第4話

「ハルト、10歳の誕生日おめでとう」

「ありがとう、ゾーリン父さん、、ヒルダ母さん、リタ」


 俺は今日で10歳になった。

 背はドワーフの平均を超え、丸太を抱えて持ち運べるほどに力も付いた。

 ドワーフとドラゴニュートのいいトコ取りかもしれない。

 ちなみに毛の濃さは人並みで、鱗は以前と変わらずわき腹に模様が出る程度で収まっている。

 妹のリコッタ改めリタ(改名ではなく呼び方を変えた)は誕生日の関係でまだ7歳だが、乳角も取れて尻尾も太く長くなった。

 そして背が俺に追いつき、顔立ちはまだ幼さを残すが、それでも麗美れいび端正たんせいな顔立ちは完成の域に近づきつつある。

 傍から見れば兄妹が逆にしか思えないのだが、しかし性格は相変わらずで、今でも尻尾を振りながら俺の後ろをついてくる。

 また顔にも口にも出さないが尻尾を見れば一目瞭然なので、前世の妹である美花にも引けを取らないブラコンなのが判明している。

 そうか、美花はもう25歳か。俺の年齢を超えたな。

 結婚はしているだろうか。子供はいるのだろうか。幸せな家庭を築けているのだろうか……。


「これで封印は解除だね。どれ、後ろを向きな」


 封印の解除はヒルダ母さん直々に行う。

 やることは簡単で、背中の封印紋を魔法で消すだけ。数秒で完了だ。

 感覚的には何も変わらない。


「さーてハルトは何の魔法が使えるかねー?」

「オレに似ないでほしい……」


 期待の眼差しで見てくるヒルダ母さんとは対照的に、祈るような様子のゾーリン父さん。


「でもさ、そもそもどうやって魔法を使うのか、知らないんだけど」

「あー、そういやそうだった」

「クククッ。腕が鳴るねぇ~」


 二人が顔を見合わせてニヤニヤと笑い出した。

 もしかして、この世界の住人は魔法が使えるのが常識で、俺のように使い方が分からない人はいないのでは?

 そうなると、俺が前世を持っていると気づかれた可能性がある。

 とはいえ気付かれたところでどうだという話でもあるのだが。


「魔法に必要なのはイメージだ。

 火の玉が飛び、水の槍が貫き、風の刃で断ち、土の盾で守る。

 イメージが固まったら、それに合う詠唱をすればいい」

「自分の持つ魔力が、強固なイメージに合わせて変化する感じだね。

 んで、実際にはそこに人それぞれの個性が出る。

 あたしは火と土の魔法に秀でているけど、逆に水と風は下手だ。

 ゾーリンに至っては魔法全般がド下手だからね~」

「仕方がないだろ。ドワーフの魔力は魔法に使うものじゃないんだ」

「努力次第だと思うけどね~あたしは。

 まっ、とにかくやってみりゃ分かるよ」


 一抹の不安を残し、村の練習場へ。

 到着すると先客でダズ兄さんがいた。

 ダズ兄さんは一瞬不思議そうな表情をしてから、納得した表情になった。


「ああそうか、ハルトももう10歳だもんな」

「うん、そういうこと」


 一歩遅れてヒルダ母さんと、ついでにリタも来た。


「ダズ、聞いたよ。王都に出るらしいじゃないか」

「はい。スキルも知りたいし、自分の実力も計りたいので」

「ハハッ! 若者はそうじゃなくっちゃ!

 いいかい、王都にはこんなちっぽけな村とは比べ物にならないほどに夢と希望が満ちている。

 だけどそれと同じくらい、反吐が出るほどの悪が存在している。覚えておきな」

「はい。肝に銘じておきます」

「よろしい。

 もしも王都で困ったことがあったら、冒険者協会の【ハーリング】ってオッサンを頼りな。あたしの名前を出せば良くしてくれるよ」

「分かりました。ありがとうございます」


 さすがは元冒険者、よく分かってらっしゃる。


 魔法を試す時間だ。

 地面に埋まっている木の板を目印に、20メートルほど先にある棒に括り付けた藁をめがけて魔法を撃つ。

 お手本などは無く、いきなりやってみろとの無茶ぶり命令だ。


「魔法って言ったらやっぱりファイアボールだよなぁ」


 俺も漫画やアニメはたしなんでいたので、そのイメージは容易だ。

 まずは右手をしっかり伸ばし、手のひらをターゲットに向ける。

 次になんとなく左手を添えて右手を固定し、詠唱。


「ファイアボール!」


 詠唱と同時に手の平の先に赤くて小さな魔法陣が自動で形成され、そこからピンポン玉サイズの火の玉がポンと飛び出し、藁を焦がした。


「へぇ~、一発目から成功するとは思わなかったよ。んで、ご感想は?」

「……正直に言うと、手ごたえが無くて逆に驚いた」

「ま~あのサイズだからってのもあるけど、ハルトはゾーリン似だからね」

「それって暗に才能無しって言ってるよね?」

「ハハハ! ま~そんなに怒るなって」


 くっ。

 この世界がゲームやアニメのようなファンタジー世界だと分かった時から、魔法を使っての戦闘に憧れがあった。

 憧れだけで終わった。残念!


