第5話

 異世界にて錬金術という名の3Dモデリングに困惑した翌日。

 今日からゾーリン父さんに鍛冶師の修行を付けてもらう。


「いいかハルト、鍛冶には大まかに二種類ある。

 ひとつはハンマーで打って形成する打ち鍛冶。もうひとつは昨日ハルトがやった錬金鍛冶だ。

 錬金鍛冶は詳しくないから教えられないんだけど、打ち鍛冶は売れる剣を打てるくらいには鍛えてやるぞ」


 打ち鍛冶が鍛造たんぞう、錬金鍛冶が鋳造ちゅうぞうみたいなものか。


「ちなみにゾーリン父さんは何年かかった?」

「合格をもらうまで5年かかったけど、あれは親父が感覚派で全く参考にならなかったのが悪い。

 オレなら1年でハルトを一人前にしてやれる」

「言い訳じゃないことを願うよ」


 1年はさすがに早すぎだと思うが、それだけ俺の腕を買っていると思おう。

 深呼吸をして気合を入れ、鍜治場を見回す。

 そこで一つ気付いた。


「そういえば昨日俺が作った剣は?」

「リタが持って行った。早速ヒルダに稽古をつけてもらうんだと」

「まだ7歳だよ?」

「ドラゴニュートは体の成長が早いから、むしろ今からのほうがいいんだよ。

 それに、邪魔をして娘に嫌われたくはないからな!」

「それが本音か……」

「さっ、準備準備~っと」


 俺の呆れた目を見ないようにして準備を始めるゾーリン父さん。

 とはいえ俺も美花には嫌われないように甘かったので、その気持ちはよく分かるのだった。


 この鍜治場の炉は【魔力窯】と呼ばれるもので、ドラゴンブレスにも耐える耐久性と、自ら周囲の魔力を吸い寄せる性質を持っている。

 そこにくべられるのが【ヘパイストスの火】という魔法の炎で、魔力を吸って成長するという特性を持っている。

 つまり魔力窯が周囲から魔力を集め、その魔力をヘパイストスの火が吸い取って火力が上がるという仕組みなのだ。

 ちなみにこのヘパイストスの火は何かを燃やしているわけではないので、匙ですくってランプに入れて持ち運びができる。

 そのため村の照明はすべてこれが種火となっている。


 頭にタオルを巻き、右手には鍛冶用の頭の大きなハンマー。

 このハンマーも魔法のかかった特別なもので、金属を容易に曲げられるようになっているらしい。


「力加減は?」

「様子を見ながら変えるのが職人技ってやつなんだけど、まずはガツンと一発行ってみろ」

「分かった。……血は争えないみたいだ」

「なんか言ったか?」

「なにも」


 さすがにいきなり火を触らせてはもらえないので、まずは実際に鉄を打つところから。

 事前に窯に入れてあった手のひらサイズの鉄板を、大きな鉄のハサミで挟んで取り出し、金床に固定。

 テレビで見たことのある光景だ。

 それでは一発、この熱々の鉄板をぶん殴ってみる。


 カンッ!

 いい音がして、真っ赤な鉄板が想像以上に簡単に形を変える。

 カンッ!

 もう一発打ったところで、俺はわずかな違和感に気付いた。

 カンッ!

 その違和感を確かめるためにもう一発。

 カンッ!

 やっぱりだ。


「ねえ、こんなに俺の思い通りにハンマーが動くものなの?

