第3話 決意

「ふう…」


漆黒の夜の闇に包まれた森の中。

高レベルの魔物がうようよと徘徊する、人間にとっては超危険地帯。


そんな場所に、何かを成し遂げたと言わんばかりに一息つくのは、つい先程パーティーから追放されたばかりの少年、リン。


その右手に握られている長剣には、夥しいほどの血が付着している。

その血の主は、その首を胴体から切断され、完全に絶命しているウォータイガー。


「…ぼく、一人で倒せたんだ…」


凶悪な魔物であるウォータイガーを、こうもあっさりと討伐できたことに…

それも、たった一人で討伐できたことに戸惑いを隠せないリン。


自分が把握しているよりも、明らかに自身の強さが違うことに、強烈な違和感を覚えてしまい、どうしても戸惑ってしまう。


「…っと、このままだと血の匂いを嗅ぎつけて、他の魔物が来ちゃう…」


自身の覚えのない強さに戸惑い続けるリンだったが、首と胴体が真っ二つになっているウォータイガーを見て我に返る。


死体となっているウォータイガーの血が夥しく流れ出ており、このままではその血の匂いを嗅ぎつけて他の魔物を呼び寄せる結果となってしまう。

いくら単体とは言え、ウォータイガーを無傷で討伐できるほどの強さを持っていたとしても、さすがに無差別に魔物に襲われるのは、リンとしてはぜひ避けたいところ。


「【空間・収納】」


リンがそれを詠唱した瞬間、その場にあったはずのウォータイガーの死体が、流れ出た血液ごと消え去ってしまった。


この世界で唯一、リンだけが使える技能【空間】。

その【空間】の派生である【収納】を使い、自身が持つ収納空間へと、今討伐したウォータイガーの死体と血液を全て収納したのだ。


収納空間は一般的には技能ではなく、属性魔法の【闇】に存在する。

【闇】属性の魔力を使い、この世の空間とは違う、自分だけの亜空間を作り出し、その亜空間へとつながるゲートを開く。

そして、その亜空間に物を収納できるのだ。


作り出すことのできる空間は、術者の魔法の力に比例して大きくなる。

魔法の力とは、MPと知力の二つ。

MPの最大値、そして知力が高ければ高いほど、より広大な空間を作り出すことができる。


だが、この世界で最高クラスの魔法の力を持つ宮廷魔導士でも、作れる亜空間の広さは50㎥ほど。

それでも、一般的には十分すぎるほどの運搬能力を持ってはいるのだが。


一般クラスの魔法使いが作れる亜空間の広さはせいぜい2㎥ほど。

さすがに集団の荷物運びには不向きだが、個人の荷物置き場としては十分利便性は高い。

宮廷魔導士には劣る、上位の魔法使いで10㎥ほど。

その為、収納空間魔法は、術者の魔法の力で顕著に差が出る魔法と言える。


また、収納空間魔法の制限として


・収納時、取出時に必ずMPを消費する

・亜空間に収納する場合、収納対象の物に必ず手を触れる必要がある

・亜空間は全辺同一サイズの正方形のみ作成可能

・収納は一つの空間に詰め込む形で行なわれる

・一度作成した亜空間を拡張する場合、一度作成済の亜空間を破棄する必要がある

・亜空間内の時間は普通に経過するため、食料の保存には向かない

・取出時に出現させられるのは、術者の前方1m以内


と言うものがあげられる。

その為、よほど短時間で移動して査定ができる位置にいない限り、討伐した魔物の死体を保存するのには向いていないのも欠点と言える(死体の鮮度を気にしないのであれば話は別)。


