揺らぎ、固めて 3

(新規メッセージが届きました。送信元、リンヤ)

 側頭部に装着している端末からの声だった。報告書に向かっていた意識が、現実に引き戻される。目の間を揉み、軽く体を伸ばす。背もたれに深くもたれ、

(メッセージを再生してくれ)

 端末に向かって声をかけた。

(かしこまりました。再生します。『特に希望がなければ市長室に直接向かうよ』以上です)

(返信を送ってほしい。内容は『落ち着いた場所で話したい』で頼む)

(承知いたしました)

 天井に向いていた視線が、頭の重さと共に落ちていく。デスクに出したままだった文があった。傷つけないようたたみ、ジャケットの内ポケットに入れる。

 今一度、周辺に怪しい影がないか探ってから、市長室を出る。

 市庁舎入口から外に出ると、もうすでに日が落ちていた。高層ビルの隙間から、藍色の空が覗いている。ビルの隙間を抜けてきた風が耳に響く。

「こんばんは! 市長!」

(こ、こんばんは!)

 暗さを引き裂く明るい声が耳と脳に届いた。前を向くと、まだ若い二人組が立っていた。年の頃は十五、六だろうか。快活そうな少女と、その少し後ろに控えめに立つ少女だった。

 市長になってから極力市民と交流し、声を聞くように努めてきた。その成果か、こうして声をかけてくれる市民も少なくない。

「こんばんは。学校の帰りかな?」

「そうです! と、いうか、今日の脳会話の授業疲れちゃったから、二人で遊んできて、その帰りです!」

 後ろの控えめ少女が慌てたように快活少女の腕をつかむ。口元は動いていないが、脳で何かしらの言葉をかけたのだろう。

(大丈夫だよ、いつも優しいもの!)

 快活少女の声だけソウに届く。控えめ少女の眉が不安そうに寄る。

(そうやって偉い人だなんだって距離取られる方が悲しくない?)

 また快活少女の声。コントロールが苦手なのか、市長だけ蚊帳の外は失礼だと思ったのか。

 いずれにせよソウより随分若い者たちのやり取りは、この子らにとって大きなことでも、ソウにとっては微笑ましい。緩く口角を上げながら、行く末を見守る。

(まあ、そうか……。確かにそれも一理あるね)

 控えめ少女の方を見ていた快活少女は、またソウの方に向く。

「変な間が空いちゃってごめんなさい。それに友達に話すみたいになってしまったのも、ごめんなさい」

(でも、話しかけてくださってありがとうございます)

 快活少女は口で、控えめ少女は脳で、話しかけてくる。

 ほんの少しのやり取りでも、お互いがお互いの意見を無下にせず、尊重しあっていることが伝わる。

「市長だからと身構えすぎなくても大丈夫だ。皆の声を聞けるのは素直に嬉しい。でも、色々気遣ってくれてありがとう」

 そう言うと、二人の顔に花が咲くように笑顔が広がる。

「ありがとうございました!」

 二人して小さくお辞儀をし、駆け足で去っていく。快活少女が控えめ少女の手を握り、引っ張っていた。

 少女たちの背中を電灯が照らしている。光の中に消える二人をソウは静かに眺めていた。






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