「兄様、魔法だけがすべてじゃないですから」

「そうそう。リタの言う通りだよ。

 同じく魔力を使うスキルだと、たとえば錬金スキルを持っていれば、火の玉の代わりに鉄の玉を錬金して攻撃できるし、薬学スキルで毒ポーションを投げつけるような奴もいるからね。

 ってことで、次はゾーリンの鍜治場に行くよ」」

「え、もう移動?」

「あたしの見立てじゃあ、ハルトにはこっちが本命だからね。分かったらさっさと移動!」

「あ~、ダズ兄ちゃんまたね」


 苦笑いしながら手を振るダズ兄さんに見送られ、ゾーリン父さんの鍜治場へ。

 小さな村ながら鍜治場に休日はなく、毎日のように農具や武器防具の修理依頼が舞い込む。

 俺に鍛冶のスキルがあるのならば、ゾーリン父さんの負担も軽くなるだろう。


「来たか。早かったな」


 鍜治場は熱気に包まれていて、炉の中は真っ赤に輝いている。

 俺を待ち受けていたゾーリン父さんの手には、一振りのショートソードが握られていた。


「ハルト、こいつを見て、正直な感想をくれ」

「俺はダメならダメって言うよ?」

「ああ、それでいい」


 狙いは分からないが、だからこそ正直に品評する。

 長さは40センチ程度で、先端に向かって少し広くなるひし形の直剣。村でもよく見る形だ。

 装飾は一切なし。

 刃の精度は、正直甘いと思う。

 厚みが一定じゃないし、よく見れば歪みもある。

 もしも前世の会社『りったい堂』だったら、有無を言わさずゴミ箱行きだ。

 それでも見れる形にはなっているので、全く知識がないわけではないように思える。

 例えば俺が初めて打てば、こんな感じになるんじゃないかな。


「この精度じゃ商品には出来ないね。知識のある初心者が打った剣って感じ。

 点数を付けるなら30点ってところかな」

「……くくっ、んダハハ!! 30点か!!」


 いつになく大笑いするゾーリン父さん。

 絵に描いたような、ドワーフの大笑いだ。


「ハルト、お前目利きのスキル持ってるぞ。

 ハルトの言ったとおり、そいつはオレが初めて打った剣なんだよ。

 いや~30点! 名工とうたわれた爺さんと全く同じ点数をつけやがった! 愉快愉快!」


 そしてやる気があるのならば、明日から修行を付けるとのこと。

 元造形屋としては願ったり叶ったりだ。


「ゾーリン、ついでだから錬金のスキルもチェックよろしく」

「いいけど、錬金なんて高度過ぎてオレでもろくに扱えない代物だぞ?」

「ハルトは魔法を一発で成功させた」

「……マジか。こりゃ期待するしかないな!」


 俺を置いてけぼりして盛り上がるお二人さん。

 次にゾーリン父さんが、ゴチャゴチャしている棚から手のひらサイズの石板を持ってきた。

 六角形の石板で、四角の中に円、円の中に三角、三角の中に逆三角がある紋様が掘られている。


「これは錬金板って言ってな、魔法で言うところの魔導書みたいなもんだ。

 これを持って自分の作りたいもの……例えばショートソードをイメージしてみろ。

 それで錬金術が発動するはずだ」

「分かった。やってみるよ」


 お手本は見渡せば何本もあるが、どうせなのだから少し欲をかいてみるか。

 魔法よりも難易度が高いので、一旦目を閉じてイメージする。

 刃渡り45センチ、両刃の直剣で中央に彫りがある。

 つばは肉厚、グリップは中央を少し膨らませて、ポンメルと呼ばれるグリップの先端は半球状に。

 イメージが固まったので目を開く。


「……え、これ……」

「おー! 【錬金鍛冶】も一発で成功しやがった!」

「こりゃーマジで将来が楽しみだね!」


 喜ぶ両親とは裏腹に、俺は目の前に広がる光景に困惑していた。

 そこにはSFで見るような水色半透明の空中モニターが浮かんでいるのだが、それよりも画面にに映し出されているインターフェイスが問題だ。

 それはまさに、俺が会社で使っていた3Dモデリングツールそのもの。

 操作はマウスとキーボードがない代わりに、俺の思考に連動するのとタッチパネル操作も可能のようだ。

 そんな錬金術の画面には、俺が先ほどイメージしたショートソードが表示されている。

 こう見るとグリップの膨らみは無い方がすっきりして俺好みだ。

 なので早速変更を……いや、今ここであっさりとコレを扱ってしまうと、俺が転生者だと気づかれるかもしれない。

 無用ないざこざを避けるためにも、今はこれ以上触れずにいよう。


 今俺の手の中には、錬金術で作ったショートソードがある。

 画面はどう見ても3Dモデリングだし、出力方法はまるで3Dプリンター。

 このショートソード1本が、およそ10分くらいで作れるのだ。

 全てが偶然という可能性はあるが、それにしてはあまりにも俺に馴染みがありすぎる。


「何なんだこの世界は……」


 思わずそう呟かずにはいられなかった。




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