第2話 覚醒

「…いたた…」


仲間に捨てられたという事実に心が痛み、涙が溢れて止まらなかったリン。

だが、あてもなく暗い森の中を彷徨う内にその涙も収まり…

今は、苦い思い出の証明となる左頬の痣と痛みが残っている。


「…回復させちゃわないと…」


いつまでもこの痛みと付き合いたくはないと思い、リンは左頬の痣に手を添える。


「んっ……」


臍下丹田に集中して魔力を体内に巡らせるリン。

そして、痣に添えている左手に走らせる。


痛みを帯びている左頬を回復させるイメージを明確に想像し…

そのイメージ通りの事象を起こせるよう、魔力を解放する。


「【回復】」


優しい陽だまりを連想させる、淡く白い光がリンの左手から発光。

その光に包まれた患部が、みるみる内に回復していく。


数秒の内に、かなり腫れあがって目立っていた痣が、跡形もなく消えてしまう。


「…ふう…」


痣と共に痛みも消え、一息つくリン。

かつてのパーティー内で回復系魔法はリンしか使えなかったため、仲間が怪我をした場合は必然的にリンの出番となっていた。


戦闘中に発生する怪我が主となるため、外傷の治癒が一番回数が多く…

それ以外には、毒をもらってしまった時の解毒、風邪などから来る体調不良の治癒などもかなりの回数を行なっていた。


ゆえに、回復・治癒系の魔法の経験値はかなり向上しており…

パーティーのメンバーは気づいておらず、リン自身もまるで耳にすることはなかったのだが…

リンの回復系魔法の熟練度は熟練の僧侶と比べてもひけをとらないと、他の冒険者達の間で話題となっており、もし可能ならばリンを自分達のパーティーに勧誘したいとさえ思っていた。


ただ、この界隈の冒険者の中ではガイのパーティーが最も戦闘能力に優れていたこと、またガイ達三人が自分達より弱い冒険者をないがしろにする面があったため、他パーティーのリンを勧誘する、という目的は実行すらできずに終わっていたのだが。


「…前と比べると、だいぶ早くなったなあ…」


リン自身も、以前より明らかに向上した回復系魔法の熟練度を実感でき、ぽつりと溜息をつくように一言、漏らしてしまう。


ガイのパーティーに加入してからすぐに戦闘面で戦力外となり、戦闘にはほぼ参加できなかったため、戦闘能力はレベルを上げることができず、専ら回復や補助などのサポート系の能力ばかり向上することとなっている。


ちなみに、パーティーに加入する前のリンのステータスはこの通り。




名前:リン

種族:人間

性別:男

年齢:14

HP:200/200

MP:500/500

筋力:150

敏捷:200

防御:135

知力:350

器用:350

称号:神の導き子、勇者

技能:魔法・2(火、水、土、風、光、闇、雷、無)

   剣術・2

   格闘・2

   空間・5(収納)

   鑑定・5

   家事・5(料理、洗濯、掃除、裁縫、整理)

   算術・5

   医療・3(診断、施術、処方)

   生産・3(鍛冶、錬金、製薬、農業)

   探索・3(気配、罠、痕跡)




HPは生命力の強さで、この値が高いほど死ににくくなる。

MPは魔力の高さで、この値が高いほど魔法を多く使える。

筋力は力強さで、単純な打撃や武器を扱うときの攻撃力に影響する。

敏捷は素早さで、相手の攻撃をかわす、相手よりも先に攻撃する際に影響する。

防御は打たれ強さで、攻撃を受けた時のダメージに影響する。

知力は頭の良さで、一般的な賢さはもちろん、魔法の力や戦術にも影響する。

器用は手先の器用さで、武器の扱いや生産系のスキルに影響する。


称号は明確な条件はなく神から授かるものと、特定の条件を満たすことで取得できるものの二種類に分かれる。


例えば、犯罪歴を持った者ならば【○○罪】、とある集団を主導することのできる者ならば【導く者】という様に、その者の生き方次第で取得できるものが後者。

リンの【神の導き子】【勇者】などは神の気まぐれによって授けられるものとなっており、そもそもの絶対数が少なく、過去に発現がなかったものも多いため、取得条件はおろか、その効能すらも謎に包まれているものがほとんど。


技能は文字通り訓練や学習をすることによって得られる、いわばスキル。

基本的にはある程度訓練や学習、または経験をすることで得られるのだが、技能の中には特定の称号を得ることでしか取得できないものも存在する。

加えて、【生産】のように上流から下流へと分岐するスキルも存在し、鍛冶に取り組めば【鍛冶】スキル、農業に取り組めば【農業】スキルを取得することができる。

ちなみに技能にはレベルがあり、その値が技能の熟練度を表している。

1が最も低く、最高は5。

一般的には3に到達すれば一人前、という評価となる。


また、魔法は全八属性から存在し、一般的にはその内の一属性のみ適応する者がほとんど。

二属性以上適応する者は優秀、三属性以上は宮廷魔導士クラスとされている。

四属性以上は適応者がおらず、現状では三属性が最も適応数が多い。

ただし、リンは【勇者】の称号の恩恵で全属性適応となっている。

特に【雷】【無】は【勇者】の称号を持つ者しか適応しないため、実質この世界で認知されているのは【火】【水】【土】【風】【光】【闇】の六属性となっている。

ちなみにリンが得意とする回復系は【光】属性。


リンの【空間】は【勇者】の称号、【鑑定】は【神の導き子】の称号を持つ者にしか取得できず、【勇者】の称号を持っているのはこの世界ではリンのみとなっているため、【空間】のスキルはリンしか取得していない。

