第5話 朝食
「ん…」
ふわふわとした、心地よい感触に包まれながら、ぴったりと閉じた目が開こうとしている。
心地よいまどろみの余韻にもっと浸ろうとするも、意識の方はじょじょに覚醒を始めてしまっている。
「あれ…ここ…」
そのくりくり、ぱっちりとした漆黒の目を開いた瞬間に映ってくる光景。
それが、明らかに普段見慣れない光景だったため、覚醒直後の脳が混乱してしまう。
だが、それもほんの少しの間のこと。
すぐに記憶から、この光景が何なのかを引き出す。
「…そっか…ぼく…パーティーを追い出されて…」
自分がこれまで所属していたパーティーを追放され…
あてもなく森の中を彷徨い、そこで遭遇したウォータイガーを討伐し…
パーティーから追放されたことで解き放たれ、新たに覚醒した力を用いて、この自分専用の空間、そして住居を作り上げた。
リンは、まだ少しまどろみの残る脳を働かせて、そこまで思い出す。
「…えへへ…ここ、ぼくが作ったお家なんだ…」
物作りが好きなリンにとって、『自分で作り上げた家』というのは非常に愛着がわくようで…
その幼さの色濃い、可愛らしい顔ににこにことした幸せそうな笑顔を浮かべながら、自分の家の寝室の天井を眺めている。
実年齢は十四歳なのだが、成長不良もあり…
見た目の年齢としては十歳くらいに見えてしまう。
「ん…そろそろ起きないと」
自分一人でウォータイガーと言う、人間にとっては災害クラスの危険度を誇る凶悪な魔物を討伐。
自分一人で【空間・生活】を使って自分だけの生活空間を生成。
自分一人で【生産・建築】と魔法を使って自分だけの住居を建築。
それらを完遂し、達成感に満ち溢れた後の心地よい疲れですぐに眠り…
その眠りからの目覚めは心地よく、清々しいもののようで…
すっきりとした感覚で脳が覚醒し、気分良く起床することができたリン。
インナーである黒のタンクトップとトランクスでのみ、その幼い華奢な身体を包んでいる。
強く抱きしめたら折れてしまいそうなほどに細い腰…
ほっそりとした手足に、すべすべの肌…
幼さが色濃い、童顔で可愛らしい顔…
そのどれもが、庇護欲を誘うものばかりであり…
そんなリンが、ウォータイガーをたった一人で無傷で討伐したなどとは、実際にその場を見ていないと誰も信じられないだろう。
【空間・収納】で収納空間からアウターの上下と靴を取り出し、それらを身に着けるリン。
ベッドから降りると、その場に跪き、両手を胸の前で組んで目を閉じ、祈りの姿勢をとる。
「…神様…今日もこうして生を頂き、無事に目覚めさせて頂くことができました…そのことに心から感謝申し上げます…」
教会で暮らすようになってからずっと変わらない、リンの日課。
生を実感させてもらえる朝の目覚め。
そのことにまず感謝。
「…この命を頂けたことに目いっぱいの感謝をもって、今日も使わせて頂きます…一日、よろしくお願いいたします」
そして、この一日を頂いたことに目いっぱい感謝して生きることを祈り運ぶ。
どんなに辛くても、どんなに悲しくても…
魔物の存在によって、命があまりにも軽いこの世界で、こうして無事に生を頂けることが本当にありがたいと、祈りを運ぶことができるリン。
教会の関係者達は、そんなリンが本当に敬虔で信心深く、まさにお手本のような教徒であると誰もが認めていた。
しかも、その頂いた命、そして一日一日を本当に他人の為に使い、一生懸命に、それでいて幸せそうに生きていく姿に神々しさすら感じていたほど。
幼さの色濃い容姿が庇護欲を掻き立ててしまうため、教会で住んでいた頃は誰からも愛され、可愛がられていた。
最も、根が内向的で人付き合いが苦手なリンは、ちょっと可愛がられたりするとすぐに恥ずかしがって俯いたりしてしまっていたのだが。
「…えへへ…今日もちゃんと神様にお祈りできた…よかった」
この庇護欲を誘う容姿で、こんなにも嬉しそうに神に祈りを運べたことを喜んでいるリンなのだから…
祈りを捧げられた神もたいそう、その頬を緩めて常日頃リンのことを大切に見守っていることだろう。
だからこそ、【神の導き子】のような非常に貴重な称号や、【勇者】のような過去に発現した前例のない称号を授かることができたのかもしれない。
「朝ごはん、食べよっと」
日課の祈りを終えて立ち上がるリン。
