第8話 収穫

スタトリンの冒険者ギルドで、ガイ達『栄光の翼』がリンのメンバー解雇手続きを済ませ…

それを聞いていたその場にいた冒険者達が、これは朗報と嬉々としてリンを探しにギルドを飛び出していくこととなった。


現在、スタトリンの町中では、『栄光の翼』を除く冒険者達が火花を散らして繰り広げる、リンの大捜索合戦が開始されている。


その中心人物となる当のリンは、スタトリンの町でそんなことが繰り広げられていることなど、まるで知る由もなく…

つい先程、技能【従魔】により、契約を結んで友達となったスライム、リムをその小さな左肩に乗せて…

下位の冒険者では立ち入ることすら危険とされる『魔の森』の奥部の方で歩き回り、食料の確保の為の狩りを行なっているところだ。


(う~ん…思ってたよりいないなあ…)

(やっぱりいない?)

(うん、やっぱり狩りは夜の方がいいのかなあ…)

(ぼく、うまれたばっかりだからよくわかんないけど、たしかにあんまりまもののけはいってしないね)

(やっぱり?)

(うん)

(じゃあ、夜になるまで待ってから出直した方がいいかあ…)


傍から見ると声一つ立ててないように見えるが、実際には念話で会話をしているリンとリム。

リンの【探索】で魔物の気配をずっと探知しているものの、半径1km以内には魔物の気配がまるで探知されないでいる。

それ以上離れたところにはぽつぽつと気配があるのだが、元々いたところが森の奥部の方であることもあり、すぐに見つかると思っていただけに、この状況はリンにとってはかなりの誤算だった。


そもそも、自身の生活空間から出てきて遭遇したのは、今自分の左肩に乗っているスライムのリムだけで、そこからすでに一時間は歩き回っているにも関わらず、魔物とは全く遭遇していない。


夜行性が多い魔物であるだけに、まだ明るい木漏れ日が差し込んでくるような時間帯では、狩りをするのは難しいと、リンはここまでの徒労で実感してしまう。


最も、そのおかげでリムというかけがえのない友達ができたのだから、全くの徒労というわけではないのだが。


(でもまあ、何も収穫がないわけじゃないけどね)

(?どういうこと?マスター?)

(実は魔物を探してるじゃないんだよね)

(?)


そう。

実はリンは、ただただ歩き回っているだけではない。


【探索】を使って魔物の探知を続けているのは今もそうなのだが…


実は、自分の視界全域に対して【鑑定】を使い、食料や薬品などの原料になる植物を片っ端から探し出している。

そして、有用な植物や果実に対して視界の中でピックアップし、対象となった植物や果実を【空間・収納】で片っ端から収納していっているのだ。


【闇】魔法の【収納】とは違い、【空間・収納】は視認できた物に対しては触れなくとも収納ができるという利点があるため、リンはこの利点を最大限に活用していると言える。


ただし、乱獲すると当然ながらなくなってしまうため、ある程度は残しながら収穫を進めていっている。


(ほえ~…マスターってやっぱりすごいなあ…)

(そ、そうかな?…)

(そうだよ。だってそんなこと、ぼくはおもいつくことさえできなかったんだもん)

(そ、そりゃあリムはまだ生まれたばっかりだし、これからだよ…)

(ううん、それにぎのうのそんなつかいかた、ぼくでもわかるくらいむちゃくちゃなんだもん)

(そ、そうかなあ…)


リンはリムの言葉に思わず首を傾げてしまうのだが…

実際は、リムの言ってることは正しい。


【鑑定】を使いながらピンポイントで【空間・収納】を使い、対象を収納する。

これだけでも、『右を見ながら左を見ろ』と言われているようなもの。

それほどに高難易度なことなのに、それだけでなく【探索】による気配探知まで並行して行なっているのだから、それ自体が尋常なことではない。


加えて言えば、常人がそんなことをすれば間違いなく脳に過負荷がかかって、最悪脳が死んでしまう可能性もあることを実行しながら、さらにリムと念話で会話するというおまけまでついてきている。


実行できること自体がおかしいことなのにも関わらず、当のリンはそれを当然のように、涼しい顔で実行しているのだから。


リムは生まれたばかりのスライムであるとはいえ、技能を複数取得している。

【魔法】以外の技能は発動型ではなく、常時起動型であるため特に意識することはないのだが、【魔法】は【水】と【風】の属性に適応している。


ではリンのようにその二属性を合成させた【氷】魔法が使えるか?

