かべるので、あった。

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