おっとりコミュ障勇者は、実はぼっちなら超有能

ただのものかき

第1話 追放

「リン、てめえはクビだ」

「…え?…え?」


ここは、現代のような科学文明はなく、代わりに魔法文明が栄え…

剣と魔法による、異種族との戦闘が日常茶飯事のように繰り広げられる、そんな世界。


人間は、『魔物』という種族共通の敵に日々、苦しめられている。


魔物。


一説では、自然魔力が濃密な場所から突然変異で発生する、人間にとっては災厄・災害と言っても過言ではない存在…

一説では、人間を遥かに超越する存在が、意図的に生み出しているもの、とも言われている。


魔物達は、己の生存のための食欲を満たすため…

そして、種族の繁栄のために縄張りを広げるため…

人間から見れば災害と言っても過言ではないその戦闘能力を駆使して、人間を淘汰していく。


魔物に狙われたら、命はない。

そんな共通認識が、人間の中では当然のように植え付けられてしまっている。


当然ながら、人間側も座して淘汰されるのを待っているわけではなく…

高度な魔導兵器、高い魔力と魔法技術を持つ宮廷魔導士、肉弾戦においては魔物にこそ及ばないものの、十分人間をやめていると言えるレベルの騎士団。


そういった戦力をおのずと育て上げ、国や各領土内の防衛戦力として有し、日々縄張りを狙いに来る魔物達を退けている。


だが、それは国や領主である貴族が恩恵を受ける範囲の話。

領土から外れている村や、これといった特産がなく、国や貴族にとってはなくても痛くもない町や村など…


そんな場所に住んでいる住民達は、常日頃魔物の強襲におびえながら暮らすこととなっており…

自らの命を脅かされるのみならず、生活の糧である農産物や畜産物を食い荒らされるなど、荒廃の一途を辿っている。


そんな、人間にとっては害悪以外の何者でもない魔物を、自らの糧として狩る存在。

それが、この世界の冒険者と呼ばれる存在。


その冒険者達のおかげで、国や貴族達が気にも留めない命が救われることとなっている。


今、ここにいる四人も、その冒険者として魔物と日々戦いを繰り返している一組のパーティー。


一人は、短く刈り上げた金髪に、極限まで鍛え上げたことが分かる筋骨隆々な体格で、顔つきも決して不細工ではないが無骨で強面の戦士、ガイ。

一人は、男が思わず鼻の下を伸ばしてしまうであろう、自己主張激しい胸部を筆頭とする見事なスタイルを漆黒のローブに包んだ、明るい金髪をさらりと伸ばした、蠱惑的な美女魔法使い、ローザ。

一人は、ガイと比べると小柄でスリムな印象だがしなやかでがっちりとした筋肉の身体を、素早さ重視の軽装である鎖帷子で覆っている、銀髪の整った顔立ちの盗賊、ロクサル。


その三人の視線は、パーティーの四人目となる一人に集中している。


今、パーティーのリーダーであるガイに解雇通告を受けることとなった…

まだあどけなさを残す顔立ちの、若干十四歳の少年、リン。


戦士や盗賊と比べると明らかに小柄で華奢、漆黒の髪は自らの顔の上半分を覆っており、その顔の造形がはっきりと見えない。

後ろの方も長く、その華奢な背中を覆ってしまうほどに伸びているのを飾り気のないヘアゴムで一括りにしている。

十四歳と言う年齢から考えても幼げで、同年代の男子よりも明らかに小柄。

女子と比べてもほとんど差がなく、弱弱しい感じが否めない。


人との関わりが苦手だということが、一目で分かるほどにおどおどとしており、今こうしてパーティーの三人の視線を集めている状況がよほど居心地が悪いのか、俯いて三人の視線を逸らそうとしてしまう。