だが、リンの【空間・収納】は技能であるため、通常の収納空間と比べても格段にその性能が違う。


・収納時、取出時にMPを消費しない

・初めて収納する種別のもののみ、MPを消費する

・収納対象の物に触れなくても収納ができる

・収納する部位、範囲を選んで収納ができる

・収納物の種別で区分され、種別ごとに数量がカウントされる

・収納空間の容量は無限大

・収納空間内は時間の流れが停止しているため、食料も鮮度を保てる

・取出時に、出現させる場所を選んで取出をすることができる


このため、MPの残量や収納容量を気にする必要もなく…

また、時間経過がないため食料や魔物の死体なども鮮度を落とすことなく保存することが可能。

加えて、取出時の出現位置を自身で自由に選べるため、あらかじめ収納しておいた大量の槍を上空から振らせる、と言った攻撃にも活用することが可能。


ただし、両者に共通する点として


・生きている人間・動物・魔物は収納できない


という仕様がある。


これは、【収納空間】も【空間・収納】の収納も変わらない。


リンは、この技能はパーティーに居る時は日頃からガイ、ローザ、ロクサルの三人に虐げられ、何も言えなかったこともあり、使うこと自体しなかった。

そもそも、パーティーに居る時はなぜかうまく使えなかった、というのが主な理由なのだが。


「【空間・収納】」


リンはその【空間】による収納を使い、長剣にべっとりとついた血液も収納してしまう。

その刀身が鮮やかな赤に染まっていた剣が、まるで何事もなかったかのように奇麗になっている。


「…気になるなあ…確認してみよう…」


先程までのウォータイガーとの戦闘の痕跡を、跡形もなく消し去って一安心…

としたいところだったが、やはりリンとしてはあの覚えのない強さが気になって仕方がないようだ。


「【鑑定】」


リンは、この世界でも希少性の高い技能である【鑑定】を発動する。


【鑑定】は文字通り、対象となった物や生き物の詳細を見ることができる技能。

【神の導き子】の称号を持つ者だけがこの技能を取得できるため、世界に【鑑定】を使える者はリンを含め、ごくわずか。

また、技能レベルと知力が高いほどより詳細に情報が展開される。

技能レベルが高ければ、自身のステータス及び各称号、技能の解説も見ることができる。


この【鑑定】もパーティー在籍時はうまく使えなかった為、ガイ達の前では使うことはなかった。


「!え?うそ…」


 【鑑定】により見えた、自身の現在のステータス。

それを見て、リンから思わず驚きの声が上がってしまう。




名前:リン

種族:人間

性別:男

年齢:14

HP:800/800

MP:1800/2000

筋力:600

敏捷:800

防御:540

知力:1400

器用:1400

称号:神の導き子、勇者、護りし者、ぼっち

技能:魔法・5(火、水、土、風、光、闇、雷、無)

   剣術・5

   格闘・5

   空間・5(収納、生活、召喚、転移、結界、検索、解体)

   鑑定・5

   家事・5(料理、洗浄、掃除、裁縫、整理)

   算術・5

   医療・5(診断、施術、処方)

   生産・5(鍛冶、錬金、製薬、農業、建築)

   探索・5(気配、罠、痕跡)

   魔力・5(制御、回復、減少、詠唱、耐性)