加えて【神の導き子】もよほど敬虔な教徒にしか取得できないこともあり、【鑑定】のスキルを取得している者はこの世界においてもごくわずか。


ちなみにこの世界の成人は十八歳で、成人済みの冒険者平均のステータスは以下の通り。




HP:400/400

MP:120/120

筋力:250

敏捷:250

防御:200

知力:125

器用:150




この冒険者平均のステータスと比較すると、リンは純粋な身体能力は年齢が低いこともあって全体的に劣るものの、魔法の力に直結する知力、生産や雑用に直結する器用の値が極めて高いことが分かる。

また、MPは宮廷魔導士と比較してもひけをとらないほど高く、ローザのように上位の攻撃魔法を使えるわけではないが、多種多様な魔法を数多く使うことが可能。


ちなみに肉弾戦に直結する筋力、敏捷、防御の三項目のうち、筋力と防御は近隣の界隈の冒険者ではガイが飛びぬけており、敏捷はロクサルが飛びぬけている。


ガイ、ローザ、ロクサルの三人のステータスはこの通り。




名前:ガイ

種族:人間

性別:男

年齢:28

HP:653/653

MP:0/0

筋力:553

敏捷:196

防御:498

知力:115

器用:82

称号:戦士、導く者

技能:剣術・5

   槍術・5

   棒術・5

   格闘・5


名前:ローザ

種族:人間

性別:女

年齢:21

HP:300/300

MP:611/611

筋力:111

敏捷:283

防御:109

知力:312

器用:272

称号:攻撃魔導士

技能:魔法・4(火、風)

   杖術・2


名前:ロクサル

種族:人間

性別:男

年齢:24

HP:438/438

MP:92/92

筋力:294

敏捷:418

防御:199

知力:201

器用:410

称号:斥候

技能:探索・5(気配、罠、痕跡)

   棒術・4

   魔法・1(風)

   盗み・5




一部項目を除いて、得意分野の項目は極めて数値が高く、成人後の冒険者の平均値を大きく上回っている。

その分、全体的にステータスが偏っており、得意と苦手がはっきりしている。

また、技能も戦闘特化のものばかりであり、戦闘面では比類なき実力を発揮できるものの、生活面においては人並み以下となっている。


だが、それぞれの長所を組み合わせ、短所を補うフォーメーションを、長年パーティーを組んでいるこの三人は阿吽の呼吸で行なうことができるため、三人で戦った時の強さは冒険者レベルでは群を抜いている。


その司令塔となるガイが、そのフォーメーションを指揮して他の二人を的確に動かすことで、強力な個体となる魔物に対しても十分なほどの戦果を得ることができる。


逆に言えば、三人の戦闘能力は非常に尖っている為、自慢の連携を崩されると非常に脆いという一面も併せ持つ。


「!!」


回復魔法を使ったことで、夜の闇を照らす光を発現したため…

魔物に自分の存在を感づかれてしまう。


リンの【索敵】にも、魔物が自分の方へと向かってくる動きを感知できている。


「【空間・収納】」


何の変哲もない厚手のジャケット、ズボンに黒の外套マントという無防備ないで立ちだが、【空間・収納】を使用し、何もないはずの空間からすかさず自身のメインウエポンである長剣を取り出して、その右手に握る。


魔物と遭遇する緊張感を感じつつ臨戦態勢を整えるリン。

そして、その相手はそう待つこともなく、リンの前に現れる。


「グウ…グルルルルルル…」


現れたのはウォータイガー。

非常に好戦的な性質を持ち、獲物と判断した相手には容赦なく攻撃を仕掛けてくる、非常に獰猛な魔物。


5mを超える体長に、3mを超える体高。

その巨体からは想像もできないほどの敏捷性を誇る。

そのスピードから繰り出される牙や爪での一撃は極悪なほどに強力で、並の冒険者なら一撃で物言わぬ躯となってしまうほど。

群れを好まない性質ゆえ、単独行動がほとんど。


魔物の種族全体で見れば中程度の強さではあるものの、それでも人間から見れば災害に近い存在であり、この魔物を討伐しようとするのなら、この世界でも中位~上位クラスの冒険者で四人以上のパーティーを組んで戦う必要がある。


