第2話
俺はどうやら、転生というものをしたようだ。
最近ラノベで流行っているのは知っていたが、まさかそれが自分の身に降りかかるとは。
赤ん坊の俺が得られる情報は少ない。
父親はドワーフの鍛冶師で、【ゾーリン】。
ドワーフらしく背が低く、前世基準で1メートル程度だと思われる。
それでいてヒゲもじゃの、男の俺から見てもダンディーなイケメンだ。
母親はドラゴニュートの【ヒルダ】。細工職人をしながら、時折猟にも出る。
こちらは逆に長身で父の倍近くあり、角も含めると2メートルに迫るだろう。
人間の姿だが体のあちらこちらに鱗を持ち、立派な角と太い尻尾も持つが、翼はない。
鱗の色が茶色なので、地竜タイプなのかもしれない。
家は木と土壁で、屋根は藁葺き。窓ガラスはある。
他に見て分かる情報と言えば、月が二つあることくらい。
言葉は現在勉強中だが、文節の順序が日本語と同じなので覚えやすくはある。
おかげで自分の名前も分かった。
今生での俺の名前は【ハルト】。
偶然にも前世と同じ名前なので反応もしやすい。
今日も今日とて赤ん坊の使命を果たす。
ベビーベッドに寝転んで、お腹がすいたら泣いてお知らせ。
赤ん坊だからなのか、母親の大きな胸を見ると性欲ではなく食欲がわいてくる。
そこにおもらしの
しかしこの羞恥心こそが、前世が夢ではなかったという証拠。
……今頃美花はどうしているのだろうか。
あれほどの惨劇を経て天涯孤独になったのだ、後追いを考えてしまっても責められない。
願わくば俺の、そして両親の分も幸せになってほしいのだが。
そして出来ることならば、もう一度会って、改めて良くやったと褒めてやりたい。
時々、記憶が飛ぶ。
赤ん坊の脳にすべての記憶を保持するのは無理ということなのかもしれない。
そう考えていたのだが、ハイハイを通り越して掴まり立ち出来るようになるくらい長時間記憶が飛んだことで、この仮説を捨てることにした。
とはいえその理由の解明は俺には無理なのだが。
この世界にも神様がいるらしいので、お知り合いの方は俺の代わりに訊ねていただければ幸いです。
また長い期間、記憶が飛んだ。
今の俺は乳離れも済んで、一人で歩けるし簡単な言葉も話せる。
そう、言葉。
不思議なもので、記憶が飛んでいる間も学習はしっかりと行われていたようで、すっかり身についている。
「ハルトもようやく1歳だな」
「ホントようやくだよ。
っても、村の先輩たちからしたら羨ましいほど静かだって話だけどね」
「ああ。オレもてっきり一日中泣き声に悩まされるものだと思ってたから、こんな静かなんだって驚いた」
「隣のジーナさんが死んでるんじゃないかって上がり込んできたこともあったよね」
「あったな~!」
美花がとんでもなく泣く赤ん坊だった。
おかげで俺は親の苦労を知っているので、再び赤ん坊になった今生では気を使っていたのだ。
余計なお節介かと思ったこともあったが、両親の負担が減ったのならばよかった。
「ところで一番大変な時期も乗り越えたわけだし……どうだろう?」
「あんた、本気かい?」
「オレはいつだって大真面目だ。
まあヒルダが嫌なら無理にとは言わないけど」
「い、嫌なわけ……」
おっと、俺は子供なので両親の言葉の意味は分からないなー。
あー分からないったら分からない。
聞き耳は立てるけど!
くっ……また記憶が飛んだ。
おかげで両親の仲良し行為の記憶が全くなく、しかも母親のお腹がはち切れんばかりに大きくなっている。
様子を見に来る近所の女性たちの話から、出産間近のようだ。
つまり妊娠期間が前世と同じだと仮定すると、一年近く丸っと飛んだことになる。
……もしかして俺、存在が消えかけているから記憶が飛ぶのでは?
