第3話
「あ……鍵が開いてる」
朝行った時には休日だから鍵がかかっていたはずの図書室が、開放されている。
もしかして先生が?
私はそっと扉開けて「失礼しまーす」と図書室へと入っていった。
休日の図書室はしん──と静まりかえって、聳え立つ本の壁だけが存在を主張していた。
「先生ー? 来ましたよー? たのもぉーっ!!」
……。
返事がない。
というか、人の気配すらない。
どうしたんだろう?
まだ来てない?
まぁ今日は時間もあるし、ちょっと待っていよう。
私がいつもの指定席である窓際の席に移動すると──。
「? 何? この本……」
机の上に置かれた一冊の本。
「『不思議の国のアリス』……? これ、私が孤児院のために書いた本……」
日本で覚えていた物語を書き綴って、孤児院の子供達用に寄付した本の一つだ。
なんでここに?
不思議に思って手を伸ばし、本に触れたその瞬間──!!
パァァッ──!!
「何!?」
まばゆい光に包まれて、私は何かに引っ張られるように本の中へと引きずりこまれてしまった──……。
◆
「い〜〜〜〜や〜〜〜〜!!」
落ちている。
すごい勢いで真っ暗な穴のようなものの中を、私は滑り落ちていく。
ドシーンッ!!
「い゛た゛い゛……」
お尻思いっきり打ったぁーっ……!!
「ここ……どこ?」
どうやら落ちきったみたいだけど、真っ暗なまま。
いったいどこなの?
立ち上がって様子を伺おうと目を凝らしてみると……。
パーン!! パンパンッ!!
「な、何!?」
「お誕生日おめでとう!!」
大きな破裂音とともに灯る明かり。
「!! 皆!?」
あたりは木々に囲まれた森の中。
芝生の上には真っ白いクロスがかかったテーブルと、その上にはたくさんのご馳走が……。
そしてそれを囲んで私に向かってクラッカーを鳴らすのは、クレア、メルヴィ、マロー、ラウル、アステルにジオルド君、レイヴンやレオンティウス様、アレンまで。
それに──先生!?
「皆、その格好どうしたんですか!?」
特に先生!!
なんですかそのけしからんお耳は!!
ハロウィン今日じゃないですよ!?
先生の頭の上では真っ黒の猫耳がピクピクと動いている。
ハロウィンで毎年私が先生に魔法でつけている猫耳。
ま、まさかご自分でつけてくれる日が来ようとは……!!
「かなり遅くなったけど、あんたの誕生日祝いよ。せっかくだから、アリスをモチーフにしたパーティを開こうってなったの。ちなみにあんたはアリス、私はハートの女王よ」
そういえば私も服、変わってる!!
青と白のエプロンドレスに頭の上にはリボンまで。
クレアは赤と白のハートモチーフのドレスで、彼女のつり目とよくマッチしてまさに女王様!!
「クレア、すごく似合ってます!! リアル女王様です!! メルヴィは……」
「私は公爵夫人、ラウル様は公爵ですのよ」
「物語には公爵は出ていないのですが、メルヴェラとセットということで、こうなっちゃいました」
照れ臭そうにラウルが笑う。
「癒し系メガネカップルの夫婦姿!! 未来予想図じゃないですかぁぁぁぁっ!!」
二人が結婚したらこんな感じになるのかぁ……しっくりくるわ……。
「ヒメ、俺は三月ウサギだぞ!! どうだ? 愛らしいだろ?」
レイヴンが長い耳をピクピクさせながら犬歯をのぞかせて笑う。
「うさぎの皮を被ったワンコ……」
いや、でもアリスに犬は出ないから仕方ないのか。
「私はアリスを誘惑して穴に導く白うさぎよ。アリス、どうかしら? 私に誘惑されてみる?」
妖艶な表情でニヤリと笑うレオンティウス様。
いや、誘惑するとか言わないで!!
白うさぎはそんな気はないっ!!
