第7話 朗報

「え?…も、もう一度言って頂けますか?」


リンがリムと言う従魔をテイムし、非常に友好な関係を結ぶことに成功したその時。


場所は変わって、リンがかつて在籍していたパーティー、『栄光の翼』の拠点がある町、『スタトリン』。

町としての規模はそう大きくはないものの、その規模に対して商店が豊富にあるため、経済は活発で商人の出入りも多い。

だが、強力な魔物の巣窟のなっている『魔の森』のすぐそばにあるため、常に魔物被害の危険性に晒されている。


そのスタトリンの中央にあたる場所に存在する、冒険者ギルド スタトリン支部。

魔の森のすぐそばにある町の冒険者ギルドであり、ここには多くの上位の冒険者が拠点を構えている。

大理石造りの、防衛力を意識した地上二階、地下一階の設計で、内部には冒険者同士の情報交換や交流の場として酒場、食堂も併設されており、ウエイトレスの容姿、出てくる酒や食事のレベルも高く、この町ではかなり人気の場所となっている。

それでも、かなり広々とした造りになっているので、ギルドのスペースも十二分に確保されている。

受付の窓が出入り口から向かって正面に三窓、その横に素材の買い取りカウンターがあり、そのカウンターは持ち込まれる素材の大きさを考慮して広くとられている。

それでも入りきらないようなサイズの持込素材のために、裏手にある解体場所も使われることがある。

それ以外は冒険者の訓練場、後は二階にギルドマスターの事務部屋と会議室、地下一階に倉庫がある。


高位の魔物の素材は高価で取引がされるため、腕の立つ冒険者にとっては一攫千金を狙うことができる、まさに稼ぎの場となっているものの…

やはり己の実力を客観的に見ることのできない、未熟な勘違い冒険者も多くここに来てしまう。


ギルドとしても注意喚起はしているのだが、粗野で自己主張の強い者の多い冒険者達がそんなものを素直に聞いてくれるはずもなく、ここに来た勘違い冒険者の多くは、高位の魔物の餌食となってしまっている。


ちなみに冒険者ギルドでは、冒険者のランクを以下のように定義している。




・石(ストーン):最も低いランクで、最初は誰しもここから。

・鉄(アイアン):このランクになれば、生活が安定し始める。

・銅(ブロンズ):下位魔物を討伐できると、このランクまで上がれる。

・銀(シルバー):中位魔物を討伐できると、このランクまで上がれる。

・金(ゴールド):上位魔物を討伐できると、このランクまで上がれる。

・白金(プラチナ):人間やめた者だけがなれるランク。




現在、最高ランクである白金プラチナの冒険者はこの世界で、片手で数えるほどしかいない。

しかも、ほとんどが王族や上級貴族の御用達となっており、どこかのギルドを拠点にしたり、旅に出て稼いだりというのはまずない。

その一つ下のゴールドも、両手で数え切れるほどしかおらず、ある程度は自由に旅をしたりしながら旅先のギルドで依頼を受けたりはしているものの、やはりこちらも貴族の御用達になることが多い。

ゴールド以上のランクの冒険者は王族や貴族から指名依頼を出されることがあり、その依頼に対して拒否権はなく、出された時点で受けることを強制されてしまう。

その代わり、指名依頼は基本的に超高額依頼になるため、それを強制されたとしてもあまり気にならない冒険者がほとんど。

最も、その分危険度が非常に高いので、よほど腕に自信のある冒険者でないと依頼を達成すること自体が困難なのだが。


ちなみにガイ、ローザ、ロクサルの三人のランクはシルバー

上位ランクにあと一歩の位置まで来ている中位ランク冒険者となる。

個々のランクはシルバーだが、パーティーで連携を組んだ時の戦闘力が極めて高く、ゴールドを飛び越えて白金プラチナに届くかもしれないほどなので、パーティーでの受諾限定で白金プラチナランクの依頼を受諾することを許可されている。


「だから、パーティーメンバーの解雇だよ」


この冒険者ギルド スタトリン支部の受付でのやりとりで、まだ初々しさの残る受付嬢の間の抜けた言葉に対し、パーティーメンバーの解雇と言ってのけるのは『栄光の翼』のリーダーであるガイ。


