第25話 終章 花嫁がつむぐ未来(1)

 式が終われば披露宴という名の立食パーティである。青空の下、庭にはたくさんの料理とドリンクが用意されていた。コックのアルフやメイドのラミーたちは大忙しで、文官も手伝いに駆り出されている。

 お披露目および来賓への挨拶も終え、リーリアがようやく一息つけた頃。美しく着飾った姉たちがぱたぱたと駆け寄ってきた。ウィリディスの宝石という通り名は伊達でなく、男女を問わず会場にいる人たちの目を惹きつけている。


「綺麗よリーリア! 結婚おめでとう!」

 心からの祝辞だった。良くも悪くも姉たちは裏表がなく、傲慢さを兼ね備えた素直な人である。

「ありがとう、お姉様」

「式でリーリアを待ってたときじっと見てたんだけど、侯爵様って外見とてつもなくカッコイイわね。でもその、この前のね……本当は怖い人なの?」

 流石に声を潜めて姉は言った。幻竜を出現させて笑っていたときがよほど怖かったのだろう。


「優しい人よ」

「そう、リーリアには優しいのねぇ。だったら良かったわ」

 それは本物の安堵で、姉は姉なりにリーリアのことを心配していたのだと分かった。

 姉妹の会話にすっと入ってきたのは母である。前回伯爵家に行ったときも何も話さなかったので、どうしたのだろうとリーリアは身構えた。


「リーリア、結婚おめでとう。母が言うことは一つだけ。最初が肝心よ、手綱を握りなさい」

「は、い」

 リーリアの返事に母は一つ頷いた。そして深く頭を垂れて長いお辞儀をすると、父の元へ戻った。母の瞳には後悔の色があったが、それを口にすることはないのだろう。


「じゃあリーリア、私たちも行くわ。またいつか……話せるときがあるかしら」

 一番上の姉の表情には懺悔の色が滲む。リーリアが何も言えないでいると、「今日言うにはふさわしくないお話だったわね」と姉は言った。きっと忌み子のことだ。姉たちも考え、葛藤しているのだと思う。二十年近く信じてきたものが違うと知り、受け入れるということは、自らの行いを見つめ直さなければならないから。


「はい、きっと。カイルに頼めばすぐに飛んでくれますし――姉様たちを迎えに行ってくれますよ。たぶん、飛竜で」

「そこはせめて馬車の方がいいわね」


 姉たちが去ると、今度はサーシスとアイリスが来てくれた。ファルメニタルク伯爵として来ているのでなかなか豪奢な正装をしている。本人は早く着崩したくてたまらないようで、アイリスさんによく注意されているようだ。

アイリスも今日はドレス姿で、タイトなラインが似合っており美しい。二人ともファルメニタルクの紅色で揃えていて、一見すると夫婦のように見えた。言うと怒られるので言わないけれど。


「リーリアおめでと~! 綺麗な花嫁ほっぽってライは何してんの?」

「おめでとうございますリーリアさん。とても素敵な式ですね」

「ありがとうございます。ライさんは王都から来た人たちと色々お話してて忙しいみたいで、私は食事休憩です」

 ライは少し離れたところで、いかにも国の重鎮っぽい方々と話している。リーリアの視線の先をサーシスとアイリスが追い、なるほどねと頷いた。披露宴はそれぞれの社交の場となりつつあった。


「食事休憩っつっても、リーリア何も食べてないじゃん。俺テキトーに取ってきてやんよ」

 言うが早いかサーシスが料理を取りに行ってくれる。有り難いけれど良いのだろうか。呼び止めようと中途半端に伸ばした手をアイリスに掴まれた。見上げるとクスリと微笑まれる。


「大丈夫ですよ。ファルメニタルク伯爵としての挨拶は終わりましたので、あとは自由時間です。珍しく気が利いてるので待ちましょう。ライ殿とのお話、今のうちに色々とお聞きしたいですし」

「アイリスさんって結構恋バナ好きですよね」

 アイリスから質問を受けつつ雑談していると、料理をたくさん盛り付けた大皿を四枚分、宙に浮かしながらサーシスが帰ってきた。魔法で運搬しているようだ。


「美味しそうなもの片っ端から盛ってきた! 三人で食べようぜぇ」

「わ~盛り付け上手なんですね。ありがとうございますサーシスさん」

「意外なところで器用さを発揮しますよね」

 食べ物の気配を察し、ベルルがヒョコリと現れる。

「お、リーリアのリスじゃねーか。お前も食う?」

 ベルルはサーシスから胡桃レーズンのパンを貰い、嬉しそうに食べる。


「そういや、ライの両親にはもう会った? さっき向こうの隅の方で見かけたけど」

「はい。式の前にお話しする時間をとれました」

 ライの両親に会うのはまだ二回目だった。優しげなところは母に、怜悧な瞳は父に似たのだと思う。二人はウィリディスにある山の麓で魔法具職人をしている。一度目の挨拶のとき、緊張していたリーリアを優しく迎え入れてくれた。


