第9話 抱擁
「!み、見つけた!」
森の中に差し込んでくる木漏れ日も薄くなり、そろそろ辺りが暗くなってくる時間帯。
普段なら踏み込まないはずの、魔の森の奥部まで足を踏み入れてまで探していた人物。
その人物の姿を視界に収めることができたことを、小さく歓喜の声をあげて喜ぶ人物がいる。
ごく普通の布地で作られた、緑色の長袖のトップスに、からし色のふんわりとした膝より上の丈のスカート。
スカートの下から伸びる、引き締まって、それでいて柔らかな印象の脚を包む乳白色の太ももまでのソックスと、橙色の膝の下までのブーツ。
衣類に覆われず、露わになっている健康的な小麦色の肌の絶対領域が眩しい。
後は、ごく普通の布地で作られた、トップスとお揃いの色の
背中に背負われている矢筒と弓が、彼女が弓術使いであることを示している。
全体的に華奢な印象だが、スレンダーなウエストラインとは裏腹に、女性の象徴である胸部は結構な自己主張という名の盛り上がりを見せており、彼女とすれ違う異性はまずそこに目が行ってしまうことになると思われる。
少し薄暗さを感じさせる、赤の活動的なイメージを印象付けるショートカット。
『少女』から『女性』にバランスが寄っている大人びた輪郭に、切れ長だがふんわりとした垂れ気味の目。
睫毛も長く、燃え上がるような緋色の瞳が印象的。
鼻筋もすらっとして、しかし適度にふっくらとして艶のある唇。
人が見れば素直に美人だと称賛を浴びるであろう彼女も、リンを追ってこの森へ入り…
普段なら踏み込まないであろう奥部まで、踏み込んできた冒険者の一人。
と言っても、さすがに『命大事に』が基本となる冒険者のほとんどは、リンを探してはいるものの、中位以上の魔物が出現する奥部の方へは踏み入ることができず…
時間帯もそろそろ魔物の活動が活発になる頃なのも手伝って、結局森の入り口付近で捜索するにとどまっている。
なので、危険度が劇的に跳ね上がる奥部まで足を踏み入れたのは彼女一人。
冒険者ランクは現在は
最も、そのおかげでリンを見つけることができたのだから、危険を冒した甲斐はあったと言うべきか。
「ああ…リンちゃんだ…あたしがず~っと探してたリンちゃんだ…」
木の陰から、覗き込むようにリンを見つめる彼女。
そんな彼女は、弓術使い・リリム。
リリムのステータスは、以下の通りとなっている。
名前:リリム
種族:人間
性別:女
年齢:18
HP:112/112
MP:151/151
筋力:87
敏捷:137
防御:62
知力:94
器用:301
称号:弓術使い、人目を惹く美人、男嫌い
技能:魔法・2(風)
弓術・3
リリムは冒険者になったのが十六歳の頃。
そこから丸二年かけて、最近ようやく
ステータスは冒険者の平均をほとんどが下回っており、実力的には魔物討伐はかなり厳しいと言わざるを得ない。
技能に【弓術】がある為、器用はかなり数値が高いが、それ以外は貧弱な値となっている。
【風】魔法は一応使えるものの、リリムの知力と技能レベルが低く、MPも低い為戦闘ではけん制になるかどうかといったところ。
メインウエポンである弓に関しても、筋力が低い為威力が出せず、相手の急所を狙っていかないと必殺にはなり得ないものとなっている。
リリムは弓矢の威力の低さを補う為、矢を放つ時に【風】魔法で矢の威力を増幅させる方法を取っている。
幸い、器用の数値が高い為、【弓術】を【風】魔法で補う方法を苦も無く取ることができている。
「早く…早くリンちゃんとパーティー組んで…それから…えへへ…」
リンとパーティーを組み、それから二人で魔物討伐や様々な依頼をこなし…
時には二人でどこか遊びに行って、それを楽しんで…
なんて想像をして、せっかくの美人な顔が台無しになるほどに緩んでしまっている。
リリムはやはり、戦闘の際に自力で相手にとどめを刺すことが困難、と言い切れる攻撃力のなさが致命的で、それを一番の理由にパーティーを組むことを断られることが多い。
加えて、それを補えるほどのものを持っているわけでもなく、かと言って申し訳程度に使えるレベルの【風】魔法ではアピールになるはずもなく…
やはり一部例外はあるとはいえ、筋力面で男よりも不利になりやすい女は魔導士でもない限り攻撃力不足になりやすい為、女は魔法が使える後衛タイプの方が圧倒的に多いのが実情。
MP、知力、技能レベルと言った魔法の力は、どちらかと言えば女の方が上がりやすい傾向にある為、なおさらそうなってしまうし、魔法の力を上げることができれば、身体能力で不利になりやすい女でも戦闘面で有利になるのだから。
従って、特に肉弾戦で秀でているわけでもなく、かといって魔法の力が優れているわけでもなく、加えて雑用や家事で光るものがあるわけでもないリリムは、必然的に冒険者達のパーティー編成の余り物扱いにされてしまうのだ。