と聞かれたら、リムは『使えない』と答えざるを得ない。


リムはリンと比べると知力の値も【魔法】のレベルも低い…

つまり、魔法の力が弱いからだ。


それぞれの属性の魔法は本能的に使い方を知っている為、単一の属性でなら十分に使えるのだが、複数属性の合成は使えない、と言わざるを得ない。


そんなリムから見たら、リンのやっていることがいかにおかしいか…

それが否が応にも実感させられてしまう。


(そうだよ。だってぼく、まほうをぞくせいふたつどうじになんてつかえないもん)

(!そうなの?)

(うん、つかえないよ)

(そうなんだ…ぼくは結構簡単に思ってたから、結構誰でも使えるのかなって思っちゃってたよ…)

(むりだよ。ぼくはけいやくでつながってるからマスターのステータスもみせてもらえたけど、あんなステータスだったら、たいていのまものなんかいっしゅんでたおせちゃうよ)

(そうなんだ…確かに以前よりステータスの値が上がってたとは思うけど…)


『栄光の翼』に所属していた時に、ガイ達パーティーメンバーにさんざん見下されてきた為、リンは今一つ自己肯定感が弱い。

そのせいで、自分が今やっていることの異常さにも気が付かず、それをそばで見ているリムに指摘されても素直にそうだと思えないでいる。


これは、『栄光の翼』がリンに刻み付けた呪いのようなもの。

その呪いを解呪するには、他でもないリン自身がその見下され続けてきた頃の価値観を破らなければならない。

『栄光の翼』を追放されてからは明確な比較対象が存在しないこともあり、それを乗り越えるのは困難とは言えるのだが。


(お、結構収穫できてきた)

(!ほんと?)

(うん、これだけあれば当分は食事に困らないかな)

(ぼくのぶんは?)

(リムの分も収穫してるよ。毒のある草も大丈夫なんだよね?)

(うん!ぼくにとってはどくもちゃんとしたたべものなんだ!)

(さすがリム。凄い技能を持ってるね)


リンは、リムの分の食料も確保する為に自分には不要な植物、そして石ころやたまに見える死骸なども収納していっている。


リムには【摂取】があり、その派生で【悪食】【融解】がある為、毒のある物や無駄に硬い物でも関係なく食べることができる。


さらには、リンの生活空間に建てた家のトイレ。

用を足した後の便器の底の排泄物を当初は【浄化】で処理してしまおうと考えていたのだが、リムをテイムしたことでその考えを改めた。

トイレにリムに一緒に来てもらい、用足しを済ませた後にリムに排泄物を食べて処理してもらう方向にシフトしたのだ。

それなら、リムの食事も確保できるし、常に便器内の汚物も処理できるので一石二鳥となる。

ただし、どうしてもリムが一緒に来られない場合は【浄化】で対処する方針となる。


また、調理を終えた調理器具や、食事を終えた食器なども汚れをリムに食べてもらうこともできるため、ただ普通に洗い物をしたり【浄化】で済ませるよりも無駄がない。


そして、リムは食べたものの成分を体内で変質させて違う物質として吐き出せる【抽出】も持っており、食べるものの組み合わせで農業に使う肥料を作ることもできるのだ。

しかも、畑として使う場所の土を一度食べてもらい、肥料となる成分を含めた良質な土を【抽出】で吐き出してもらうことで、農業で言う『耕起』の作業も並行して実行できるのだ。


リムはリンほどレベルが高くないとはいえ、生活に使うことの多い【水】魔法も使えるので、何をするにしてもリンにとっては助かると言える。


これからあの生活空間で生活しようと思っているリンにとって、もはやリムの存在は必要不可欠となっている。

そうでなかったとしても、リンにとってリムはかけがえのない友達なので、決して利があるかないかなどと言う見方はしないのだが。


(…ちょっと暗くなってきたかな)


森に差し込んでくる木漏れ日の明るさが弱くなってきているのを、リンはその目で見る。

【鑑定】と【空間・収納】を駆使した収穫は、すでに1tを超える量に達している為、これだけでも一人と一匹なら十分すぎるほどの収穫量となっている。

その内の三分の一ほどはリムにしか食べられない毒草や石などの無機物や、腐敗が進行中の魔物の死骸だったりするのだが、リンが食べられる物だけで見ても十分すぎる程の量となっている。


なので、リンはここで一旦【鑑定】と【空間・収納】の同時発動をやめ、【探索】に集中することにした。


リンのフードの中に入って左肩に乗っているリムは、相変わらずリンの首に寄り添うようにしながら、ゆらゆらとその体をゆらめかせている。


(マスター、たべものはけっこうとれた?)