その足で、そそくさとキッチンへと向かって行く。
キッチンへとたどり着くと、さっそく朝食の準備を始めていく。
「まずは調理器具、と」
料理は教会に居た頃からずっとしており、冒険者としてパーティーに在籍していた頃もずっと料理担当だったリン。
特に冒険者になってからは野外で料理することも多く、調理器具は常に収納していた。
最も、パーティー在籍中は【空間】がうまく使えなかったため、【闇】魔法の【収納】を使っていたのだが。
【空間・収納】からスキレットと、東の遠方にある国ではこのような道具があり、日常的に使われている、とリンも聞いて自分で作った『箸』を取り出す。
この箸、という道具はリンも使い始めはやや苦労したものの、慣れてくると便利だということが実感でき、今では日常的に使っている。
しかも、調理の時に使う菜箸と、食事の時に使う普通の箸を使い分けるようにしており、今取り出したのも菜箸の方である。
あとは作った料理をのせる、少し大きめのお皿を一枚取り出す。
「今は簡単なのでいいかな…」
次は食材を取り出すリン。
取り出したのは、薄切りにしたベーコン数枚に千切りにし終えているキャベツ、そして卵。
献立はお手軽にキャベツのサラダ、ベーコンの炒め物、スクランブルエッグと決めたので、この食材となる。
スキレットをコンロに乗せ、コンロの魔石に魔力を通して火にかけていく。
この際に【空間・収納】の取出機能を使って油を適量、スキレットに入れる。
そして、スキレットを軽く動かして、油が広がるようにする。
スキレットが熱くなってきたところで、まずはベーコンを投入。
【空間・収納】から塩と胡椒を適量、ベーコンの上に広がるようにふりかけ、ひっくり返して同じように塩と胡椒をふりかける。
ちなみにこの塩は、リンが【生産・錬金】を使って山の岩肌から取り出した岩塩。
錬金の技能で岩と塩を分離、さらに塩から有害物質と苦み成分を分離することで取得したもので、【鑑定】でも毒性なし、高品質と表示されていた。
山に行った時などは作れる時にちょこちょこと作っていた為、それなりの量がリンの収納空間に存在している。
「うん…いい感じになってきた」
少しカリカリとした方がリンは好みの為、ちょっと長めに火にかけて焼き…
手頃な具合になったのを見て、焼いたベーコンをすでに千切りキャベツが盛り付けられているお皿に丁寧に乗せていく。
ここでコンロの火を止め、収納空間から手頃な器を取り出す。
そして、出していた卵を割って器に入れ、手早くかき混ぜて溶き卵にする。
そこにまた、収納空間から直接塩を適量入れてさらにかき混ぜ、コンロに再度魔力を注いで火を点ける。
ベーコンを焼いた時よりも弱火にして溶いた卵をスキレットに投入。
そのまま菜箸で適度にかき混ぜつつ火を通していき、ほどほどに火が通ったのを見てコンロの火を止め、スキレットからお皿に出来立てのスクランブルエッグを移す。
これで調理は完了。
使った調理器具はすぐに【浄化】で奇麗にして収納空間に収納し、あとはリビングに出来立ての料理を運ぶだけ。
「今は手持ちの分しか食材がないから簡単なのにしたけど…野菜とか作ったりしたら、もっと凝った料理もしたいなあ…」
リンの【空間・収納】があればあらかじめ料理を作っておき、すぐに収納すれば取り出した時にいつでも出来立てを食べることができる。
なので、余裕がある時はこうして料理に勤しみ、余分に作って収納しておき、冒険者の仕事で外に行くことがあれば、収納空間から取り出してすぐに食べることができる。
これはまさに、【空間・収納】を持っているリンだからこそできる、リンだけの特権といえる。
リン自身、物作りが好きなのと同じように料理も好きなので、今後農業で野菜や果物などの食材を栽培したり、家畜が手に入れば畜産で肉や牛乳、鳥の家畜が手に入れば卵まで自給自足が可能となる。
しかも、それを自由に行なえる、【空間・生活】で生成した自分だけの広大な空間があるので、誰にも気兼ねせずに農業や畜産が行える。
魔物は魔物で食用になる魔物も数多くいるのだが、魔物を食用にする際に注意すべき点が一つ。
それは血液。
魔物の血液には魔力が含まれており、それは魔物の格が上がれば上がるほど濃密な魔力が含まれている。