冒険者がパーティーを組むのは、ランクに差があり過ぎないということ以外は特に制限はない。

実際に組んで合う合わないを見極めることも多く、頻繁にメンバーの入れ替えを行なうパーティーも少なくない。


無論、パーティーのリーダーが『使い物にならない』と判断した場合は、そのメンバーを解雇することもできるし、その際も特に理由を求められることもない。


使えないメンバーは、魔物との戦闘において死を招く存在となりうるからだ。


ところが、ガイとやりとりをしている受付嬢は、ガイのメンバー解雇という一言に驚きを隠せない。

メンバー解雇、そのものに驚いているのではない。


その解雇されるメンバーを見て、驚いているのだ。


「え……あの、解雇されるのって…リン君…なんですか?」


そう、解雇されるメンバーが、リンであることに驚いているのだ。

その受付嬢から漏れ出た声を聞いて、その場にいる冒険者達からも、どよめきが漏れ出てしまう。


「そうだ」

「そうよ」

「…そうだ」


そして、その決定に肯定の意を示す『栄光の翼』のメンバー達。

三人が満場一致で、リンを不要と判断しているのが、受付嬢はこの意思表示で分かってしまう。


リンの冒険者ランクはブロンズ

しかも戦闘時の連携が全く取れないとあっては、足手まといで使い物にならないとされても不思議ではない。


メンバーの解雇手続きは、専用の用紙に対象のメンバーの名前の記入して、それを受付に提出すれば受諾され、後は自動的にギルドが持つパーティー情報が更新メンテナンスされる。

この手続きはギルド内でも日常茶飯事的に行われているので、持ってこられたとしても当然のように手続きされるだけなのだが…


「なんだ?あいつが解雇されるのが、そんなにおかしいか?」


受付嬢、そして周囲の冒険者の反応に、リンを解雇することがそんなに驚くことなのかと、ガイはつい訪ねてしまう。

ガイ、ローザ、ロクサルにとっては疫病神以外の何者でもない存在であるリン。

そのリンの解雇に、とても意外そうな反応をされて、訪ねた口調にも苛立ちが混じってしまう。


「い、いえ…し、失礼しました。では、パーティーメンバーの解雇を受け付けました」

「そうか、じゃあよろしく頼む」


ガイの口調に慌てた様子を見せるも、すぐに落ち着きを取り戻し、粛々とパーティーメンバーの解雇用紙を受諾し、手続きを進める旨をはっきりと述べる受付嬢。

そんな受付嬢の対応を見て、ガイは苛立ちを収め、用紙を手渡す。

用紙を手渡したら用はない、と言わんばかりにガイは他のメンバーを引き連れ、そのまま冒険者ギルドを後にする。


ガイ達が去っていき、渡された用紙を手にしたまま受付嬢は固まっている。

その内心は決して表向きの表情通りではなく、冷静ではいられなくなっている。


「(え?え?どうしてリン君が?確かに戦闘面で連携ができない、とは聞いているけど…でもあの子、それ以外にいっぱいできることあるのに…)」


そう、この受付嬢はリンが『栄光の翼』の雑用を一手に引き受けていたこと、メンバーで唯一回復系魔法が使えること、他のメンバーがあまりにも戦闘に特化しすぎて魔物の解体もろくにできず、リンが全てやっていたことも把握している。