確証はないが漠然とそれが正しいと感じ、言い知れない恐怖が襲ってきた。
犯人に刺された時には全く感じなかった恐怖だが、時間をかけてじりじりと迫られると、否応なしに感じざるを得ない。
おかげで俺は、柄にもなく子供らしく泣いてしまった。
魂は大人でも言動は子供の部分に引っ張られるのだ。
「ハルト、突然泣き出してどうした?」
「ううん、違う。これは……」
「……うっ……ハ、ハルト……ゾーリン呼んできて……」
俺の泣き声が呼び水になってか、突然苦しみだすヒルダ母さん。
もしや破水したか!?
急ぎ家の隣にある鍜治場へと向かい、ゾーリン父さんを呼ぶ。
俺の声は村の他の家にも聞こえ、すぐさまお産経験のある奥様方が集結。
あれよあれよという間に出産準備が整い、俺も父さんも家から追い出された。
凄まじい団結力だ。
そうして玄関先で待機。
「ハルト、覚えておけ。
いざとなった時に一番強いのは、母親だ……」
知ってる、とは口に出しては言えない。
だがそういった経験が俺にはあるのだ。
お互いどうしても無言になり、気まずいというか、気が気でない空気が俺たちを包む。
ただ静かに、母子ともに無事であることを祈るのみ。
それから一時間ほど経ったか。
「……おっ! 生まれたか!!」
家の中から赤ん坊の元気な泣き声が!
しばらくお預けを食らった後、ようやく封鎖が解除されて初顔合わせ。
「どうだい、あたしに似たろ」
「ああ、立派な尻尾だ」
生まれたのは妹。
お尻の上に短くも太い尻尾が生えているので、ドラゴニュートの血が濃く出た。
腕や足に漆黒の鱗を持っており、髪の毛も黒い。
少しだけ開いたまぶたから見える瞳は、ルビーのように真っ赤に輝いている。
「うんうん、これは美人になるぞぉ~!」
親バカめ。
とはいうものの、確かに切れ長の瞳と鼻筋の通った綺麗な顔は、将来性抜群だ。
ちなみに俺は、紺色の髪に茶色の瞳。自称父親に似てイケメン。
わき腹に鱗模様が出ているが、角も尻尾もないので、ドワーフの血が濃く出たのだろう。
ということは背はあまり伸びないかもしれない。
「ハルトはオレが名付けたから、次はヒルダの番だな」
「ああ、バッチリ決めてある。この子の名前は【リコッタ】だ」
「チーズかな?」
思わずぼそりとそう呟いてから、両親の視線が俺に向いていることに気付いて焦る。
「ちー……力強い名前だね」
さすがに苦しいぞ俺!
「なーんだい、そこは可愛いって言うところだぞ」
「はっはっはっ。まあいいじゃないか」
どうにかなった。
両親は案外と能天気なのだ。
今生の妹、リコッタの頭にはヒルダ母さんとは違って角がない。
それをヒルダ母さんに聞いてみたところ、側頭部のとある場所を指さした。
そこには1円玉サイズの、お椀状の黒くてやわらかいものが。
「ここ、なんかある」
「
そのあと5歳くらいで乳角の先端だけがポロっと落ちて、先の鋭い大人の角が生えてくるのさ」
なるほど、乳歯と同じなのか。触ってみると軟骨のように柔らかい。
そんな話をしていると、リコッタが尻尾の先端を左右にチョロチョロ振っている事に気付いた。
ヒルダ母さんの尻尾の動きから、ドラゴニュートも尻尾で感情表現をすると分かっている。
普段は緩やかに振り、嬉しい時は先端を左右に、警戒だとピンと張り、怒ると叩きつける。
特に風切り音が出るほど強く叩きつける時は、近づかないほうが身のためだ。
「リコッタったら、角をハルトに触られてゴキゲンだね~」
「角を撫でられるのが好きなのかな?」
「そうだね、ドラゴニュートは好意のある人に角を触られるのは嬉しいもんだ。
逆に尻尾は誰であろうと触られたくない。
あたしだってゾーリンに尻尾を触られるのは嫌だからね」
これは覚えておいた方がよさそうだ。
それから数日。
また記憶が飛んで、リコッタが掴まり歩きをしていた。
神様、そりゃ~ないよ……。
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