第3話

 気付いたらリコッタが掴まり歩きをしていた事実は、俺にとって存外ショックだったらしく、翌日から熱を出して5日ほど寝込んだ。

 そのおかげなのかは分からないが、それ以降記憶が飛ぶことは無くなった。


 それからさらに時が過ぎ、俺は5歳になり、リコッタは3歳になった。

 誕生日が1か月しか違わないので計算が楽だ。

 ちなみにこの世界のこよみは前世と全く同じ、1年12か月53週365日。

 覚えるのが楽で助かる。

 そして前世の妹、美花は20歳になったはずだ。

 ……俺が生きていれば、成人式に綺麗な晴れ着を着せてやったのだが。

 いや、それよりも早くいい男を見つけて家庭を持っていてほしい。

 俺の死を過去の出来事にして、前に進んでほしいのだ。


 この年齢になればもう村の中を一人で歩けるので、新しく色々と知ることが出来た。

 俺の生まれたこの村は総人口が23人の、山と森に囲まれた名もなき村だ。

 この規模と立地なので国の地図にも載っていないらしく、村民以外は月に一度の行商人か、迷い込んだ冒険者か、魔物くらいしか来ない。

 そう、魔物。

 おおよそ俺の知るファンタジーなモンスターと相違なく、一歩村を出れば様々な魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしている。

