第4話 建築
「【空間・生活】」
もう夜も深くなってきており、さすがに身体を休めたくなってきている。
ガイのパーティーとの関係で精神をひたすらに攻撃され続け、そのあげく追放され…
その直後に中位、人間から見れば高レベルの魔物であるウォータイガーとの、命を懸けた戦いまで行なったのだ。
若干十四歳、しかも同年代の子供よりも成長が不十分で幼く見えるリンは、今は成長期。
疲弊した精神と肉体をしっかり休める必要がある。
称号【ぼっち】の効果でパーティー在籍時は使えなかった【空間】。
その【空間】の派生で新たに使えるようになった【生活】を使ってみることにした。
ちなみに【魔力・詠唱】のおかげで詠唱の破棄が可能になったのだが、初めて使う技能となるため、とりあえずは詠唱して使うことにした。
そして、詠唱した瞬間、リンのすぐそばの何もない空間に、淡い純白の光を放つ亀裂が、リンの体格より二回り程度大きいサイズで出現する。
「これが【生活】の空間か…中はどんなのかな?」
おっとりとして内向的ではあるものの、好奇心は旺盛なリン。
初めて使う技能がどんなものなのか。
それを見るだけで、年相応の少年らしい無邪気な笑顔を浮かべてしまう。
意気揚々に出現した亀裂の中に入るリン。
リンが空間に入ると、亀裂は閉じてなくなっていた。
「うわあ~~…」
中の光景を一目見たリンは、驚きつつも非常に楽しそうな声を上げてしまう。
技能で作り上げた空間の中は、地平線が広がって果てが見えないほどに広大なものとなっていた。
地面は土に覆われており、農業もできそうな雰囲気がある。
現実の空間と同じような日光が燦燦と照らされており、植物そして野菜の栽培も普通にできると、リンは思ってしまう。
ただただ広大な、しかし何もない空間。
ちゃんと時間は経過しているし、空気もある。
しかも空気は町の中の濁った感じもない、清涼で美味しい空気。
「ここなら、ぼくの住処をぼくの思うように作れそう!!」
広大ではあるものの、ただそれだけの本当に何もないこの空間。
だが、リンには生活面で困ることなどない、豊富な技能がある。
まずは、自分の家を作ることにした。
「【生産】の建築…これ使ってみよっと」
自身が新たに取得していた技能【生産・建築】。
以前のリンは、ちょっとした仮拠点程度の建造物なら自身の【土】魔法を駆使して建てたりしていたことがある。
自身の【土】魔法で簡易建築した建物なので、破棄するのもリン自身手軽にできていたのだ。
だからこそ、技能【生産・建築】への好奇心を隠しきれない。
今すぐにでも試したくてウズウズしてしまっている。
「【生産・建築】」
祭りや宴など、楽しいイベントを待ちきれない子供のようにわくわくした心情のまま、リンは【生産・建築】を詠唱、発動する。
自身の周囲にふんわりと浮き上がった魔力が、何かを形作ろうとして、しかしまだそれが定義されていないのか、その場に静止している。
「(あ、すごいこれ!ぼくが作ったことのない建物の設計までイメージできる!)」
【生産・建築】の補正効果で、リンがこれまで建てたことのない建築物の設計図も、リンの頭の中でイメージができるようになっている。
現代で言うTVゲームの、アイテム一覧のような画面がリンの頭の中に浮かんできており、その一覧に様々な建造物が並んで表示されている。
試しに一つ選択してみると、その建築物が透過イメージとなって立体的に設計が閲覧できるようになっている。
「(すごいすごい!あ!幅とか高さもこっちで指定できる!)」
イメージで浮かんでいる建築物の幅、高さなどのサイズも思いのままに変更が可能で、しかも設計にそぐわないサイズを指定した時には、自動的に補正がかかるようにまでなっている。
さらには、選択した建築物を作るために必要な建材まで詳細に表示されてくるので、これなら建材さえ用意すれば、かなり容易に建物の建築ができると、リンは確信する。
初めて発動する技能がとても楽しくて、リンは無邪気なにこにこ笑顔を絶やすことなく建築のイメージに没頭している。
「(よし!試しに作ってみよう!)」
物は試しと、リンは表示されている一覧の中から最もシンプルな、ワンフロアのみの家屋を選択する。
サイズ指定で設計に無理の出ない範囲で拡張し、外装と内装のイメージも作っていく。
石材で壁を作り、木材で内と外の外観を作り、自分好みの家の設計を組み立てていき…
ドアと窓の配置、部屋割りはキッチン、寝室、リビング、風呂、トイレの分配で整え…
そうして完成したイメージを、魔力として建築予定のスペースに放出する。
「わあ~…」
すると、脳内で描いていた建築イメージをそのまま魔力が形作っており…
技能によるイメージで見たままの透過状態となっている。
「そっか…ここに建材を使って肉付けしていくんだ」
技能の効果で、基礎となる土台と柱の構築手順が浮かんでくる。
リンは、魔法を使って構築に必要な建材を作り出し始める。
「まずは建材と出さないと」
リンは無詠唱で【土】魔法を使い、建材となる土を大量に生成する。