 それにこんなに思い通りに形が変わるものなの?」

「それがスキルの補正ってやつだ。

 後で詳しく説明してやるから、今は打つ動作を体に馴染ませろ」

「分かった」


 何度もハンマーを振り下ろし、冷えてきたら炉に入れて温め直し、また打つ。

 次第に形になっていく鉄板と俺のハンマー捌き。

 これは……楽しいぞ。

 努力を重ねるほどに目に見えて成果が上がるこの感覚は、精巧なプラモデルを完成させていく楽しみとそっくりだ。


 最初は素組みでも、完成させたことが嬉しかった。

 そのうち素組みだけでは満足できなくなって、塗料やスプレー缶を買って塗装して。

 次は雑誌に載っているプロの作例に目が行って、無い金と技術をつぎ込むんだ。

 そうやって出来た最初の作品は、お世辞にも上手いとは言えないけれど、至高の充足感を与えてくれた。


「懐かしいな……」


 鉄を打つ音にかき消される俺のつぶやき。

 そうやってしばらく無心で鉄を打っていると、温め直す際にゾーリン父さんが「そろそろ完成を意識しろ」と。

 そういえば打った際の音が最初よりも甲高く、手ごたえも変わってきている。


「あと3回」

「よし、3回だな」


 なんとなく、それが正しいと感じた。

 俺も心のスイッチを切り替え、完成に向けての仕上げを意識する。

 とはいえ最初なのだから、どう仕上げたものか困る。

 そこで頭に浮かんだのが、昨日見せてもらったゾーリン父さんが最初に打ったショートソード。


「反面教師か。となると歪みを正すことを意識しようかな」

「それが正しい。ほれ、ラストスパートだ」


 金床に乗せられた鉄板もといナイフの作りかけに、再びハンマーを振り下ろす。

 意識すれば分かる、完成間近を告げる甲高い音。

 狙うは厚みの違う、歪んだ一点。

 自分の意識が少しずつ、その一点に集中していく。


 キーンッ!

 最後に一等甲高い音を響かせ、俺の初作品が完成した。

 片刃で中間が少し膨らんでいる、刃渡り15センチほどのナイフだ。

 体力切れで刃以外の部分はゾーリン父さんに任せた。

 ゾーリン父さんはナイフの刃をこれでもかと確認している。


「どんな感じ?」

「……お前、本当に素人だよな?」

「あはは! お世辞でも嬉しいよ」

「いや、マジで。こりゃもしかして、いや間違いなく……」


 ぶつぶつと呟きながら、改めてナイフの出来を確認するゾーリン父さん。

 そしてナイフを持ったまま、俺を置いて鍜治場を出て行ってしまった。


「おい! 片付けどうするんだよ!? ……ったく」


 仕方がなく俺一人でお片付け。

 炉の周りには近づかず、道具類を棚に戻す程度で済ませておく。

 結局ナイフが俺の手に戻ってきたのは、日が暮れた後だった。


 その日の晩御飯にて。


「ハルト、あのナイフ見せてもらったよ。

 初日であの出来は間違いなく鍛冶のスキルを持ってるよ」

「そう? でも俺が見る前にゾーリン父さんが持って行っちゃったから、しっかりチェックできてないんだよ」


 不満顔をゾーリン父さんに向けると、父さんは苦笑いを浮かべながらその理由を教えてくれた。


「いや~すまんすまん。一番にヒルダに試し切りをしてもらいたくてな。

 正直に言って、あのナイフはもう金になるレベルだ」

「試し切りしたあたしも同じ感想だね。

 あのまま魔物退治に使っても問題のない出来だったよ」

「……マジ?」

「「マジ」」


 両親の声が揃った。ついでにリタも尻尾を振りながら頷いている。


「とはいえ、これはスキルレベルの恩恵が大きいと考えるべきだ。

 鍛冶スキルは鍛冶用ハンマーの扱いが上手くなって、よりイメージ通りに打ちやすくなるのと、鉱石の加工がやりやすくなるんだ。

 打ち始めでハルトが違和感を覚えたのは、スキルレベルが高いせいで自分の感覚とズレたんだろう」

「つまり技術自体はまだ素人か」

「そういうことだ」


 技術職は一朝一夕にはいかないものだ。


「ってことで明日はあたしがハルトをもらうよ」

「俺は剣には向いてないと思うんだけど」

「いいや、細工仕事の方さ。ついでに副産物で【エンチャント】もね」

「エンチャント?」

「武器防具や装飾品に特殊な能力を付与するんだよ。

 炎に耐性のある防具なんかあるだろ? ああいう奴を作る」


 前世で会社のパソコンでゲームをしていた上司が、幸運のエンチャントがナントカって頭を抱えていたのを思い出した。

 ちなみにその上司とは専務である。

 エンチャントにどれほどの効果が出るのか分からないが、覚えて損はないだろう。


「分かった。明日はヒルダ母さんに頼むよ」

「おうよ! バッチリ鍛えてやるぜ~!」


 尻尾をぶんぶん振るヒルダ母さん。

 男よりも男らしいその性格でよく細工仕事が出来るな、なんて思ってしまうのだった。




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