「あ、あの……」

「なんだ!言いたいことがあるならはっきりと言え!」

「ひっ!……」


どうして、いきなりクビなどと言われることになったのか。

一体、自分の何が悪かったのだろうか。


当然のように浮かんでくる疑問をぶつけようと、唇を真っ青にしながら言葉を紡ごうとするのだが…

ガイのあからさまに苛立った表情、そしてその心情が露わになっている強い口調の前に、びくりとして何も言えなくなってしまう。


この少年、リンは家族はおらず、どこで生を受けたのか、これまでどうやって生きてきたのか、その生い立ちは一切不明とされている。


六歳の時から数年ほどの間、いきさつは不明だがとある教会でお世話になり始めることとなったのだ。


そして、その教会で、質素でありながらも敬虔な信徒として真面目に…

ただただ、人のために優しく、謙虚に生き…

ある日、日課として祈りを捧げていた時に、神の加護を授けられることとなる。


その時授けられた称号が、『勇者』。


この世を救う救世主の称号として、あどけない少年に舞い降りた神の思し召し。

自分以外の誰も知る由もない、その称号。

だが、その神より授かった称号は、リンの心にある『人の役に立ちたい』という思いをより強くする。


そしてリンは、その日から『勇者』という称号の元、魔物に苦しむ人々の為に生きることを決意する。


冒険者として生きていくことを、お世話になった教会の関係者に告げ…

常に敬虔な教徒として、常に人に優しかったリンを慈しみ、可愛がっていた関係者達の反対を押し切って、教会を飛び出してしまう。


そして、魔物から人を救うべく、自ら冒険者となり、一人で地道に修行に修行を重ね…

剣術と格闘術、そして数多くの魔法を使えるようになる。

さらには、勇者の称号の恩恵なのか、希少なスキルがいくつも発現。


まだまだ駆け出しの冒険者であるものの、町の雑用や薬草などの採集と言った依頼も自ら進んで取り組み…

弱い相手ではあるものの、魔物の討伐もこなせるようになっていく。


そんな将来有望な新人に目を付けたのが、今のパーティーメンバーとなっているこの三人。

その時の三人からの勧誘を、リンは二つ返事で受けた。


だが、そのパーティー結成は四人全員にとって…

否、リンにとって害にしかならないものだった。


元々一人でありとあらゆることをこなしていたリンは、生来の性格が人見知りで内向的なことも手伝って、他人との意思疎通が驚くほどにできなかった。


冒険者ギルドでの依頼受諾や、素材買取の際のやりとり程度なら問題なくできる。

だが、一瞬の伝達ミスやロスが命取りとなる戦闘中の連携が、リンは全くと言っていいほどできなかったのだ。


「てめえはいつもそうだ!何考えてるのか分からねえ!」

「そうそう、おまけに戦闘能力も器用貧乏な感じで、いまいち中途半端なのよね~」

「…正直、足手まといなんだよ」


ヒートアップするガイの発言に、ローザとロクサルも便乗してくる。


現状のリンは、確かに戦闘面でできることは多い。

多いのだが、どれもガイ達から見れば中途半端なのだ。


肉弾戦による近接戦闘はできるが、ガイほどの力強さも頑強さもない。

魔法による攻撃はできるが、ローザほどの威力も精度もない。

気配察知はできるが、ロクサルほど広範囲にはできない。


一番致命的なのが、この三人との意思疎通ができないこと。

そのせいで、ガイ達三人にとっては楽勝となる戦闘も、リンの連携ミスで危うくなるところまで追い詰められたりすることもあった。


それでも、魔法による支援や回復はできるし、メインアタッカーは無理でも遊撃はできる。

さらには、野営に料理含む家事全般は非常に高水準でこなせるし、物資や金銭の管理は極めて厳密に行なうことができる。

加えて、魔物の解体も多くの種族、そして数自体も多数、一人でこなしてきている。

そう、このパーティーの雑用は現状、全てリンが一人で取り組んでいるのだ。


だが、全ての価値観が戦闘になっている三人…

特にその傾向が強いガイの目から見れば、戦闘以外のことなど見る価値もないと、リンの戦闘以外の貢献には目を向けることすらしていない。


リーダーであるガイがそうであるため、当然ながらローザとロクサルもそうなってしまっている。

しかも、ガイの判断で戦闘は戦力外とされており、リンはこのパーティーに入ってそう経たないうちに、ろくに戦闘させてもらえなくなってしまっていた。




戦闘ではお荷物なのだから、雑用するのなんか当たり前。




ゆえに、戦闘面で全く貢献できていないリンは必然的に『パーティーのお荷物』という評価になってしまっているのだ。


「う…うう……」


ましてや、今のガイのように、ただただ強い口調で追い詰めるように悪い点ばかり指摘されては、性格的におだやかでコミュ障なリンは自分の意見すらろくに言えなくなってしまう。