膨大なMPを持つリンであるため、土の大量生成も余裕を持って行なうことができる。
まして【魔力・制御】でより精密に繊細に生成を実行できるし、【魔力・減少】で消費するMPを減らすことができる。
しかも【魔力・回復】のおかげで【土】の初級魔法を使った程度では消費よりも回復の方が早く、MPが枯渇することもありえない。
すると、生成した土が、技能【生産・建築】の指示される部位に引き寄せられ…
実際の形が作られていく。
同じように柱の部分も、生成された土によって形が作られていく。
「じゃあこれを固めて…と」
技能によって形作られた部分の土を、リンは【土】魔法の【硬化】を使い、しっかりとした土台にする。
さらに技能からの指示で、今度は生成された土によって壁の形が作られていく。
その壁も、リンは【硬化】を使ってしっかり固めていく。
技能による指示で形が作られているので、自動的に窓やドアの部位はくり抜かれている。
実際の居住空間となる部分は全て硬化した土による肉付けが完了。
そこから屋根として三角形を形作っている部分にも硬化した土を使って肉付け。
「…うん、これくらいかな」
これで、一通りの基礎工事は完了。
次は外装と内装を形作っていく。
「じゃあ、今度は木材だね」
土の生成を終えたリンは、【水】と【土】の合成魔法となる【木】魔法を無詠唱で使い、何もない地面から木を何本も生成していく。
魔法の制御能力が向上しているため、ほぼ一瞬で大量の木が生成される。
そしてその木を【空間・収納】で収納し、新たに取得した技能【空間・解体】で木材として奇麗に加工していく。
リン自身、木材加工の経験があるのに加え、今は【生産・建築】による補正も加わっているので【空間・解体】による加工イメージも鮮明かつ具体的に想像することができた。
「あ!【空間・解体】もすごい!」
【空間・解体】はリンがイメージした加工がレシピとして登録され、それは解体時の加工一覧に表示されている。
一度実行した加工の内容は全てこの技能が登録し、以降は一覧から解体、加工の内容を選択するだけでよくなっている。
この利便性にリンはおおはしゃぎ。
楽しくて楽しくて、疲れていることもすっかり忘れて建築に夢中になっている。
それでも、生成した木を収納して空いた穴は【土】魔法で奇麗に埋めることを忘れない。
「楽しい!物作りって、やっぱりすっごく楽しい!」
元々ぼっち性質なこともあり、一人でできる作業や遊びは大好きなリン。
特に自分の思い描いたものを形にしていく物作りは大好きで大好きでたまらない。
その物作りの能力は、今ほどのチートっぷりはないにしろ、それでも年齢から考えたらかなりのものだったこともあり、かつて教会にいた時にも非常に重宝されていたことも事実。
しかもその能力を他人のために惜しみなく使い、それで人が喜んでくれたらまるで自分のことのように喜ぶリンだからこそ…
リンが教会を飛び出して冒険者になると言った時の反対は相当なものだったのだ。
最終的にはリンが反対を押し切って冒険者となったものの、それでも教会の関係者達は、今でもリンにいつでも帰ってきてほしいと願っている。
その物作りの能力だけでなく、見ているだけで心がほうっとして、とても癒される。
そんなリンだからこそ、いつでも帰ってきてほしいと願い、常に神に祈りを捧げている。
「よ~し!じゃあ次は木材だ!」
年相応の子供らしいはしゃぎっぷりを見せながら、リンは建築作業を続けていく。
【生産・建築】が形作っている建築物の設計イメージに、今度は木材を使って肉付けしていく。
【空間・解体】で綺麗に加工された丸形の木材が、所狭しと石材作りの壁に貼り付けられていく。
内装も木造にして、自然な雰囲気を出そうとしている。
これは完全にリンの趣味である。
屋根の方にも木材が貼り付けられ、窓枠に戸板がはめ込まれ、最後に各部屋と玄関の出入り口にドアが建てつけられる。
「できた!ぼくが作った、ぼくだけの家!」
土の地面と地平線以外に何もない広大な土地に建てられた、一件の家屋。
現代で言うログハウスのような外装、内装をしており、自然と一体になっているような外観。
中はまだ部屋だけで、家具などは何もないので、それはこれから作ることとなる。
ちなみにトイレの便器と風呂釜は家屋の設計段階で構築されており、それぞれ光沢のある石材で作られている。
トイレは便器から現代で言う下水処理の設備につながっているわけではなく、排泄物がそのまま便器の底に溜まるだけの作りとなっている。
そんな汲み取り式ですらない作りで何も問題ないのか。
それが問題にはならなかったのだ。
なぜなら、リンには【無】魔法の【浄化】があるから。
【浄化】は主に身体や衣服の汚れを消し去る魔法だが、それだけでなくゴミや汚物、そして悪臭なども跡形もなく消し去ることができる。
なので、用を足した後に便器全体に【浄化】をかけるだけで特に問題なく運用できてしまう。
風呂の方も一応の排水溝はあるものの、給水設備は存在しない。
そのため、風呂のお湯は完全にリンの魔法頼りとなっている。