   従魔・5




まず現在の基本ステータスが、全て大幅に向上している。

冒険者の平均値はもちろんのこと、上位の冒険者でもこれほどのステータスを持つ者はいないのでは、と思わせるほど。

特にMPと知力は宮廷魔導士すら軽くしのぐほどの値となっている。


これだけでも驚きを隠せないのだが、さらに驚いてしまうのが称号と技能が増えていることと、全ての技能レベルが最高の5になっていること。


「え?え?なにこれなにこれ?」


以前の記憶にあるものとは、別人と思ってしまうほどに違いすぎる今のステータスに混乱しつつも、【鑑定】で一から称号や技能の解説を確認する。




称号

・神の導き子

信心深く敬虔な神の子に与えられる称号。

知力の向上が常人よりも高くなり、技能【鑑定】を取得することができる。


・勇者

自らを後にしても人の為に動くことができる、勇気ある者に与えられる称号。

称号【神の導き子】を取得していることが条件となる。

常時、全ステータスが倍になる。

筋力、敏捷、防御、知力、器用の上昇率が通常よりも高くなり、魔法属性【雷】と【無】、技能【空間】を取得することができる。

加えて、技能の取得が通常よりもしやすく、レベルの向上も早くなる他、使用できる全属性の魔法の威力、効果が通常よりも高くなる。


・護りし者

自らを盾にしてでも弱き者を護ろうとする、勇気ある者に与えられる称号。

称号【神の導き子】を取得していることが条件となる。

HP、MP、防御の上昇率が通常よりも高くなる。

加えて、技能の取得が通常よりもしやすく、レベルの向上も早くなる。

また、誰かを助ける、または護る戦いにその身を置いた時、その戦いの間は全ステータスが倍になる。


・ぼっち

内向的で人付き合いが下手で、集団の戦闘、行動が全くと言っていいほどできない者に与えられる称号。

この称号を持つ者が集団での戦闘をすると、全ステータスが1/2になるほか、

各称号の恩恵を受けられなくなり、【空間】【鑑定】のような特殊条件で取得できる希少技能をうまく使用できなくなる。

加えて、人とのコミュニケーションもうまくできなくなり、基本コミュ障になってしまう。

逆に、一人で戦闘をすると全ステータスが倍になる他、使用できる全属性の魔法の威力、効果が通常より高くなる。


技能

・魔法

各属性の魔法を使用できるようになる。

レベルが高くなるほど高位の魔法を使用できるようになる。


・剣術

剣を使った戦いをできるようになる。

レベルが高くなるほど高威力、高精度の攻撃を繰り出せるようになり、長剣、短剣、両手剣など様々な種類の剣を使えるようになる。


・格闘

己の肉体を駆使した戦いができるようになる。

レベルが高くなるほど威力の高い攻撃や豊富な技を繰り出すことができるようになる。


・空間

自身のみ使うことが可能な亜空間を発生させることができる。

レベルが高くなるごとにできることが増えていく。

【収納】は生き物以外のあらゆる物を収納可能。

【生活】は生き物が生活可能な疑似的な現実空間を生成、使用可能。

【召喚】は自身が討伐した魔物を召喚獣として契約し、自由に召喚可能。

【転移】は一度行ったことのある場所に転移可能。

【結界】は何もないところに防御壁を張ることが可能。

【検索】は収納した物を種別ごとに閲覧可能(条件指定も可能)。

【解体】は収納した物を思うがままに解体可能。


・鑑定

対象となる物や生き物の情報を見ることができる。

レベルと知力が高くなるほどより詳細な情報を見ることができるようになる。


・家事

家の事をこの技能なしでするよりも手際よくできる。

レベルが高くなるほど手際がよくなる。

【料理】は食事を作るのがうまくなる。

【洗浄】は物(洗い物、洗濯など)を洗って綺麗にするのがうまくなる。

【掃除】は物や場所を奇麗にするのがうまくなる。

【裁縫】は縫物をするのがうまくなる。

【整理】は物を片付けるのがうまくなる。


・算術

数字を計算することができる。

レベルが高くなるほどより複雑で高度な計算ができるようになる。


・医療

医療行為を手際よくすることができる。

レベルが高くなるほどより高度なことができるようになる。

【診断】は病気や怪我の特定が可能になる。

【施術】は外科的手術含む医療施術が可能になる。

【処方】は投薬治療が可能になる。


・生産

物作りを手際よくできるようになる。

レベルが高くなるほどより生産力が向上する。

【鍛冶】は武器・防具などの金物を作ることが可能になる。

【錬金】は物質の結合、分離、混合が可能になる。

【製薬】は薬品の生成が可能になる。

【農業】は野菜・果物などの栽培、畜産が可能になる。

【建築】は家屋や建物の建築が可能になる。


・探索

物を探すことができるようになる。

