第3話 ちゃんと意思疎通できるとか

 部屋でバジルから渡された教科書という名の分厚すぎる本を読んでいると、ドアをノックしてアンナがやってきた。

「アンナ! どうしたの?」

「レベッカと話したくて来ちゃった!」

「私も話したいな。この世界で初めてできた友達、アンナだもん」

 レベッカは備え付けの椅子を出し、そこにアンナを座らせた。アンナは教科書を持つレベッカを見て、驚いたように言った。


「レベッカ、まさかそれを読んでるなんて言わないわよね?」

 アンナの目が困惑を表していた。レベッカはいつものビビり癖を発揮した。

「え、読んでるけど」


(もしかして、実はこれ読んだら寿命取られるとか!? 嫌なんだけど! どうしよう、私死んじゃうの!? いや、死んだら元の世界に戻れるけど、本当に死んじゃうの!?)


 アンナはそんなレベッカを察したのか、申し訳なさそうに言った。

「古代文字で書かれてるから、多くの人が読めないんだよ」

「あ、なんだそんなことかぁ」

 レベッカは恐怖が消えたことに対して安心して、ページをめくった。丁度禁忌魔法、異世界召喚の内容であった。

「それ、なんて書いてある?」

 アンナが本を見た。アンナは「異なる場所……呼ぶ……文字…………である……え?」と、苦しそうな声をあげている。本当に読めないんだ、とレベッカは思い、自身もその内容を読むことにした。



『……異世界から呼ばれて来た召喚者は、脳内にこちら側の言語全てを入れているため、意思疎通は可能であるが、あくまでも人間内での話。動物とは意思疎通は不可能である。……』



 レベッカはそういえば、と思い出した。ここに来てから、レベッカはずっとイタリア語で話しているつもりだったのだ。なぜこの国にこの言語が通じるのか考えたが、世界で一番美味しい料理がある国は有名だからね、で考えを終わらせていたのだ。

「レベッカ読めた?」

「あ、うん。要するに異世界人は召喚される時頭にこの世界の全ての言語をインプットしてあるから会話できるし文字も読めるよ、ってこと」

「だからこれを読めるんだ!」

 アンナは納得したように頷き、もう一度それを読み直した。


「私も勉強し直さないとなぁ」

「勉強してるの?」

「メイド見習いとしてね。学のある人は古語もできるの! だから、王様とかはよく古語で手紙を出したりするの!」

「学力アピール?」

 失礼になってしまうのだが、レベッカは容赦なくそれを聞いた。

「王様同士のやり取りとか、王様直々の商談とかだと、手紙でやり取りするときに学があるか確かめるために古語で書かれた手紙を出すの」

「へぇ……」

 それを考えたレベッカは、バジルをただの王様ではなくすごい人として考えを改めた。バジルって結構頑張ってたんだね。



 そのままアンナが王についての話を続けようとした時、ある人物が部屋に入って来た。


「いい加減自分の仕事するんだニャ!」


「ニャ?」

 独特な語尾にレベッカが反応した。耳が生え、尻尾が生えている、猫の獣人が部屋にやって来た。たちまちアンナが立ち上がり、ズカズカと彼の元へ歩いた。

「ちょっとポッカ! レディーの部屋に確認もなしに入るなんてどういうことよ!」

「ノックしたからいいだろ! ニャ!」

「言い訳あるか! 入っていいか確認を取りなさいよ!」

 レベッカの前で二人が喧嘩を始めてしまった。レベッカは二人になんと声をかけようか悩み、困り果てていた。

(えぇ、誰!? 見たところアンナの知り合いっぽいし、もしかして他に召喚された勇者さん?)

 でも、私のいた世界に獣人的なものはいなかったし、とレベッカは試行錯誤していた。そんな中でも二人は言い合いを続ける。


「だからお前は一生メイド見習いなんだニャ!」

「そういうアンタは一生上位獣人になれないのよ!」

「俺はそう成れる見込みがあるから、勇者たちの旅に同行するよう命じられたんだよ!」

 レベッカはこの二人の間に入ることにした。このままじゃ話は進まない。

「あ、あなたは一体誰なのでしょうか……」

 二人はキョトンとして一時休戦とし、ポッカが話を進めた。


「ごめんニャ、話がそれた。俺はポッカ、見ての通り獣人だニャ」

 ポッカは鋭い爪の手を差し出し、レベッカと握手をした。

「ええと、初めまして。レベッカ・クラレンスです」

「レベッカ、な。これから他の勇者の野郎どもと俺、それとバジル王と夕食ニャ」

 それをアンナに伝えろと言ったはずなんだけどな、とポッカはため息をつき、アンナにチョップした。

「ごめんねレベッカ、すっかり忘れてたわ!」

「いや、大丈夫だよ! タメになる話聞けたし」

「ハッ、アンナにタメになる話なんてねぇニャ」

「アンタ、いい加減私をバカにするのやめなさい!」

 そしてまた始まった。レベッカは一通り準備して、二人に声をかけた。




 食堂の近くの部屋で、アンナとは別れることになった。

「私はメイドと見習いとのご飯の時間があるから、そこで食べるわ」

「うん、行ってらっしゃい! また一緒にご飯食べようね!」

 レベッカはアンナを見送り、ポッカと一緒に食堂へ向かった。ちなみにアンナはご飯の後にさらにメイド会議に出席するらしい。


「私、他の勇者と仲良くなれるかな……」

 そう、レベッカはまだ一度も他の勇者と会ったことがないのだ。ポッカは少し考えてから首を横に振り、レベッカにキッパリと言った。

「無理だニャ」

「へ?」

「アイツら、俺とは会ってるんだけど、一向にまとまらない。協調性皆無だ。レベッカと俺はまだしも、というかさっき初対面だし、仲良いか悪いかはわからないけど、アイツらはダメだニャ」

(え、まって、クソ怖いんだけど)

 レベッカは相変わらずのビビり様だった。顔がだんだん青くなっている。ポッカは食堂のドアをバンと開け、レベッカの背中を押して勢いよく言った。



「おいお前ら! 散々気になってた、もう一人の勇者ニャ!」


 ほら、レベッカ自己紹介、と促されるまま、レベッカは緊張で固まった。ポッカはレベッカから手を離しバジルの元へ向かい、何かを話していた。

「ああ、君がもう一人の勇者の子だね」

「え、あ、はい! レベッカ・クラレンスです」

 レベッカは二人にお辞儀した。

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