加えて、先輩の受付嬢からは若干十歳の時に冒険者登録をし、そこからたった一年でブロンズまでランクを上げたほどの、期待の新人であることも聞いている。

並の冒険者が最初から始めたら、普通はアイアンにたどり着くまでで早くて一年、下手をすれば数年はかかる。

よしんばアイアンになったとしても、そこからブロンズにたどり着こうと思ったら、早くて数年、下手をすれば五年以上はゆうにかかってしまう。

しかも、成人すぎの冒険者の場合で、だ。


それを考慮すれば、リンのランクアップのスピードがいかに規格外か、それがよく分かってしまう。


「(しかもあの子、会うたびにすっごくふんわりとやりとりしてくれるから…私あの子と会うの、密かに楽しみにしてたのに…)」


さらには、その戦闘力ゆえに自分達より弱い者を見下す傾向にあるあの三人は、今回のやりとりでもそうであったように気を使わなければならないところが多すぎた。

でも、それをなかったことにできるほど落ち着いて、見ていて癒されるリンとのやりとりをこの受付嬢は、密かに楽しみにしているほどだった。


「(え?マジ?リン君、解雇されたの?)」

「(うそ?あの子凄い万能で、うちのパーティーで狙ってたんだけど?)」

「(え?じゃあリンちゃんって今フリーなの?)」

「(やばいやばい!これってすっごいチャンス到来?)」


リンのパーティー解雇の報に驚いたのは受付嬢だけではない。

その場にいる冒険者達全員が、驚きを隠せないでいる。


戦闘面しか評価できない『栄光の翼』のメンバーと違い、他の冒険者達はリンの万能さ、内向的でコミュ障ではあるものの、決して人を嫌な気持ちにさせない人当たりのよさに好感を抱いている。

そして、願わくば自分達のパーティーに引き入れたいとさえ思っているほど。


今まではあの『栄光の翼』のメンバーと言うことで手が出せなかったのだが…

リンがそのメンバーでなくなり、以前のように一人になったと聞いては、リンを勧誘したくて仕方がなかった冒険者達には朗報以外の何者でもない。


女性の冒険者達は、幼さが色濃く、モフモフしたら気持ちよさそうな小動物的な雰囲気のあるリンのことがとにかくお気に入りで…

ついついからかっては可愛がったりと、人見知りなリンの反応を見ては癒されていた。

非常に万能で、しかもパーティーのマスコット的な存在にまでなってくれそうなリンのことを常に自分のパーティーに引き入れようとしていたのだ。


「こ、こうしちゃいらんねえ!!」


ギルド内の冒険者達がざわつき始めたまさにその時。

一人の男性冒険者が、何かを決意したかのように声を上げた。


「ど、どうした!?」

「早く、早くリン君を探さないと!!でないと他の奴らが先に行っちまう!!」


声を上げた冒険者の隣にいた男性冒険者が、その声にびくりとしながらも問いかけるが…

その冒険者はリンを自分のパーティーに勧誘しようと、リンを探しにギルドを飛び出してしまった。


「あ!あの野郎!!」

「抜け駆けしやがって!!」

「いけねえ!!早くリン君を探さないと!!」


それを見て、他の冒険者達も出遅れを取り戻すかのように、リンを探そうとギルドを飛び出してしまう。


「もお!!だめだめ!!」

「リンちゃんは、あたしのパーティーに入ってもらうの!!」

「何言ってんのさ!!リンちゃんは、あたいのパーティーに入るんだよ!!」


もちろん、リンのファン的女性冒険者達もリンを探しに飛び出してしまった男性冒険者達に後れを取るまいと、ものすごい勢いでギルドを飛び出し、リンを探しに行ってしまう。


リンを探しに行った冒険者達は、実際にリンの万能さに助けられていたこともあり…

その恩恵を知っているから余計にリンを勧誘したくなってしまう。


「…やっぱり、リン君って凄いですね…」

「ええ、そうでしょ?リンちゃんは、あの子が冒険者登録した時からわたし、見てたもの」

「…冒険者登録した時、若干十歳って聞いて自分の耳を疑いましたし…そこから一年でブロンズまでランクアップしたって聞いてさらに自分の耳を疑いました…」

「ね?凄いでしょリンちゃんって!リンちゃんはあんなに万能で優秀な子なのに、おしゃべりしたらそんなの一切感じさせないくらい謙虚で恥ずかしがりやなのよ~!」


そこにいた全ての冒険者がリンを探しに出て行ってしまい、見事に人がいなくなってしまったギルド内。

ガイとメンバー解雇のやりとりをした受付嬢と、その彼女にリンのことをまるで自分のものを自慢するかのように語っていた先輩受付嬢が、リンのことでしゃべり始める。


「…でもなんで『栄光の翼』の人達って、あんなにリン君のこと、見下したりしてたんでしょうか?」

「え~?だってあの人達、戦闘のことしか分からない典型的な脳筋戦闘バカばっかじゃない。そもそもパーティーの物資も金銭も管理はリンちゃん任せだし…食事も料理ができるのリンちゃんしかいないし…魔物の解体も全部リンちゃん任せな上に、回復までリンちゃん任せ…なのにリンちゃんのこと虐げるわ傷つけるわ見下すわ…わたしほんとあの人達のこと大っ嫌い!!」

