第26話 終章 花嫁がつむぐ未来(2)
護衛と楽しげに話していた彼女がくるんと振り向いた。幼い顔立ちなのに蠱惑的で魅力的な人だった。なにより鮮やかな赤色の瞳が印象的だ。
ライが膝をつき、リーリアもそれに従う。
「こんにちは、ご結婚おめでとう。さぁ二人とも顔を上げて立って。せっかく綺麗なお服を着ているのに汚れちゃうわ」
王女であるのに気さくな感じの人だった。
プローフェは護衛を下がらせる。
「コッソリ来ちゃってごめんなさいね。でも私が動くとなんだか大がかりになるから。久しぶりねライオネル。そして初めましてリーリアさん。私、予言者の巫女の一人、プローフェです」
「初めましてプローフェ様。お会いできて光栄です」
「ふふ。ベルクリスタン領の侯爵候補を予言したのは私だったから、二人にお祈りしたかったの」
ライが驚いて息をのんだ。
「ほ、本当ですか? いいですんか、そんなことして」
「いーの。さ、二人とも並んでね」
プローフェがばちんとウインクした。ライからは困惑が伝わってくる。どうしたのだろうとリーリアはライの顔を覗き込んだ。目が合った彼は相好を崩した。
「ありがたく貰っておきましょう」
「? はい」
「そおよ、私がその気になってるうちに受けちゃいなさい。じゃあ、お手々をつないでいてね」
プローフェはすらりと杖を出した。先端には透明の宝玉がついており、その留め具から二枚の布が垂れている。白地に金刺繍の分厚い生地で、彼女のドレスと揃いの模様だ。それを左右にふりふり振ると、金色の光の粒が溢れだした。
「汝たちに祝福を授けよう。健やかであれ、幸いであれ、《コーグラート》」
光の粒が無数に降ってきた。ステンドグラスを背後に背負い、プローフェは慈愛をたたえた笑みを浮かべている。まるで女神に加護を受けたような神聖な気持ちになった。
「うふ。成功だわ~」
プローフェが少女のようにくすりと笑う。
(とても綺麗……)
しんしんと降る雪に、心があたたまるようだ。ライとともに深くお辞儀をする。
「ありがとうございますプローフェ様。王宮の方にはなんとお礼を申し上げればよいか」
「私個人の外出だもの、何も言わなくていいわ。巫女として初めての予言だったライオネルと、ウィリディスからの花嫁、リーリアさんに会いたかったの。同じ特殊系統の魔力属性の持ち主だしね。トルクルスでもあんまりいないのよぉ」
杖をおさめたプローフェがリーリアの腕を引いた。美しい顔が近づき、同じ女性同士でもどきっとした。
「ねぇ、ちょっとだけ女同士のお話しない?」
「は、はい」
プローフェに手を引かれ、大広間の隅に移動する。ライは護衛の一人に話しかけられ、こちらに集中できないように手配する徹底ぶりだった。
「私のする〝祝福〟はねぇ、政治的意味合いも持つから、本当はみだりにやっちゃいけないのよ。不公平になっちゃうのだって。だから皆には秘密ね。実は成功率も低いのだけれど、うふふ」
だからライは困惑していたのだ。お忍びで来てまでしてくださる理由も分からない。
「そうなのですか。ありがとうございます。……でも、なおさらどうして、祝福をしてくださったのですか?」
「ごめんねぇ……視るつもりはなかったのだけど、視ちゃったのよ。ウィリディスに来た初日のこと、ライオネルが婚約破棄を言い渡すところ。だから一つは、ウィリディスから来てくれた花嫁に祝福を授けたかったの」
「な、なるほど。ありがとうございます」
「それで、あの夢見を視てから、二人はどうなるのかしらって気になっていたからか、しばらくしてまた視ちゃったの。……二人の今夜の超個人的なことよ」
「う、ウワァ」
思わず呻き声が出た。初夜とかいうアレである。プローフェにその気はないのだとしても辛かった。
「ごめんねぇ……。それでもう申し訳なくって、押しかける形で今日ここに来たのよぅ」
「得心がいきました……。予言者様も大変ですね」
「許してくれる?」