(うん、ぼくとリムで食べてもしばらくはなくならないくらいはとれたよ)

(!そうなんだ!ぼくうれしいな!)

(リムが喜んでくれたら、ぼくも嬉しいな)


リンとリムの間だけでしか通じない、念話のやりとり。

リンとリム以外の誰かがそのやりとりを聞いていたら、非常にほのぼのとした心温まるものと感じていたことだろう。


そんな微笑ましいやりとりを念話でしていた、その時だった。


(あれ?)

(?どうしたの?マスター?)


リンの【探索】に、スタトリンの町の方角からこの魔の森に向かってくる、大勢の気配が探知される。

町の方から森に向かっているので、その気配は当然ながら人間なのだが…


(え?なにこれ?)

(??なにかあったの?)

(なんか…この森に町の人達が大勢入ってきてるんだけど…)

(え?そうなの?)


こんなにも一斉に大勢の人間が、この魔の森に入ってくること自体、確かに異常事態と言える。

それはリンもそう思ってしまう。


だが、リンがおかしいと思ってしまう要因がもう一つある。


それは、


それが意味するのは、


だからこそ、リンは混乱してしまう。

なぜなら、自分にこんなにも味方なんていないと、リンは思っているから。

それも、男女問わず大勢。


よほど高位の魔物でも出ない限り、これほどの冒険者が集結することなどないはず。

仮にあったとしても、それなら『栄光の翼』も出てきてるはず。

彼らが出てきてないと言えるのは、【探索】に


ガイ達はリンに敵意すら抱いていたこともあり、【探索】に探知されたなら間違いなく赤色で探知されているはず。

なのに今見えている気配は全て青。

つまり探知されている全員が、リンの味方。


(なんでこんなににんげんがおおぜい、もりにきてるのかな?)

(それは分かんない…高位の魔物が出てるわけでもないし…)

(なにかをさがしてるのかな?)

(そうかもしれない…でも、どうしてみんなぼくの味方なんだろう?)

(?なんで?マスターくらいやさしくて、いろんなことできるひとなら、み~んなマスターのみかたになってくれると、ぼくおもうんだけど)

(そ、そうなの?)

(ぼくはそうおもってるよ?だってマスターといっしょにいるだけで、ぼくしあわせだもん)


リンを勧誘しようと躍起になっている冒険者達は、リンが『栄光の翼』に所属していた頃はリンのことを遠目で見守ることしかできなかった。

ごくたまにリンが単独で行動していて、その時に遭遇して、リンの万能さに助けられたりすること…

女性の冒険者達はただただリンが可愛くてたまらず、ついつい可愛がって恥ずかしがらせてしまったりすることはあったのだが…

それでも基本的にお互いが面と向かって話す機会はほとんどなかったため、その関係性は薄いと、リンは思っている。


だが実際には、リンの将来性に万能さ…

一人で冒険者をしていた頃のリンを知っていて、その頃から勧誘をしようとしていた冒険者なら、その戦闘能力の高さも大いに期待をしているのだ。

それだけでなく、純粋にリンの人柄には、関わったことのある冒険者全員が好感を抱いている。


そんなリンが、再び一介の冒険者に戻った、などと聞かされたのなら…

そこからは壮絶な争奪戦が発生するのは、関係者なら火を見るよりも明らかなこと。


そのことを知らないのは、もはや当事者であるリンただ一人。


だからリンは、なぜ探知された気配が全て自分の味方なのか。

なぜ探知された気配は、こんなに一斉にこの魔の森に入ってきているのか。

いくら考えても分からないのだ。


だからこそ、考えが及ぶはずもない。




――――この森に入ってきている大勢の気配が、リンを探していることなど――――




そんなリンを差し置いて、スタトリンの『栄光の翼』を除く冒険者達は…

リンと言う、人柄も能力も、どれをとっても魅力的な冒険者を自らのパーティーに勧誘しようと躍起になって探しており…

そして、同じ目的でリンを探している同業者の誰よりも早くリンを見つけて勧誘するという、とてつもなくハードな争奪戦を開始しているので、あった。

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