「…ですよねえ…戦闘以外のこと全部リン君に丸投げしてやらせてたのに、そのリン君がいなくなったら、あの人達どうするんですかね…」

「知らないわそんなこと!確かに戦闘でうまく連携できないとは聞いてたけど、それとこれとは話が別よ!その戦闘にしたって、唯一の回復役だったリンちゃんが抜けたら一体どうするのかしらねえ!知ってる?リンちゃんの回復魔法って、リンちゃんが回復魔法使ってたところ見た人が言ってたけど、下手な医療専門の回復魔導士よりも効果抜群らしいわよ?」

「!そ、それほんとなんですか?」

「ほんとよほんと?しかも体力の回復だけじゃなくて、外傷の治癒もできるし、解毒もできるし、おまけに風邪とかある程度の病気の治癒までできてたらしいわよ?」

「い、いやもう…それだけでも十分すぎるくらい凄いじゃないですか」

「でしょ?だからよ。さっきまでここにいた冒険者達が目の色変えてリンちゃんのこと探して勧誘しようとしてるの」

「回復は医療専門の魔導士クラス…家事全般に事務、資材管理も優秀…魔物の解体まで当たり前のようにこなせるなんて…戦闘できなくてもお釣りが出すぎるくらいですよね?」

「そうよ?それにその戦闘も、多分あの連中が必要以上に自分達に合わさせようとしすぎてうまくいかなかっただけで、リンちゃん普通以上にこなせるわよ?多分」

「!そ、そうなんですか?」

「そうじゃなかったら、登録からたった一年でブロンズまでランクアップなんてできないわよ…ブロンズに上がろうと思ったら、最低でも下位の魔物は討伐できないとだめだもの」

「あ!」

「ね?現に一人で冒険者してた時のリンちゃん、下位どころか中位クラスの魔物の討伐までできてたしね」

「!そ、そうなんですか!?」

「ほんとよ~。だって実際に討伐した中位クラスの魔物の素材持ち込んできてたもの。これギルドにも記録残ってるし」

「それってもうシルバークラスでもおかしくないじゃないですか…」

「そうなのよ。実績が足りなかったからブロンズ止まりだっただけで、強さで言えばシルバーでもおかしくなかったんだから」

「それがなんで『栄光の翼』に加入してからはランクが上がらなかったんですか?」

「そんなの、あの三人が加入したばかりのリンちゃんを使えないとか言って、戦闘からハブらせちゃったからよ。そのせいで討伐の実績はリンちゃん以外の三人だけで稼いでたから、リンちゃん実績全く積めなくなっちゃってたのよ」

「うわあ…聞いてるだけでリン君がかわいそうになってきちゃいました…」

「ほんとよ!それがなかったら、今頃とっくにリンちゃんゴールドまでランクアップしてたし、下手したら白金プラチナまで行ってたかもしれないんだから!」

「…リン君ほんとに災難でしたね…あんな人達に勧誘されたばっかりに…」

「そのことに気づいてないのって、あの人達だけよ。この支部のギルド職員も、ここに出入りしてる冒険者達も、みんなそのこと気づいてるからね。ここまで聞いたらなおさら分かるでしょ?他の冒険者達が目の色変えてリンちゃん勧誘しようとするの」

「分かります!めっちゃ分かります!」

「だからここに出入りしてる人間、全員あの三人クソッタレが大っ嫌いなのよ。ギルマスなんかリンちゃんをギルド職員として勧誘したいなんて言ってたくらいだし、他の職員もおんなじようなこと言ってる人、何人も見かけたわ」

「…リン君がいろんな人にモテすぎてて…もうなんて言っていいのか…」


受付の仕事も冒険者がいないと発生しないこともあり、二人は思う存分にリンのことでおしゃべりを続けている。

先輩受付嬢の話を聞いて、後輩受付嬢は自分が思っていたよりも遥かにリンが優秀だったこと、そして『栄光の翼』の三人以外の冒険者やギルドマスター含むギルド職員に、色々な意味でモテまくっていたことを知り…

自分のその大勢のうちの一人であったことを実感させられるので、あった。

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