テラホラ拓也

初夏の日、近所でうつ病だった住人が攻撃的になる事件が多発している。専門家が言うには新種のウィルスが原因だとか。

 (なんでだろう。ここ最近疲れが取れない。自分に希望が持てないし、睡眠も取れない。)

夏休み1週間目、私は自分を卑下しながら家へと向かっていた。帰り道、学校を通り過ぎた一瞬で背中からドライアイスの煙みたいな視線を感じ、振り向くとそこには、髪の掻き乱された人影。その手には、刃物のような光が漏れていた。その「ナニカ」は、こちらへ向かってくる。そして、私に手を振りかざすと、悪と金属の擦れ合う音と空気と血が触れ合う音だけが耳に残った。

 (やだ。なんで、)私がただ突拍子に奪った刃物は、それから一秒の隙も見せず、命も…奪った…。

 (怖い。とにかく怖い。)私の脳裏に今あるものは2つ。1つ目は、この恐怖から逃れたい気持ち。2つ目は、それでも尚、攻撃されるのではないか……。と言う恐怖。

 とりあえず私は、着ているヴェストに刃物を包み、家の方向へと早歩きする。 家まであと、10メートル。ここまで、誰ともすれ違わなかった。ここまで人の通行量を気にした事はなかったが、こんなに人がいないのも不思議だった。

 最後の曲がり角を通りかけた時、そこに人影があるのに気づいた。まっすぐこちらへと向かってくる。また、来る。攻撃される。そう思い気づいたら、刃物を握りスプラッターのように走っていた。そして、1メートル手前まで来て、その正体が老人だとわかった。最近徘徊しているらしい。

 だが、そんなことどうでもよかった。もうあと5秒もすれば、また人は死ぬ。そして…、終わった。

 私は、「ドサッ」と倒れた。とっさの事だったが、すぐに状況を把握した。老人は自分の胸に刃が当たる既で、私から刃物を取り上げると、私に向けて突いた。そして、老人は、通りかかった人に気づき、その人も殺した。

 (あぁ、そういうことか)この物騒な事件が起こった原因。それは、ウィルスであろう。

私が殺した人は、多分感染していた。その人の返り血から私も感染していた。

 私の恐怖の正体は、映画でゾンビのはびこる街で生き延びる主人公たちの『ゾンビに対する恐怖』と同じものだったのだ。

 ウィルスは、私の精神をその恐怖で追いこませ、本来、襲われるのをおびえていた私を、襲う側へと変貌させた。鬱病患者が攻撃的になるのは、感染する以前から、精神が追い込まれていたからである。

 しかし、そのようなこと、もうどうでも良いかもしれない。私は今、血だまりの布団で寝ている。私は、死ぬのか。____    [完]

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テラホラ拓也 @toyo0706

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