それほどの魔物なのだ。


「こ…こんな強い魔物が…」


知力を武器にしていることもあり、魔物のこともしっかりと調べて知識としているリン。

ゆえに、ウォータイガーのことも知っている。


知っているからこそ、その凶悪さと強さに畏怖を覚え…

そして、その身でその危険度を実感することとなる。


この辺りは魔物の脅威度が高く、町に住む住人は常にレベルの高い魔物の恐怖におびえることとなっている。

だが、冒険者の中でも上位に位置するガイのパーティーがいるため、その脅威から逃れることができているのだ。


かつてはリンもそのパーティーに所属していたのだが、今は追放されてしまい、たった一人。


身体が震えて止まらない。

すぐ先の未来にある、絶対的な死を本能が感じ取ってしまっている。


「怖い…でも…でも!」


ここで自分が逃げたら、町の人々がこの魔物の餌食になってしまう。

ここで食い止めないと、町は壊滅状態になってしまう。


神から授けられた【勇者】の称号。

自分が町の人々を救わなければ、という使命感。

その称号、そして使命感が、まだ幼いリンの勇気を奮い立たせてくれる。


「来いっ!!」

「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!」


リンを獲物と判断したウォータイガーが、リンに向かって襲い掛かる。

動き出しが見えないほどの速さで突進し、その自慢の牙でリンを食い殺しにかかる。


「【風刃】!!!!!!」


【風】の初級魔法、【風刃】。

魔力で発生させた風を鋭利な刃物のように研ぎ澄ませ、その刃を相手にぶつける魔法。


ここが森であることを考慮し、【火】ではなく【風】の魔法を使用する。


「!ギャウウッ!!!!!!!」


恐るべきスピードで突進していたウォータイガーに、カウンターで【風刃】をぶつけることに成功。

ウォータイガーの顔面に、決して浅くない傷がつく。


「【氷刃】!!!!!!!」


【風】と【水】を同時に展開することで繰り出せる【氷】の初級魔法、【氷刃】。

二つの属性を合成する必要があり、魔法としての難易度はかなり高いが、その分かなりの威力を持っている。

魔法で生成した氷の刃で相手に切りつける魔法である。


リンの繰り出した【氷刃】が、ウォータイガーの脳天を狙って打ち下ろされる。


「!!グギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」


【氷刃】の鋭利な先端が、ウォータイガーの脳天を貫こうとするも、その脅威の敏捷性を発揮し、寸前で致命傷を免れることに成功するウォータイガー。


「グ、グウウウウウウウウウウウウ……」


だが、さすがに無傷とはいかず、その額から決して少なくない量の血が溢れ出す。

そして、目の前の相手を獲物から強敵へと、認識を改める。


その攻撃性が特徴のはずのウォータイガーだが、自身が強敵だと認めれば切替は非常に早い。

先程のような力を誇示する突進を無闇にせず、じりじりとスキを伺い、じっくりと相手を弱らせ、確実に仕留めるハンターへと変貌する。


「…なんだろう…前よりも明らかに…魔法の威力が上がってる…」


お互いに命を懸けた死闘の最中、リンは自身の魔法の威力が以前よりも明らかに上がっていることに、違和感を抱いている。

まだガイのパーティーに居た頃の自分の魔法の威力は、これほどではなかったはずだと。


それだけではない。


最初に繰り出された、ウォータイガーの比類なき突進。

あれも、かつての自分ならその動きが見えるようなことはなかった。


ましてや、その突進に対してカウンターで魔法をぶつけるなどと言うことは不可能だったはず。


明らかに以前よりも向上している自身のスペック。

以前と違うその感覚に戸惑いを隠せないリン。


「…でも…」


理性が戸惑いを訴えてくる。

だが本能は、理性とは違うことを訴えてくる。




――――この程度の相手なら、負けることなどありえない――――




と。


「ガアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」


リンが自分自身の感覚と対話しているのを隙だと捉えたウォータイガーが、再びリンに向かって突進していく。


今度こそ食い殺してやる。

今度こそ俺の食料にしてやる。


その絶対的な本能を、むき出しにしながら。


「…大丈夫…見えてる…」


そのウォータイガーとは対照的に、わずかほどのブレもない、非常に凪いだ心のリン。

並の冒険者では視認することもできないほどの速度で突進してくるウォータイガーの動きが、まるでスローモーションのように確実に視認できている。


「ガアアウウウウウウウッ!!!!!!……!!!?????」


ウォータイガーが、に到達し、リンにその牙を突き立てた。

そのはずが、ウォータイガーの牙には何の手ごたえも感じられなかった。


数瞬前までそこにいたはずのリンの姿を見失ったウォータイガーが、懸命に辺りを見回し、強敵であり、獲物であるリンを探す。


「…終わりだよ…」

「!!!!!!!」


瞬間、以前では考えられないほどの跳躍力で上に飛び上がり、ウォータイガーの突進を回避していたリンが、重力に従って高速で落下してくる。


そして、その右腕にある長剣を振りかぶり、力の限り振り下ろす。


それが、このウォータイガーがこの世で見た最後の光景と、なるのであった。

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