【浄化】が使えるリンではあるものの、やはり風呂も好きなようで、風呂に入りたいと言う思いがそのままこの家屋の設計に反映したようだ。
最も、この空間はリンしか使えない為、リン専用の設備にしても何の問題もないのだが。
「さ~て、今度はキッチンから作っていこうかな」
ガイのパーティーに在籍していた頃のリンを知っている人間が今のリンを見たら、別人かもしくは頭でも打って性格が豹変したか、とでも思ってしまうだろう。
今のリンは、それほど楽しそうで、幸せそうな笑顔を浮かべている。
建築したばかりの家屋のドアを開けて中に入ると、真っすぐにキッチンに向かっていく。
キッチンの中はまだ何もない状態なので、コンロ台と流し台をそれぞれ作ることにした。
食料の保存は【空間・収納】があるので特に専用の設備は必要なしと判断。
キッチンに勝手口として作っておいたドアから一旦外に出ると、再び【土】魔法で土を生成し、それを適切なサイズに形作って【硬化】で固めていく。
そして、コンロ台に乗せるコンロも作成する。
【土】魔法で平たい長方形に形を作り、できたばかりのコンロ台に合うようにサイズを調整していく。
ちょうどいいサイズになったコンロの中央部分を繰り抜き、繰り抜いた部分の土にさらに土を足して中央の部分が盛り上がるように形作る。
これで、コンロの火が発生する魔石になる。
そして、コンロの土台の部分に鍋やフライパンなどの器具を浮かせられるように、置台となる羽を作り、火の魔石とそれぞれ別にした状態で【硬化】で固めて形を固定する。
「さ!今度はコンロの機能を…」
火の魔石に、リンは【無】魔法の【付与】を使う。
【付与】は、無機物(主に魔石)に術者の持つ魔法や技能の効果を与える魔法。
これを使って、リンはコンロの機能を作り上げていく。
付与するのは当然、【火】の魔法。
魔石の表面に魔法が付与されたので、魔力を流し込んでみる。
「うん!ちゃんと火が出てる!」
流し込む魔力の量で火加減が調整できることも確認。
これで、コンロの機能も完成。
最後に、コンロの土台に魔石を置いて、コンロの出来上がり。
土台と切り離して作ったのは、魔石が壊れてしまった時に修理がしやすくなる、という理由から。
流し台は単純に、適度なサイズに調整した直方体の上部を繰り抜いて水や食器が入るようにしただけのもの。
リンは【浄化】も使えるからそこまでこだわる必要はないのだが、自分の手で食器を洗う作業も好きなので、設備だけでも用意したかったらしい。
洗い物に使う水は当然ながらリンの魔法頼り。
最も、洗い終えた水は汚水となるので最終的に【浄化】で消すことになるのだが…
今後【生産・農業】で畑などを作っていくのなら、排泄空間の汚物も利用して肥料にすることも、リンは朧げに考えている。
「さ!後はキッチンに運んで…」
作り終えた流し台とコンロとコンロ台を一旦【空間・収納】で収納。
キッチンまで移動し、窓のある壁際にぴったり収まるように流し台とコンロ台を配置。
そして、コンロ台の上にコンロを配置して、キッチンの方は完了。
「後は、ベッドかな」
収納に関しては全てリンの持つ技能で賄えるので、収納用の家具は作る必要はなし。
なので、今度はベッドを作っていく。
建築の際に余った木材を今度は角材として【空間・解体】で加工し、それらを木組細工でベッドを組み立てていく。
約二分程度で、シンプルな形のベッドが完成する。
「うん、ちょうどいいね」
試しに完成したばかりのベッドに横たわってみたリン。
自分の身体がちょうどいい感じで収まっていて、サイズ感もばっちり。
「後は、この上に布団を置いて、と」
リンはベッドの上に、自身が元々持っていた布団一式を【空間・収納】から取り出し、セッティングしていく。
これで、寝室も完成。
「リビングはまだ何もないから…テーブルと椅子を置いておこっと」
何もないリビングに、元々持っていたテーブルを中央に、椅子をテーブルのすぐそばに配置。
これで、最低限の物が揃った家が完成する。
「できた!!」
自分だけの空間に、自分だけの家ができて非常にご満悦の様子なリン。
ここまで精いっぱい楽しみながら作業をしていたのだが…
「あ…なんだか眠くなってきちゃった…」
さすがに身体が疲れを自覚し始めたのか、今にも瞼の上下が合わさってしまいそうになる。
同年代の子供と比べても成長不良が目立つため、余計に負担が大きいのだろう。
「もう無理…早くベッドに…」
ふらついた足取りで、自分が作り上げたベッドに到着。
履いていた靴を脱ぎ、
「ああ、楽しかった…神様…ぼく、こんなにも幸せです…いつもいつも見守ってくださって…ありが…とう…ござ…います……くぅ……」
いつもの日課となる、神への感謝の祈りを意識が飛ぶ寸前で捧げると、リンはその幼い身体から意識を手放し、心地よい疲れを癒すように、ふかふかの布団に包まれながら眠りにつくので、あった。
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