揺らぎ、固めて 2

(市長、カインです。リンヤさんからの報告をお持ちしたいのですが)

 脳に直接声がかかる。

(わかった、開錠するからそこで待ってくれ)

(はい)

 ソウは今度こそ身を翻し、手早くあたりを確認してから、市長室に入る。再度自動でガラスが閉まり、カギもかかる。ついでにブラインドもおろすよう指示すると、自動認識で電灯が勝手に灯った。

 机に戻り、鳥からの文を折り目通りにたたみ、引き出しにしまう。それから認証機器にカインの職員番号を打ち込んだ。これで一階で待つカインはここまで登ってこられるはずだ。

 市長かその代理人が許可をしたい場合に限り、市長室の階までエレベーターがつながることとなっている。加えて十階ごとに網膜認証が入るという徹底ぶりだ。リンヤの案。

 市長になったとはいえ鍛錬は怠っていないから、そこまで警戒しなくても、と思うのだが、それでリンヤが満足するのならと受け入れている面もある。過保護なリンヤと人間一年生のソウ。この関係性は嫌いじゃない。

 市長室の扉がノックされる。

「どうぞ」

(失礼します)

 カインが市長室に入り、静かに扉を閉める。口元は真面目そうに引き結んであった。カインは今年から情報部諜報課に配属になった若手で、ソウの築いた今のグローリーシティで長く生きてきた世代だ。どちらかと言えば奔放な若手が増えている中で、カインのような若手も残っている。様々なタイプの人間がいる。それこそ自由の結果だ。ソウが望んだ時代もだいぶ形になってきたと感じる。

「中身にはもう?」

 カインから報告データの入ったディスクを受け取りながら、尋ねる。カインはうなずく。

「では、概略でいいから教えてくれるか」

「……っ、はい」

 カインははっとした顔をして、それから口を動かした。

(いいよ、やりやすい方で)

 微笑を浮かべ、脳で話しかけてみる。

(ありがとう……ございます……)

 カインが深々とおじぎをする。こういうところにも真面目さがにじみ出ている。ソウの方針としては、脳も口も廃止しない、自由に使用することとしているが、目の前で市長が口を使っていれば、それに影響されない者はごく少数なのだろう。そこもいつか解消できたら、なんて思う。

(報告書はリンヤさんが最近調査している過激派の動向に関するもので、取り急ぎの形です。予想通り、新興都市サンディネとの交流開通を過激派有利に進めるための根回しをしていたようです。サンディネ幹部との密会音声が録れたため、もう打破してしまうか、一網打尽にできるようもう少し待つか、その相談を今夜、とのことでした)

(わかった、ありがとう)

(詳しい状況やデータも入っていたので、お目通しをお願いします)

 カインの言葉にうなずく。それを見てカインは身を翻す。

(失礼しました)

 一礼して、市長室を出る。扉の閉まる静かな音を聞き、目を閉じる。

 サンディネはグローリーシティの南東方向にできた新たな都市だ。周辺都市がまだ利権を主張していなかった土地に、これ幸いとばかりに飛びついた者たちでできた、若い都市。グローリーシティはいち早く交流を申し入れ、ダストリーシティなど周辺都市との協定に参加しないか打診していた。その頃から過激派の動きに怪しいものが見られたため、リンヤに探らせたらこれだ。

 前市長の時代よりいい時代を。その思いに揺らぎはないし、多少は実践できている自負もある。それでもこうして問題は尽きない。急な方向転換というのを受け入れられない人間はどこにでもいる。自分が頂点に立ちたいから、とにかく動くという者もいる。

 目を閉じたまま引き出しを探り、先ほどの文を取り出す。指先で紙の質感を楽しむ。砂埃か、表面はかさついている。

「任せられるなら、いつでも、なんだがな……」

 こぼれていた。不意に。

 目を開く。

 思わぬ本音にソウ自身驚いていた。手元の文を見つめる。別にそこに答えなどない。

 疲れているのかもしれない。それか久方ぶりの記憶に哀愁を誘われたか。グローリーシティのために動く気持ちに揺らぎはない。何度確認したって、そうだ。でも、やめたいのだろうか。矛盾している感情に不思議な気分になる。

 彼女のことを忘れたことはない。もう二度と会えなかったとしても、いつだって想っている。あの別れの日、そうは思わなかったか。だというのに、彼女の温かさを少しでも感じた瞬間、こうなるのだろうか。

『人間一年生は難しく考えなくていーの』

 リンヤの声でそんな言葉が再生される。

 大きく息を吸い、長く長く吐き出す。

 リンヤからの報告ディスクを再生機器に入れる。モニターにはパスワードのかかった情報群がたくさん現れた。ソウは一つ目のデータにパスワードを入力した。







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