 そんな魔物に村が襲われないのは、結界が張られているかららしい。


 魔物がいればダンジョンも存在しており、しかも前世で言うローグライクのような内部構造が変化するタイプだというから不思議なものだ。

 そしてそんな魔物を討伐したり、ダンジョンを攻略して生計を立てているのが、冒険者と呼ばれる人々だ。

 ヒルダ母さんも元冒険者で、それを保護したのがゾーリン父さん。

 そのため村の近くに厄介な魔物が出た時には、ヒルダ母さんもゾーリン父さんの打った剣を持って魔物退治に出かける。

 そんな日の食卓には魔物の肉が並ぶのだが、これがまた美味しい。

 つまり俺が猟に出ていると思っていたのは、実は魔物退治だったのだ。


 魔物・ダンジョン・冒険者、と来れば次に期待するのは魔法の存在。

 魔法、ありました。

 この年齢であちこち出歩いていると、当然転んで擦り傷を作る。

 そんな時、周りの大人が回復魔法をかけてくれることがあるのだ。

 詠唱は魔法の名前のみで、手のひらをかざすと空中に小さな魔法陣が浮かんで、傷が光って治る。

 ちなみにポーション的な飲み薬や薬草を使った塗り薬もあるのだが、そちらはもっと大きな傷の時に使われている。


 実は、俺も魔法が使えるらしい。

 だが子供には危険なので、一定の年齢になるまで封印されている。

 リコッタにも施されていたので、子供はみんな受ける儀式なのだろう。

 ちなみにゾーリン父さんはドワーフなのでかまどに火を入れる程度の魔法しか使えず、ヒルダ母さんはドラゴニュートらしく魔法に堪能。リコッタもおそらくは魔法が使える。


 そのリコッタ。

 3歳になれば角も見て分かるほどに大きくなり、尻尾も先端が地面に付きそうなほどに成長した。

 翼がないのはやはり地竜、アースドラゴン系のドラゴニュートだからだそう。

 アースドラゴン系は無尽蔵の体力と堅牢な防御力が特徴。

 ついでにドワーフの血も入っているので、力強さも備えている節がある。

 逆に素早い動きは苦手で、ヒルダ母さんものんびり屋だ。

 リコッタに関して言えば感情が表に出ないタイプなので、そういう意味では納得できる。


 最近のリコッタはどこに行くにも俺の後ろをついてくるので、可愛い半分危なっかしい半分という感じ。

 とはいえ前世でも兄の経験があるので、怪我をさせないように守るのはお手のもの。


「リコッタ、こっちだよ」

「はーい」


 聞き分けがいいので苦労はしていない。

 両親曰く、まるで俺を見ているようだとのこと。

 まさか転生者か!? なんちゃって。

 そんなリコッタだが、最近家族を困らせていることがある。


「ねえ、おにーさま。リタはリタって呼んでください。リコッタはいやです」

「リコッタも可愛くていい名前じゃないか」

「いやです……」


 何故なのかは分からないが、しきりにリタと呼べと言って聞かないのだ。

 あまりに言うと尻尾を縦に振り始めるので、現在は早々に折れるようにしている。

 もしや名付け直後に俺がぼそりと言ったチーズというのを覚えていて、それが嫌でリタと呼べと言っているのかも。

 本人に理由を訊ねても「ひみつです」と突っぱねられるので、答えは出ないのだが。

 それから敬語を使ったり、俺をおにーさまと呼ぶ理由も不明。

 両親が覚えさせたわけでも、周りがそう言っていたわけでもないので、本当にいつどこで覚えたのか、全く不明なのだ。


「おはよう。お二人さんは今日も散歩かい?」

「ダズ兄ちゃんおはよう。今日も天気がいいからね」


 声をかけてきたのは、近所に住む5歳上のダズ兄さん。

 俺たちのほかに子供はダズ兄さんしかいないので、何かと目をかけてくれている。

 そんなダズ兄さんが初めて、魔法に使う杖を持っていた。


「へへっ、いいだろ。

 オレも10歳になってようやく封印が解けたから、今日から魔法の練習さ。

 上手くなれば狩りにも連れて行ってもらえるから、頑張らねーとな!」

「じゃあダズ兄ちゃん、将来は魔法使い?」

「ん~どうだろう、スキルを見極めてからだな」

「……【スキル】?」

「なんだ、スキルも知らないのか?」


 ということで、ダズ兄さんからこの世界におけるスキルというものについて教えてもらった。

 俺のイメージでスキルと言えば、剣で衝撃波を放ったり槍で回転薙ぎをしたりというもの。

 しかしこの世界でそれらは【じゅつ】と呼ばれていて、スキルとは別物だった。

 スキルとはつまりは適正だ。

 剣士のスキルを持っていれば剣が上手くて【剣術】が使え、魔術師のスキルを持っていれば魔法が上手くて【魔術】が使えるといった具合。

 そしてスキルにはレベルがあって、レベルの高いスキルを本職にするのがこの世界の常識らしい。

 ちなみに魔法と魔術の違いは、魔法は事象そのものを指すのに対して、魔術はそれを発生させるためのすべを指すのだが、同一視しても問題はない。


「王都の神官様ならスキルを見極める術を使えるらしいけど、こんなド田舎じゃ本当のスキルなんて一生分からないからな、15歳になって大人になったら、オレは王都に出るつもりだ。

 まだ父さん母さんにも言ってないから、内緒だぞ」

「うん、内緒」

「ないしょ」


 王都か。

 村は全員が家族のようなものなのでとても過ごしやすいが、しかし何もないという欠点もある。

 大人までまだ10年あるが、早いうちに自分のやりたいことを決めておかないと、一生をこの村で過ごすことになるのだろう。

 とはいえ前世からインドア派なのは変わらないので、冒険者として世界中を旅する、というような話は俺には合わない。

 例えば……そうだな。ゾーリン父さんから鍛冶と、ヒルダ母さんから細工の技術を学んで、王都で職人になる道が一番俺には合っているだろう。

 前世で俺が造形会社に就職した理由も、プラモデルやジオラマ作りが好きだったからだし。


 ダズ兄さんは魔法の練習へ。

 俺たちは邪魔になるので近寄らない。

 ほかに、剣のある場所にも近寄らない。

 以前リコッタが剣に興味を示して、置いてある木刀を勝手に触ったことがあり、監督責任で俺が怒られた。

 それをリコッタも見ており、それ以来リコッタも自重するようになったのだ。

 とはいえ3歳の子供が自重なんて出来るとは思えないので、ただ単に興味を失っただけなのだろうけど。

 ちなみにもう一か所、ゾーリン父さんの鍜治場も立ち入り禁止。

 理由は言わずもがな。


 そろそろ家に帰ろうかという所でヒルダ母さんが俺たちを呼ぶ声が聞こえた。

 家に帰れば母親が待っている。

 そんな日常を、前世の俺は7歳で失った。

 おかげで今がどれほど幸せなのか、誰よりも深く理解しているつもりだ。


「ただいま~。ダズ兄ちゃんが魔法使えるようになったって。

 俺も10歳になったら魔法使えるよね?」

「あたしに似れば魔術師のスキルを持っているだろうけど、ゾーリンに似てたら分からないぞー?」

「え~」


 そんな他愛もない会話をしつつ、幸せな日々を謳歌する俺だった。




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