「はい。プローフェ様も視たくて視たわけじゃありませんし、むしろお見せして申し訳なくも思います」
良かったぁ、とプローフェは微笑んだ。一瞬で恋に落ちそうになるくらい可愛い。
「ふふ。けれど、リーリアさんも男泣かせよねぇ」
「なんの話です?」
「今日の夜のこと、視たって言ったでしょう?」
「……まさか、ライさんはいいって言ってくれたのですか」
「みたいよぉ。なかなか我慢はしていたようだけど」
「そうですか……」
リーリアは考え込んだ。ライの優しさに甘えるか、迷っていたのだ。
「うふ。でもねぇリーリアさん。ライオネルってギリギリまで頑張っちゃう感じがするから、ほどほどにしてあげてね。でないといつか爆発して手が付けられない狼になっちゃうかも」
「それも予言ですか?」
「いいえ。ただの女としての助言よぉ」
くすくす笑うプローフェを前に、リーリアは顔を真っ赤にして悶々としているものだから、ライに訝しがられた。
お忍びで来ていたプローフェはひっそり王都に帰り、結婚式の披露宴はつつがなく終了した。
夜はお疲れ様パーティーを開催し、食堂に集まって飲めや歌えやの二次会である。ライとリーリアが普段着に着替えて会場に行くと、料理も既に準備済み、酒も大量に用意してあった。
「じゃあ改めて。ライとリーリアちゃん、結婚おめでとう! 俺たちお疲れ!」
ダンテの乾杯に歓声が上がる。ガチンとビールジョッキが交わる音が響き、宴が始まった。
「ほんと、良かったです……始めはどうなることかと思いました。リーリア様もライさんも幸せそうで私も嬉しいです」
「ラミーさん、ありがとう……!」
ラミーの目に涙が滲むのを見て、リーリアももらい泣きした。ラミーにはずっと伝えたいことがあったのだ。
「ここに来てから、たくさんの方が私を助けてくれましたが、なかでもラミーさんは私の支えでした。優しくて、心配してくれて、いつも味方になってくれて……心のなかで本当の姉のように、思っていたんです」
「そんな、嬉しいですううう」
リーリアとラミーは二人で泣いた。
「なんだか僕、嫉妬してしまうのですが」
「ですよねー。ボクなんて不法入国してまで来たのに」
「カイルもありがとう。弟みたいに思ってる」
「えっ、ボクが兄じゃないの?」
城の皆から祝われ、楽しくて幸せなひとときを過ごす。宴は朝まで続きそうだ。ドンチャン騒ぎのなか、リーリアとライは途中でひっそりと退出することにした。
侯爵夫妻の寝室は東側の五階にある。カーテンや絨毯、ベッドのシーツなどは新調し、白色と緑色の落ち着いた部屋になった。リーリアの私室も続き部屋で繋がっていて、やわらかい水色と桃色で配色された内装に新調してくれている。
この日のために用意した青白磁色のネグリジェに身を包み、リーリアは緊張していた。太い肩紐はレースで、デコルテはスクエアライン、裾はさらさらとふくらはぎまで落ちる。少し肌寒いのでショールを羽織った。
コンコン、と続き扉をノックする。「どうぞ」とライの返事が聞こえ、寝室に踏み入れた。夜にここへ入るのは初めてなのである。
ライは黒のゆったりした寝間着を着て、窓際の椅子に座っていた。読んでいたらしい本をテーブルに置き、ゆったりとリーリアに微笑みかける。
「何か飲みますか?」
リーリアはふるりと首を振った。そそ、とライに近寄って、服の裾を引く。
「もう眠りますか?」
「はい」
ライにそっと手をとられて大きなダブルベッドのところまで来る。するりとショールを取られ、ライがナイトテーブルの上に置いた。
「リーリアさんは奥を使いますか?」
「そ、そうします」
ベッドに上がるといよいよ心臓がドクドクとうるさかった。ライと膝をつき合わせて座り、恥ずかしさに顔を下に向けた。
「……リア」
愛称で呼ばれた甘やかさにドキリとして顔を上げた。ライの右手がリーリアの頬をなぞる。目を閉じると、ライの口づけがおりてくる。優しくて長いキスだった。
唇が離れ、二人とも顔を見合わせて笑った。幸福に酔うとはこういうことなのだろう。