その魔力の濃密さが、肉の美味さに影響している為、必然的に上のランクの魔物の方が美味いということになる。
だが、血液をそのまま飲んでしまうとその濃密な魔力ゆえに、過剰に魔力を摂取することとなり…
その影響で魔力酔いを起こしたりしてしまう。
それだけならまだしも、保有する魔力の上限が少ない人間が飲んでしまうと過剰すぎる魔力摂取となり、魔力の通り道ともなる血管が破壊され、最悪全身から内出血を起こして死んでしまう危険性もある。
その為、討伐した魔物を食用にする際は絶対に血液は抜いて破棄することが義務付けられている。
リンもそのことはよく知っており、魔物の解体の際には必ず血抜きを最初に行ない、全部抜けてから解体を始める、という手順を絶対遵守している。
「野菜とか果物とかはこれから農業で作っていこうと思うけど…畜産は家畜がいないとね…だから当面肉は、森で狩りして…になるかな」
【生産・農業】を持っているので野菜や果物の栽培は問題なく行えるし、ある程度の種類の種は持っているので、すぐにでも始めることはできる。
だが、さすがに家畜はすぐには手に入らないので、いくら技能を持っていたとしても畜産はいつ始められるか分からない。
なので当面、肉は狩りで賄うことになると、リンは考える。
「あとは魚も欲しいなあ…でも、それもこれからゆっくりやっていけばいいかな…」
色々と先のことを考えているが、考え出すときりがない。
今はもうあのパーティーからは追放されて一人なのだ。
冒険者の仕事も以前のように一人で続ければいいし、この空間を拠点にして色々なところへ旅に出るのもいい。
冒険者の仕事や、旅に出た先で人の為に何かができればそれでいい。
考える時間も、何かする時間もいくらでもあるので一旦思考を止め…
自分が作った朝食を食べることにする。
リビングのテーブルに料理を乗せたお皿を置き、追加で収納空間から手頃なサイズにカット済みのパンを取り出し、テーブルに置く。
そして椅子に座ると目を閉じ、胸の前で両手を組み、深く祈り始める。
「…神様、今日もこうして食事を頂けること、心より感謝致します…」
朝食を頂けることに感謝の祈りを神に捧げるリン。
しばし、その状態で静止し、深く祈る。
そして、祈りの状態から復帰すると、落ち着いて行儀よく食べ始める。
「うん!美味しい!」
自分で作った食事に舌鼓を打ちながら、リンはゆっくりと朝食を食べていく。
普段から食事にもリンなりのルーチンがあるのか、野菜がある場合は先に野菜から食べていき、その後にあるのなら卵や魚、基本的に肉は一番最後に食べるようにしている。
それも、しっかりと噛んで急がずにゆっくりと食べていく。
これは、命の源となる食事をおざなりにせず、常に感謝をもって頂きたい、というリンの思いも現れている。
「やっぱりこうやって、自分で作った料理を食べるのって、美味しいなあ」
自分で作った料理を食べる。
そのことに幸せを感じ、食べることでその幸せをかみしめる。
リンにとって、まさに至福のひと時となっている。
普段から必要以上の食事を摂らず、今も最低限の量しか作っていなかったこともあり、ゆっくりではあるものの、それでも割とすぐにお皿の上の料理はなくなっていった。
「ふう…美味しかった」
そして、食事を終えたリンは再び、祈りの姿勢に入る。
「…神様…今日もこうして美味しい朝食を頂くことができました…ありがとうございます…」
いつものように、美味しい食事を頂けたことに感謝の祈りを捧げるリン。
その祈りに、神が呼応するかのようにリンの身体からうっすらと淡い光が出てきている。
「?……なんだろ?……」
リン自身も、その淡い光がまるで自分を温かく包んでくれているような感覚を覚える。
こんな感覚は、今が初めてということもあり、戸惑ってしまう。
「もしかして…神様が近くに来てくださっているのかな…だったら、嬉しいな…」
その感覚が、神が近くまで降臨しているからとふとリンは思い、それだったら嬉しいと、幸せそうな笑顔が浮かんでくる。
神の懐に包まれているかのような、その感覚をもっと感じていたくて…
リンは、しばらくの間祈りを捧げ続けるので、あった。
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