想い、託して 3

「はいはーい! おれ天才くんがいい!」

「えーこの前もセノンの名前使ったー」

 この後の展開がわかっている子どもたちは、言い争いを始める。エリーはソウとリンヤの名前を出さず、代わりに子どもたちの名前を使って話をしていた。そうするとより物語に没入できるのか、皆争って役になりたがる。

 ソウはとてもかしこい天才くん、リンヤはいつも笑顔のおふざけくんと呼んでいる。物語も名前も、子どもたちが理解できるように改変しているため、二人がこれを聞いたら大笑いするかもしれない。

「エリー様ぁ、今日は私の名前がいーい」

 腕をまっすぐ伸ばすセノンを押しのけ、おさげの女の子が主張する。名前はヒュウだ。

 ヒュウの声を皮切りに、皆が次々、自分がいいと言い始める。

「そうねー。じゃあ今日は天才くんをヒュウで、おふざけくんをイコにしようか。順番で名前使うから、今日選ばれなかった子は我慢してね」

 エリーの言葉に特に反論はなかった。自己主張はできても、それが却下されて怒るような子は、今のモエギ族にいない。本当に良き子らに恵まれたものだ。

 一回咳払いをする。

 ソウはヒュウ。リンヤはイコ。エリーの中であの二人は本当に大きな存在で、未だに気を抜くと間違えそうになる。頭の中で反芻してから、口を開く。

「街からやってきた二人、ヒュウとイコは、まずエリーに謝りました。生まれる前のことだけど、モエギ族にひどいことをしてごめんなさい、と。

 そしてこう言いました。モエギ族にしてしまったことを学び、モエギ族と仲良くなるために、エリーに会いに来てもいいかと。話を聞かせてくれないかと。エリーは森の外にお友達ができると思ったらとても嬉しく、すぐにいいよと答えました。

 そうしてヒュウとイコはモエギ族の森に通うようになります。ヒュウはあまり喋らないけれど、頭が良くて、エリーの話をすぐに理解して、逆にわかりやすく説明してくれます。イコはいつも笑顔でいて、ふざけて場の空気を柔らかくしてくれるけれど、真面目なお話はきちんと向き合います。そんなヒュウとイコと、エリーは毎日楽しく過ごしました。

 そんなある日のこと、エリーは寝ている時にユニコーン様のお告げを聞きます。

 街に苦しんでいる人がいる……モエギの助けを必要としている……行きなさい……行きなさい……。

 エリーはそのお告げ通り、街に行きました。しかしそれは、罠だったのです。エリーは街の人に捕まってしまいました!」

 そこで声を大きくすると、子どもたちの肩がビクッと揺れる。こうして素直に反応する姿は、本当に愛らしい。いつも大袈裟かと思いつつ話しているので、こういう反応は有り難い。

 これから活躍するヒュウとイコに目配せをしてから、息を吸う。

「ねぇ、エリー様?」

 そこに間延びした声がかかる。吸った息は音にならずにそのまま吐き出された。

「どうしたの、ヒュウ?」

 気を取り直して聞き返す。

「あのね、天才くんとおふざけくんには、いつ会いに行くの?」

「……え?」

 言っている意味がわからず、間抜けな声を出してしまう。モエギ族は今、ユニコーン探しの旅で、世界を渡り歩いている。だからもうグローリーシティには行けない。会いたい気持ちはいつだってあるが、長が私情で動いてはならない。

「だって、エリー様を助けてくれた人でしょ? ありがとうって、言わなきゃ」

「そんな風に考えてくれていたのね。ありがとう。でも、ユニコーン様を探さなきゃいけないから、会えないの」

「なんでー?」

 今度はセノンが声を上げた。

「もしかしたらユニコーン様、シティにいるかもしれないよ? それにエリー様、お世話になった街の人に、いつも言うじゃん。また来ますって」

「それは……モエギ族みんなが助けられたから、いつかまたご挨拶をって……」

「エリー様もモエギ族だよね? モエギ族が助けられたから、ごあいさつ? するんじゃないの? その二人に」

 セノンの言葉に心が揺れる。これはただの子どもの無邪気な発想だ。大人の世界は、そんな単純じゃない。様々な事情が複雑に絡み合って、一本道を歩いただけでは、答えにたどり着けない。

 セノンやイコの丸く澄んだ瞳から、そっと視線を外す。

「でも今はシティからうんと遠くにいるの。だから難しいね。はい! 今日のお話はここまで! 続きはまた今度ね」

 早口で言い訳を告げると、エリーは手を鳴らす。子どもたちの口から「えー」や「やだー」など、文句が上がる。

「でもほら、後ろを見て。もう片付けが終わってる」

 エリーが話している間に、食事の片づけはすっかり終わっていた。これから天幕をはって、野営の準備をする。この前まで街にいたから、そろそろ森が恋しい頃だろうと、今日はここで野営と決めていた。大人たちの顔は心なしかいつもより安らいでいる気がする。

 エリーだってそうだ。街は清潔で、食事もきちんと確保でき、安全だ。それでも森に包まれている今の方が、安らぎを感じる。

 木々のさざめき。動物の生活音。風と共に舞い散る木の葉。幸せな空間だ。でも、エリーの心には、小さな棘が刺さったままだった。

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