「リア、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、末永くお願いいたします」
ライにぎゅっと抱きしめられ、その背に腕を回す。
ライの腕がリーリアの背中を撫で上げ、むき出しの二の腕に触れた。びくりと体が跳ねたリーリアを、ライは愛おしげに見つめ、頭のてっぺんにキスをする。そうして額、瞼、頬、首筋とキスを落とし――
「ら、ライさん、ちょっと待って」
「なんでしょう?」
「あのう……あのね? できれば、もう少しだけ待っててほしい」
「はい。やっぱりお酒でも飲みますか?」
「きょ、……今日は、犬さんに、なってもらう、とか……」
「いっ……」
ピシャーン! と雷に打たれたようにライは固まった。
(やっぱりそうだよね。プローフェ様はあんなこと言ってたけど、そうだよね、あまりにもダメだよね)
「いっ……いい、です、よ」
「いいんですか!?」
「リアのペースで……僕たちのペースで、ゆっくりでいいと……以前僕が言いましたから」
そう言ったライは目をぎゅうっと瞑った。たぶんおそらく良くはないのだろう。
だがリーリアは未だに心の準備ができていなかった。
正直、ものすごく怖かったのである。
「ありがとうライさん!」
ライの優しさが嬉しいのと、ほっとした喜びがあわさり、リーリアはライに抱きついた。勢いがよすぎてライをベッドに押し倒す形になる。
「これでこれだけ喜ばれるのも微妙な気持ちになります……」
「ごめんなさい!」
「あと……あの、その体勢でぐりぐり身をよじらないでください……」
「え? あッ」
リーリアはライの体の上に跨がり、かつてなく体を密着させていた。
「なまごろし……」
呻いたライは、パチンと指を鳴らして黒犬の姿に変化した。そして疲れきった様子でパタンと寝そべった。
「……大好きですライさん」
「わふ」
「今日はごめんなさい。ありがとうございます」
いいから寝ろ、と黒犬は首を振った。
リーリアは黒犬をぎゅっと抱いた。そしてすぐ、スヤスヤと眠った。結婚式で疲れていたのであった。
翌朝、リーリアが目覚めたときにはライはもう起きており、人間の姿に戻って珈琲を飲んでいた。
「リア、今度あんな風に煽られたらもう僕は我慢しませんからね」
「はい」
「はやく追いついてください……僕の理性が爆発するまでに」
「はいッ!」
フゥ、と微笑んだライはリーリアの頭を撫でた。
「珈琲飲みますか?」
「飲みますっ」
お淹れしますよ僕の奥さん――と、こめかみにキスをくれた。
◇ ◇ ◇
七年後、リーリア・シルヴァ・ベルクリスタンはお菓子のレシピ本を出版する。監修は夫であるライオネル・イーグル・ベルクリスタン。誰でも作れる魔力回復菓子レシピは画期的であり、本誌の前半はその魔法の原理や説明に触れている。魔法薬より効果は低く、治癒系統の持ち主でなければわずかな回復にしかならないが、それでも家庭で、本のとおりにすれば誰にでも作れるという面で人気を博した。手に取りやすいようと安価な冊子本で出され、人気に乞われて第二弾、第三弾とレシピ集を出版する。のちに、一家に一冊あるようなレシピ本になる。
ライオネル、リーリア夫妻は、地上の国ウィリディスとの友好関係を深めることに尽力したと歴史に名を残す。定期的な交換留学生が始まったのも彼らの代からだ。二国間で婚姻する者も現れた。
夫妻は仲睦まじいことで有名で、三人の子どもたちとピクニックに行く姿はよく見られたという。
侯爵職を退いてからは、ライオネルは学校の臨時講師に呼ばれ、リーリアは定期的に料理教室を開いた。町の慈善事業にも精力的に参加したらしい。
穏やかな二人は町の皆からも慕われていたという。
【終】
天空の花嫁 ~嫁ぎ先で婚約破棄!?~ 葛餅もち乃 @tsubakiaya
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