こんな色気を大放出させるオネエな白うさぎいてたまるか……!!
「レオンティウス様、白って、純な色なんですよ。知ってました?」
「あらぁ、私にぴったり♡」
「……」
頬に手を当ててにっこりと微笑む麗しのオネエ、レオンティウス様は、間違いなく白ではなくショッキングピンクなうさぎだと思う。
「あれ、アレンは……」
青緑の寝袋みたいなものに包まれた状態のアレン。
えっと……何?
「僕は芋虫だよ」
……まじか!!
予想の斜め上だわ!!
「ヒメ、この紐引いてくれる?」
「紐?」
この首のところについた紐のことかな?
よいしょっ。
私がアレンの首元に出ていた紐を引っ張ると──。
プシュ〜〜〜〜〜〜!!
空気が抜けたように寝袋が萎み始めストン、とそれが落ちたと思ったら……。
「なっ!? なんですかこれ!?」
「ん? 蝶々に羽化したんだよ」
……いやいやいやいや!!
どこからどうみても魔王に羽化した感じだよ!?
黒と紫の衣装で、頭にはおそらく触角のつもりなのだろうけれど、どこからどうみても角!!
背中には蝶々の羽というよりも悪魔の羽みたいな黒いものが付いている。
ブラックジョークほんとやめて……!!
「あ〜……えっと、アステルとマローはトランプ兵ですか?」
赤と白でクレアの両脇に控えている二人。
3人セットでとっても似合ってる。
「おう!! かっこいいだろ、この赤い剣!!」
「強制的にな……」
ノリノリで小道具の赤い剣をうっとりと見つめるアステルとは対照的にげっそりとしているマロー。
その隣でもう一人、浮かない顔をしている人物に視線をうつす。
「ジオルド君はマッドハッター?」
ブロンドの美しい頭の上に大きな帽子。
表情はものすごく厳しい顔をしているけれど、格好はどう見てもマッドハッターだ。
「なんで僕がこの駄犬とコンビに……」
ジオルド君がそう呟いて肩を落として項垂れる。
「はは……。で、でもとても素敵ですよ!!」
「……」
慰めにならないというように力なく手をあげて制するジオルド君。
そんなにレイヴンとコンビは嫌なのか。
「先生は──」
明かりがついた瞬間から気になっていた先生の姿。
いつもの黒づくめの騎士服なのに、頭の上には黒い猫耳。
ニャンコ先生ぇぇぇぇっ!!!!
「クロスフォード先生には不思議の国の案内役、チェシャ猫になっていただきましたのよ。クロスフォード先生の雰囲気には、黒猫しかないと判断しまして、黒い猫耳にしてみましたわ」
グッジョブメルヴィ!!
毎年ハロウィンの強制仮装でも、先生には黒猫一択にしている。
それは
「メルヴィ……さすがです……!!」
私はメルヴィとがっしりと握手を交わすと、先生の眉間の皺がより深く刻まれた。
「皆、とっても素敵です!! 私なんかの誕生祝いのために……ありがとうございます!!」
育ての父母に誕生日を祝ってもらった記憶はない。
死んだ義姉であるセナの誕生日には、毎年ケーキが出てきたけれど、私にはなかった。
父母の死後に引き取られた施設では、誕生月毎の合同誕生日だったし、個人で祝ってもらったのは初めてだ。
「私なんか、じゃないわよ」
レオンティウス様の手が私の肩をポンと叩く。
「そうだな。俺たちにとって、お前の誕生日はとてつもなく大切な日だ」
「レオンティウス様……レイヴン……ありがとうございます」
なんだかとっても照れくさいけれど、とっても温かい何かが胸に広がった。
「んじゃ、皆で飲んで食べて盛り上がろうぜ!! よーし皆、グラス持てー!! ヒメの生まれた日に!! 乾杯!!」
「かんぱーい!!」
レイヴンの乾杯の音頭とともに、パーティーはにぎやかに幕を開けた。
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