第2話 異世界で友達もできたとか
レベッカはひとまず自身の部屋に案内され、ひとまず休憩ということになった。王様の暮らす城ということもあり、綺麗に整備されていて、レベッカの暮らしていたアパートとは大違いだった。
「なんだろう、夢でも見ているみたいだよ」
レベッカは窓を開けて、そこから見える城下町を見下ろした。太陽に照らされた、綺麗な石造りの街が広がっている。このような建物はレベッカの故郷にもあった。しかし、手入れされた庭はないようだった。
昔憧れていた光景だ。お城で過ごしてみたい、姫や王子に憧れる子供が夢見ることである。
「……懐かしいな、ふかふかのベッドがあって、綺麗な電灯があって、それでいて手伝ってくれる召使がいるなんて、そんなことを夢見てた」
小さな頃の夢だった。しかし、今のレベッカに嬉しいなどという感情はなかった。緑色から流れる涙がそれを表していた。
「……みんなに、会いたい」
その声は窓の外へ飛び出たが、誰も返事をしなかった。
レベッカが泣くことは多々あった。その度に彼女の母は慰めていて、それでいて叱っていた。
——『ほら、もう十六になるんだから、泣かないで!』
そう声をかけてくれる母はいない。
(いつか、マンマに忘れられるのかな)
そう思うとさらに悲しくなった。レベッカはベッドに倒れ込み、枕を濡らしていた。
「勇者様、そろそろおきていただけると嬉しいです」
レベッカは夢の中にいるような感覚だった。見ず知らずのところに飛ばされて、意味のわからないことを言われて、
「……マンマ?」
「いいえ、見習いメイドのアンナと申します」
レベッカは午前十時ごろにメイドに起床させられた。レベッカは素直にこれが夢でないと認め、十字架を握りしめた。そんな彼女をみて、アンナは言いにくそうに声をかけた。
「あ、あの……」
「あ、はい」
「朝食があります、国王様と他の勇者様方は先に召し上がっていましたので、私との朝食なのですが……」
「えっ、待っててくれたの!?」
レベッカは急いでベッドから立ち上がった。レベッカの家訓のうちの一つに、人を待たせないというものがあるため、レベッカはものすごく申し訳なくなった。
「ごめんね、私のせいで……」
「いえ、私も早く起こすべきでした。そうすれば他の勇者様方とお話しできたので……」
お互いに謝り倒した。アンナはレベッカに私服となる服を渡し、二人で食堂まで向かった。
食堂では美味しい食べ物を朝食として出された。昨日昼間から泣いて眠りについたレベッカは、久しぶりに食べ物を口にした。
「あ、美味しい!」
「喜んでいただけて嬉しいです! 実は今朝のお食事、先ほどの勇者様方が完食されていましたので……私が作ったので、あまり自信はありませんが……」
「アンナさんが作ったんですね! 私こんなに美味しいもの、初めて食べました!」
レベッカは故郷の料理を思い出した。……美味しいトマトの匂い、オリーブの香り、全てが美しい街で食べたご飯。しかし、この様な料理は食べたことがない。異世界は料理も異なるのだ。
「アンナさんってすごいですね、いつも料理を作っているんですか?」
「いえ、私は掃除担当兼、今日から貴方様付きが多くなるメイドです」
「掃除できるんですか、すごいですね! ……あれ?」
レベッカは掃除がでいるというステータスに感心したのと同時に、貴方様というのに引っ掛かった。そして、自分がまだ名乗っていないことに気がついた。
「あ、私、レベッカです。レベッカ・クラレンスです。名前、教えてませんでした」
「レベッカ様、ですね!」
「えっ、そんな、レベッカでいいですよアンナさん! それに、畏まらなくても……」
レベッカはあたふたしてそう言った。そんな扱いは受けたことないのだ。当然である。
「ふふ、なら私もアンナでいいですよ!」
「アンナ、よろしくね……!」
「こちらこそ、レベッカ」
アンナは嬉しそうに微笑んだ。
すると、食堂のドアが開き、バジルが部屋へ入ってきた。たちまちアンナは立ち上がり、背筋を伸ばしてお辞儀した。
「バジル様、おはようございます!」
「あ、アンナ! 彼女と仲良くなれたみたいだね」
レベッカもすぐに立ち、アンナの真似をしてお辞儀した。若干彼女はビビっている。バジルはそれを見てくすっと笑い、レベッカに近づいた。
「そんな畏まらなくていいよ、君は勇者様なんだから」
「ええ……でも、ええと、王様なんですよね」
レベッカは流石に王様にタメ口はアウトだと判断したようで、バジルの言葉に微妙な顔をした。バジルはお構いなしに手を差し出した。
「よろしくね、僕はバジル・シャルル! バジルでいいよ!」
「ええと、レベッカ・クラレンスです」
レベッカはあたふたしながら手を差し出し、ロボットのような動きで握手をした。
朝食の後すぐに、バジルからこの国について、魔王について、魔法について、世界についてなどの説明を受けた。
魔法なんてレベッカのいた世界にはなかったので、かなり新鮮であった。レベッカは簡単にもらったノートに要点をまとめていった。
「魔法にも技術が必要でね、ほら、さっきこの国は魔法先進国だっていったかんじ。魔法途上国もあるんだ」
「まさか異世界でも途上国や先進国というワードを聞くなんてビックリだよ……」
レベッカは前髪を耳にかけながら言った。シャネルは大きな分厚い本を備え付けの本棚から取り出し、渡してきた。
「これは?」
レベッカは本の埃を払い、題名を見た。——『魔法全集〜基礎魔法から禁忌魔法まで〜』
「これは教科書。どの勇者にも渡すことにしたんだ」
「そうなんだ……」
「これには禁忌魔法、異世界召喚についても書かれているよ」
「それって、私みたいな?」
「うん」
バジルはそのページを開いた。本の分厚さと大きさと重さにより、開いた時にドンと音が鳴り、レベッカは当然のようにビビっていた。
「上位にして禁忌の召喚術。これは最初で最後の最高の召喚術師、真夜中の姫が生み出したものなんだ」
バジルはそのページのある部分を指差した。そこには勇者の召喚方法が詳しく書かれており、レベッカもそのようにして召喚されたと説明を受けた。
「僕らは三日間不眠不休で魔力を放出して召喚したんだ」
「……なんかごめんね、そんな頑張って召喚できたのが私みたいなビビりで」
レベッカは申し訳なくなった。
「こちらこそだよ、僕らは君たちから平穏を奪ったんだ」
「それでも、バジルたちは魔王に平穏を奪われてるんでしょ?」
バジルは少しだけ目を見開き、そしていつものように微笑んだ。レベッカはそれを不思議に思ったが、気にしないことにした。
「僕、いつかレベッカの故郷の話も聞きたいな」
「うん、いつか話すね」
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