それでも、と言う感じで無理にぐいぐい行くと、女として人並み以上に容姿に恵まれているリリムは男の冒険者の慰み者として目を付けられることとなる為、必要以上にぐいぐい行くことにもリスクが生じてしまう。
実際、過去に一度そんな迫られ方をされたことのあるリリム。
その時はどうにか逃げ出せたものの、その一件がきっかけで称号に【男嫌い】が着いてしまった。
称号
・人目を惹く美人
ただ歩いているだけで人の目を惹く女性に与えられる称号。
多少暴飲暴食をしたり、不規則な生活をしてもその美を保つことができる。
また、人に見られる機会が増えれば増えるほどその美が磨かれていく。
・男嫌い
男性に恐怖や嫌悪感を抱く出来事があった女性に与えられる称号。
男性がそばにいると、全ステータスが1/2に低下する。
ただし、自分が心から信頼することのできる男性の場合は低下しない。
【男嫌い】よりも前に持っていた称号【人目を惹く美人】がリリムの美貌をより向上させ、明らかに男の欲望を誘う蜜のような役割を果たしてしまっていた為、【男嫌い】を得る出来事が起こってしまったと言える。
現在は【男嫌い】のマイナス効果もあって、リリムは下手に男に近づくことができない状態となってしまっている。
そんなリリムが現状唯一、自分から関わっていきたいと思える異性が…
今、ようやく彼女の目に映る距離まで近づくことのできた、リンなのである。
【男嫌い】の称号を得ることとなってから一度だけリンと関わる機会があったのだが…
他の男に近寄られた時のような脱力感をまるで感じることなく、とてもふんわりと、ほのぼのとした雰囲気の中会話をすることができたのだ。
その直後に、リンが若干十歳で冒険者登録し、そこからたった一年で、しかもたった一人で
それから、自分がパーティーを組める相手はリンしかいないと、心に決めていたのだ。
そのリンをようやく探し当てることができ、ようやくその願いを叶えられるところまで来たリリム。
「あ…あの……ぼくに……何か…用……ですか?」
いろいろな妄想に耽っていた為、【索敵】ですぐ近くにまで接近してきた気配の確認に来たリンの接近に、リリムは全く気付くことができなかった。
「うへ…うへへ……?…え?……」
よほど幸せな妄想に耽っていたのか、なかなか現実回帰することができなかったリリムだが…
じょじょにすぐそばにいる気配と、リンが出したか細い声に、ようやくと言った感じで気づいたのか…
せっかくの美人が台無しなほどに崩れた顔から、不意を突かれて間の抜けた顔になっていく。
「え?え?………リ、リンちゃん!?」
そして、自身のすぐそばに、ちょっと手を伸ばせばすぐに触れられるところに…
ずっと探し求めていたリンの姿があることに気づき、驚いて腰を抜かしてしまう。
膝上のスカートと言うこともあり、危うく見えてはいけない中の光景が見えそうになってしまうが、ギリギリのところで見えずに済んでいる。
「ご…ごめんなさい……すぐ近くに、人の気配があったから、つい……」
そんなつもりはなかったとはいえ、目の前の年上美人を驚かせることになってしまったリンは、持ち前のコミュ障を発揮してしまい、おどおどとした口調になってしまうものの、どうにかリリムを気遣う言葉を紡ぐことができた。
「あ、ああ……」
「だ、大丈夫、ですか?……」
地面に腰を下ろして、ぺたんと座ってしまっているリリムが、両手で口元を抑えながらふるふると震えている。
そんなリリムを見て、どこか怪我でもしたのかとリンは心配してしまう。
「リンちゃん…リンちゃん…本物の…リンちゃん……」
自分を心配してくれるリンの言葉など、まるで届いていないような様子のリリム。
しかも、壊れたレコードのように、リンの名前を連呼している。
「あ、あの?……確かにぼくはリン……ですけど……そ、そんなに呼ばれると……」
目の前でぺたんと座り込んで、目線の高さがほぼ同じになっている美人なお姉さんにひたすら自分の名前を呼ばれて、恥ずかしさが勝ってしまったのか…
ついつい、その幼さの色濃い顔を赤らめて、恥ずかしがってしまう。
そんなリンを目の当たりにしてしまったリリムは――――
ぷちん
――――と、自分の中で何かが切れたような音を、耳にしてしまう。
「リンちゃん!!本物のリンちゃん!!」
もう心が、感情が抑えられなかったのだろうか…
リリムは、自分よりもかなり小柄なリンの身体を、地面に座り込んだままその両腕を巻き付けて、ぎゅうっと抱きしめてしまう。
「!!え、え、え、ええっ!!??あ、あの!!??」
見てるだけで幸せな気分になれる、人目を惹く美人なお姉さんであるリリムにいきなりぎゅうっと抱きしめられ、リンは顔を赤らめながらパニックに陥ってしまう。
(わ~…このメスのひと、マスターにべったりしてるね~)
(リ、リム!み、見てないで助けて!)