「息子をよろしく、と言われました。声が渋くてかっこいいですよね」

 そしてお義母さんはコソリと「心配なことがあったら相談にのるから、遠慮無く頼ってね」と言ってくれたのだ。

「リーリアたちが結婚したのはさぁ、俺のおかげもあるよな~」

「何を言ってるんですか誘拐犯。そういうところですよ、サーシス様ほんとそういうところですよ」

「まぁまぁ。ほんの少しは、サーシスさんのおかげもありますから」

 リーリアは取り成すが、アイリスは首を左右に振る。

「リーリアさんは甘いです。この人全く悪いと思ってませんからね」

「ほら、リーリアはいいって言ってんじゃん」

「言っとくけど、僕はまだ許してませんからね」

 ライが現れ、リーリアにそっと寄り添った。


「げ、花婿殿来たの」

「ええ。お話し疲れました」

 ライが身を屈めて口を開け、『あーん』を催促したので、フォークに刺していたローストビーフを食べさせてやる。もぐもぐと咀嚼したのを見て次はポテトサラダを運び、ライがまたぱくりと食べる。


「目の前で見せつけてくれるようになってさぁ~」

「羨ましいんですか? アイリスさんにお願いしたらどうです」

「待ってくださいライ殿。わたくしが嫌ですよ」

「それは失礼しました」

「おまえら二人とも超失礼。いいもんね、リーリアに食べさせてもらうもんね」

「ははは。僕が許すとでも?」


 三人は王宮の士官学校時代の同期らしい。いつも仲が良いなぁとリーリアは微笑ましく思っている。

「サーシス様、寂しいんじゃありません? ずっと突っかかっては大好きなライ殿が結婚して、ちょっと置いてかれた感じになってるんでしょう」

「えっ……おまえ、僕のこと好きだったんです……?」

「二人ともヤメロ。本気でヤメロ。リーリアも奪ってゴメンナサイって顔すんな」

 ベルルがサーシスの体を駆け上がり、どうしたんだとサーシスが持ち上げた腕のところにちょこんと座る。


「え、なに、ベルル」

 ベルルはパンから胡桃をちぎり、サーシスに差し出す。

「え……」

「ベルルは胡桃が大好物なんです」

「……俺を励まそうとしてくれてんの?」


 キュ! と鳴いたベルルにサーシスは脱力しながら「ありがとうな……」と言った。ライとアイリスは爆笑している。

 笑い合いながら小腹を満たしたあたりで、ダンテがリーリアたちを呼びに来た。


「あのお方が到着された。大広間で待ってる」

「分かった。リーリア、行きましょうか。サーシスとアイリスも来てくれてありがとう。いっぱい食べてってください」

「あ~い。今日はホントおめでとうね二人とも。俺はこれからもちょくちょく遊びに来るから」

「リーリアさん、ライ殿、お幸せに!」


 サーシスとアイリスにゆるく手を振られて、リーリアたちは城へ踵を返す。庭は賑わいをみせ、個人が持参したバイオリンやクラリネットでの演奏も始まった。花嫁と花婿がいようがいまいが関係ない宴になっている。


「サーシスはほんっとーにちょくちょく遊びに来るのでしょうね。付き人のアイリスさんは大変でしょう」

「今でもよく遊びに来てくれてますもんね。でもサーシスさんのおかげで私の目標が一つできましたし、試食もしてくれるので感謝です」

「おや? 固有魔法や魔法の発動条件の解析を手伝っている僕は?」

 ライがいたずらっぽく言う。

「もちろん、一番頼りにしてます!」

「お任せあれ、僕の花嫁さん。『誰でも魔力回復のお菓子を作れるようにする』……実現しましょうね」

 そう、サーシスに『市場価値』と言われて気付いたリーリアの目標である。城の皆にも、詳しい試食の感想を聞くというかたちで手伝ってもらっている。


「ねぇライさん、ダンテさんが言ってたあのお方って誰ですか?」

「予言者の王女様です。数日前、お忍びで来たいと連絡がありまして」

「……エッ」

「構えなくて大丈夫です。なんでも、あなたに会いたいのだとか」

「ひょえ」

「緊張して式に影響するかもと思い、ダンテと黙っていることに決めました。すみません」

「確かに聞いてたら式もそれどころじゃなかったです……」

「予言者様が式に来られるとなったら、式の様相も披露宴もこんな感じでは済まないんです。王宮とのやり取りや警備にも影響が出ます。予言者様はそのことを分かっているので、時間をずらしてコッソリ来てくれたのですよ」

「嬉しいですけど……何故そこまでして私に会いたいと思ってくれたのか謎です」

「うーん。実は僕も謎なんですよね」


 ライに手を引かれて城に入る。すれ違ったネシャルヒトやアルフ、城の皆が、忙しい手を少し止めて「おめでとう」と言ってくれた。晩には食堂でお疲れ様会をする予定である。

 大広間の前につくと、扉の両脇に白地に銀刺繍の服を着た男たちが立っていた。雰囲気を見るからに護衛である。

「中でお待ちです」

 結婚式場に変わった大広間は、フラワーシャワーの花びらが至るところに落ちている。その祭壇の前に、しなやかな女性が立っていた。白地に贅沢な金刺繍を施したドレス、プラチナ色の長い髪が流れ、光を反射している。


「プローフェ様」

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