仕事の時にのみ顔を会わせて、ただ仕事をして別れる、という流れならまだ分からなくもない。

だが、それにしても数年の付き合いになるのにそれは、と言う意見も上がってしまう。


ましてや、一つの家屋をパーティーの拠点として借り切り、そこで全員が生活を共にしているにも関わらず、未だに意思疎通に問題があるのは、数年来のパーティーメンバーであるガイ、ローザ、ロクサルの三人にはどうしても納得がいかない。


ゆえに、三人のリンに対する接し方も、当たりがキツくなってしまう。

ゆえに、いつまで経ってもまともなコミュニケーションの取れないリンを見下し、役立たずと罵る心が強くなってしまう。


その中でも特に当たりの強いガイからは、まるでその精神を壊してしまう勢いで毎日のように詰められているため…

リンは他の三人、特にガイに対してはもはやまともに言葉を紡ぐことすらできなくなってしまっている。


「いいか!てめえのせいで、俺らがどれだけ危険な目にあったか分かってんのか!」

「!うう……」

「おまけに何度言ってもそのうじうじした態度も変わらねえ!連携もまともにできねえ!」

「ね~。てかますますひどくなってる、まであるし」

「…全然、改善する様子も見られないしな」

「!う……」


おだやかで繊細、だからこそ人との関わりが苦手なリンにとって、このパーティーでの生活は拷問と言っても過言ではないほど、追い詰められていた。

自分でも今のままではだめだと分かってはいるのだが、どうしても行動に移せない。

どうしても改善ができない。


だからこそ、そんなリンに対する当たりは日を追うごとにキツくなってしまう。

それが、よりリンを委縮させてしまうとも思わず。


完全に悪循環となってしまっている、リンと他三人の関わり。


そんな関係に、ついに他三人…

特にリーダーであり、メンバーの中でも短気で感情的なガイの堪忍袋の尾が、ついに切れてしまったのだ。


「てめえに付き合ってたら、俺らの命がいくらあっても足りやしねえ!」

「ほんとよ~。あたいらあんたのせいで殺されそうになってんだもん」

「…疫病神め」

「もう限界だ!てめえなんかと組んだ俺が馬鹿だった!もうてめえは用済みだ!」

「そうそう。だからこれでオ・サ・ラ・バよ」

「…どこでも行って、勝手に野垂れ死ね」


仲間であるはずのパーティーメンバーから浴びせられる、容赦ない罵詈雑言の嵐。

それらが、よりリンの心を追い詰めていく。


もうリンは、何も言えずに俯いたままになっている。


「~~~~~~~~いつまでそうしてんだ!!この役立たず!!」


ただただ罵詈雑言の嵐を浴びせられて、言葉すら発することもできないリンに余計に苛立ちが増したのか、ついにガイの拳がリンに襲い掛かってしまう。


「!!ぐっ!!」


現存する冒険者の中でも、屈指の攻撃力を誇るガイの拳をまともに顔面に受けてしまい…

小柄で華奢なリンの身体が、まるで綿毛のように吹き飛んでしまう。


パーティーの拠点である借家の、煉瓦作りの壁に、リンの身体が激突してしまい…

そのまま崩れ落ちるように、リンは倒れてしまう。


「う…ぐ……」

「もうてめえのツラなんざ、一秒たりとも見たくねえ!!出ていけ!!とっととここから出ていけえ!!」


拳で殴りつけてなお苛立ちが収まらないのか…

ガイはリンの衣服の襟首を乱暴に掴んで、リンの身体を持ち上げると…

そのままずかずかと借家の扉を乱暴に開け放ち、そのままリンの身体を、夜の帳に覆われた漆黒の空間となっている外に投げ捨ててしまう。


「もう二度とてめえのツラ見ねえでいいと思ったらせいせいするぜ!あばよ!」


そして、最後の捨て台詞をリンに叩きつけるように言い放つと、そのまま借家の扉を乱暴に閉めてしまう。


「う…うう……」


仲間に、見捨てられてしまった。

仲間に、疫病神扱いされてしまった。


自分でもわからないほど、意思疎通ができず、ただひたすら苦しんで…

それでも、仲間の為になろうとやれることに取り組んできたこの数年。


その結果が、この有様。


そもそもの原因が自分にある以上、あの三人を責めることもできない。

それができるような心の持ち主ではない、リンという少年。


ガイに殴られた左頬が、ずきずきと痛む。

だが、それ以上に仲間に役立たず扱いされた心が痛む。


リンはこの日、数年生活を共にしたパーティーを追放され…

身体一つの再出発を、余儀なくすることと、なった。

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