レベルが高くなるほど高精度の探索が可能になる。

【気配】は生き物の気配を察知することが可能になる。

【罠】は罠の探知が可能になる。

【痕跡】は物事や出来事の証明となる痕の探知が可能になる。


・魔力

魔力の扱いがうまくできるようになる。

レベルが高くなるほど高精度の扱いができるようになる。

【制御】は魔力の扱いがうまくなり、属性の合成の精度も高くなる。

【回復】は魔力(MP)の時間当たりの回復量が多くなる。

【減少】は魔法使用時の魔力(MP)の使用量が少なくなる。

【詠唱】は魔法や技能の使用を詠唱なしでできるようになる。

【耐性】は魔法に対する耐性を持つことができる。


・従魔

魔物をテイムして飼いならすことができるようになる。

レベルが高くなるほどより強い魔物をテイム可能になるほか、テイム後の意思疎通、育成、強化もうまくできるようになる。




「…ぼく、こんなにも強くなって…こんなにもいろんなこと、できるようになってたんだ…」


【鑑定】で一通りのステータス、称号、技能を確認し、ぽつりと一言、つぶやいてしまうリン。


戦闘能力だけではなく、【医療】に【生産】も向上し、【空間】はできることが増えて大幅にパワーアップ。

【空間】の技能にある【召喚】は、討伐した魔物を従え、自らの戦力とすることができるので、討伐すればするほど戦力の増大につながっていく。

さらには【魔力】のおかげで魔法の精度も向上し、加えてMPの自然回復量は増加、魔法使用時の消費量は減少と、魔法の力も大幅に向上している。

また、【従魔】は【召喚】と違い、生きた魔物を従えることができるので、単純な戦力のみならず、訓練と意思疎通さえしっかりすれば労働力としても期待することができる。

特にリンには【空間】技能の【生活】があるため、普段はこの生活空間内で従魔に生活してもらうことができるので、人目につく危険性も大幅に減らすことができる。

【家事】は元々最高レベルだったこともあり、生活面でもできないことを探す方が難しいほどになっている。


「…でも、これ…」


だが、リンが最も注目することとなった、一つの称号。


それは、【ぼっち】。


この【ぼっち】の解説を見た途端、これまでいくら考えても分からなかった、パーティー在籍時の壊滅的なコミュニケーション能力に、パーティー加入前よりも下がっていた戦闘能力の原因…

それらが、なかなかはまらなかったパズルの最後のピースとして、ぴったりとはまったような…

そんなすっきりした感覚を得ると共に、本当に心から納得することができたのだ。


パーティー加入前のステータスにはなかった称号なので、おそらくパーティー加入後に取得してしまった称号なのだろう。


「…ぼくがあのパーティーでお役に立てなかったのって…この称号が原因だったんだ…」


自身があのパーティーで虐げられることとなった原因。

この【ぼっち】の称号。


だが、リンはなぜかその称号に憤りを感じることができず…

それどころか、むしろしっくりときた感覚すら覚えてしまう。


「…ぼくの持ってる称号や技能って、他の人に知られるとマズいのが多いよね…」


そう。

リンの持っているステータスはもちろんのこと…

その称号、技能の一つ一つが何をするにも有用すぎて…

一つでも誰かに知られたら、絶対にそれを悪用するために狙う輩が出てくると断言できてしまう。


それも、一人や二人ではない大勢が。


この町には【鑑定】を使える人間がおらず…

冒険者を始めた頃はまだ駆け出しだったため、そこまでの注目度はなく…

注目度が上がってからは、あのパーティーに加入したことで称号【ぼっち】を取得することとなり、そのおかげで虐げられることとなったのだ。


皮肉にもそのおかげで、リンの持つ多くの称号や技能のことが周囲の人間にバレずに済み、今こうしてパーティーを追放させられたことで、リンの持つ力を最大限に使うことができるようになったのだ。


「…うん…これからは、称号の通りぼっち冒険者になって…それでいろんな人のお役に立てるように、頑張ろう!」


【ぼっち】の称号がある限り、リンは冒険者としてパーティーを組むことはできない。

また、そうでない集団で何かをするにしても、そのあまりにも高い能力が足枷となってしまう危険性が非常に高い。


それなら、ずっと一人でいろんなところを旅して回って…

国や貴族が抱える強大な戦力の恩恵が受けられない、今も魔物の恐怖に怯えて暮らす弱き人々を救っていこう。

リンは、そう決意する。


その決意ができた時、リンはまるでパーティーでみじめに虐げられてきた頃の自分と決別し、生まれ変わることができたかのような清々しい笑顔を浮かべているので、あった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る