(?なんで?このひとみてるだけでわかるくらい、マスターだいすきなんだよ?マスターがだいすきってされて、ぼくしあわせだもん)
(こ、こんなの恥ずかしい!このお姉さん、綺麗すぎて恥ずかしいもん!)
(マスターって、はずかしがりやさんなんだね~。でもそんなマスターも、ぼくだいすき!)
リンがリリムに姿を現したことで、リンが着ている
「リンちゃん…リンちゃん…」
心が乾いてしまうほどに求めていたリンが今、自分の腕の中にあるのを実感し…
ここにもし、リン以外の他人がいて、その他人が見れば、思わず足を止めてじっくり見てしまうことが容易に想像できるほどの眩い笑顔が、リリムの人並み以上に整った美人な顔に浮かんでいる。
そんなリリムの手が、今度はリンの顔を隠す簾のようになっている、長い黒の前髪をそっとかき上げてしまう。
「!!わ…だ、だめ……ぼく…そんなこと…されたら……」
もはや熟れた林檎のように真っ赤に染まってしまっているリンの顔。
普段はその前髪に隠されていて見えない上半分も、今は露わにされてしまっている。
年齢よりも幼さが色濃く、はっきりとした二重瞼に長い睫毛。
大きくぱっちりとした目に、深く吸い込まれそうな漆黒の瞳。
全てのパーツが整っていて、非常に子供らしい可愛さに満ち溢れているリンの顔が、リリムに全部見られてしまっている。
それがあまりにも恥ずかしくて、リンのパニックぶりにさらに拍車がかかっていってしまう。
「ああ……なんて可愛いの…」
そんなリンの顔を、鼻と鼻がぶつかりそうなほどの至近距離でじっと見つめているだけで幸せになってくるのか…
男がそれを見れば、思わず己の慰み者にしてしまいたくなるほどの、艶っぽい恍惚の表情をリリムは浮かべてしまっている。
そんな表情のままリンの顔に己の顔を摺り寄せて、目いっぱい頬ずりまで始めてしまうリリム。
「!あ、う……う、わ……」
至近距離で見ているだけでも、心臓が喉から飛び出そうなほどドキドキしてしまうリリムの顔が、とうとう自分の顔にすりすりと寄ってきて、ゼロ距離で頬ずりまでされてしまい、根が内向的でコミュ障なリンは頭から煙が起こりそうなほどに、恥ずかしいと言う感情に襲われている。
「リンちゃん…しゅきい…らあいしゅきい…」
大好きなリンにべったりできて、しかも頬ずりまでできてよほど幸せなのか…
その美人顔ばかりでなく、言葉まで蕩けて舌足らずになってしまっている。
一方のリンは、長い前髪と言うフィルターのおかげでコミュ障でありながらも、決して人に嫌な気持ちを起こさせないやりとりをかろうじて行なうことができている。
そのフィルターを取り払われてしまい、さらには顔に頬ずりされてしまい…
おまけに男の欲望をそそるであろう、リリムの柔らかな身体まで押し付けられてしまっている為、その脳内はもう『恥ずかしい』で埋め尽くされてしまっている。
「あ…も、もう……む、むりい……」
複数の技能の同時発動を平然と実行できるリンの頭脳も、この状況には勝てなかったのか…
恥ずかしいと言う感情がとうとうリンの
リンはとうとう、その意識を手放し、その身体もリリムにぎゅうっと抱きしめられたまま、機能を停止することと、なるのであった。
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