私の願いの叶え方
零名タクト
第1話 異世界に召喚されるとか
大理石でできた上等な床の上で眠る彼女は、朝日が差し込む光で起きた。——いつもなら、暖かいベッドが私を包んでるはずだけど、なんだか寒い。
「ン……」
なんでだろう、マンマに布団剝がされたかな。もしかして、また遅刻かも。起きなきゃ……。
彼女はゆっくりと体を起こし、目を見開いた。彼女の長めの金髪の前髪がユラユラと揺れ、緑の目が辺りを見回した。
これは彼女が絶叫する三秒前であった。
「え……ここどこ……」
そう呟く彼女は、レベッカ・クラレンス。金髪に緑の目という、いかにも普通の少女である。
実は、彼女の身に大変なことが起こってる。彼女は学校に行くために、目覚ましを六時にセットした。
しかし、起きたらふかふかのベッドはなく、いつも起こしてくれる母はその場におらず、隣のパン屋が毎朝焼いているピザの匂いもしない。
景色はいつもの住宅街ですらなく、走っているバスの音もしない。
代わりに、年齢があまり変わらないような冠を被った青年と、その取り巻きの屈強な男たち。
前を見れば豪華な絵画があり、その前に冠の男が座っている。右を見ればステンドグラスの窓、左を見れば巨大なドア、後ろを見れば自分が毎日お気に入りのように一緒に寝ているトマトの枕を抱えたメイドのような女性。
パジャマ姿で呆然とするのは当然であろう。
彼女は辺りを見渡して、震え始めた。これは彼女が叫ぶ0.1秒前である。
「なんか知らないとこにいるんだけど!?」
ギャァァァァと大きな悲鳴が響く。
彼女がいるここは、どこからどう見ても異世界である。しかし、彼女は日本人ではない。異世界系などに詳しくない上に、そんなすぐに適応するわけでもない。
(え? 何コレ? 異世界なんたらの本とかでよくあるアレ? 召喚されました的な?
元の世界に帰れないんだけど!?)
どうやら彼女の故郷、イタリアでも異世界系ジャンルは名をあげてはいたが、やはり彼女には恐怖であった。
そして何より、彼女はビビりなのである。
彼女は人前に立つと震え始め、話をするとなると顔が青くなる。怖い話を見聞きすると全力でベッドに潜り、誰かの悲鳴が聞こえれば百メートル先まで全力ダッシュする。犬の威嚇にも全力で防御の姿勢をとり、虫を倒すのにも一時間はかかる。
レベッカは叫び続けた。これに困ったのか、冠の青年は立ち上がって、オロオロしながら彼女に近づいた。
「ええと、あの、突然で信じられないと思うのですが……」
「ギャァァァァ! もうこんなとこいられない! 何かのドッキリでしょ!?」
レベッカは急いで外へ出た。——外へ出ればきっと、いつも通りだ。マーマも盛大なドッキリを考えたなぁ。お金がすごいかかってるよね? そんなに無駄遣いしていいの? いくら気楽だからってそこまでする?
彼女は走りながら考えた。ドアを開け、城の廊下へ出る。窓掃除しているメイドのことも無視して外を見る。きっと、いつもの景色だろう。――そう信じたかった。
「あ、れ……?」
しかし、彼女の家の窓から見えるはずの学校がない。いつもお菓子を買っているお店もない。新聞配達員のお兄さんもいない。友達もいない。
あるのは、大きなお城の庭に、この国の国民たちの町だ。
レベッカは絶望の底で打ちひしがれ、懐の十字架を大切に掴んだ。
「そんな……。お助け下さい、イエス様マリア様……」
十字架を掲げ祈っている彼女に、メイドたちは見ていることしかできなかった。
あとからやってきた王とその取り巻きの騎士たちは、申し訳ないことをしたと思ったそうだ。
すると、冠の青年はレベッカの前に立ち、微笑みながら言った。
「ここは、シャルル王国。二六〇年続いている歴史ある国です。そして、僕は第二十代目国王の、バジル・シャルルです。僕が六歳の頃……十年前ですね。その時、魔王が誕生したんです。多くの人が戦いに挑みましたが、誰一人生きて帰ってきませんでした。――僕の父と母もその一人です」
レベッカは目を点にする。
「近づかないで、早く家に帰して」
レベッカは震えながら答えた。
「申し訳ないですが、それはできません」
王……バジルはそう答えた。
「僕らは、魔法を倒すために禁忌とされる魔法を使い、あなたを勇者として召喚したのです」
「そう、なら選び間違えたみたいだよ。私、怖いのも痛いのも大嫌いなの」
レベッカは震える声で震えながら立ち上がった。そして、後から追ってきたトマト枕を持つメイドに声をかけた。
「あ、あの、それ返してくれませんか……?」
「かしこまりました。こちら、召喚の際に一緒に来たので、なんらかの異物だと思いましたが、あなたの物なのですね」
メイドは丁寧にトマトを返した。レベッカはトマトを受け取った瞬間、すぐに逃げ出した。
「もうやだぁぁぁぁ!!!」
レベッカの十八番の、恐怖による全力ダッシュである。
「ゆ、勇者様が逃亡しました!」
一斉に鎧をまとった騎士たちが追う。しかし、日々何かから逃げ回っているレベッカの瞬足に追いつけるはずがない。
ちなみにレベッカのその特技は、怖くなった時にしか発揮されない。
「みんな下がるんだ。僕がやる」
「お任せします、国王様!」
バジルは自身の杖をレベッカに向けて、魔法を放った。
「——止まれ」
バジルの杖から魔法陣が飛び出し、さらにそこから光線がレベッカへと一直線に走って行った。レベッカは頭を直撃されて、そのままぐだっと倒れ込んだ。
バジルは近づいてしゃがみ込み、レベッカに目線を合わせ、あやすように言った。
「全て僕らの勝手です。どれだけ憎んでも恨んでも構いません。ただ、あなたが帰る方法はあるんです」
「えっ、本当ですか!?」
レベッカはすぐに立ち上がり、これほどかというほど目を輝かせた。しかし、バジルの温厚な顔からは想像できない言葉が飛び出てきた。
「一番簡単なのは、あなたが死ぬことですよ」
「へっ?」
レベッカは素っ頓狂な声を上げた。
「死ねば元の世界に、元いた時間軸に記憶を消されて戻るらしいです」
「し、ぬ?」
「はい。それが嫌なら、僕が契約時に条件として出したことを遂行してくれればいいです」
もちろんそれは世界を救うことですがね、とバジルは付け足した。
物語はすでに始まっていたのだ。
レベッカは甲高い悲鳴をあげた。
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